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Episode9 「白き蛇

一隻の空母が大気圏ぎりぎりのところを飛んでいた。間もなく大気圏突入に入ろうというところだ。ブリッジでは緊張した空気が張り詰める。宇宙科学が発達した今日においてもなお、大気圏突入には細心の注意を必要とする。空母は中型戦艦ライジング・キャリバーだ。大型のフローティング・キャリバーと違い、安定性も機動性も低い。なお更のことだ。

「艦長、大気圏突入準備全て整いました。」

通信士の確認の言葉に艦長は大きくうなずいた。キャプテンハットをもう一度かぶり直し、自らに気合を入れなおす。

「うむ。これより本艦は大気圏に突入する。各員、衝撃に備え、シートベルトを着用せよ。」

そのときだった。突然ライジング・キャリバーがバランスを崩し、大気圏に引き込まれ始めた。

「どうした!?」

「敵です!本艦の真下、ミサイルによる対空攻撃と思われます!」

「索敵班、どこを見ている!?」

艦長の激が飛び、艦内は先ほどとは比較にならない緊張と焦りが支配した。次々と矢継ぎ早に放たれる艦長の命令に、クルーは懸命についていこうとしている。

「艦長、何があった?」

ブリッジの正面モニターに男の顔が映った。VRパイロットのヘルメットをかぶっている。精悍でかつしなやかな雰囲気は北欧の血をひいている証拠だろう。金の前髪をヘルメットのバイザーのところまで垂らしているのはこだわりか。青い目と高く整った鼻が印象的なハンサムだ。しかし、かといってカインやアベルのような中性的な美しさとは異なり、男性としての線の力強さが全体から感じられる。言葉は地球なまりが若干ある。それは現代においては上流階級であることを示す。おそらく格納庫からの通信だろう。

「まずいことになった。」

「どうした?」

「敵が真下にいる。このままだと・・・。」

「艦長、新たな敵影確認!航宙戦闘機多数接近!六時の方向です。」

艦長はいまいましそうに頭を掻きながら吐き捨てた。

「聞いての通りだ。下と後ろから挟み撃ちを食らってる。すぐにフロントベイ基地に支援を要請する。」

通信をしてきたパイロットは少し考えるようにうなった。

「これだけ正確に我々の動きを敵が察知しているということは・・・。」

「だれかが情報を垂れ流してやがるんだ!」

そう怒鳴ったのはパイロットの後ろにいたもう一人の男だった。無理やりモニター画面に割り込んでくる。年齢は二十五、六といったところで、同じくパイロットスーツに身を包んでいる。神経質そうな目は彼の特徴ではなく、置かれている状況のせいだろう。男性にしてはやや細く薄い眉毛がその男を象徴しているかのようだが、それは彼の話し方を見れば違うということがわかる。しかし、黙っていればどこかの富豪の跡取息子に見える。恐らく彼の出身は由緒正しいところだろう。地球なまりとは宇宙移民が地球出身者を逆差別するときに使う言葉だ。彼の場合、嫌味なくらい地球なまりを隠そうともしない。

「シド!滅多な事をいうな。士気に関わる。」

艦長の制止も聞かずにシドと呼ばれた男はまくし立てた。

「だってそうだろう!?俺たちは最高レベルのセキュリティーでガードされているはずなのに、こんなにも簡単に行動を先読みされるなんて、どう考えてもおかしいぜ!」

「艦長、フロントベイのサルペン中尉とつながりました。回線まわします!」

モニターに映し出された女は私服だった。およそこの騒然とした雰囲気にそぐわない。その美しさも手伝い、あたかもどこかの一般放送が紛れ込んだかのような錯覚をブリッジ全体に与える。だが、ミミーが話し始めると、彼女が確かにフロントベイの指揮官であることがわかった。

「こちらフロントベイ。現状を教えて。」

彼女の言葉が終わるか否かというところで再び戦艦が大きく揺らされた。いや、揺らされるというよりも一度高く持ち上げられた後、下に叩きつけられるような感じだ。艦長は中央の椅子から落ちそうになるのを必死で堪えつつ、乗組員には注意をしておきながら、自分がシートベルトをしていなかったことに今更気が付いた。

