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Episode11 「圧倒敵!バルバドス・前編

 見渡す限り一面の赤い砂漠が疾走する三機を包んでいた。時折吹く砂の混じった風がアファームドの装甲にあたり、細かい音を立てる。いまは天候も安定し、嵐はない。砂漠の夜は冷たく、厳しい。深夜、太陽が落ちるとそこは灼熱地獄から極寒地獄へとかわる。その過酷な環境は、月にまでその生活圏を拡大した人類を、かたくなに拒みつづけている。地球があたかも人類の侵攻を、その身を削って妨げているかのようだ。

この砂漠はアフリカ地方のそれとは違い、粒子が細かくないため地面は比較的固く、安定している。しかし、同時に適度なやわらかさも持ち合わせているため、音紋索敵にも察知されにくい。そうはいっても機体の間接部分には砂が入り込み、長時間の戦闘は不可能であるのが常識であった。しかしこのアファームドは、もともと局地戦用に開発された経緯をもつため、悪条件下での戦いを得意としている。ゆえにこのような砂漠における小隊単位での単独運用にも耐えうる。

「よし、ここからは歩くぞ。」

アベルの指示にふたりはアファームドの速度を落とし、歩行による進行に切り替えた。原則としてVRをレーダーで認識する方法は二つある。一つは従来型の方法、もう一つはVコンバータの回転スピードを振動としてとらえ、認識する方法である。この方法はかつてDN社がVRの技術を独占していた時代に確立されて以来、現在ではもっとも有効かつ一般的な対VR用レーダー技術となっている。このレーダーは空気を伝わるVコンバータ独特の振動を個別に認識することで、何機の、どの種類のVRであるのかをすぐに把握することができる。しかしその一方でレーダージャマーによる撹乱に弱く、また微弱な振動までは感知できないことから、万能ではない。大抵VR隊が隠密行動をとる場合には徒歩による移動が有効なのである。

「今回の任務をもう一度確認する。」

アベルは自機の端末からそれぞれヴァイスとジョナサンにデータを送った。二人も各々自分の役割を記した情報をモニターに表示する。

「テラ・アウストレリア・インコグニタの南西部、エアポートに運び込まれているというDNAの最新VRを捕獲、もしくは破壊することだ。ふざけたことにこの作戦に関する情報はこれだけだ。後は戦闘中にデータを得るしかない。」

「やれやれ、連中は作戦を成功させる気があるのかよ?いくら何でもこれじゃ敵の武装どころか種類さえ特定できないぜ。」

ヴァイスは右手でヘルメットの上から後頭部を軽く叩いた。

「ただでさえ捕獲なんていう無茶な仕事なのに、これしか情報がないってことは僕たちにわざと任務を失敗させてやろうなんて考えているんでしょうか?」

二人の不満はもっともだ。未知の敵との戦闘は相手の攻撃方法や機動力がわからないため、必ず苦戦を強いられる。ましてや今度の相手は最新VRである。そしてなによりやっかいなのは「捕獲」という任務の性質である。もし敵を無傷で捕獲しようと考えたとすると、最低でも相手の何倍もの兵力が必要となる。それを三機で実行しようというのだから、正気の沙汰ではない。

「今更文句をいっても始まらん。無茶をやってみせるのが俺たちだ。捕獲は無理でも最低、敵との戦闘データぐらいは持ち帰らないと、今回の就職は水の泡だ。」

「へいへい、わっかりやしたよ。」

ヴァイスは鼻で軽くため息をつき、レバーを握りなおした。もう、目標地点までそう時間はかからない。自分のなかでしっかりと切り替えができるのは、彼が一流の戦士だからだろう。

「目標地点を確認、データを送ります。」

ジョナサンのS型がいち早くレーダーで目標地点を捕捉した。全機近くの大きな岩の影に隠れ、エアポートの様子をうかがう。そこは三方を小高い岩山で囲まれ、その中にエアポート全体が収まっている。かなり小規模であるのは、滑走路が一本しかないことから容易に判断できる。中央はおそらく管制塔で、脇にいくつかある建物が格納庫だろう。アベルはアファームドの望遠カメラを使って詳細に地形を分析する。ここから先はエアポートまで身を隠すようなところは見当たらない。段差もなく、あたりはここまでの道のりと同じく一面砂漠である。さて、どうやって接近するか。考えをまとめるためにサイドモニターに情報を整理しようと視線を移したとき、ヴァイスがエアポートの動きを察知した。

