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Episode1 「勃発

時は電脳暦、かつて人々を支配してきた従来型の国家機関は社会全体の成熟化、衰退化に伴ってその役割を終え、代わりに「企業国家」と呼ばれる巨大な組織体が台頭していた。国家の消滅は必然的にイデオロギーや民族、宗教といった概念、即ち人々を強く団結させ、また他者との共存を絶対的に拒否するものも次第に影を潜めていくこととなった。それに伴って人々はかつて人類が決して途切れることなく続けてきた「戦争」という行為を否定した。その代替物として「限定戦争」とよばれるシステム化された物理的衝突行為を確立、企業間の紛争解決の手段をはじめ、ビジュアル・エンターテイメントとしてのシェアを一般化させることに成功したのだった。

電脳暦(VC)a0年、地球圏にかつてない規模で勃発した大戦「オペレーション・ムーン・ゲート(OMG)」は、地球圏最大の企業国家DN社を壊滅に追い込み、配下の九つのプラントはそのしがらみから開放され、独自の道を模索し始めていた。その中でいち早く覇を唱えたのは第八プラント「フレッシュ・リフォー」であった。フレッシュ・リフォーはかつてDN社に所属するプラントの仲でも随一の力を誇った金融機関で、瓦解した旧DN社の配下であった各プラント群をまとめ上げ、かつての組織体の七割以上を復旧させることに成功した。かつて、地球圏で最大の力を有していたDN社に次ぐほどの経済力と影響力を持つことになったフレッシュ・リフォーは、新たなる世界のリーダーとしてその地位を絶対的なものへと確立したかに見えた。

VCa2年、演習中のDNA(旧DN社のカンパニー・アーミー)の部隊が突如強襲してきた謎のVR部隊「RNA」と交戦になり、多大な被害を受けた。本来DNAしか保有していないはずのVRを「RNA」は有していた。しかも、その主力機「アファームド」はかつてDNAが運用していた機体をベースにしているものの、その性能は比較できないほど高性能化されていて、旧式のVRしか持ち合わせないDNA部隊を少数で蹂躙した。かの有名な戦い「テラ・アウストレリア・インコグニタ(TAI)戦争」である。RNAという組織の素性も、その行動目的もはっきりしていないが、彼らがDNAを目の仇にして襲い掛かってくるということだけは明確だった。そしてここに、DNA対RNAという対立構造が確立するのであった。

 砂漠での激戦から約一年、TAIにおける戦闘において圧倒的な性能を誇っていたアファームドであったが、DNAの執拗な抵抗と戦線拡大が続く中で、絶対的な数の不足に悩まされることになり、RNAは戦略の抜本的改革を迫られていた・・・。

 夜の闇を切り裂いて、巨大な物体が荒野を疾走していた。暴風が吹き荒れているせいでその物体が音速に迫る速度で移動する音は闇の中に埋没していった。それは人の形をしていた。分厚い胸板と筋肉のように盛り上がるたくましい両肩はボディービルターのようだ。RNAの主力VR、アファームドだ。三機が三角形の編隊を組んでいる。にわかに先頭の一機が右手で合図をした。VR小隊は、広大な敷地の防風林の前で停止した。全機、膝をつく体勢をとった。その姿はすっぽりと防風林に覆われた。胸のコックピットハッチが開き、パイロットが出てくる。その途端、激しい風に身体をもっていれそうになり、ハッチの縁にしがみついた。

「まったく、なんて風だ。」

パイロットの一人が愚痴をこぼす。年齢は三十前、中肉中背のがっしりとした男だ。

「まったくだ。だが、おかげで仕事はやりやすい。」

もう一人のパイロットは言った。同じくらいの年齢だが容姿は大きく異なる。女性を思わせる顔立ちは美しく、その瞳からは強い意志のようなものを感じさせる。背は高くすらりとしていて、パイロットスーツよりも最先端の流行服が似合いそうだ。胸についた階級章から、先ほどの男より階級は上だとわかる。しかし、以外にも男は敬語を使わなかった。

