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Episode7 「神の子達・後編

 一人の若い女性がモニターを見つめていた。だが、映っている映像を目で追ってはいなかった。ぼんやりとただ画面をみているだけだ。そこは壁に映される画像以外何もない、殺風景な個室だった。白い塗装が一層その空間を虚無に近付ける。その女性は背中までとどく美しい黒髪を首筋のあたりで縛っている。アクセサリーはつけていない。化粧もしていない。だがそのすらりと通った高く整った鼻筋、清楚な桜色が、いままで人類が決して止むことなく研究開発してきたどの口紅よりも美しくかつ妖艶な唇。そしてその適度な丸みとシャープさを合わせもつ輪郭、透き通る肌は最高級の織物ですらその繊細さにかなうまい。なにより際だつ輝かしい黒い瞳は真実が見えるという水晶を連想させる。いや、これらの表現は全て正確ではない。彼女は何かに例えられるような存在ではないからだ。だが、身に纏っているのはパイロットスーツであった。ブルーとグレーを基調としたものだ。背中にヘルメットが付いている。不意に白い壁の一角がなくなったと思われた。開いた扉の向こうに白衣の男が立っていた。年齢は四十前後、オールバックの髪と口髭、少し痩せ型の長身のその姿は見るものに清潔感を与える。

「ここにいたのか。」

男の問に女はそちらの方をみるともう一度画面を見た。今度は内容を意識しているようだ。

「さあ、いくぞ」男の催促に女は名残惜しそうにその場を離れた。

 

 激しい追撃戦が辺りの地形をまったく別のものへと変えていた。それでも戦いは収まらない。本来ならば今ごろはフロントベイ基地を襲った部隊に追い付き、撃破していなければならない。それがたった三機のアファームドに八機ものVRを失い、RKGは危機感とあせりを感じていた。

「く、あいつら一体何者なんだ?」

デイビットの疑問ももっともだ。その疑問に答えたのはキースだった。

「さっき、敵が開放回線でいってたあの『アベル』って、あのアベル・サンバードじゃないかな?」

「あの、トップ・オブ・アファームドか?」

「多分そうですよ。あの動き、ただものじゃない。」

デイビットはキースの言葉に「う〜ん」と呻いた。

確かに言われてみればあの凄まじい戦いぶりは常軌を逸していた。だが驚くべきはカイン・ナスカ少尉だ。トップ・オブ・アファームドに一歩も譲らず互角の戦いをして見せたのだ。デイビットがカインに声をかけようと思って回線を開いた時、カインの方から話しかけてきた。

「あいつは、あのアファームドだけは僕にやらせてくだい。お願いします。」

その声が酷く思い詰めた様子であることを感じとり、デイビットは深くは追求しないことにした。

「なんか訳ありか?そうみたいだな。おい中尉、どうする?」

三人の通信をきいていたミミーは先行している敵VRの座標をチェックしながら静かに言った。

「ナスカ少尉、これは戦争よ。決闘じゃないわ。戦場ではなるべくリスクは抑え、勝利にとって最も適した行動をとる。そんなことはわかりきっていることでしょう?」

「まあ、視聴率は稼げないけどな。」

軽く「ちゃちゃ」を入れたデイビットがサイドモニターに移った。その顔をきっと横目で睨みつけると「お〜こわ」といって彼は通信を切断した。ミミーはデイビットに構わず続けた。

「こちらの方が数では勝っているのだから、撃ち合いになれば勝てるわ。あなたは後方からベルグドルの援護をしなさい。いいわね」

カインはしばらく黙っていたが「返事は?」と言われ、渋々「了解」と返し、回線を切った。一連の通信を聞いていたキースがミミーに耳打ちするように言った。回線が開いていないのだから小声にする必要はないが、癖だろう。

「いいんですか?あんなこと言って?」

「何が?」

「彼を後方に配置したらテン・エイティ隊が先方ですよ?大丈夫ですか?」

その心配は無用という表情でミミーはキースに返した。

「大丈夫よ。あれだけ激しく戦えばもう弾薬も残り少ないはずだし、推進材も底をつく。戦闘継続時間の短いアファームドなら当然よ。だから撤退を始めたんでしょ。」

「あ、そうか。」

「あのね、あなた何年この仕事やってるの?」

呆れたようにミミーはため息をついた。

「そうでなければ加速の違うアファームドを追撃できるはずないでしょう。追い付いた先で先行隊を回り込ませて足止めすればこの先の谷で挟みうちできる。そうすればやつらに逃げ場はないわ。いくらエースパイロットでも自由に動けるスペースがなければただの的に過ぎなくなる。」