「・・・とまあ、こんな状況だ。」

思い切り頭からずり落ちそうなキャプテンハットがなにより端的に説明をしてくれた。

「なるほど、わかった。すぐに対空ミサイルの準備にかかるから、それまで落ちないでね。」

「すまない!」

艦長が礼を言ったすぐ後、先ほどのパイロットがモニターに映し出された。

「その必要はない、中尉。」

「なんですって?」

「その必要はない。我々が出撃する。」

「何をいってるんだ、大尉!そんなことをしたら・・・」

「悠長なことをいっている場合ではない。対空ミサイルなど航宙戦闘機に当たるわけがない。それにライジング・キャリバーはもう既に大気圏突入を開始しているのだ。大気圏内の敵部隊にも備える必要がある。その際、かえってミサイルは邪魔になる。味方に当たりかねないからな。」

「しかし・・・。第一、宇宙はともかく大気圏内の航空機にVRで勝ち目などあるはずがない!」

すっと手をかざし、艦長の言葉を遮るとパイロットはヘルメットをスーツに固定しながらいった。

「議論はあとだ、艦長。この場を切り抜けてからでも遅くない。なにもしなければ撃墜を待つだけだ。カタパルトデッキの準備を始めてくれ。」

艦長は下を向いて考えていたが、やがて顔を起こした。そこに迷いはない。

「わかった。本艦はこのまま大気圏突入を強行、敵航空機はラバイッチ大尉のVR隊に任せる。」

「ちょっと、それでいいの!?」

艦内のどよめきよりもはやくミミーは反論した。それもそのはずだ。この時点、この場所、この状態でVRが出撃すれば、VRは戦闘中に大気圏に引き込まれ、燃え尽きてしまうだろう。運良く突入に成功したとしても、機体を制御できずにそのまま地面に叩きつけられてしまう確率が高い。また、その難題を突破したとしても、次に控える大気圏内での航空戦闘機との空中戦は圧倒的に不利である。これだけ戦場にVRが普及している今日においても、制空権を握る鍵は今だ航空戦闘機である。落下しながらの状態ではとても航空機のミサイルをかわすことなど不可能である。

「やってみるさ。」

ラバイッチ大尉はそうミミーに返すと、カタパルトデッキに自らの身体を無重力に任せて流した。その後をシドが追いかける。

「本気なの?」

ミミーは信じられないというように首をゆっくりと左右に振った。

 二人のパイロットは格納庫にあるVRに近づいた。そのVRは従来の第二世代VRの流れを受けつつも、独特のフォルムをしていた。大抵VRは製造元のプラントの設計思想を各々受け継いでいる。例えば第七プラント・リファレンスポイントならばテムジン、第三プラント・ムーニーバレーであればベルグドルからグリス・ボックというようにである。  しかし、このVRは直系の機体が一目ではわからない。あえていうならばTRV−06k−HヴァイパーUとRVRアファームドの中間という印象だ。背部のウイングに関する機構はヴァイパーUのそれに近いが、ボディは丸みを帯び、対弾性を向上させている。肩には大きくDVR−01と記されていることから、どこかのプラントから納品されたものではなく、DNAオリジナルの機体であると推測される。機体は全部で九機、全ての機体が異なる装備をしている。VRは通常、その単価の高さから個体として完成されたものであるのが一般的である。オプション装備を充実させると、その分コストがかさみ、戦地での整備が煩雑になるからだ。例外的にRVRアファームドシリーズは、武装と駆動系を完全に分離することと、あらゆる武装の相互互換性を徹底することで解決している。しかし、武装と駆動系の分離は必然的に実弾兵器への偏重傾向をまねき、戦闘継続時間を短くしてしまっている。結論からいえば、オプション装備開発は無駄が多く、効率が悪いということになる。そのオプション装備を九種類も揃えたということは、かなり潤沢な資金の流れがそこにあることを示している。

「シド、我々の初陣だ。」

「はい、ラバイッチ隊長!」

「そんなに気張る必要はない。訓練通りにやればいい。」

シドは隊長の言葉を最後まで聞かずに自分の機体のコックピットにむかった。

「大丈夫ですよ、隊長。今、すごくいい感じに気合が入ってる。最高の結果を出して見せますよ。」

そういってコックピットのなかに滑り込んだ。その様子を見て、ラバイッチは満足そうに頷いて、自らも自機に乗り込んだ。

「いいか、大気圏付近での戦闘は常に危険がともなう。各員、気を緩めるな。」

ラバイッチの言葉に部隊全員の歯切れのよい返事が返ってくる。その響きにうなずいて、ラバイッチはVRを起動させた。それに続き、他の隊員も出撃体勢をとった。彼のVRがカタパルトデッキにあがった。いよいよ発進だ。膝を大きく曲げ、腰を落とす。

