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Episode5 「アファームドの嵐

昼間だというのに濃い霧が視界を悪くしている。百メートル先を見るのがやっと、といった状況だ。更にこの一帯は高低差が大きく、また大小様々な岩が散乱している。かつてはこの大地も豊かな土壌と澄んだ河川の流れるところであった。しかし人はその自然の価値がどれほど貴重なものであるかを知る術を持たなかった。無制限な耕作と無理な土地改良は、わずか数十年で美しい大地を荒野へと変えた。旧世紀において唱えられた環境保護も、電脳暦に移行してからの混乱、紛争、企業による利潤追求の前にその気高き精神を腐食された。この霧も土壌汚染が原因の光化学濃霧である。吹き抜ける風に向かい、アファームドが走る。その巨大でたくましい存在は、中世期以来の停滞にある人類の発展に光をもたらすオーバーテクノロジーのはずであった。だが、その光の指し示す方向すら解らなくなっている人類は、もはや種としての限界を見せつつあるのかも知れない。 

 風が血の匂いを運んでくる。いつもと同じ風だ。戦場には風が吹くという。そしてそれは戦士にしか感じることのできないものである。アベルは今、VRのコックピットの中で風を感じていた。恐らく他の二人も感じているだろう、これから起こる激戦を予感して。何度経験しても決して慣れることがない不快な風に押し黙ることを放棄したのはヴァイスだった。いや、風を一番敏感に感じていたのかも知れない。

「それにしても、俺たち三機だけでRKGを引き付けるなんて、結構無茶だと思うぜ?」

その言葉にアベルはモニターに映ったヴァイスの顔を見ないで答えた。

「大丈夫だ。何も全機撃破しろなんていっていない。相手の足を止めればそれでいい。奴らのうちの数機でも損傷させればRNAの増援部隊が駆けつけてくる時間は稼げる。」

「撤退している部隊は今、北西五十キロの位置です。ミッション遂行時間は二十分、それだけ稼げば増援部隊と合流可能です。」

ジョナサンがもう一度作戦を確認する。

「いいかヴァイス、二十分だ。それ以上は危険だ。わかっているな。」

「わかってるって!俺だってまだ死にたくねぇ。引き際は心得ているつもりだ。」

アベルの釘さしに対し、ヴァイスは冷静だった。いざという時、三人のなかで一番冷静なのはこの男だ。それをわかっていてアベルはあえていったのだ。自分を制止できるのはこいつしかいない。アベルはこれからの戦いにかつてない高ぶりを感じていた。それに対してのいわば保険を組んだのだ。

「まもなく作戦領域にはいります!」

アベルは操縦桿を握る手に力をこめた。

「ヴァイス、ジョナサン、いくぞ!」

三機のアファームドは加速し、一気にその場を駆け抜けた。

キースは首を傾げ、「あれぇ、おかしいな?」と独り言をつぶやいた。キーボードを操作しながらモニターに顔を近づける。

「どうした、キース?」

同僚の問いに、キースはモニターを指さした。

「さっきまで映ってた敵の反応がおかしいんだ。」

「おかしいって?」

「いや、反応が急に動かなくなったんだ。」

「動かない?なんだろうな。まあ、ともかく中尉に報告しよう。」

そういって報告をする同僚を横目にキースはもう一度レーダーに目をやった。もしかしたら、敵になんらかのトラブルがあったのかも知れない。あるいはこちらのレーダーがいかれたか。だが、点検はこの間やったばかりだ。もっとも、このトレーラーに積んであるレーダー機器は移動用といっても基地のものと殆ど性能に差はない。精密機器ならいつ故障しても不思議ではない。

「おいキース、中尉がそれだけではわからないってさ。」

モニターにミミーの顔が映るが様々な機器をいじくっていたキースはそれに気付かない。

「キース!ちょっと、きいてるの!?」

「あっ、はい!」

ミミーの顔を見てキースはこれがモニター越しで良かったと思った。かなり機嫌が悪い。それもそうだ。あと十分程度で敵と接触するという時に正確な情報を把握できないのは、パイロットとしてストレスを感じるのは当然、指揮官ならなおさらだろう。