説明にうなずいて聞いているキースに彼女は大きくため息をついた。

「しっかりしなさい!味方が八機もやられているんだから、ケリをつけなければ申し訳がたたないでしょう!」

「上層部に、ですか?」

「彼らの魂に、よ!」

キースの言葉に一瞬口うるさい連中の顔が浮かび、ミミーは自分が恥ずかしくなって通信を切った。

 アベル達アファームド部隊はここへきてようやく速度を落とした。どうやら予定のポイントへと到着したようだ。そこは切り立った崖が左右にそびえる谷の中心部あたりで少しだけ他のところよりも広くなっている。とはいってもその横幅は三百メートル程度。アファームドの最大加速なら端から端まで一秒以内で到達してしまう狭いところだ。時計をみてアベルは予定より少し早かったことに気づいた。

「少し早かったか?」

「大丈夫だろ?ここにくるまでだいぶ引き離したぜ。」

ヴァイスはコックピットハッチを開けて外に顔を出した。だがヘルメットは取らない。この一帯の霧と空気は人体に有害なものだからだ。そして上を向いて額に手をかざして空をみた。無論、濃い霧で何も見えない。

「ほんとに来るのかね?」

ヴァイスの言葉にジョナサンは機体を屈ませて何か準備をしながら言った。

「大丈夫ですよ。月には何度も連絡を取り合って確認しましたから。」

「そうじゃなくてよ、こんな狭いとこにピンポイントで落とせんのかってことだよ。」

「ヴァイス、座標のずれはある程度やむを得ない。後は自力で何とかするしかないな。」

ハッチの角に頬杖をついてヴァイスはつぶやいた。

「ま、何とかできなきゃ、ここでおだぶつだもんな。」

「その時は念仏でも唱えるか?」

「あいにくと宗教には興味がないね。信じられるもんがあったら傭兵なんてやってねぇよ。」

「ふっ、そうだな。」

「よし、OK。」

先ほどから何やら準備をしていたジョナサンが機体を立ち上がらせる。

「どうしたんだよ、なにがOKなんだ?」

ヴァイスの問いに彼は得意そうに答えた。

「いえね、ちょっとした細工をしたんです。」

「細工?」

「ええ、あそこのラインを突破してきた敵に自動で反応するようにセットしたんですよ、念のため。」

S型の指さす方向は三人の侵入ルートとは反対だった。

「回り込むほど余裕があるとは思えねぇけどな?」

「念のため、ですよ。」

「ジョナサンのそういう所にはいつも助けられている。無意味にはならんさ。」

アベルはそういうとジョナサンにマシンガンを一丁手渡した。

「一応持っていろ。丸腰よりははるかにましだ。それに装備も外しておけ。ここに捨てていってかまわないんだからな。」

「そうですね。」

ジョナサンはマシンガンを受け取り、腰に装備するとコックピットの天井のレバーを手前から奥へ倒した。空気が抜けるような音とともにファニーランチャーを止めていたボルト部分が外れ、鈍い音が響いた。続いてユニットガンも取り外した。コックピット内でシステムが切り替わる。

「もし敵が予定より早くきたら、ジョナサンくんも近接戦やんなきゃね〜。」

「やめてくださいよ、ヴァイスさん!僕苦手なんだから。」

半分からかうようなヴァイスにジョナサンは首を横に激しく振った。よほど近接戦闘が苦手らしい。

「どうやら、苦手なことをやることになりそうだぞ、ジョナサン。」

アベルの声にジョナサンは弾かれたようにレーダーを見た。複数の機影が距離二キロメートルの圏内に入ってきた。ジョナサンはマシンガンの残弾数を確認する。連続射撃時間は三十秒にも満たない。もしも全段撃ちつくしたときには、腰に装備されたクリティカルエッジだけが頼りとなる。文字通りナイフ一本でのサバイバル戦だ。ジョナサンは生唾を飲み込んだ。

「来るぞ!」

やがて霧の向こうに砂煙を上げて接近してくる複数のVRを確認した。三機のアファームドは腰を落として戦闘体勢を取る。そして一気に飛び出した。

 キースは戦闘区域の状況を細かく分析していた。一機のアファームドが装備を取り外し軽量化されている。ミミーの言った通り弾薬を全て撃ち尽くしたと見える。前線では激しい戦闘が行われている。激しいといってもこちらが一方的に攻撃を浴びせかけているだけだ。今のところ三機の敵機は驚異的な動きで回避をしているが、それも時間の問題に思われた。だがその予想はキースの考え得るあらゆるケースを外れた作戦に脆く崩れることとなる。