「ロイコフ・ラバイッチ、ホワイトスネイク零号機、出る!」

カタパルトの安全装置が外れ、VRが勢い良く飛び出した。そのまま真っ直ぐ大気圏突入ルートに入る。次にカタパルトにあがったのはシドの機体だ。右腕にアサルトライフル、左腕にセブンウェイミサイルポッドを装備している。ホワイトスネイクとしては標準装備となる。シドは一度大きく深呼吸をするとつぶやいた。いつもなにか大事な場面の直前には必ず言う言葉である。

「テイク・イット・イージー、大丈夫、いけるさ。」

向かって左側のモニターに、カタパルト準備完了のサインが点滅する。

「シド・ブライトリング、ホワイトスネイク一号機、出るぜ!」

ブーストの推力とカタパルトの射出力が重なり、一気にシドは宇宙空間に飛び出した。モニターは全て暗黒の空間とそこに浮かぶ青い惑星で埋め尽くされた。圧倒的な開放感がシドを大きく包み込み、彼の緊張を少し和らげた。地球出身者は総じて、宇宙空間を嫌う。無限の広がりが孤独感をかきたてるのだ。そして宇宙酔いと呼ばれる状態に陥ってしまう。それが普通である。しかしシドは、多くの宇宙移民出身者と同じく、空間に対して恐怖を持たなかった。それどころか安堵さえおぼえる。大きく深呼吸をして機体を傾け、大気圏へとスロットルを吹かした。

 対空ミサイルはいつでも発射できるように準備はしたが、VRが出撃した以上うかつなことはできない。ミミーはただ作戦司令室でモニターを見つめるだけだった。それはキースを始めとしたほかのスタッフも同じだ。全員が食い入るようにモニターに注目しているところにデイビットとカインが部屋に入ってきた。当然のごとく、誰一人ふたりを見ようとしなかった。

「VRが出たんですか?」

カインの質問に答えたのはキースだった。

「ライジング・キャリバーが大気圏の内外で戦闘機に挟み撃ちにあっているんです。」

「VRで応戦しようっていうのかよ?正気じゃないな。」

元戦闘機のパイロットであったデイビットには、それがどんなに無謀なことかわかる。ミミーは彼の言葉に腕組みをしながらため息をついた。

「でもこの場合、仕方ないでしょう。他に方法がないもの。」

再び画面に視線を戻したとき、そこで爆発が起きた。航空機が撃墜されたのだった。作戦司令室全体がどっと沸いた。立て続けにもうひとつのモニターでも爆発がおこる。こちらは宇宙空間だ。

「やるじゃない、彼ら。」

ミミーはVRの動きに感心した。

「それにしても見たことない機体ですよね。フォルムも独特だし。空中戦でこれだけ戦えるVRなんて、聞いたことないです。」

キースの疑問に答えたのは側にいたモーリスだった。

「なんでも生粋のDN社あがりのメンバーを選りすぐって結成された部隊らしいわ。確かホワイトスネイクだったかしら?」

「きいたことあるぜ。VRからパイロットから整備スタッフまで、プラントが一切関与しないDNAオリジナルの部隊なんだとよ。マルファスがそんなこといってたぜ。」

「また一機落とした!」

キースの声にまた、歓声があがる。カインは部屋全体の盛り上がりから離れ、ミミー達の話に聞き耳を立てていた。

「そんな部隊があるんですか?」

カインの質問にミミーはモニターから目を離さず、片手で髪をかきあげた。

「らしいわね。きっとDNAは独自の技術と戦力を保有することでオーナーからの融資に左右されない強い組織を目指しているんでしょうね。そうしないと一年前フレッシュ・リフォーから融資を打ち切られた時のように悲惨な目にあうからね。」

「DNAはフレッシュ・リフォーからの独立を考えているんですか?」

「さあ、それはないんじゃない?なんだかんだいっても、オーバーテクノロジーを事実上独占している月のプラントは地球圏で絶対ともいえる力をもっているもの。なかでもフレッシュ・リフォーは元々持株会社だったDN社の直轄プラントだったから。その影響力は絶大よ。独立しようとしても無理ね。」

