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Episode3 「若き英雄

 「くそっ、こんな旧式じゃ追い付けねぇ!」

デイビット・ルース少尉は吐き捨てた。相手は新型のVRアファームド・タイプを中心にカスタマイズされたドルカスを含む混成部隊、数もざっと二十機はいる。音速に迫る加速で接近しては離脱をして、波状攻撃してくる。テン・エイティとベルグドルでは突撃されないように弾幕をはって追い返す程度のことしかできない。だが、それも時間の問題だ。

「ええい、中尉はまだか!?」

自分で第一種警戒体制を出しておきながら敵の襲撃時に基地にいないなど、考えられない。しかも貴重なVRを移動手段に使って、だ。

「こいつをしのいだら絶対あの女に文句言って・・・。」

デイビット機めがけて巨大なボールが飛んでくる。真っ赤な、刺がたくさんついているやつだ。

「このぉ!!」

デイビットはロングランチャーを思いきり振り回した。ボールは芯にジャストミートし、敵機のほうへ飛んでいった。遥か向こうで大きな爆発が起き、同時に敵の反応も一つレーダーから消える。ホームランだ。

「け、どんなもんだ!」

続けてもうひとつ飛んでくる。今度のは両手で抱えるほどに大きい。おまけに刺はビームでできている。慌てて障害物の影へ入る。激震と共にそのすぐ脇の地面に巨大な穴が空く。

「その前に生き延びなくっちゃな・・・!」

その時後方に新たな機影が映る。デイビットは全身の汗腺からどっと冷や汗が出るのを感じた。

「くそったれ、増援かよ!?」

こうなったらこっちだって意地がある。腰のボックスのボムに手をかけたその時、通信が入る。

「隊長、識別信号青、味方です!」

「やっと帰ってきやがった!」

悪態をついてみせたが、その声からは安堵の色がうかがえる。その機体は真っ直ぐデイビット機に近づいてくる。その味方機から通信が入る。だが、その声は耳なれないものだった。

「僕が突っ込みます!援護してください!」

そういうと、デイビットの横をすり抜け敵機に突進する。猛スピードで通り過ぎた機体を見たが、デイビットの知らないタイプだった。MBV−04に酷似しているが、あんな加速はテムジンには出せない。第一、彼の知る限り、背部にブースターなどついていないはずだ。新型か?

「あぶねぇ!」

デイビットはロングランチャーのトリガーを引いた。たが、敵機はいとも簡単にビームを回避すると、新型機を囲むように展開する。前方に二機、後方に一機挟まれた状態でも新型は速度を緩めない。やられる、デイビットがそう思った瞬間、前方二機のアファームドは頭部と腹部を貫かれ吹き飛んだ。その場にいた敵味方全員が一瞬凍り付く。

デイビットは何が起こったのか、一呼吸おいてようやく理解した。

「一瞬で、やったのか?二機同時に・・・。」

後方を固めていたドルカスが新型に向かってファランクスを放った。爆炎と火柱がドルカスの前方四百メートルの範囲を火炎地獄に変える。しかし新型は回避するどこか逆にドルカスめがけて突進した。火柱と爆炎の間のわずかな隙間を絶妙なステップですり抜ける。そして突進の加速を利用して飛び上がり、真上からボムをたたきつけた。まばゆい閃光と激しい爆発がドルカスを包み込んだ。爆風が周囲の土砂や砂塵を巻き上げ、デイビットは新型を見失った。

 わずかに土煙のなかにVRのシルエットが確認できるだけだ。その影絵のような土煙に一筋の蒼い刃が輝いたのが見えた瞬間、ドルカスの上半身が煙から飛び出し、無惨な姿をさらした。爆発が収まるや否や、新型は新たな獲物に目をつけた狩人のようにメインカメラを鈍く光らせた。その先には小隊を壊滅させられ孤立したS型がいた。S型はろくに標準も定めずにユニットガンを発射した。

 新型は避けもせずS型めがけて突っ込んだ。アファームドも真っ直ぐにダッシュするとファニーランチャーを全弾斉射した。これなら相手に例え当たらなくともスペースを通過して味方と合流できる。基本に忠実な戦術だ。だが新型はミサイルを限界まで引き付け、前に出つつ上半身だけかがめて回避した。敵機と交差すると同時に右足を踏み締め、弧を描いて背後に回り込む。そのあとを追うようにエネルギーフィールドを形成したロングランチャーが美しいスカイブルーの丸い大輪を咲かせる。その華はアファームドを背後から両断した。

「つ、強い・・・!」

デイビットは新型が味方であるにも関わらず身体が恐怖に震えた。生唾を飲み込む音が頭の中に響きわたる。戦いの中で彼はこれほどの戦慄をかつて体験したことはなかった。OMG以前から最前線で戦い続けてきた彼が、だ。敵機の恐怖は計り知れない。新型は敵部隊の密集した方向にむくとロングランチャーを構えた。一瞬の内にそれは巨大化し新型の肩に固定された。先端から二つに分かれ、クリスタルが露出した。そこから凄まじいまでのレーザーが発射された。周辺の空気を燃え上がらせてレーザーは回避の遅れたD型二機を貫いた。敵部隊は一分未満に六機ものVRを撃破され浮き足だった。隊長機のC型はボムを投げた。爆発と同時に信号弾があがった。撤退信号だ。敵機は一斉に牽制射撃をしつつ後退を始めた。ナパーム弾とファランクスの嵐に新型機も後退を余儀なくされる。そこに一閃、デイビットの後方より二本の光の筋が通過したかとおもうと、一度に四つの爆発が起きた。デイビットが後ろを振り向くとそこに真紅のVRがいた。まるで獅子のたてがみのごとく雄々しくひろがる両肩のレーザー発信機、通常のVRよりも一回り大きいボディーは圧倒的な重量感と威圧感を見るものに与える。ミミー・サルペン中尉のライデンだ。デイビットは先ほどまでの悪態はどこへやら、その胸に絶対ともいえる安堵を感じた。敵部隊は見えない位置にまで後退している。