「なんだ、この反応?隕石じゃない・・・。まさか!?」

 

 カインは最後方でむくれていた。ベルグドルの有効射程の後ろではテムジンの攻撃など全く届かないに決まっている。それは最初からわかっていたことだ。

「中尉は僕をわざと外したんだ・・・。」

理屈では理解しているが納得はできない。一対一の接近戦をやれば味方機が同士撃ちを恐れ、発砲できない。そうなれば数で勝っている利点は死んでしまう。しかし、カインはどうしてもアベルと一対一で決着を着けたかった。そのためには命令違反も辞さない覚悟だった。いくらアベルといえど、これだけの集中砲火をうければいつかは撃墜される。

「くっ、こうなったら・・・!」

まさにカインが飛び出そうとした瞬間、キースの大声がコックピットに響いた。

「全機警戒!上空より大気圏突入用降下ポットが急速接近、接触まであと二十、十九、十八・・・。」

突然始まったキースのカウントダウンに全機が何事かと動きを止めた。そのわずかな隙をアベルたちは見逃さなかった。

「来たぞ!行け、ジョナサン!」

「はい!」

ジョナサンは機体を崖に向けて走らせた。そして、崖に激突せんばかりの加速をかける。レバーを思いきり引き、ブーストを吹かしてジャンプした。崖の突起部分に足をかけて、より高く飛び上がった。

「何をする気なんだ!?くそ、ここからじゃ・・・」

カインはアファームドの不審な動きに気づいたがどうすることもできなかった。

「中尉、サルペン中尉!アファームドから目を離さないで下さい!」

「え、何をしようというの!?」

ミミーがカインの通信に気がついたときには既にジョナサンのアファームドは着地の為に逆噴射をして降下速度を落とした降下用ポッドのすぐ近くまで到達していた。ポッドは花のつぼみが開くように真上から割れ、中からVR用の装備部品が現れた。アファームドはそれに向かって体勢を制御した。

「やろう、まさか、空中でドッキングするつもりなのか!?」

一番距離の近いデイビットはいち早く敵の意図を読んだ。身を隠す為の岩にロングランチャーを固定して、狙撃体勢をとった。

「なめるなよ!」

「やらせん!」

デイビットの放ったビームの軌道上にトンファーで発生させたソニックウェーブをぶつけ、アベルはビームを相殺した。テン・エイティの二発目の攻撃は降下用ポッドに命中した。しかしその時には既にアファームドは合体を完了していた。

「ち、外したか!?」

「よし、アファームド・ザ・パンツァー、P−3起動!」

ジョナサンは声とともに最終安全装置を解除した。アファームドのツインアイが赤く光り、システム起動を告げた。

そのアファームドは左肩にロングキャノン、右肩には肩のジョイントから脇の下で抱え込むように大型のガトリングガンを装備していた。胸部は厚い追加装甲をまとい、左腕にはシールドを持っている。脚部と背部には大幅な重量の増加を補うためのブースターとプロペラントを搭載している。

「くらえ!」

ジョナサンは自然落下に機体を任せ、デイビットのテン・エイティにキャノンを発射した。デイビットはとっさに機体を屈ませ岩蔭に入った。しかしジョナサンの一撃は岩を突き抜けテン・エイティの左足膝下をそぎ落とした。仰向けに倒れ、衝撃でデイビットはコックピットのモニターで頭を強く打った。

「なんてデタラメな腕だ、あの体勢から当ててきやがるなんて・・・!」

「ルース少尉、大丈夫なの!?」

「だめだ、足をやられた!」

ミミーはデイビットの救出をすべく、グランドボムを立て続けにアファームドの方へ投げつけた。自走ユニット機能でボムは高速でアベルたちに襲いかかった。アベルとヴァイスはマシンガンを連射してグランドボムを撃破した。巨大な爆発が二つ起き、一時的に戦闘を区切った。その間にミミーはデイビットに駆け寄る。そしてテン・エイティの肩を担ぐと、キースのトレーラーを呼んだ。

