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Episode12 「宇宙・前編

大気圏を抜け、眼下に青く輝く光景が広がる。「かつて」蒼き水の星とたたえられた地球。宇宙から見るその姿は今も昔もかわらぬ蒼く美しい微笑をあらゆる者に投げかける。しかし、その微笑が今少し曇ってみえるのは、地球を蝕む汚染のせいか、それとも見るものの心が病んでいるのか。

  旧世紀の後期、人類は核という兵器を開発、実用化したことにより、自ら絶滅の危機に直面した。一時は人類全体を二十から三十回絶滅させ、かつ地球上の自然の大半を汚染し尽くすとまでいわれるほど核があふれた。それを使用すれば自らの生命をも脅かすと知って、だ。人は互いに限定された情報の中で疑心暗鬼にかられ、相手を批判し、さげすむことで自分というものを維持した。だが、人類は自らの理性で絶滅の危機を回避した。地球という神の意志を離れて…。

  生物には、その遺伝子の中に本来の生命原理に反した情報が組み込まれている。自殺遺伝子である。生物は数が増えすぎたり、種全体のバランスが崩壊しそうになったりすると、自殺遺伝子によって自ら死を選択、その危機を回避するという。

  核という存在は人々に繁栄をもたらした一方で絶滅の危機をも招いたが、これは自然の摂理から外れたとされる人類が示した自殺遺伝子の発現だったのではなかろうか。種のバランスどころか、他の生物の生態系をも破壊し尽くす人類にこれ以上罪を重ねまいとさせ、神が人にその知識を分け与えたのではないか。だが、創造物として唯一、禁忌である知恵の実を食し、神から自らの意志で離れた人類は、神の最後の慈悲を受け取ることを「理性」により拒んだ。大地がもし、このまま人類を存続させ、それによって滅びる運命を辿るのであれば、それは自らの犯した創造の過ちを償い、全てを無に帰すため「地球」の自殺遺伝子が発現した結果かもしれない。人は神を求め、神を捨て、そして神に見捨てられた。

  それでも人は生きてゆかねばならない。もはや種として自殺することすら神に許されないのだから。現在の人は、その意味ではある種、究極ともいえる利己的な悟りの境地に到達した。あらゆるものを犠牲にして「生きる」ことで苦しみ、もがき、罪を償うのだ。だが、その罰に終わりは見えない。

 

 RKGを乗せた戦艦ライジング・キャリバーは大気圏を抜けて、衛星軌道上に位置する拠点、ブランク・フランクを目指していた。この拠点は本来、第六プラント、サッチェル・マウスが管理する地上偵察用衛星を改修し、VRの運用試験場にしたものである。もともと軍事目的で建設された衛星であるため、戦艦や民間の船が滞在できる港の役割を持っている。RKGは月での任務に備えてここで補給をすることになっていた。

 艦内の格納庫では相変わらず、マルファス率いるVR整備チームが悪戦苦闘を強いられていた。だが、フロントベイ基地での修理作業と異なり、新しい補給を受け入れるために不必要なVRの部品などをここで廃棄、売却するための整理作業なので、忙しいとはいっても悲壮感はない。

「これはもういらないんですか?」

「ああ、テン・エイティのランチャーはもう使わないから。まあ、予備に二、三個残しておけば充分でしょ。それよりも、今度入ってくる奴はハンパじゃないくらいの重装備だからね。スペースを確保することが一番の課題よ。」

マルファスは戦力充実に伴う積載量問題に、頭を悩ませていることはなかった。そんなことは小さなことに過ぎない。それよりも、なんといってもあの新型機が五機も入ってくるのだから、嬉しくないはずがない。徹底的にいじくりまわして、最高のカスタム機を作るために、何だかんだいって昨日も余り寝ていない。目の下はくっきりと隈ができていて、せっかくの美貌が台無しだが、そんなことに無頓着なところがまた、彼女の魅力の一つなのかもしれない。

「さて、大体片付いたかな。あとは・・・、あれ?」

腰に手を当てて、上の管理室から下の格納庫を見下ろしていた彼女は、整備がまだ手付かずになっているテムジンのコックピットにいるカインを見つけた。どうやら自分で整備をしているらしい。マルファスは内線で彼を呼んだ。

「ナスカ少尉、君、自分でやってるの?」

内線に気が付いて手を止めたカインは「はい」と額にかかった髪をあげながら答えた。

「できるの?」

「これでも僕、整備員のライセンス持っているんですよ。」

整備員という仕事のイメージとカインの容姿が余りにかけ離れているので、マルファスは軽く笑いながら「あ、そうなんだ」と驚いた。

「自分の機体を自分で整備するのは基本ですよ。」

「誰に教わったの、それ?」

「僕の言葉に聞こえませんか?」

「まあね。」

カインは少しむっとしてみせ、その後すぐに表情を和らげた。それは確かに事実だった。カインにVRのことや戦闘のこと、その他いろいろなことを教えてくれた男がいた。言葉では軽く受け流しているが、心の中では複雑な気持ちだった。カインのすること、言う事のほとんどはその男の受け売りだった。自分の機体は自分で整備しろ。その言葉は今も彼の心に焼き付いている。しばらく手を止めて考えていたカインだったが、ふと気がついてまた作業を始めた。マルファスは部屋から出て、無重力帯の中を宙を泳いでテムジンのコックピットに向かった。開閉ハッチの淵に手をかけて中を覗き込んだ。カインはキーボードとモニターを交互に見ながら機動システムのチェックをしている。時々慣れた手つきでVRのコックピット内の整備ハッチが開いた場所の機器をいじくっている。そこは、パイロットはおろか通常の整備員でもメンテナンスできない場所であった。VRはとかくブラックボックスとなっている部分が多いため、僅かな調整ミスが致命的な欠陥を作り出すこともありえるのだ。マルファスはしばらくカインの行動を見ていたが、ミスもなくしっかりとやっているのを確認してうなずいた。