「出てきたぜ。あれじゃあないのか?」

望遠カメラにうつるそのシルエットは、従来のVRのどの系列にも属さない、特異な形態をしていた。その様子から重戦闘VRではないことはわかる。また、そのVRにはマニュピレーターがなく、腕は筒状である。開発途中でないとすると、内蔵式の固定武装の可能性が高いが、ここからではその内容までは確認できない。

「見たことのない機体だな。まったくの新型か?」

アベルは軽く首をかしげ、無駄だとわかっていたが一応、検索してみる。だが、案の定該当するデータは存在しなかった。

「だめか・・・。せめて系列だけでも割り出せればと思ったが・・・。」

「しょうがねえ、やるか!」

ヴァイスはアベルの機体の肩にアファームドのマニュピレーターをのせた。軽い衝撃にアベルは思わず苦笑いをした。彼の言葉に二人は覚悟を決めた。不思議である。先ほどまで散々愚痴をこぼしていた彼が今、一番やる気をみせている。一流のスポーツ選手は自らの意思で脳内の分泌物質をコントロールできるというが、それに近いものがある。ムードメーカーに火がつくとその組織は連鎖で激しく燃える。どうやら今、火がついたようだ。ジョナサンは前に出て、アファームドの左腕をあげた。

「僕が先行します。続いてください!」

「あいよ!」

ヴァイスはショットガンの安全装置を解除し、弾丸を装てんした。

「よし、一気にけりをつける。敵に考える余裕をあたえるな!」

おう、という掛け声とともに三機は岩陰を飛び出した。ジョナサンのS型を先頭に、加速をかけた。砂塵が舞い、まるでトルネードが基地にせまっているかのごとき勢いである。敵がアファームドの接近に気が付いたときには、既に三機はエアポ−トに設置されている迎撃ミサイルの有効射程内に入っていた。ミサイルが発射された。凄まじいまでの数だ。どうやら砂漠に不毛な雨を降らせるつもりらしい。迫りくるミサイルの雨にヴァイスはショットガンをかまえた。アベルがその軌道上にボムをなげる。

「そらよ!」

発射された弾丸はボムに命中し、空中に巨大な爆風を形成した。そこにミサイルは次々に反応し、突っ込んでゆく。さらに大きな爆発が連続で起こり、夏の夜の花火のように暗い砂漠を照らした。第二発射の態勢をとるミサイルランチャーにジョナサンは標準を定めた。止まっている目標には外さない。

「いけ!」

こちらのほうは派手なものではなく、ロケット花火だったが効果は絶大だった。白い煙をあげて飛んだユニットガンのミサイルは、まさに今発射されようとするランチャーに命中し、大爆発を起こした。爆風に対し、三機は体勢を低くして抵抗を小さくする。そのままスピードを緩めることなくは突き進み、エアポートの中心にいる新型VRに向かって大きくジャンプした。着地には一切ブーストを使わず、アファームドの膝のクッションだけを用いた。勢いは止まらず、アファームドは立膝をついた状態のまま滑った。脚部の装甲が基地のアスファルトとの摩擦で煙をあげる。滑り込みながら、三機は新型VRめがけてアンダースロウでボムを投げつけた。それは爆発すると同時に何かを吐き出した。次の瞬間、敵機は全身をネットでがんじがらめにされていた。

「やった!」

ジョナサンはぱちんと指を鳴らした。鮮やかなまでの電撃的侵攻だった。あっという間に、敵機に何もさせずにその動きを封じてしまった。これら一連の動きは一朝一夕にできるものではない。日々の訓練と互いの信頼がなせる技である。

「よし、捕獲するぞ。」

アベルはジョナサンにファニーランチャーを構えさせ、ヴァイスとともに敵機に近づいた。

「ヴァイス、さがれ!」

「何!」

ほんの僅かの差であった。突然、通常ありえない方向からの攻撃を受け、二機は大きく飛び退いた。ビームバルカンが連射され、アベル達は散開する。

「なんだ、いまの・・・?どこから撃ってきたんだ?」

ジョナサンはあたりを索敵した。反応が二つ、敵機の前方、ちょうど先ほどアベルとヴァイスのいた位置の背後をとる形であった。だが敵の姿は見えない。

「アベル、よく気がついたな。何だったんだ、さっきのは!?」

「わからん。だがあいつ、腕がなかった。」

「腕がない?」

ヴァイスは聞き返した。意味がわからない。

「ああ、さっき、望遠カメラで見たときは筒状の腕があったんだ。それが捕獲するときはなかったんだ。」

「どういうことだよ?」

敵機はもうネットを脱出し、次の行動に移っている。ジョナサンは敵の動きを牽制するためにナパームを放った。火柱が基地の建築物を爆炎で焦がす。飛び上がってその炎を回避し、何やら空中で動作をした。撃ってくるか?ジョナサンは回避行動にでたが、敵からの攻撃の様子はない。