「キース、聴こえる?ルース少尉が足をやられた。すぐに来て戦線を離れて!」

「了解!」

「すまねえ中尉。どじったぜ、俺としたことが。」

ミミーはとりあえずくやしがるデイビットを後方のベルグドルに任せて自らは前方に出た。そこにさきほど武装変更したアファームドが突撃してきた。速い。同系統の重武装型ディスラプターとは比較にならない。そのスピードはS型にも匹敵する。ミミーは無傷の味方機を横一線に並べ、射撃体勢をとった。

「撃てーー!!」

ミミーの号令に三機のベルグドルと二機のテン・エイティがジョナサンに集中攻撃を浴びせた。ミミー自身もフラットランチャーをエネルギーが切れるまで撃ちつくした。爆発がアファームドを包み込み、衝撃が谷に沿ってミミー達をも揺るがした。

「やったか?」

「まだだ!サルペン中尉!」

カインは味方機が作るラインを回り込むように機体を走らせた。爆発に向かってロングランチャーを撃ち込む。その放たれたビームが爆炎に飛び込んだ瞬間に、それはあらぬ方向へ弾き返されてしまった。

「やっぱり、Vシールド!」

爆発が収束し、うっすらと盾を構えるアファームドが炎の中に見える。

「全機、散開!」

アファームドの右の肩に装備されたガトリングガンが火を吹いた。凄まじい弾幕がスコールの様な弾丸の雨を降らせる。

「くっ、こんなに軸がぶれるんじゃあ、あたらないじゃないか!試作機だからって調整もろくにしてないの?」

ジョナサンは片目をつぶり懸命に標準を合わせようとするも、それは徒労に終わった。

「こうなったらありったけ撃つしかない!」

アファームドの上半身を左右に振り、ジョナサンは弾丸をばらまいた。ミミーはとっさに上体を屈め、披弾面積を小さくした。一発当たるごとに機体が揺れる。連続した衝撃のせいでまともにモニターを見られない。それに伴う轟音はキースからの通信も妨害した。

「・・・ン中尉、・・・・ットがもう・・・・」

なにを言っているのかまるで聞こえない。ミミーは強引に機体をしゃがんだ体勢のまま横にスライドさせてレーザーを撃った。アファームドは後方へ飛びつつ回避した。だがこれで敵の攻撃を中断させることには成功した。

「キース、どうしたの!?さっきの通信は何!?」

「中尉、もう一機降下ポッドが・・・ああ!?」

ミミーがそれを確認した時には、既にもう別のアファームドがポッド目掛けて飛んでいた。味方機はアファームドのガトリングガンの攻撃に後退を強いられ、とてもポッドの位置まで届かない。しかもライデンは先の一斉射撃とレーザーの発射でリロード中だ。ヴァイスは万全の体勢で合体準備に入った。両肩の小型ボムとアタックナイフを外し、ポッドとの距離を十分に詰め、ドッキングシステムをオンにした。ポッドが割れ、ジョナサンの装着したものとは別の装備品が現れた。

折り畳まれた翼と同じく折り畳まれた砲身がアファームドの肩に合体した。翼は瞬時に展開、砲身は伸び、トリガーが迫り出す。それを下から握ると砲身はアファームドの肘に固定された。

「ウッシャーー!!」

全システムオールクリーンの表示を確認し、ヴァイスは吠えた。

「チィッ!!」

着地地点を狙いすまし、ミミーはフラットランチャーを撃った。高収束率のエネルギーが地面すれすれを飛ぶ。だが渾身の一撃は手応えがなかった。ヴァイスは着地寸前でブーストを全開にし、機体を引き上げそのまま上昇した。高度は千五百にも達している。

「あの重装甲で空を飛んだ!?」

「悪いな、このファントム、P−2は着地する必要がねえのよ!」

ヴァイスは一度ホバリングで空中制止して敵機の位置を確認した。モニターに複数のロックオンマーカーが点滅した。そして機体の頭を地面に向け、一切の推進器をきり、自由落下を開始する。

「いくぜ!!」

地表との距離が八百メートルをきった。ヴァイスは全推力を落下加速に追加した。ツインアイが霧の濃い空に不気味に光った。鷹が獲物を見つけた合図だ。ヴァイスは迷わずトリガーを引いた。青く輝く二本の矢がテン・エイティとベルグドルの胸を上から足元にかけて貫通した。大地が沈み、一瞬VRが光の矢に串刺しになったかのように見え、直後にVコンバータが引火し大爆発を起こした。その爆発から超低空でアファームドが飛び出した。立て続けに左右のライフルを撃ち、そのまま猛スピードでミミーたちの中央を通過した。振り返りつつ攻撃するも、RKGの弾丸は鷹に掠りさえしない。再び急上昇をかけた時、一機のテン・エイティの右腕が落ちた。翼に切り裂かれたのだ。

