ミミー・サルペン中尉率いる特殊戦闘VR部隊ローゼン・ナイツ・オブ・グロリアス(RKG)はフロントベイを襲撃した敵VR隊の追撃任務についていた。この部隊は様々なVRの実験的運用を行う部隊としてDNAから分社化された組織である。当初「VR特殊運用実験中隊」という名称がつけられたが、そのあまりの無骨な響きにDNAの上層部は疑問を抱き、急遽「華のある」名称ということでこの名前になった。これは、この部隊がVRの運用実験を行う為だけでなく、メディアにアピールすべき存在であることを意識しているという事情もあった。ミミー・サルペンはこの部隊の配属になり、隊長職を命じられ、同時に中尉に躍進していた。戦場では珍しい女隊長を抜擢することで、内外にその存在を知らしめる効果を狙ったと思われる。
ミミーのライデンは通信回線がひっきりなしになっていた。追撃の為の移動中にも関わらず途中、DNA本社の上司や役員、ひいてはあのフレッシユ・リフォーの人間までもが数分おきに同じことをきくために通信してきた。ミミーはいいかげんにうっとうしくなり、『現在調査中、詳細が明らかになり次第、レポートを提出する。』といって外部通信をオフにした。詳しい事情を知りたいのはむしろ最前線の自分たちだというのに。だか、その言葉はぐっと飲み込んだ。なにはともあれ、その周辺の事情は追撃している敵を捕らえてみればわかることだ。そう自分に言い聞かせた。彼女自身、RNAのはっきりとした実態をいまだ把握できないでいる上の連中には愛想が尽きていた。TV中継がなければマシンガンの弾一つとて補給しようとしない。どうやら送られてきた新型テムジンの戦いを生中継できなかったことに腹を立てているらしい。
現代の人類がイデオロギー、人種、宗教等を原因とする全面戦争を放棄して数十年。人々は自らがより理性を確立し、神に近づいたと勘違いをしている。確かに人類の歴史の中で非戦闘員の死亡者数は比較にならないほど減少した。だか、企業国家というシステムに支配され、自己というものを喪失し、あまつさえ持て余す血の欲求を限定戦争などという茶番劇で満たそうとするその姿に、神の面影などあろうはずがない。自然科学の進化は神を否定したことからはじまるといわれるが、そうではない。人は自然科学の追求によりそれ以前の人よりも貪欲に神を求めたのだ。バイオテクノロジーはかつて神にのみ許された生命の創造までも可能にし、宇宙科学は神の膝もとでエデンを観察する場所であった宇宙を、戦争、廃棄物、人の欲望で埋めつくした。人が決して神に届かぬ存在であるならばあくまで人は人で在り続けるべきではないか。神を恐れ、敬い、理性の薄皮で自らの欲望を取り繕うことをやめるべきだ。欲望、信仰、イデオロギーの為に自ら望んで己の血を流し戦った人々は誇り高いといえる。だからといって、戦争を肯定すべきではないが、少なくとも彼らは血を流したからこそわかる理想の貴さを、情報としてではなく体験として理解していた。戦争は醜く残酷である。だから賭けるものは貴いものでなければならない。賭けるもののない戦争は単なる殺人である。現代人はそれを忘れている。危険なのはそれを自覚していない点にある。人はその本質が大昔から変わらないことを反省し、また誇りにするべきだ。
「サルペン中尉、敵VRがここの一帯を通過したことは間違いなさそうです。」
その報告にミミーは満足げに端正な口元を歪めた。
「思った通りね。侵攻ルートから割り出せばこっち以外考えられないもの。」
「敵の待ち伏せの可能性は?我々がここの一帯を通過すると予想すれば罠である危険も・・・。」
わかりきったことをいうキースにミミーはすっと手を挙げて遮った.。
「わかってるわ。斥候を出したのもそれを警戒してよ。」
「そうでしたか。さすがサルペン中尉。」
「お世辞いっている暇があったら警戒を怠らないことね。」
そういって通信をきるとコックピットシートにもたれかかる。そういえば背中をシートにつけるのはライデンに乗ってから初めてだ。ふうっと深呼吸する。追い付けるのはもう少し先になるだろう。ミミーはVRの制御をオートにして目を閉じた。
