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Episode2 「私のライデン

ミミー・サルペン中尉は自室のベッドの上で、何度も寝返りをうった。今朝から、ずっとそうだ。どうにも落ち着くことができない。今日セントラルベースから新型のVRがここ、フロントベイ基地に補給物資として輸送されてくることになっているのだ。彼女の愛機ライデンも、新設計の新型として生まれ変わって帰ってくる。そう思うだけで胸が踊る。

ミミーはよりたくましくなって帰ってくる愛機の姿を想像し、含み笑いする。それは何年かぶりに恋人と再会する瞬間を心待ちにする少女のようだった。彼女はそんな自分を認識するたびに、つくづく自分はVR乗りであることを自覚するのだった。部隊を指揮する立場になっても、それは決して変わることはない。そう確信する。また、そうあり続けたいとも思う。金銭、利潤、宣伝効果・・・。少なくとも自分だけはそういうことを考えない軍人でいたい。

SHBVDを離れ、この子会社の取締役兼隊長に就任した今だからこそ、より強く、そう感じるようになっていた。はやく自分の愛機に乗りたい。シュミレーターは何度もやったが、本物に乗らない限り信用できないのは彼女が現場の人間だからだろう。暇ならもう一度シュミレーターやってこようかしら。そう思ってベッドから起き上がると同時に自室の端末が光り、けたたましい音をがなりたてた。ミミーは思わず眉間にしわをよせる。低血圧であるため、彼女が自ら設定したものだが、平時に聞くとさすがにうるさい。スリーコールが限界だ。すぐに立ち上がって受信ボタンを押す。モニターに通信士が映し出された。その表情はただならぬ面持ちだった。

「何かあったの?」

「緊急事態です。大至急作戦司令室にきて下さい」

ミミーの顔が恋する乙女から指揮官のそれになる。

「わかった、すぐいく!」

ミミーはハンガーにつるされている上着を駆け出し際に掴むと、勢い良く廊下に飛び出した。

 「ええ!?」

報告を聞くや否や、ミミーは大声をあげてしまった。通信士のキース・マイケルズも信じられないといった感じで次の言葉を吐き出した。

「間違いありません。私も最初聞いた時、まったく信じられなかったのですが・・・。」

「セントラルベースが消滅したなんて・・・。事故か何かかしら。でも、あそこに基地全体を吹き飛ばすような危険性のあるものなんてないはずよ。」

「はい。それに、連絡が途切れる前後、監視用の衛星カメラが強力なジャミングによってその行動を妨害されています。機能が回復したカメラの映像が、これです。」

そういって、キースはモニターに映像を出した。ミミーはそれを見て、我が目を疑った。瞬きせず数秒画面を凝視したあと、ゆっくりと目を閉じ、もう一度見た。わかってはいたが目前の映像が悪夢ではなく現実であることに落胆した。

「これ、スーパーナパームね。」

「はい。おそらく・・・」

キースが口を開くのと同時に作戦司令室の扉が開き、中年の女性が慌しく入ってきた。見た目は三十台前半のやや小柄な美女で、上下を紺のDNA軍服で決めている。彼女を初めて見た人間が彼女の実年齢を聞くと必ず驚く。部屋に入るとすぐにその女性は二人に近づき、ややヒステリックに言った。

「どういうこと!?セントラルベースが消滅したっていうのは!」

「どうもこうも、見ての通りよ。」

ミミーはショックと嫌悪のないまぜになった表情でため息と一緒に吐き捨てた。女性はそのぶっきらぼうないいかたに少しむっとしたが、すぐにモニターを見て顎然とした。

「きっ、基地がなくなっている・・・。」

「生存者の存在は絶望的です。」

キースは言いかけた言葉を続けた。

「原因はなんなの?事故?」

「いえ、スーパーナパームよ。」

質問を受けたキースに代わり、ミミーが答えた。女性はその言葉に再び驚いた。

「なんですって!?そんなバカなこと!あれは五十年も昔に使用が禁止されているものよ?それに第一、あそこは限定戦域の外じゃない?」

「落ち着いて下さい、モーリスさん。」

キースがなだめる。

「これが落ち着いていられる状況!?すぐに本社に連絡しなくては!」

そういうと彼女は入ってきたときと同様に慌ただしく出ていった。やれやれといった表情でミミーはモーリスの出ていくのを横目で見送った。彼女の美貌と手腕は認めるけど、何かにつけて本社、本社・・・。まぁ、この場合は正しいかしらね。そう思ったが、すぐに頭を切り替えるとキースに向かっていった。