「サルペン中尉、敵の後方に出ました!」

回り込ませた二機のテン・エイティがアベルの背後をとる形になった。

「間に合った、挟み込むぞ!」

「了解!」

テン・エイティが間合いを詰めようと前方へダッシュをしようとした矢先、どこからともなく飛来したミサイルが崖を崩し、テン・エイティの目前に岩が落下した。いきなりの出来事に急停止し、思考がとまる。正気に戻るまでコンマ数秒だった。訓練の賜だ。しかしトップ・オブ・アファームドの前ではその一秒未満の時間は永遠にも等しかった。落ちた岩の次にモニターに飛び込んできたのは画面を覆うアファームドの顔だった。右手のトンファーがテン・エイティの脇腹を凪ぎ払った。その衝撃で崖にふきとんで爆発する前にもう一機の胴が宙に浮かんでいた。

「助かった、ジョナサン。」

先に用意していたジョナサンの設置式グレネードが発射されたのだった。ジョナサンはVRの親指をたててアベルの礼に答えた。そしてガトリングガンを連射して敵を牽制し、アベルがジャンプしやすい座標を確保する。

「アベルさん、来ます!」

「了解、援護を頼む。」

「まかしとけ!」

アベルは崖に向かってアファームドを走らせた。空中へジャンプする為に助走をつける。

「く、アベル!!」

カインはジョナサンの地上からの攻撃とヴァイスの上空からの攻撃をかわしつつ、アベルとの間合いを詰めた。複雑かつ絶妙のコンビネーションで放たれる二機のアファームドの攻撃をよけ、針の穴の様な隙間をぬって突っ込んでくる。

「なんて回避をしやがる!!」

「こっちの攻撃を読んでいる!?」

アベルは最後の降下ポッドに接近した。機体をホバリングさせ、降下ポッドに高度をあわせる。

「よし、目標を確認、ドッキングする。」

「やらせるか!」

ついに他の二機を振り切ってカインはアベルに迫った。ロングランチャーを斜め上方のアベルに手槍のように投げつけた。そしてすぐ自分もジャンプする。テムジンのマニュピレーターがロングランチャーをつかまえた。ロングランチャーは形状を大きく変え、サーフィンボードのように平たくなった。カインはテムジンを引き上げランチャーの下側に立て膝をつくような体勢で張り付いた。それが合図のようにランチャーの天地が返されて、テムジンは立ち上がった。ロングランチャーに搭載された大型のブースターが点火、一気に加速した。空気を切り裂くジェット音が耳をつんざく。

「何だと!?」

不意に後方から襲いかかる機体にアベルは空中で方向を変えて回避した。凄まじい加速とエネルギーフィールドを形成したロングランチャーのパワーは、大気圏への突入にも容易に耐え得る降下ポッドの装甲を紙のように突き破り、反対側から飛び出した。次の瞬間、大爆発とともにポッドは塵と化す。

「カイン、やってくれる・・・!」

めずらしくアベルが声をあらげた。

「お前の好きになどさせるかよ!」

さらにカインは旋回し、降下中のアベルに再び襲いかかった。コックピットを正確に狙っている。

「うわっ!?」

突如下から突き上げるような衝撃を受け、カインはバランスを崩した。ロングランチャーの形状をもとに戻し、ブースターを使って滑るように着地する。その地点を狙ったヴァイスのライフルはわずかに左に逸れる。追撃をかけようとしたジョナサンを強烈な光の帯が襲った。自動車のヘッドライトで顔を照らされたときのようにとっさに左腕をかざした。Vシールドはレーザーを受け止めたがそれが限界だった。そのあまりの熱量に盾は溶け出した。シールドを外しサイドステップでかわしたあとには液体と化した金属が残った。

「ナスカ少尉、撤退してください!敵の増援が迫っています!」

キースからの通信は即ちカインの敗北を意味していた。三機のアファームドは増援部隊の到着を待たずに撤退を始めた。

「ぐっ!!」

カインはやり場のない怒りと悔しさに言葉にならない呻き声を腹の底から吐き出した。撤退終了際、開放回線が開きアベルの声がカインのコックピットに響いた。

「お前は俺には勝てない。そういう戦い方をしている限り、な。」

その言葉はその日以来、延々とカインの頭のなかでまわり続けるのだった。