「いえ、それが自分にも良くわからないんです。こんなところで敵が全機停止するなんておかし・・・。」

「あっ、ちょっと待って。」といってミミーはキースの言葉を途中で制止した。その表情がにわかに曇る。

「中尉、どうかしました?」

「それがおかしいの。ベルグドルのレーダーもなんだか調子良くないって。」

「そんな・・・。」

何かを言おうとしたキースの元にいきなりのエマージェンシー・コールが響いた。

「敵!?」

ミミーがとっさに反応する。遅れること一秒未満、部隊の全回線にデイビットの声が流れた。

「おい、敵だ!一瞬だけしか見てないが間違いねぇ!アファームド・タイプだ!」

「数は?」

「わからねぇ!レーダーがいかれちまってるんだ!」

ミミーはその時初めて気がついた。敵にしてやられた。

「全機につぐ!敵のレーダー・ジャマーだ。同士討ちに気をつけろ!」

ミミーの機体のすぐ横を高速で通過するものがあったかと思った次の瞬間に後方から味方機の破片が飛んできた。

「あの距離から当ててきたのか!?」

テン・エイティのモニターセンサーは八百メートルをさしていた。

「ちっ、やろう!!」

あわててミサイルの飛んできた方向にランチャーを打ち込もうとするデイビットをミミーは制止した。

「今撃っても無駄よ。もうあの方向にはいないわ。」

そういってフラットランチャーを明後日の方へ向けトリガーを引く。それは岩に直撃した。そこから勢い良く一機のアファームドが飛び出した。部隊の中心部にそのまま突撃してくる。

「みんな、散らばれ!」

デイビットの言葉に一斉に蜘蛛の子を散らすように部隊が散開する。そのうち、遅れた一機にアファームドが襲いかかる。どんと吹き飛ばされたテン・エイティの後、キーンと耳障りな音が響く。両腕に握られたビーム・トンファーがもう一機の行く手を回り込むように阻んだ。左のトンファーを水平に凪ぎ払う。まるで木の模型を崩すがごとくテン・エイティが撃破された。

「あのVR、新型!?」

ミミーはモニターに映る敵VRを見て眉間にしわを作った。かつて交戦した第二世代アファームドの中にトンファーを持ったタイプはなかったはずだ。トンファーを装備していたのは旧式のVRアファームド・ザ・リベンジャーだけだった。第二世代VRでも近接戦闘特化型の機体を開発したのか。さらなる標的をみつけたアファームドが方向を転換した瞬間、ビームソードがアファームドに背後から襲いかかった。間一髪、大きく跳躍したアファームドは腰のボックスからボムを取り出し、真下に向かってオーバーヘッドキックで叩きつけた。前方へ猛加速をかけ、テムジンは回避するが、ボムは一度地面で跳ねるとその先にいたベルグドルを爆風で巻き込んだ。空中で無防備になっているアファームドにミミーはレーザーの標準を定めた。必殺のタイミングでトリガーをひく。だがレーザーは発射されなかった。

「どうしたの!?」

モニターにバランサーのエラー表示が出ている。ミミーは後方を振り向いた。アファームドA型だ。先ほどの射撃をしてきたのとは違う。どうやらこのA型にバランスを崩されたらしい。フラットランチャーを撃ちかえすも、A型は巧みに回避して障害物の奥へ隠れる。隠れた反対側からVRの影が出てきた。すかさず今度は別のS型がファニーランチャーを放つ。放たれたロケット弾は過たずに一機のテン・エイティを撃破する。S型は加速をかけ、ミミーが撃ち返す前に岩陰へと姿を消した。