「ICBMによる攻撃でないのは確かね。」

「今時そんなもの使ったらすぐに足がつきます。考えられるとすれば航空戦闘機による空爆かな?」 

だが、ミミーは首を横に振った。

「潜水艦や航空機からの発射はないわね。北から進入するならここのレーダーに引っかかるはずだしその他の方向からだと公域を通過する必要があるわ。かつてのDN社を除けば、複数の公域管理会社を全て買収できる企業なんて今の地球圏には存在しない。おそらく、陸戦兵器でしょうね。」

「まさか、VR!?」

こっくりと彼女はうなずいた。キースの顔色がさっと青ざめる。

「RNAだ。そうですよね!」

「でも、証拠がないわ。衛星カメラのジャミングだけじゃない。セントラルベースからの連絡が一切ないってことは、奴らはきっと真っ先に通信施設を破壊したんでしょう。そして作戦時間。ジャミングの有効時間は約十五分。その間に基地の防衛隊を撃破してエネルギープラントにスーパーナパームを打ち込んで離脱。プロの仕業に違いないわ。証拠もスーパーナパームが一掃してしまうから問題ない。」

 一通り推理を終えるとミミーはふうっとため息をつく。そして完全に硬直してしまっているキースに向かって指令をだした。

「セントラルベースがやられたらここは補給が受けられなくなる。奴らの真のターゲットは私たちよ。至急、フロントベイ全域を第一種警戒体制に移行!!」

キースはしばらくぼうっとしていたが、はっと我に帰り、命令を反復した。

「りょ、了解!フロントベイ全域、第一種警戒体制に移行します!!」

にわかに基地全体が騒然となる。続々と作戦司令室に人が集まり、様々な情報が飛び交う。高い緊迫感が突如作戦司令室を支配し、ミミーの指示に士官達が走り回る。その後三十分は通信や連絡が途切れない状態が続いた。やがて喧騒が一段落し、一通りの指示やチェックを済ませ、ミミーは部屋の中央の椅子に腰を下ろした。今のところすぐに襲撃がくることはなさそうだ。

ほっと一息ついたその瞬間、ミミーは今日一番の大声をあげた。

「あーーーー!!」

指揮官らしからぬ、まるで大事な約束を忘れていた女の子の様な声に作戦司令室にいたクルー全員が一斉に彼女を見る。キースはまた何か重大な事件かと思い、あわてた表情で尋ねる。

「どうなさいました、中尉!!?」

ミミーはくるりとキースのほうを向き、唇を思いきり尖らせてだだっ子のようにいった。

「あたしのライデンはぁーーー!!!?」

 セントラルベースから北に百七十数kmの地点、補給部隊604小隊は、車両故障により足止めを食らっていた。VRパイロットのカイン・ナスカ少尉はトレーラーの修理に東奔西走するスタッフをよそにのんびりとドリンクを飲んでいた。手伝うといったのだが、断られた。

「『貴君を無事フロントベイ基地に送り届けるのが我々の任務だ!』か。意地はっちゃって。VRでとべば目と鼻の先だっていうのに・・・。」

だか、彼らの主張を覆してまで手伝う必要もないだろう、そう思い、トレーラーの中に入って休んでいる。すると、無線から、慌ただしい声がカインの耳に不意に飛び込んできた。

「604、604、応答しろ!こちらフロントベイ、応答しろ!」

カインは回りを見渡すが、補給部隊の人間は総出でトレーラーの修理に追われている。自分がでていいものか迷った彼は外に出て人を呼びに行こうとした。

「ちっ、なんてこった!シャフトが折れてやがる!」

「だからいったじゃないですか、こいつはテン・エイティを運ぶのとは訳が違うって!」

「わかってるよ!今更そんなこといったってしょうがねぇだろ!」

そんなやりとりを聞き、カインは声をかける気をなくした。仕方なくトレーラーに戻る。あきらめて自分がでることにした。それにしてもやたらにあせってるな、何かあったのか。

「はい、こちら604補給部隊。」

「604部隊、無事なのか!?」

「え、ええ、無事ですが・・・。」

向こうの余りの剣幕にカインはやや圧倒されながら答えた。すると無線の向こう側で「おおぉ」というどよめきが起こる。カインは訳がわからず聞き返した。

「あっ、何かあったんですか?」

だか、向こうはなにやら混乱しているようですぐには返事がかえってこない。カインがもう一度繰り返そうとして口を開いた瞬間に突然ヒステリックな女の声が大音量で飛び出してきた。カインはスピーカーを破壊しそうな声に思わず片目をつぶり、上半身を大きく反らせた。

「どいて!ちょっと、ライデンは無事なの!?」

「うるさいな!そんなに大声出さなくたって聞こえるよ!」

「どうなのよ!?」

カインはゆっくりと頭を左右に振り、ため息混じりに吐き捨てた。

「ああ、無事だよ!いかれちゃってるのはトレーラーのほうさ。シャフトが折れているんだ。」

「本当!?いますぐそっちにいくから!」

声の主はVRが無事であることを確認すると一方的に会話を打ち切った。

「なんなんだ、いまのは?」

通信士の声が無線から再び聞こえた。カインはやっとまともな交信ができると思い、油断した。その後の通信の内容に対する心構えができていなかった。通信士の口から伝えられたセントラルベース壊滅の事実はカインを押し潰した。