やや薄暗いと感じるVRデッキに整備の整った三機のVRアファームドが並んでいた。そのうち二機は既に武装も装着済みであったが後の一機は丸腰にみえる。だがよく見れば両腕の肘部に何かが取り付けられている。かつてOMGの時、陸、宇宙を問わずその機動性と白兵戦能力で活躍した名機MBV−09−Cアファームドの必殺武器、トンファーだ。いままでRVRアファームド・シリーズはその機動性やパワーなどが高く評価される一方、武器積載能力や、ビーム兵器とジェネレーターとの相性の悪さゆえ、実弾を使用せざるを得ないことからくる戦闘継続時間の短さが前線のパイロットから問題として指摘されていた。その問題点を解決する答えとしてRNAが出した解答が、このRVR−39なのだ。
この機体は近接戦闘に特化した第二世代VR初のアファームドであり、後にこの機体はRNAの主力決戦機として未曾有の大戦「オラトリオ・タングラム戦役」に大量投入されることとなる。
そこにおよそVRデッキなどという場所の似合わない男女二人か現れた。だがどうやら逢い引きという雰囲気ではない。やや硬質な感じを受ける女の声が周りに響いた。
「注文の品、ようやく届いたわ。」
そういうと女はアベルにディスクを差し出した。アベルが手を伸ばすと女はそれを素早く自分の胸もとに隠した。アベルの眉がわずかにつり上がる。彼女の名はミカエル・ロゼッタ。胸には大尉の階級章が光る。しかしそれはDNAのものとは異なり、赤が基本の派手なものだ。年齢は二十前半、金色に輝くショートヘアとマリンブルーの大きな瞳が特徴の純粋なアングロサクソン系の美女だ。ただ、化粧が少し濃い。背は高く、ヒールをはいた状態で視線の高さはアベルとさほどは変わらない。だが細身なので身長ほどには存在感を感じない。もっとも、アベルの美貌が見るものに他の存在をそう感じさせることも否定はできないが。
アベルの顔をみてミカエルは少し優越感を感じていたが顔には出さなかった。
「しっかりと仕事をしてもらえるのかしら?」
「俺たち傭兵は信用が命だ。安定しない身分だからこそ、仕事はきっちりやる。」
「なにせ最新のRVR−39だもの。これをもってDNAにでも逃げられたら大変な損害になるわ。」
「そんなに信用できないのなら、他をあたるんだな。」
そういって立ち去ろうとするアベルの背中に向かってミカエルはかまをかけてみた。
「あなたでなければこのバトラーは乗りこなせないわ。かつてのDNAのトップ・オブ・アファームドでなければ、ね。」
アベルの歩みが止まった。ゆっくりとこちらを振り替える。
「調べたのか?」
食いついた!ミカエルは喜びを咬み殺しつつ続けた。
「やっぱりそうだったのね。あなたのVRの操縦、ただものでないとわかるわ。あなた、確かDNAをリストラされたのよね。」
「なにがいいたい?」
真正面を向いたアベルに対し、今度はミカエルが背を向けてアベルを挑発するように言った。
「OMG以来、多くの人間がDNAをリストラされた中にVR乗りも大勢含まれていた。でも、あなたほどのパイロットが解雇されるには何か別の理由があるんじゃないかしら?」
「俺の弱みを握って依頼料をねぎろうとでもいうのか?」
ミカエルは金のショートヘアに左手を通しながら少し歩いてその場でターンした。
「何もそんなことするためじゃないわ。金を出すのは私ではなく組織だもの。それより私は貴方に興味があるの。」
「俺に、だと?」
アベルの表情が先ほどより険しくなった。顎を引きつつ首を少し傾け、警戒した眼差しになる。
「あなた、六年前に奥さんと子供をなくしているそうね。ある事故に巻き込まれて・・・。あなたは奇跡的に助かったけれど、奥さんと子供は行方不明。その事故はかつてのDN社によって隠蔽されて、真実はついに明るみに出なかった。」
「何を企んでいるか知らんが動揺を誘おうとしているなら無駄なことだ。」
「あら、そうかしら。奥さんが生きているかも知れないといっても?」
「何だと!!?」
アベルは凄まじい勢いで走り寄り、彼女の胸倉を掴んで片腕で釣り上げた。足をじたばたさせ、ミカエルは必死でアベルの腕を掴む。
「や、やめて・・・!苦しい!」
「言え!!どういうことだ?ニーナが生きているだと?」
