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Episode10 「新たなる戦いへ

 上空三千メートル、月明かりに照らされ、眼下には絶望的に広大な荒野がある。そこはすでに旧世紀の末期には人類が定住することをあきらめ、放棄した土地である。一面を赤い土でおおわれた大地は、かつてもっとも自然の豊かな大陸とうたわれた旧オーストラリアであるが、今はあたかも見るものに火星に降り立つ前の光景のような印象を与えるのみとなっていた。

暗闇は確かに隠密行動には最適だが、視界がデジタル化されたコックピット内では朝も夜も関係がない。衛星からの監視も太陽の光の量になど影響を受けない。それでも夜を作戦時間に選択するにはそれなりの理由がある。RNAという組織は存在するが、その本拠地や内部機構、設立者等は謎に包まれている。その理由は、この地球圏にRNAにしか在籍していない人間は殆ど存在しないことに有る。即ち、RNAは現在のフレッシュ・リフォーによる事実上の市場独裁体制に対して反感を持つ人間が、昼間の通常の仕事を終えた後に互いに連絡を取り合い活動している地下組織なのである。彼らは総じてフレッシュ・リフォーとの競争に敗れた中小プラントや、フレッシュ・リフォー関連会社におけるいわゆる非主流派に所属していることが多い。パイロットを始めとする人材は、かつてDN社崩壊のとき、DNAのリストラ対象となった者達が、各々短期契約で働いているのである。ゆえに昼間から表立った行動をすることは通常業務に支障をきたし、自分たちの行動を他者に悟られてしまうことになる。夜にはRNAが本格的に活動を開始する。そして首脳陣によって決定された活動プランが全世界のRNA所属者に通達される。アベルたちは時差を受けない位置で活動をするため、夜になったのだ。

 輸送機の後部ハッチが開放し、三機のアファームドが降下体勢に入る。全機、降下用のパラシュートを背部に装備している。ヴァイス機の武装はバズーカとマシンガンからショットガンへ、アベル機はバトラーの頭部が指揮官用のものへと換装されていた。案の定、ヴァイスが愚痴をこぼす。

「なんでこんなパラシュートで降下しなきゃならんのよ?この間のあれ、気に入ってたんだけどなー。」

「仕方ありませんよ。P型装備は試作品もいいところで、一回使ったら大変なメンテナンスと調整作業が必要なんですから。」

いつものように説得役にまわるジョナサンだったが、自分はもう使いたくないと思っていた。どんなに強力な装備よりも、きちんとした整備と自分なりの微調整のできている自機のほうが安心して乗れる。

「まあな、誰かさんは丸ごと壊しちまったしなぁ?」

「悪かったな。」

少しむっとしたような声でアベルがつぶやいた。その反応がおもしろかったのか、ヴァイスはふふん、と鼻で笑った。

「撃墜数稼いだ割に報酬は俺らとトントンだったもんな。あれが相当効いてるとみたね。」

「でも、ハンドガンだけでも回収できたのはラッキーでしたね。」

ジョナサンのフォローにアベルは少し表情を緩めた。

「ああ、マシンガンでは重量級VRに対して大したダメージを与えられないからな。さすがに全弾命中したにもかかわらず、傷一つつけられないのでは勝負にならない。」

アベルは腰に装備したハンドガンを手に持ち、正面モニターの前にもってくる。そしてしばらく眺めた後、満足そうにまたもとに戻した。

「わかっていると思うが、今回の仕事は戦闘が目的ではない。できるだけ多くの情報を集めることを最優先させる。いいな?二人とも。」

「了解です。」

「銃を眺めてうっとりしてるやつがいっても説得力ないぜ?ほんとは撃ちたくて撃ちたくてしょうがないんだろう?」

図星をつかれてアベルは思わず苦笑いをした。どんなに冷静を装ってもヴァイスにだけはいつもばれてしまう。この男は外見に似合わず人の心情を読み取る術に長けている。もっとも、今のケースでは誰でもわかるが。

「わかっているならいうな。いわれると余計に撃ちたくなる。」

開いたハッチの下がより一層赤く染まった土になる。かつて半年ほど前、大規模な限定戦争がおこなわれた場所の一部である。あの限定戦争以来、この地を訪れる者は大地に散っていった戦士たちの血が染み込んでいると感じるという。降下ポイントはこのあたりだ。格納庫出口の緑色のランプが点滅し、降下開始を告げた。

「いくぞ!」

三機のアファームドは闇の中に飛び降りた。その姿はみるみるうちに小さくなってすぐに見えなくなった。

 「フロントベイ基地へようこそ。」

ミミーの挨拶にロイコフは握手のために右手を差し出した。その手をミミーは握り返した。その余りの大きさに少し驚いた。彼女の手のひらなどすっぽりと包み込まれてしまう。身長はデイビッドよりもさらに大きく、二メートルに迫るだろう。今時めずらしい白人の純血種のようだ。

「始めまして、サルペン中尉。私がホワイトスネイク隊隊長のロイコフ・ラバイッチ大尉だ。よろしく頼む。」

先の航空戦闘機との激しい空中戦の後、ライジング・キャリバーは無事このフロントベイ基地に着艦した。ホワイトスネイク隊は真っ先に作戦司令室を訪れ、ミミーとの基地に関する引継ぎ作業をすることになっていた。