「敵は何機なの、キース!!」

「わかりません!」怒鳴るミミーに情けない返事が返ってくる。

「それどころか、敵味方識別信号にも異常がでてるんです!」

「中尉!くるぜ!!」

デイビットの声にミミーはサイドモニターを振り返った。先ほどのA型がマシンガンを撃ちつつ突撃してくる。A型に牽制射撃をしつつ後退し、障害物となりそうな岩に背をつけ、警戒しながら、ミミーは脳をフル回転させた。おかしい。ジャマーでレーダーを撹乱すれば自分たちも敵味方の識別ができなくなる。そうなれば同士討ちの危険性から火器はおいそれとは使えないはず。だが、敵は正確にこちらに狙いをつけている。普通、ジャマーを使うのは、単機で多くの敵機を相手にする時だ。集団同士の戦闘ではリスクが高すぎる。それを承知でやっているとしたら、よほどのギャンブル狂か精鋭部隊に違いない。ミミーは岩の向こうに殺気を感じた。とっさに機体を横に走らせる。ボムの直撃は免れた。爆風がライデンを激しく揺らしたが、この程度、どうということはない。岩陰を飛び出し、次の障害物めがけ、全力加速した。だが、以外にもあっさりと着いてしまった。走行中、一発の攻撃も受けていない。モニターの反応も消えている。

「どこへいったの!?」

その声を聞いてか聞かずか、味方が悲鳴にも似た声で通信してくる。

「中尉!こっちです!二機に囲まれて・・・・うわあぁぁ!!」

また一機撃破された。障害物が多く敵味方が入り乱れる状況、しかもレーダーが効かない。今度は岩の上からA型がマシンガンの弾をばらまいた。回避しつつ射撃する小隊をあざけるように、A型はすぐ障害物の奥に身を隠した。追撃しようとしたところにS型が背後から強襲した。ファニーランチャーの一斉攻撃に二機のVRがVコンバーターを打ち抜かれた。見事な連携だ。

RKGは今正に壊滅の危機に瀕していた。自分がなんとかしなければ。ミミーは強く唇を噛んだ。この状態では電磁ネットは使えない。味方を巻き込む恐れがある。レーザーもまたしかりだ。混戦では重火力はかえって仇となる。フラットランチャーを構えるも、味方と障害物が邪魔で撃てない。いらいらしてトリガーに指をかけたまま止まっている時間が彼女にあることを気づかせた。常に二機のアファームドが障害物に身を隠しては現れ、また離脱している。

「そうか!」

「どうした!中尉!?」

デイビットの声にミミーは回線を開いた。

「ルース少尉!敵は三機だけよ!」

「なんだって!?どういうことだよ!」

「いい、敵は三機、ジャマー効果と障害物を使って大勢に見せているだけよ!固まれば蜂の巣にされると散開したせいで、レーダーが効かない状態で障害物を隔てて部隊が分断された。奴らは攻撃をしかけたあと障害物に隠れ、別の小隊を攻撃する。そしてまたその場を離脱、別の小隊を狙う。」

「そうか!最初の攻撃のことを知らない二番目以降の小隊は自分たちへの攻撃が新手の敵からのものだと思い込む。だからあちこちで増援の通信が入るのか!くっそ、やってくれるぜ!!けど、『からくり』がわかっちまえばこっちのもんよ!」

デイビットはパチンと指を鳴らした。

「フォーメーション9、信号弾発射!」

「了解!!」

デイビットのテン・エイティが上空に向かってボムをアンダースローで投げあげた。照明弾が辺り一帯を照らした。VRの装甲が光を反射し、戦場がにわかに美しい輝きに満ちた。RKGの動きが統制の取れたものになるのに十秒とかからなかった。すでに六機もの味方機が大破していたが数はこちらが圧倒敵に上だ。一ヶ所に部隊を集結させる。

「まずはあの二機をしとめる!」

ミミーの燐と響く声が全パイロットの耳に届く。反撃開始だ。