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Episode6 「神の子達・前編

ヴァイスは舌打ちをして身体が感じている危機感をごまかそうとした。

「ちっ、やつら動きが急によくなりやがった。さすがは天下のRKGというところか。」

どうやらこちらの奇襲戦法を見抜かれたようだ。

「ヴァイスさん、敵部隊が一ヶ所にあつまっています!」

ジョナサンの通信にヴァイスは「わかってる!」と怒鳴った。パイロットスーツのなかに自分の体温がこもる感覚を覚え、眉をしかめた。ここからはまさに一小隊と一個中隊の戦闘になる。小細工は通用しない。

「おい、アベル!!どこで油売ってやがんだ、早く合流しろ!」

ヴァイスの通信に反応したのはアベルではなかった。

「アベル・・・?アベルだと!?」

レーダージャマーの影響で通信は味方機だけにすることはできない。この戦域全体に通じる開放回線を使うしかない。つまりこの戦場では、直接機体同士を接触させて行う直接通信以外は敵にも聞こえてしまうことになる。反応した声の主はヴァイスの知らない若い男のそれだった。

「アベル、アベル・サンバードなのか!!」

「まさか、カイン?カイン・ナスカだと!?」

 二機のVRの凄まじい決闘にミカエルは知らぬ間に両手に握り拳をつくっていた。汗でべとべとだ。身体に震えがくる。心臓の心拍数は限界まで高まっている。夢中になってモニターに噛りついたミカエルは雑音の中に開放回線を使った通信を聞き逃さなかった。

「なに、この通信?彼の声かしら?」

周波数を開放回線にあわせる。ミカエルは暫く微動だにせずその会話を聞き入っていたが、すぐに別の回線を開いた。モニターに男が映る。その男は片手に栄養ドリンクを握り締め、左右に激をとばしている。痩せこけた頬とモニター越しにでもはっきりと見て取れる目の下の隈は男の仕事が激務であることを推測させる。髭も髪の毛もここ数日手入れをした跡がみえない。しかし男の目は欄欄と輝き、生気に満ちている。今も昔も変わることのない、働く男のそれだ。

「ボブ!」

ミカエルの声に振り返った男は「おお」というとモニターに乗り出した。

「どうした、トラブルか?」

「いえ、違うわ。いいから黙って回線を開放に合わせて!すぐに放送してちょうだい!スクープよ!」

「わかった!」ボブと呼ばれた男はミカエルの言葉に即座にうなずき、その場にいるスタッフに命令する。

「おい、回線0035だ、直で流せ!」

ミカエルはすぐにVNNのチャンネルに戻り、画面の映像と音声に全神経を集中した。

「この感じだとメインをくっちゃうかもしれない。凄い視聴率になりそうね。」

ミカエルはモニターの表示が示すVNNチャンネルのアクセス数をみて、思わず唇を舌でなめていた。

 

 アベルの横数メートルの距離を強烈なビームが通過した。その次の攻撃を読んでアベルは機体を逆方向へと切り返す。立て続けにビームが飛来しすぐ後ろの岩を粉々にした。アファームドは爆発を横っとびで回避すると着地にマシンガンを発射した。だがその時すでにテムジンはアベルに向かって突っ込んできていた。

「アベル!お前、なんでこんなところにいるんだ!?」

カインは開放回線で怒鳴った。そのまま一気にスロットルを全開に踏みつける。テムジンの姿が岩陰に入る直前、スパイラルショットがアベルを襲う。蓄積されたエネルギーが発射とともに空気を震感させた。それをサイドステップで回避したところに岩陰から出てきた直後のカインがもう一発ショットを放った。今度は正確にアファームドの腹部を狙っていた。

「なぜここにいるか、だと?こんな茶番劇に出ているお前が何をいう!」

アベルは素早くアファームドを飛び上がらせ、二発目のスパイラルショットも避けた。足元を強烈なビームが通過する。紙一重だ。今度はアベルが仕掛けた。そのままバーニアを吹かし、機体を前方へ高速で走らせると、テムジンの頭上に位置した。そこから真下にボムを叩きつける。巨大なドーム型の爆発が周囲の岩ごと破壊した。クレーターの中心に降りたったアベルはそのまま機体をクレーター内に伏せた。その頭上をソードウェーブが掠める。