彼らホワイトスネイク隊は、RKGが別の任務によりこの基地を離れることになったため、引継ぎの為に月より派遣されてきた部隊である。だが、単なる引継ぎ部隊でないことは、彼らの乗っているVRとそれにつき従うスタッフの数によって容易に想像ができる。DNAがこの限定戦域における優位性を確立するために送り込まれた精鋭部隊、別名「特殊軽量機動VR中隊」と呼ばれる存在だ。その戦闘力は非常に高く、九機で一個大隊の能力を持つとさえいわれる。しかし、実戦経験に乏しい一面を持ち、多くが地球出身のエリートで構成されるため、実戦に参加するにもこの部隊の出資者、すなわちパイロット達の親に許可をもらう必要があるので、その存在を快く思わないもの達も多い。ここにもそう感じている人間は事実、いた。しかし、それは権力を握る地球出身者の前では口にすることは許されなかった。

「先ほどの戦いぶり、見事でした。」

「いや、大したことはない。ホワイトスネイクの性能を持ってすれば容易なことだ。それに我々としても航空機相手に苦戦しているようではこのフロントベイは守れない。」

ミミーの賞賛にロイコフはさらりと答えた。無意識のレベルでの優越感が言葉の端に感じ取ることができるのは、彼が地球出身者だからではなく自分の腕に自信があるからであろう。しかし、彼らに劣等感やねたみを持つ者にはそれがエリートの驕りに聞こえてしまう。ある意味、地球出身者は常にそのような逆差別にさらされているともいえる。ミミーはそういった劣等感とは無縁の性格だが、若干の地球なまりはやはり耳に馴染まない。

「私たちは明日にもここを出発します。基地についての情報はわかっているとは思いますが、何か疑問におもったことがあったら現地スタッフに質問してください。」

「了解した。後のことは我々に任せて、諸君は次の任務に全力を尽くしてくれ。それと・・・。」

ロイコフは少し間を取って、言いにくそうに言葉を区切った。

「何か?」

「いや、君たちが苦戦を強いられたという三機のアファームドについての詳細なデータがほしいのだが。」

「ありますよ。」

そういってキースにデータを出すように指示をした彼女の表情は、明らかに怒りと屈辱を必死で我慢するものだった。ロイコフも仕事とはいえ、自分が彼女の立場なら同じ反応をするだろうと思い、わざと気まずそうに言い出したのだった。だが、そういう心遣いがかえって彼女のプライドを傷つけるというところまでは気が回らない。また、そういう感情を処理できないミミーも指揮官としては未成熟なのだろう。無理もない。ついこの前まで准尉だったのだ。いくら彼女でも指揮官としての資質は一朝一夕で身につくものではない。

「これです。」

「ありがとう。」

軽く頭を下げてミミーからデータカードを受け取ると、ロイコフはそれを大事そうに懐にしまいこんだ。

「協力、感謝する。仇は我々が必ず討つ。安心してくれ。」

「そんなに簡単な相手なものか。」

ミミーが言おうとしていたせりふは、一瞬はやくカインが口にした。ロイコフの表情が厳しくなる。鋭い目でカインを睨みつける。

「それはどういう意味だ?」

「言葉のとおりですよ。あなたにあいつは倒せない。」

「自分にならやれるとでもいう口ぶりだな。」

「そうです。僕にしかあいつは、アベル・サンバードは倒せない。」

「よしなさい、ナスカ少尉。」

ミミーの制止にカインは口をつぐんだ。不満そうに顔を横に向け、部屋の壁をにらみつけている。デイビットも仲間の仇が討てずに悔しいという感情では彼と同じであるため、カインを止めることは指揮官に任せることにした。

「ふん、DNAの英雄ってのは、お前か?」

ロイコフの後ろからかけられた声にカインは視線をうつした。長身の若い男がカインを顎で指している。シド・ブライトリングだ。

「たった三機にいいようにやられるなんて、英雄も大したことないんだな?」

「何!?」

「まあ、後は俺たちに任せてとっとと月でお仕事してきなよ。」

「こいつ!」

「よさねえか、ガキじゃあるまいし、こんなのでキレるんじゃない!」

今にもくってかかりそうなカインをデイビットは背後から抑えた。ロイコフも目でシドに合図し、やめるように促す。

「くっ、あいつはぼくが倒す。邪魔をするなら誰であろうとバラしてやる!」

カインの言葉にシドは強烈な圧迫感をおぼえた。デイビットやミミーも同じだった。この女顔の美青年が放つ殺気が本物であることを感じたのだった。こいつは必ず言葉通りのことをやる。シドは背筋に冷たいものを感じた。

「すみません。」

「いや、こちらこそ。少し休憩させていただきたいな。さすがに月から休んでいないと身体が悲鳴をあげ始める。」

ロイコフはミミーの謝罪に手をあげて答えると、その場の気まずい空気を察して一度ブレイクをいれることにした。ミミー達のライジング・キャリバーへの積荷等が完了するまではまだ時間がある。

「ナスカ少尉、あなたはマルファスのところにいって搬入を手伝いなさい。テムジンを使えば早いから。」

そういってミミーはデイビットに合図をした。小さくうなずき、彼はカインを半ば強引に部屋から連れ出した。部屋のドアを通る時、カインはシドを鋭くにらみつけ、デイビットの腕を払った。

「あれが英雄か。顔に似合わず随分と荒っぽい奴だな。」

「お前が挑発するからだ、シド。誰だって負ければ悔しい。感情を逆なでするな。」

ミミー達にはわからない地球固有の言葉でロイコフはシドをたしなめた。シドは大げさに首をすくめてみせた。

「すみませんでした。」

シドは感情のこもっていない謝罪の言葉を表した。素質はあるのだが、いかんせん精神的に未成熟なシドをロイコフは惜しい存在だと感じていた。これで仲間の信頼を得られる人間ならば、次期ホワイトスネイク隊の隊長も任せられる器なのだが・・・。一つ大きなため息をついて、ロイコフは作戦司令室を隊員とともに後にした。