そこにモーリスが口をはさんだ。

「要するにフレッシュ・リフォーの気まぐれに振り回されないように、自給自足の手段も用意しておこうということ。もちろんそれはコストがかかるけれど、必要なことね。」

「なるほど。」

経営論にはあまり興味がなかったので、カインはこの程度でやめておくことにした。モニターでは先ほどから激しい戦闘が繰り広げられている。そのなかの一機のVRにカインは目を留めた。

「へー、あいつ、いい動きするな。」

デイビットはその視線の先をみた。VRが航宙戦闘機相手に苦戦を強いられている。動きに無駄が多く、ライフルに頼りすぎで、効率はお世辞にも良いとは言えない。新兵であることが一目でわかる。

「あいつが、か?」

デイビットに独り言を聞かれたのを知って、カインは少し照れてみせた。

「いえ、確かに無駄は多いんですけど、何というか、敵の攻撃に対する反応の速さとか回避した敵の位置をつかむ感覚とか、そういうのがいいなって・・・。」

「なるほど、いわれてみればそうかもしれねぇな。エリート部隊に選ばれたのは伊達じゃないってことか。」

そういってデイビットは顎に手を当ててうなずいた。

シドはまず機体をかたむけ、ライジング・キャリバーの後方からせまる航宙戦闘機に的を絞り込んだ。シドの後方から二機の味方機が追従する。機体ナンバーからそれらがミックとサルムであるとわかった。

「ミック、サルム、俺が中央突破する。散った奴を落としてくれ。」

「無茶して落とされるなよ?まあいい、わかった。」

「あとで飯をおごれよな。俺はスシがいいな。」

シドは舌打ちをして不平を表現して見せたが、どうやらあきらめたようだ。

「ちっ、わあかったよ!しっかりフォローしてくれよな。」

ホワイトスネイクは一気に加速して敵戦闘機部隊へと肉迫した。すでに双方ともミサイルの有効射程距離に入っている。しかしシドはまだ撃たない。接近して一機ずつ確実にしとめるつもりのようだ。敵の部隊が一斉にミサイルを発射した。その弾幕はシドのホワイトスネイクの進行方向をすべてカバーするかのような圧倒的な量だった。ついでにライジング・キャリバーも沈めるつもりなのだろう。シドはその物量に少し圧倒されつつも、そのまま突撃を敢行した。中央突破してみせると二人にいった手前、そう簡単には引けない。

「やってやるぜ!」

自分を精一杯鼓舞して、アサルトライフルを連射しながら突っ込んだ。前方から怒涛の勢いで接近するミサイル群を撃破しながら、自らの機体をランダムに上下左右に動かして、敵のねらいを外す。ミサイルの一つがアサルトライフルの弾幕を潜り抜け、シドに迫った。

「うおおっ!?」

完全に目をつぶっていたが、反射で身体が勝手に動いてくれた。アサルトライフルに装備されている銃剣がミサイルを真っ二つに切り裂き、ホワイトスネイクの左右に開いた。すぐ後ろで爆発が起きる。シドは急上昇をかけて爆発から少しでも距離を離そうとしたが、超高速で飛び散る破片が機体にぶつかり、シドを大きく揺さぶった。だが驚いたことにホワイトスネイクの装甲はほとんど傷ついてはいなかった。通常の装甲の他にVアーマーと呼ばれる特殊な防御機構が施されているため、破片は本体に決定的なダメージを与えられなかったのだ。これは、Vコンバータの余剰出力によって機体の周囲に仮性ゲートフィールドを常時形成し、そのゲートの事象への干渉力で攻撃を弾き返すシステムである。ホワイトスネイクは、通常の第二世代VRに比較して非常に高効率のVコンバータを装備している為、Vアーマーが強力なのだ。爆風を近くで受けたにも関わらず無事であったシドは、今度はこちらの番とばかりにそのまま戦闘機部隊の横へ回り込み、ライフルを放った。ロックオンした標的を逃さず、二機同時に撃破してみせる。

「よし!」

我ながら惚れ惚れする射撃だと思った。実際かなりの距離があったが、ホワイトスネイクの火器管制システムは非常に高性能なものを装備しているため、遠距離での命中率は群を抜いていた。だが、それを差し引いても今の動きはシドに実力だろう。カインの目にとまった動きのひとつだ。