「みんな、遅れてすまない。各機とも修理を済ませ次第、追撃にうつる!補給部隊にも救援をだせ!」

「やれやれ、まだ終わりじゃねぇか・・・。」

「どうしたの、ルース少尉?」

「いいえ、なんでもありません!おい、すぐに修理作業にかかれ!」

ミミーの命令に露骨に不満そうな声でデイビットは部隊に指示を出した。それにしてもあの新型、なにもんだ?デイビットはコックピットをおりて新型の方へ歩いていった。

 下から見上げるとそれはテムジンにみえるが細かい改良が各所に施されている。コックピットハッチが開き、中からパイロットが降りてきた。ヘルメットを取ってふうっと一息ついたその顔を見て、デイビットは初め女かと思った。だが、185センチ以上あるデイビットにはとどかないものの、それなりに高い身長と話声は男のそれだった。

「よかった、間に合って。何とか基地は潰されずに済んだみたいですね。」

「お前は?」

「ああ、申し遅れました。僕は今日からここに配属になったパイロット、カイン・ナスカ少尉です。」

「お前さんがあの・・・。どおりで化物みてえに強いわけだ」

デイビットはここでようやく納得した。だが彼には目の前の女顔の青年があの鬼神のごとき戦いをするパイロットとは信じられなかった。

 やがて他のパイロット達もカインの回りに集まってきた。皆、カインの活躍を誉め称える。その光景をやや離れたところから見ていたミミーはこの部隊に心強い味方が現れたことを実感していた。

「とんでもない子がきたみたいね?」

ミミーが振り替えるとそこに若い小柄な女が立っていた。白衣を羽織り、両手をポケットに突っ込んでいる。胸の階級章から彼女が技術将校だとわかる。

「マルファス、修理はいいの?」

ミミーの問いにマルファスはポケットから片手を出して左右に振りながら「いいの、いいの。若い連中にも仕事を覚えさせなきゃ」と答えた。

「ちょっと、これからすぐ追撃にでるんだから。」

ミミーは端正な顔を少し歪めたが、何だかんだいっても常に結果を出すマルファスを信頼していたのでそれ以上何も言わないことにした。

「ここに来て以来、スコアで負けたの初めてじゃない?」

マルファスは冗談混じりにいった。

「そうかもね」と首を傾げたミミーはカインの方をみた。

「いい動きしてるわ。いくら新型のテムジンでもあそこまで使いこなせるやつはそうはいないよ。」

マルファスは感心したように腕組みをした。

「それに、技術屋としちゃあ、あのテムジンは大いにいじりがいがあるよ。」

「そうね、それにあれが正式に量産機に採用されればRNAのVRとの戦力差も縮まるわ。少なくともアファームドに好き勝手にやられることはなくなると思う。」

後ろでマルファスを呼ぶ声に「わかった、いまいくよ!」と大声で答えた後、もう一度カインをみて、

「それもあの子の働き次第ってことね。」

というと作業デッキに向かっていった。途中振り向いてミミーに言った。

「休んどきなよ、ミミー。三時間後にはでるんだろ?」

「二時間後よ。」

ミミーの厳しい要求に彼女は背を向けたまま首をすくめて両手をひろげた。

 嵐の過ぎ去って穏やかな夜明けが来そうだった。VRのコックピットのなかが一番落ち着く。おかしな話だが事実だ。作戦の後の休憩中、つい、うとうとしてしまう。意識が現実から離れようとした時、通信モニターが鳴る。受信すると、そこに女の顔が映る。

「あんたか。」

女は表情を変えずに言った。

「作戦遂行ご苦労様。作戦の完遂はこちらで確認したわ。」

「そんなことを言いに通信した訳じゃないだろう?」

アベルは女のねぎらいの言葉を一蹴した。女の表情が少し動いたが、すぐに平静を取り戻した。

「次の依頼よ。フロントベイ基地を攻撃した部隊が返り討ちにあって撤退を余儀なくされているわ。」

その事実にアベルはあきれて思わず聞き返した。

「本当なのか?」

女は少しむっとした顔をして自分達の失態を弁解した。

「予想外の新型が二機、配備されていたの!不意をつかれて部隊は半数が撃破されたわ。あなたたちに部隊の撤退を支援してほしいの。やってくれるわね。」

アベルはふんっと鼻で笑った。

「要は俺達におとりになれというんだろ?」

「そうよ。」

女は悪びれた様子もなく言い切った。

「いいだろう、ただし報酬ははずんでもらうぞ?」

アベルはなにやら言い様のない高揚感をおぼえた。次の戦いは何かが違うような、そんな気がする。それは古い友人との再会を予感させた。