「そりゃあそうだ。今回の仕事にゃあ、適している。けど俺はともかく、よくこの仕事受けたな、アベル。堅物のおまえが。」

「好き嫌いできる立場にはないさ、いまの俺たちは。」

「でも、今度のだけは僕には納得できません。」

もう一人のパイロットが言った。年齢は二十歳前後、背は低く東洋系の顔立ち故か、やや幼く見える。ハスキーな声がそれをなおさら印象づけている。

「なぜだ?ジョナサン。」

アベルと呼ばれた青年が聞き返す。

「当たり前じゃないですか!限定戦域外での戦闘行為は条約違反の中でも最も重いものですよ!?」

「だから俺たちがやるんだ。いいかジョナサン、RNA正規軍は四六時中マスコミがはりついている。正規軍ができないことをやるのが、俺たち傭兵の仕事だ。そうだろ?」

アベルが諭す。そこに中背の男が口をはさむ。

「ジョナサン、びびってるな。あしがついちまうんじゃないかって。心配すんなよ。このヴァイス様が雑魚を全部片付けてやる。あとはお前のユニットガンに積んであるスーパーナパームで証拠も何も丸ごと消し炭だ。」

「ヴァイスさんはわかってないですよ、事の重大さが!中継拠点をやるのとは訳がちがう。セントラルベースにスーパーナパームを使うって事は非戦闘員も無差別で殺すってことですよ!?限定戦争条約では非戦闘員の殺害は重罪…」

「ぶゎーか!」

ジョナサンの言葉をヴァイスは大きな声で遮った。その声に圧倒され、彼は口をつぐんだ。

「いいか、戦争にな、限定もくそもないんだよ。生命のやりとりやろうって時に、ルールなんかねぇ!ぶっ壊したモン勝ち、ぶっ殺したモン勝ちなんだ。ましてや俺たちみたいなはぐれもんが殺し合いでメシを食おうってんなら尚更カッコつけてる余裕なんかあるか!」

「でっ、でも・・・。」

ジョナサンは何か言いたそうに下を向いた。

「不満なのか?なら、いい。俺とヴァイス二人だけでやる。お前はクビだ。」

アベルは冷徹な言葉をジョナサンに突き付けた。

「そんな!」

突然の解雇通告に彼はうろたえた。アベルはさらに続けた。それは、彼がいつもジョナサンに言っていることだった。

「戦場では一瞬の迷いが死につながる。一人の迷いが部隊を全滅させることもある。お前の射撃の腕は確かに一流だ。しかし、迷いでトリガーを引くのがほんの少し遅れればお前は役立たずだ。くだらない倫理感など捨てろ!それができないのならクビだ。ユニットガンをよこせ。」

ヴァイスは気の毒そうにジョナサンをみたが同情の言葉はかけなかった。今のまま作戦を遂行すれば死ぬのは自分だからだ。うつむくジョナサンの横をアベルは早足で通り過ぎようとする。

「待ってください!」

ジョナサンの言葉にアベルは歩みを止めた。

「やります!やらせてください!僕は、僕にはまだやり残したことがあるんです!」

「やれるか?」アベルの振り向き様の言葉にジョナサンは「ハイッ!」と答えた。それは吹き荒れる風のなかにピンと響く。ふと、風が止む。ほんの一瞬あらゆる音という音が息をひそめた。風もジョナサンとともにアベルの返事を待った。

「時間だ、支度しろ。」

ジョナサンは風が吹くのと同時に自分の機体に向かって走り出した。だが風は向かい風だった。

 この南米大陸におけるDNAの拠点「セントラルベース」は、各地で展開しているDNAの部隊に補給物資を調達する役割を担っていた。その規模は北南米大陸地域最大で、この基地の取り扱う物資でDNAの前線は維持されているといっても過言ではなかった。重要な拠点であるこの基地は限定戦争の戦域として定められている地区に囲まれてそこに展開するDNAに物資を補給する一方、基地自体は限定戦争地域外に存在するので、敵勢力から攻撃される心配はなかった。少なくとも、条約上はそうなっているはずだった。