「お前は違うっていうのかよ!?」

アファームドの頭部アンテナが真ん中のところでなくなった。射撃戦は不利だ。アベルは一気に飛び出し距離を詰めた。最大加速は音速を越え、アファームド自体を弾丸へと変える。

「違うな、少なくともこの戦いは。」

カインのそれとは異なり、アベルは静かに言葉を返す。だが、その声から、自らの内側から吹き出る感情を完全には抑制できていないことがうかがえる。右腕のトンファーを構え、テムジンの脇腹めがけてトンファーが振り抜かれた。しかしカインはソードを機体の前面に出し、盾にしてアベルの一撃をしのいだ。一瞬、異なるビーム兵器同士の激突がスパークを発生させ、二機は弾かれるように離れた。

「ただの傭兵のくせに!」

「金じゃないんだよ、これは!」

互いの距離は百メートル弱、両者同時に踏み込んだ。激突するかと思われた瞬間、アファームドはサイドステップでテムジンの背後を取った。後方からくるアファームドに対しカインは上半身を最大までひねり、ソードを振った。ソードの半円がテムジンを取り囲む。駒のように回転しながら襲いかかるソードにアベルはトンファーを挙げて防御体勢をつくった。ソードの振り抜きと遠心力、そして重量の差でアベルは数十メートル吹き飛ばされた。アベルは後ろへ倒れる直前に片手を地面につき、そのまま後転で着地した。だが勢いが強すぎ、手と膝をついてさらに二十メートルほど後ろの岩に激突した。

「ニーナを失って抜け殻になったやつがえらそうに!」

膝をつくアファームドにテムジンはとどめを刺しに飛び込む。背中にランチャーがつきそうなほど大きく振りかぶり、真上から振り下ろす。

「お前に彼女を語る資格はない。」

「黙れぇ!」

大上段から振り下ろされたソードはわずかの差でアファームドの肩の装甲を傷つけるにとどまった。テムジンの左脇をくぐって離脱、そのまま岩陰に身を隠した。腰のボックスから予備弾倉を取り出し、マシンガンをリロードする。空になったマガジンをテムジンめがけて投げつけた。だがカインは冷静にそれをかわすとボムをオーバースロウで投げ返し、自身は右前方の少し開けた場所へと走った。アベルは岩をトンファーで切り崩すとその岩の下に入った。ボムが岩を粉々にしたと同時に爆風を利用して前に飛び出した。アファームドはバランスを失いかけたが、アベルはとっさに膝をたてた状態で踏みとどまり、両肩の小型ボムを射出した。高速で飛ぶボムにカインは反応し、ビームマシンガンの連射で撃ち落とした。爆風が視界を再び遮った。その中からアファームドが飛び出してきた。加速をつけてジャンプ、そのままテムジンに跳び蹴りを見舞った。金属同士が激突する耳障りな音と天地を覆す衝撃がテムジンのコックピットを襲い、カインはシートベルトが引きちぎれそうなほど揺らされた。今度はテムジンが吹き飛ばされた。しかし腕をクロスしてしっかりと直撃をさけ、かつ自身も後方へと跳んで衝撃を緩和していた。

「誰よりも深く愛されていたことに気づかず、ただ彼女を傷つけることしかできなかったお前にニーナを語る資格はない。」

「彼女を守れず、自分だけのうのうと生きているお前に何がいえるんだ!」

激しい衝撃を受け、焦点の定まらぬ目でモニターに映るVRのシルエットを睨みつけ、噛みつくかのような激しい剣幕でカインは感情の汚物をぶちまけた。アベルは静かに返した。

「何も知らずに・・・。自分にならどうにかできたとでもいうのか?」

「少なくとも死なせはしなかったはずだ!」

アベルはふうっとため息をついた。

「お前に何ができたというんだ。自分から逃げ出したくせに。」

「くっ・・・!」

「これ以上お前にかまっていられるほど俺は暇じゃない。悪いが今日はここまでだ。」

アファームドはマシンガンを掃射してカインを足止めしつつ、後退した。

「逃げるのかよ!?」

「もし機会があればまた相手をしてやる。俺が全力で戦える相手はおまえだけだからな。その時まで死ぬなよ。」

「待て!!」

カインはライフルを連射したが、射程距離を離脱したアファームドには牽制程度にしかならなかった。

「くそっ!」

どんとコックピットのサイドモニターを叩いてカインは下唇をぎゅっと噛みしめた。カインの頭の中をアベルの言葉が渦巻いていた。それはカインの心の奥底にある古傷を鈍く、しかし強く刺激した。