凄い剣幕にミカエルは息を飲んだ。普段の落ち着いた雰囲気の彼からは想像もできない鬼のような形相だった。
「は、放して!言うから手を放して!」
アベルははっとして手の握力をゼロにする。思いきり尻餅を突き、ミカエルは床に座りこんで咳き込んだ。
「どういうことだ、聴かせろ。」
その声には例えようのない迫力がある。取引などまるで応じる気配など見せない。ミカエルはゆっくりと深呼吸すると立ち上がりながら言った。
「あなたたちは定位リバースコンバートの実験事故に巻き込まれたのよ。」
「定位リバースコンバート?」
耳なれない単語にアベルは眉をしかめた。
「定位リバースコンバートはかつてのDN社が研究していた極秘プロジェクトのひとつよ。この技術を使うとVコンバーターで起動する全ての物質を任意の場所にタイムラグなしに転送することができるの。」
「いわゆるテレポートというやつか?」
「そう考えてもらって差し支えないわ。でもその技術は制御がとても難しくて実用の目処はたっていなわ。それは六年前、実験途中で事故が起きたからなの。」
「なるほど。確かにあの時目の前が急に真っ白になって気づいた時は全く知らない場所に俺一人が倒れていた。それがその定位リバースコンバートの事故ということか。」
「私も詳しいことはわからないの。ただ、一年前のTAIの戦いで誰かがその技術を使ったらしいわ。その時にあなたの奥さんと思われる人が発見されたというのよ。」
ミカエルはここで一度言葉を区切ると、大きくため息をつくようにして息を吐き、腕を自分の胸の下で組んだ。
「これはあくまで私の予想でしかないけど、貴方たちは定位リバースコンバートの事故で異世界『電脳虚数空間』に飛ばされてしまった。貴方は偶然戻ってこられた。でも後の二人は異世界に迷い込んでしまった。それが一年前のシステム起動の際、何等かの原因で迷い込んだ奥さんが偶然こちらの世界に戻ってこられた。」
「どこにいるんだ!あいつは?それにヒムは、こどもはどうなった!?」
興奮の余り、アベルはミカエルの肩を掴んで思いきり揺すった。彼女はたまらず悲鳴をあげた。
「痛い!やめて!!」
「す、すまない」
慌てて手を放すアベル。その必死の態度にミカエルは明確な嫉妬を覚えた。服の衿をただし、咳払いをした彼女は少しアベルから離れて言った。
「それがわからないの。ただ、RNAに組みするプラントにいるという噂があるけれど、そこはセキュリティーが強固で全くといっていいほど取り付く島がないの。私でさえ全くアクセスできないのよ。」
だが、アベルはそんなことなどどうでもよかった。ニーナがどこかで生きている。その事実が彼の心に決して消えない炎を灯した。それはみるみるうちにアベルの全身を真っ赤に焦がした。
「セキュリティーが厳重で取り付けないといったな。」
「ええ。」
アベルの瞳に一つの決心があることをミカエルは悟った。
「ならばRNAという組織に入り込んで探るしかない。」
「貴方ならそういうと思ったわ。でも、DNAはそれが原因で解雇されたのでしょう?怪しまれない為にはパートナーが必要じゃないかしら。」
そういって、ミカエルはアベルの顔をのぞき込んだ。視線を外しながらアベルが問い返す。
「お前の目的はなんだ?」
「あら」と心外そうな顔をすると後ろを向き、肩越しに振り替える。
「言わなかった?私は貴方に興味があるの。」
そう言ってウインクをしてみせた。
「今度の仕事、VNNで中継されることになっているわ。なんでもリファレンス・ポイントの新型がでてくるんですって。侵攻部隊を迎撃したのも恐らくそれよ。気をつけて。」
既にVRのコックピットに乗り込み、出撃体勢のアベルにミカエルの通信がはいる。
「了解した。」
ミカエルの言葉にヴァイスが「へ〜」と驚く。
「あのタカビーが『気をつけて』とはねぇ。」
「何か企んでいるんですかね。」
ジョナサンも意外だという素振りをした。アベルはにやりと笑うと、
「ふっ、俺たちは大切なビジネスパートナーということさ。」
といってVRをカタパルトに固定する。そして管制室の方へVRの人指し指を立ててアピールした。
「アベル・サンバード、アファームド・ザ・バトラー、出るぞ!!」
|