 セントラルベースは大混乱に陥っていた。様々な通信が無秩序に交錯し、その機能は完全に麻痺している。

「なんだ、なにが起こっているんだ!いまの爆発は!?」

「わからない、どの事故のパターンにも一致しない。いま調べて・・・うっ、うわぁああ!!」

「おい、どうした、応答しろ!」

その時、通信士のモニターに迷彩塗装の施されたVRが映った。

「そんな、バカな!?」

「どうした!」

「てっ、敵襲!!アファームドタイプです!」

「なんだと!?ここは戦域外地区だぞ。そんなわけが・・・。」

「ですが司令、現に今、わが基地は攻撃を受けています」

「くっ、VR隊全機発進!後方の部隊にただちに援護を要請しろ!」

「VR隊が出てきたか。ヴァイス、ジョナサン、いくぞ!」

「やっとでてきたか。」

「いつでもいけます。」

三機のアファームドはアベル機を先頭に陣形を組むと敵VR隊に突撃する。DNAの戦力はテン・エイティを中心にベルグドルタイプ四機の合計十三機、対するアベル率いるアファームド小隊はアベル機が指揮官機コマンダー(C型)、ヴァイス機が汎用型アタッカー(A型)、そして、スーパーナパームを搭載した重火力型であるジョナサン機のディスラプター(D型)である。戦力差はアファームドの性能を考慮しても二対一、だが、アベルをはじめとする三機のアファームドは臆することなく突っ込んでくる。テン・エイティのロングランチャーが一斉に火を吹く。それを直角に方向転換しながら三機は左右に展開する。

「このやろ!」

ヴァイスはダッシュしたまま、四機のテン・エイティをロックオンするとバズーカのトリガーを引いた。そのうち一発目は一機の頭部に命中、二発目は二機目の右肩を直撃し、ロングランチャーごと吹き飛ばした。ダッシュをやめると同時に膝をついて最後の一発を、回避行動をとった三機目にたたき込む。膝部の関節に直撃を受けたテン・エイティは勢い良く後方へ倒れこむ。

「一機そっちにいったぞ!」

ヴァイス機の反対方向に大きく回避したもう一機と十字に交差するようにアベル機が走り込む。二つの機体が衝突するかと思われた瞬間、アベルは機体の進行方向を斜め四十五度かたむけた。そしてすれ違いざまに左腕のターミナス・マチェットを抜き、自機の目の前を通り過ぎるテン・エイティに対して振りぬいた。敵機の胴体は真っ二つに分断され、鈍い轟音とともに地面に転がった。敵部隊のVRはその光景にしばし呆然となる。そこにジョナサン機が左腕のファニーランチャーを連続発射した。たちまち四機のVRがロケット弾の餌食となって頓挫、炎上する。

「残りあと五機!」

ジョナサンは歓喜を隠せずにうわずった声で叫んだ。

「へっ!ちょろいぜ!旧式のVRなんざ物の数に入るか・・・。」

そう言おうとして慌てて自機を回避させる。ほんの一秒未満のうちに、ヴァイス機のいた地点は火の海になった。ベルグドルのハンドグレネードだ。続けて同機は両手をついて機体を固定させた。アベルの右側のモニターがやかましい警告音を発した。ロックオンされた!四機のベルグドルから、一斉にホーミングミサイルが発射される。ヴァイスとジョナサンの背筋がさっと冷たくなる。アベルは敵機に向かって最大加速した。前方からくるミサイルが直撃する瞬間、アベルは自機を前方へダイブさせた。後方で巨大な爆風が起こる。その力を利用して一気に敵機の懐に入る。機体を前転させて着地の衝撃を和らげると、そのまま起き上がり際にマシンガンを掃射した。至近距離で撃たれた二機はたちまち蜂の巣になった。

「ふせろ、アベル!」

ヴァイス機は腰のボックスから大型ボムを取り出すと、ベルグドルに投げつけた。爆発音の後、アベルは鉄屑のスコールに打たれた。

「今日は酷い天気だ。」

アベルはぼやいた。ジョナサンはほっと安堵の息をもらした。

「大丈夫ですか、アベルさん。」

「上だ!」

「えっ!?」

ヴァイス機の放ったボムを跳躍でかわしたテン・エイティのハンドガンの標準がぴたりとジョナサン機に合っていた。D型の機動性では避け切れない。ジョナサンはとっさにトリガーを引いた。敵機の放った一撃はジョナサン機の左腕を直撃した。だが幸運にもさきほど一斉掃射したほうの腕で爆発しなかった。敵機はユニットガンを避け、着地したところを横から突進してきたヴァイス機に襲われた。アタックナイフはあやまたずテン・エイティのコックピットを貫いた。

「これで全部か・・・?」

ヴァイスがやれやれといった赴きで言った。

「よし、ここのVRは全滅させた。ジョナサン、仕上げだ。」

しかし応答がない。

「ジョナサン!聞こえているのか!?」

はっとして、ジョナサンはあわてて返事をした。

「はっ、はい!やります!二人とも下がってください。」

ジョナサンは二機が後方へ位置したことを確認すると、右肩のユニットガンのロックを解除した。そして標準を基地の発電施設に合わせる。ロックオンサイトが赤く点滅して、発射準備の完了を合図した。

「いきます、スーパーナパーム!」