「シド、こっちだ!ライジング・キャリバーに敵がとりつきそうだ!」

気が付けば距離表示ははるか遠くにライジング・キャリバーを映している。

「やべ、離れすぎた!」

すでにライジング・キャリバーは対空砲火を発射していた。高射砲など俊敏な戦闘機に命中することは滅多にない。戦闘機をはやく落とさなければ母艦を失い、宇宙で迷子になってしまう。シドは自己陶酔からすぐに我にかえると、機体を反転させて母艦へと急いだ。バルカン砲を連射しながら母艦に迫る戦闘機群は、素早い動きで高射砲をかわすと、そのまま下方向へと回り込む。ライジング・キャリバーの降下ルートに割り込んで、大気圏突入を妨害するつもりらしい。ホワイトスネイク隊はその動きを捕捉し、すぐに地球降下ルートの守備に入った。だが、それはおとりだった。ホワイトスネイクが母艦の下に入り込むのを確認してから今度は上方から別働隊が強襲してきた。そのまま大気圏に突っ込んでしまうかのような勢いだ。

「新手!?」

シドは自機が敵の別働隊と母艦をはさんで反対側にいることを知ると、その場からセブンウェイミサイルを構えた。レーダーにとらえられた敵機がロックオンされる。目前にあるのは無防備にさらされたライジング・キャリバーの格納庫だ。しかしシドはそのままトリガーを引いた。発射されたミサイルは母艦に直撃する寸前に大きく進路を変え、船体の左右にカーブを描いて飛んだ。対空高射砲をかいくぐり、今まさにライジング・キャリバーのブリッジにミサイルを撃ちこもうとした瞬間、まったくの死角から高速で飛来するミサイルを戦闘機のレーダーが感知したときには、もうその機体はばらばらに砕かれていた。その破片は地球に重力に引かれて流れ星となった。シドはミサイル発射の反動を利用して機体を回転させ、今度は自機の下に位置する戦闘機の方向を向いた。高速で離脱を図る戦闘機の進行ルートを先読みして、シドはアサルトライフルを撃った。旋回能力において劣る戦闘機は方向を転換しようにも間に合わなかった。ばらまかれた弾丸は弾幕となっていた。そのなかに突っ込む形で戦闘機は全身に穴をあけられ、大気圏へと飲み込まれていった。

「ふゅー、なんとかしのいだか・・・。」

汗を吸収する機能にすぐれたアンダーウェアスーツだったが、シドのかいた汗の量は半端なものではなかったので、身体のあちこちがむずがゆい。

「シド、隊長が先におりている。俺たちも行こうぜ。」

ミックはそういうと、大気の分厚いカーテンへ機体を飛ばした。

「お先に!」

サルムもそれに続く。負けてはいられない。

「びびったらだめだ。一気にいくぜ!」

先行する味方機に遅れまいと、シドはホワイトスネイクを加速させた。大気圏へのVR単独の降下は一般にかなりの危険が伴う。やむを得ず行う場合には、必ず大気圏突入用のオプション装備をとりつけなくてはいけない。だがそうすれば、機体は重量が増し、宇宙及び降下後の運動性が極端に低下するため、撃墜されやすくなる。また、戦闘中に被弾し、突入用の装備に破損が生ずれば大気圏突入最中に燃え尽きてしまうこともある。だが、このホワイトスネイクはその心配がなかった。シドはコックピットの横にある、大きな四角いボタンを押した。ホワイトスネイクのコンピュータがそれを認識し、大気圏突入に関するあらゆるシステムを起動し始めた。正面モニターに次々にシステム機動の表示が表れ、シドに応答を求めてくる。シドは片っ端からOKの指示を出して全てのシステムが起動したのを確認し、決定ボタンを押した。ホワイトスネイクのふくらはぎにあたる部分に取り付けられている板状のものがジョイントにより足の裏に移動した。その板は足の裏に固定されると前後に長く伸びた。ホワイトスネイクはスキーのジャンプのような姿勢をとり、板を八の字に開く。二本の板の間に左右から引き出された一見ガラスのような透明の板が八の字を描いたスキー板をつないだ。ホワイトスネイクはさらに背部のウイングを展開、降下速度を落とした。特殊な断熱ガラスは機体の温度が上昇するのを防いでいるのだった。