 

 降り注ぐ雨は当分止みそうもない。しばらくはここで雨宿りだろう。もちろんこの場所が持てば、の話だが。なにせ降っているのはミサイル、ボム、ビームなどで、とてもではないが並の傘ではどうにもならない。最強のVシールドでも数分が限度だろう。まして二人ともあいにくと今日は傘を持ってきていない。

「どうしますかヴァイスさん?」

「俺にきいたってわかるわけねぇだろ!多勢に無勢もいいとこだ。おまけにお前のファニーと俺のバズーカも弾切れときてやがる。さて、どうすっか・・・うおお!?」

ヴァイスの頭上にミサイルが着弾し、巨大な岩がアファームドを襲った。ヴァイスは本能的にアタックナイフを岩へと繰り出した。それは見事中心を貫き、四つに岩を分断した。

「畜生、身動きが取れねえ。おい、ジョナサン、ユニットガンはあとどれだけ残ってる?」

「あと二発です。」

ジョナサンは答えた。その淡泊な言い方に少しかちんときたのか、ヴァイスはどこにいるかわからない隊長の悪態をついた。

「アベルの野郎、どこでなにしてやがんだ!もうポイントを移動する時間だってのによ!」

その時、不意に敵の射撃が弱まった。いよいよ突っ込んでくるか。ヴァイスは覚悟を決めてアタックナイフを構え、飛び出した。

「アベルさん!」

援護射撃のため、残り少ないユニットガンを構えたジョナサンが叫んだ。その声にヴァイスはいままで溜めていた怒りを思いきり目の前のテン・エイティにぶつけた。後方からの敵の接近に気をとられていた一瞬の隙を突き、渾身のナイフを敵の胸部に突きたてた。金属が破れる音とともにテン・エイティは崩れた。慌てて撃ってきたベルグドルの攻撃を死に体の敵VRを盾にしのぐと、マシンガンをマガジンが空になるまで撃ちつくした。肩のミサイルランチャーに引火してベルグドルが大爆発をおこした。茸雲がたち上り、ヴァイスの機体を夕日のように赤く照らした。

「アベル、今まで何やってやがったんだ!」

「すまん、今援護する。」

ヴァイスの罵声にアベルは素直に謝罪した。どうやら保険をかけておいて正解だったようだ。先ほどまでひどく高まっていた鼓動は治まり、アベルは普段の冷静さを取り戻していた。アベルは集結したRKGを四時の方向から強襲した。ターゲットは無論、赤いライデンただ一機だ。だがアベルの放ったマシンガンは直撃にもかかわらず、全弾その厚い装甲に阻まれた。

「直撃だというのに効果なしか・・・。」

なかば呆れ返ってアベルはこぼした。しかしこれで注意をこちらに引き付けることには成功した。そのままかまわず突進し、近接戦闘に引きずりこむ狙いだ。アベルの乱入で生じた混乱をジョナサンは見逃さなかった。

「もらった!」

それまで集中砲火をうけていた岩陰を跳びだし、高台から標準を定めて密集した敵部隊めがけユニットガンの大型ミサイルを放つ。ミミーはミサイルに気づき、身体を開いて接近するアベルにフラットランチャーを放ち、同時にミサイルをレーザーで狙撃した。アベルは回避した、はずだったが左腕上部の装甲がたちまち蒸発してしまう。そしてミサイルもレーザーに撃破されてしまった。

「やるな、だが!」

アベルがそのまま突っ込もうとした時、ヴァイスが通信で呼びかけてきた。

「おいアベル、時間だ。予定の場所へ急ぐぞ!」

「了解。」

アベルはそのまま直角に進行方向を変えて撤退を開始した。後の二機もそれに追従する。そして追撃してくる部隊をサブカメラで確認する。その最後尾にカインのテムジンを確認してうなずいた。

「そうだ、追ってこい。」

アファームド隊は時々後方へ牽制攻撃をして距離を一定に保ちつつ後退を続けた。やがて切り立った谷に差し掛かる。そこはこの戦いの次の舞台となるのだった。