「もしかして、遠隔操作端末ですか?」

「恐らくな。気をつけろ。どこから攻撃してくるかわからんぞ!」

「ちいっ、情報がないっていうのはこれが原因かよ!」

かつて大いなる茶番、OMGの時代。数種類のVRが実用化され、実戦投入された。そのうち、もっとも一般的な標準機体がMBV−04−Gテムジンであり、その派生機種としてTRV−06k−HヴァイパーU、MBV−06−Cアファームドがある。また、高級機として有名なHBV−05ライデンもSAV−07−Dベルグドル、HBV−10−Dドルカスといった派生機を生み出している。通常OMGで活躍した機体は以上の六機種とされる。しかし、極秘裏に開発され少数が量産化された幻の機体が存在するという。その一つがXBV−13−t11バル・バス・バウである。だがこの機体は実戦経験の豊富な三人でさえまだ見たことのないもので、一部の兵士しか実戦で遭遇したことはない。それに関する戦闘データも機体が完全に破壊されていて、回収できていなかった。うわさではその機体は遠隔操作のできる攻撃用端末を武装としていたといわれている。そのことをかすかに記憶していたジョナサンは、すぐにピンときたのだった。

「バル・バス・バウタイプに違いないですね。」

「ああ、うわさには聞いていたが、実物にあうのは初めてだ。」

「おい、なんかやばいぜ、あいつ!」

敵機はその場で左腕に右腕をそえるようにしてかまえた。なんとそこから腕の直径をはるかに上回る大きな空中浮遊機雷を発射した。クリスタル・ジェルによる再構成範囲をはるかに逸脱するものだった。浮遊機雷「マイン」はゆっくりとアベル達に向かって接近してきた。

「おい、ジョナサン。こいつは一体どうなってやがるんだ!?」

「僕にきかれても・・・!」

混乱する三機にさらに追い討ちをかけるがごとく、今度は両腕が本体から切り離され、上空高くから、細く鋭い二本のレーザーを発射した。

「来るぞ!」

レーザーは三機のいる位置めがけ、地面をえぐりつつ、追尾してくる。三方に散ったアベル達に先ほどのマインが襲い掛かった。ターゲットはヴァイスだった。

「くそ、俺かよ!」

前方、敵本体にむかって加速しつつ、ヴァイスはナパームを投げた。その爆炎はマインを巻き込みつつ、一直線に敵機を強襲した。慌てたように敵機はヴァイスの向かって左方向に回避する。その方向にはジョナサンが散開しているはずだった。これで挟み撃ちができる。しかし以外にもジョナサンは付近を通過する敵機に対して攻撃を仕掛けなかった。それどころか、大きくジャンプして後方へ飛び退いてしまった。

「なにやってんだ、ジョナサン!絶好のチャンスだったのに!」

「気をつけてください!攻撃端末は二つだけじゃない!」

ヴァイスの怒声にジョナサンは必死に自分の正当性をアピールした。だがそれは必要なかった。ジョナサンが回避したグランドマインがヴァイスに目標を変更したからだ。三つの鋭い針が突き出したそれは地面を低く跳ねながら高速でヴァイスに迫った。ヴァイスは引き付けてからこれを右に小さく移動し、すぐに直角に方向転換して敵機に接近しようとした。しかし、グランドマインはぴったりとアファームドを後方から追尾してくる。

「冗談だろ、おい!」

その時アベルは基地の反対側で、次々に射出されてくる小型マインの処理に追われていた。トンファーから発生させたソニックウェーブで、すでに十をゆうに超える数を撃墜するも、いっこうにモニターに映るマインを減らせなかった。先ほどに続き、明らかに切り離された攻撃端末の中に収納可能な量をはるかに超えている。まるで、湯水のごとく端末からマインが溢れる。端末の接続部分とどこかが、何らかの形でつながっているようにしか思えなかった。