「こいつは快適だ。」

シドはつぶやいた。あまりの安定度に機体はほとんど揺れを感じない。さらにコックピット周辺の構造は小刻みな振動を完全に吸収する仕組みになっている。早くも眼下に広大な海が広がり始めた。シドは久しぶりの故郷への帰還に一瞬、戦闘を忘れそうになったが、否が応にも敵機のバルカン攻撃がシドを戦場へと引き戻す。既に航空戦闘機部隊と接触していたのは、先に降下したロイコフ機と五機の味方機だった。さすがに苦戦を強いられているが、その中でロイコフだけは獅子奮迅の健闘をしていた。ロイコフはウイングとスキー板を巧みに使って姿勢を制御し、頭部バルカンを駆使して自機の上方から敵部隊を追い払っている。不意に敵の一機が、落下しながら応戦するホワイトスネイクと高度を合わせ、背後からミサイルを放った。

「むっ!?」

その殺気を感じたロイコフは機体の腰をひねりつつ身体を回転させ、ミサイルに対してスキー板を盾にした。凄まじい爆発にロイコフは吹き飛ばされた。だが、同時に彼の放ったビームライフルはガラスの板に干渉することなく通過し、敵機を撃墜していた。

「隊長!」

空中で激しく回転をしながら落下するロイコフ機に向かってシドは全速力で降下した。猛烈な加速度がモニターの指し示す距離をみるみるうちに縮めていく。シドはロイコフを追い越して、下で待ち構えた。ひとつタイミングを誤れば、二人とも墜落してしまう。シドは呼吸を整えてタイミングを計る。そこに一機の敵航空機がミサイルを発射した。いま回避すればロイコフを助けられない。かといって避けなければ自分がやられる。どうする!?その時、ミサイルが発射されてからシドに到達するまでのほんの数コンマの間に割り込んできた機体があった。彼が瞬きした瞬間にミサイルはサーベルによって分断され、爆発した。シドは何がどうなったかわからないまま、機体のパワーレベルを全開に引き上げ、勢いよくロイコフの機体を抱きかかえた。

「すまん、助かった。」

「隊長でもこんなことあるんスね。」

「戦場では何が起こるかわからん。私だっていつ撃墜されるかもしれんさ。」

「隊長が落とされたら、ホワイトスネイク隊は全滅ですよ。」

ミックが回線に入ってきた。シドにウインクしてみせる。ロイコフの無事を確認したシドはさっきの飛び込んできた機体がミックであることを知り、また借りを作ったと思った。あいつには借りをつくりっぱなしだ。いくらミックがホワイトスネイク隊のエースで、恩を押し付けがましくいわない人間だったとしても、同僚に助けてもらってばかりでは男がすたる。VRの人差し指と中指をたてて合図をして、ミックは急上昇をかけた。シドは妙な対抗心が芽生え、自分も上昇して敵の戦闘機にライフルを撃ちこんだ。爆発が起き、シドの狙った標的はガス管が破裂するようにはじけた。やった、と思ったシドだったが、当たったのは後方から射撃したロイコフの弾だった。シドを追い越して一気に上昇し、ロイコフは敵の旋回コースを見込んで雲の中に隠れた。レーダーがいかに正確であろうとも、実際に姿がみえない相手にそうそう攻撃はあたらない。それに相手へのプレッシャーにもなる。案の定、敵部隊は旋回しながら上昇して降下してくるライジング・キャリバーを下から狙い撃つためにミサイルのロックオンを定める体勢に入った。その瞬間にロイコフは雲から飛び出した。そのまま立て続けに七機をロックした。

「沈め!」

ロイコフの放ったセブンウェイミサイルは的確に標的を捕えると、離脱を図ろうとする敵機をどこまでも追尾した。狙った目標は絶対に逃がさない。それが白蛇の名を持つこのVRの特徴だ。七匹の蛇は白い軌跡を描いて飛び、敵に噛み付いた。その牙と毒は獲物の息の根を瞬時にとめた。三機の戦闘機が連続で爆発を起こし、その爆発は空を真赤に焦がした。敵は余りに甚大な被害を食い止めるために撤退を始めた。その華麗な動きにシドは触発され、自分も仕留めてやろうと追撃に入ろうとする。

「シド、敵を追い払うのが先決だ。ライジング・キャリバーの降下ルートを確保するぞ。」

名残惜しそうに撤退してゆく敵部隊をしばらく見つめていたが、ロイコフにもう一度促され、降下ルートの確保に向かった。ライジング・キャリバーはもう、かなりの高度まで降下してきている。甲板でVRの右腕をふっているのはミックとサルムだ。どうやら敵部隊は完全に追い払ったようだ。二機のVRを左手に見ながら、シドは一度大きくブリッジを回って反対側から着艦した。ふうっとため息をつき、戦いが終わったことを身体が認識し始めていた。