 カインはトレーラーの中でドリンクを飲んでいた。だがその雰囲気は三十分前とはまったく違っていた。ストローをくわえてはいるが、そこにはしばらくの間ドリンクが通過した形跡はない。604補給部隊の者達も先ほどの騒々しさは荒野を走る風にかどわかされたかのように黙々と修復作業に従事している。カインを現実世界へと引き戻したのはVRの接近音だった。

 大地を踏み締める轟音とVコンバーターの回転音が次第に大きくなる。カインはドリンクを片手にトレーラーを降りた。カインはしばらくぼうっと近づいてくるテン・エイティを眺めていたが、テン・エイティはまったく減速する気配がないのに気づき、慌てて回避した。そのせいでカインは上着にドリンクをこぼしてしまった。

「ああ!?くそ!」

テン・エイティはトレーラーの直前で急停止した。パイロットはカインの横を走り抜け、一直線にトレーラーの奥へ向かっていった。

「なんだ、ごめんの一言もなしかよ。」

カインは大股でパイロットの方へ歩いていった。向こうでVRの無事を喜ぶ歓喜の悲鳴が聞こえる。そのパイロットはヘルメットも外さずにトレーラーに積んであるVRを見て大はしゃぎしている。

「あ〜ん、ライデ〜ン!無事でよかった〜!」

カインは後ろから近づき、パイロットの後ろ頭を軽く小突いた。

「『無事でよかった〜』じゃないだろ!お前、どういう操縦してるんだ!こっちは危うく踏み潰されるところだったんだぞ!わかってるのかよ!」

パイロットはしばらく停止していたが、VRの無事を確認して平静を取り戻したのか、先ほどとはうってかわって落ち着いた声で話した。

「上官の頭を小突くなんてやってくれるわね。」

「上官だと?」

厚いパイロットスーツの上からでもはっきりとわかるほど豊かにふくらんだ胸に光る中尉の階級章を見て、カインは慌てて敬礼した。

「しっ、失礼しました!」

女パイロットはヘルメットを外すと小脇に抱えた。今まで寿司詰めになっていた長く美しい髪が大きく伸びをする。そして女の顔は主役らしく、脇役の髪のあとに現れてさらなる美しさを披露する。女は髪を無造作にかきあげて微笑を浮かべた。その美しさにカインは自分の顔面が熱くなっていくのを感じた。それを見た女は素直な青年を許してやることにした。

「まぁ、いいわ。大目に見てあげる。彼も無事だったことだしね。」

そういってライデンを見上げる女を見て、ようやく目前の人物が誰かわかった。

「もしかして、ミミー・サルペン中尉!?」

「ええ、そうよ。」

先ほど取った敬礼の姿勢が崩れているのに気づき、カインは全身を再び緊張させた。

「僕、いえ自分はこの度フロントベイ基地に配属になりましたカイン・ナスカ少尉です!」

その名前をきいて、ミミーは「ああ、きみがあの・・・」といって大きくうなずいた。

「中尉は自分をご存じで?」

「知っているも何も、VR乗りで知らない人間はいないわよ。OMGにおいて、単身太陽砲内部に突入、防衛機動兵器ジグラッドを撃破、発射を阻止した若き英雄、カイン・ナスカの名前は。確か世界最高のバーチャロン・ポジティブを持つ男だって聞いたわ。」

カインは軽く頭をかいて照れて見せた。この話題の時はいつもこうすると決めていた。

「今度是非、手合わせ願いたいわ。若き英雄の力、確かめてみたいから。」

「光栄です。」

その時、不意にミミーのヘルメットが鳴った。通信士キースが切迫した声色で叫んだ。

「サルペン中尉、緊急事態です!所属不明のVR、多数接近中!」

「数は?」

「不明です。ですが十機以上の大部隊です」

「了解!すぐ戻る!」

そういって無線を切るとすぐに補給部隊の兵士に指示を出す。

「修理は後回しだ、至急VRを起動させろ!VRで直接基地に向かう!基地の安全が確保され次第、こちらに救援をだす!」

一斉に兵士達がVRの起動準備にかかる。トレーラーのコンテナの天井が開く。カインはてきぱきと指示を出す指揮官が先ほどまで自分のVRの無事を騒いでいた女性とはとても思えず、そのギャップにしばし呆然とした。

「何をぼうっとしている!?はやく起動準備に入りなさい!!」

ミミーに激を飛ばされ、カインは弾かれたようにはっとしてコックピットへ向かって駆け出した。