「何がなんだかわかんねぇ!どうする、アベル!?」

ヴァイスの問いに、アベルは目前のマインをナパームで焼き払いつつ答えた。

「考えてもわからないことは考えるな。俺たちにとってあの攻撃端末のからくりなどどうでもいい。どう対処すればいいかだけを考えるんだ。」

「いってくれるぜ・・・。」

そういいながらも、ヴァイスは少し吹っ切れたように笑うと、アファームドをジグザグに走らせた。建造物や管制塔を盾に確実に間合いを詰める。敵機はかまわず攻撃を仕掛けてきた。だが、一撃の破壊力は小さく、建物ごとアファームドを吹き飛ばすような力はない。アファームドはじわりじわりと接近してゆく。そしてついに二機の距離が百二十メートルをきった。ヴァイスのもっとも得意とする距離である。

「この距離なら四方からの攻撃はできないだろ!」

とっさに機体を走らせ距離を離そうとする敵機にヴァイスはサイドステップで回り込み、進行方向をふさいだ。

「逃がすかよ。」

敵機は両腕の攻撃端末を呼び戻し、そこにエネルギーの刃を作り出した。両腕を大きく横に広げ、左右からはさみ込むように斬りかかってきた。

「接近戦でアファームドとやりあおうっていうのか?馬鹿が!」

案外素早い動きだったが、ヴァイスでは相手が悪すぎる。アファームドは後方へはねるようにして軽くステップを踏み、ソードをかわすと一気に懐へ飛び込んだ。さらに抵抗しようとする新型の背後に上半身を深くかがめて回り込む。鮮やかな機体さばきは闘牛士のようだ。

「おら、おとなしくしろ!」

ヴァイスは背中から敵機を羽交い絞めにして動きを封じた。金属がアファームドの強力なパワーに締め付けられて激しくきしみ、不快音をがなりたてた。

「こうなっちまったらお終いだ。ばらばらにされたくなかったら投降しな。」

「こいつ、離せよ!」

「何!こどもか!?」

敵機のコックピット内から聞こえた激しい抵抗の声は明らかに変声期前の少年のそれだった。子供が戦士として戦場に出ることは、限定戦争に関する条約のなかでも重大な禁止事項の一つだ。DNA内部にて潜入捜査をしているエージェントでさえ収集できない情報の正体はおそらくこれだろう。DNAは極秘で幼年期の子供のパイロット訓練を進めていると、兼ねてからうわさはあったが決定的な証拠はなかった。同じく極秘裏に開発された新型VRとあわせて運用することで、機密保持の徹底を図ったと考えられる。激しく抵抗してみせる少年に若干戸惑いながらも、ヴァイスは確実に敵機の間接部位を押さえ込んでいる。

「ちっ、ガキが相手かよ。戦場でまさか保育園の先生の体験ができるなんてな。あー、おらおら、あばれんじゃねーつーの!」

「ヴァイス、離れろ!」

「今度はなんだよ!?」

大きく後ろへジャンプしたヴァイスだったが、危うくVRごと潰されるところだった。今ヴァイスがいた位置がクレーターのように深く沈んでいた。直径は三十メートル前後、近くに建っていた管制塔の建物の一部が、まるで何か巨大な生物にその角をかじられたかのごとく半円状に消失していた。その上空では二機の攻撃端末が下方向にエネルギーの磁場を形成していた。モニター上でも確認できるほど空間が歪んで見える。

「馬鹿が。自分も巻き込んでんじゃねーか。やべえな、これじゃぺしゃんこになっちまってサンプルとして持って帰れるか?」

「どうやらいらぬ心配のようだ。」

降り注ぐリングレーザーでできた籠の中の珍獣はやや猫背ぎみにこちらを見つめていた。敵機は凄まじいまでのリングレーザーのシャワーを全身に浴びていた。だがまったく動じる様子すらない。

「自分には干渉しないみたいですね・・・。」

「デタラメな性能しやがって。」

ヴァイスは軽く笑って見せたが、目は自分の危機を感じ取っていることをはっきりと映していた。再び、新型機のカメラが光り、ぶううんと不気味な音をたてた。さすがのアベルやヴァイス、ジョナサンも、その光に背筋を冷やした。どうやらとんでもない仕事を引き受けてしまったらしい。両腕の攻撃端末が切り離され、敵の肩のやや上に漂うように浮遊した。三人はそれぞれ、誰が最初に逃げ出すかを賭けたら、絶対に勝つ自信があった。