「へー、やるじゃない。」

マルファスの感嘆の言葉にカインは顔を上げた。

「中尉にはかないませんよ。もともと僕、メンテナンス・マスターになりたくて勉強してたんです。」

「あ、そうなんだ。それだけの操縦の腕をもっているからてっきり士官学校出身のエリートかと思ってたわ。」

「まさか」カインは首を振って否定した。モニターをみて作業を続けながら話し始めた。

「いいかげんなものですよ、僕の操縦なんて。正式に習ったことなんてないんですから。」

カインの口から出た言葉に、マルファスは目を見開いて驚いた。

「うそでしょ?」

「本当ですよ。だって僕はもともとDNAには二級整備員で入社したんですから。」

「え、じゃあ、なんでVRのパイロットに?」

「簡単ですよ。要はOMGでパイロットが不足したんで、操縦ができる奴は全員駆り出されたんです。」

「だからって、それだけであんな動きができるようになるものじゃないよ。」

マルファスはまだ信じられないというような仕草でカインをみた。その視線に少し苦笑いをしながらカインは「本当ですってば」と手をあげて手首を縦に振った。

「僕が操縦できたのは、見ていたからですよ。あの男の動きをずっと・・・。わかるでしょ?」

マルファスはぴんときて、それ以上この話題には触れないようにすべきだと感じた。話題をかえるために、VRに目を向けた。上を向いてテムジンの頭部を眺める。

「ところでこのテムジン、リファレンス・ポイントの新型なんでしょ?背中のブースター、あれ何なの?」

話題をかえてくれたことはありがたいが、気を使わせてしまったことをカインは悔いた。それに対しての誠意ある行動は彼女の興味を引く話を提供することだ。そう思ってカインはもう少し彼女の質問に答えることにした。

「なんでも、『マインドブースター』ていう名前らしいですけど、詳しくは知らないんです。どうやら開発チームもあまりわかってないらしくて。」

「じゃあ、普通のやつとはやっぱり違うんだ。典型的なブラックボックスというわけね。」

「パイロットの力量にあわせてVコンバーターの出力を調節する機能をもっている、とは言っていましたけど。乗っている限りでは特別な感覚とかはありませんね。」

「ふーん、こいつのデータ頂戴。ばたばたしててもらってなかったけど、これからは私が管理することになるから。」

嬉しそうに笑う彼女の顔に、カインは少し引いてしまう。

「それはお任せしますけど、あんまりいじくらないでくださいね。こいつは扱いやすいのが売りなんですから。」

「わかってるわよー。ふふふふ・・・。」

まるでわかっていないマルファスにカインは自分の愛機が心配になってきた。何かとんでもない改造でもされやしないだろうか。

「やれやれ、参ったな・・・。」

カインは思わず天を仰いでため息をついた。

 

 ブランク・フランクに到着してすぐに、ミミーはブリッジにて様々な作業をさせられた。入港手続きに関するチェックは三重にも及んだ。さらに各種補給物資の確認、乗組員の身分の証明など、本当に多岐に渡った。DNAとRNAの戦争が本格化している今日、中継拠点に戦艦を入れることはそこで働く全ての人間から疎まれても仕方がない。多くの人はどちらの勢力が勝とうが負けようが関係がない。自分たちに災難が降りかかることだけが気がかりなのだ。そこにいたって新型のVRを中立拠点で補給しようというのだから、なおさらだ。だが、両陣営の保有する軍事力は他の追従を許さないほどに強大であるが故、どこも大声では反対をすることができないでいる。もっとも、このブランク・フランクは第六プラント、サッチェル・マウスの管理する拠点なので、ミミー達もそうそう好き勝手なことはできない。

 新型VRの納品は時間通りに行われた。ミミーは契約書にパーソナルカードの情報を入れて、内容を確認した。コードネーム、SRV−326Dグリスボック。かの名機ベルグドルを開発した第三プラント、ムーニー・バレーが満を持して送り出す次世代VRである。その優れた生産性、機動性を継承しつつ、操作性の改良と更なる火力強化に成功したベルグドルの後継機グリスボックは、すでにいくつかの戦場に配備され上々の結果を出している。その圧倒的な火力はたったの一機で一つの基地を瞬時に火の海へと変える事もできるという。この機体は後にDNAの主力VRとして各地に大量に配備されることになるが、一機あたりの弾薬の費用が凄まじく、これが大きな問題になる。それはオラトリオ・タングラム戦役のことである。

「さて、さっさと搬入してしまいましょう。これでとりあえずの戦力は整ったけど、後のパイロットの件はどうなったの?」

「それなんですけど、今モーリスさんが確認してます。なんか、トラブルがあって合流が遅れるそうですよ。」

「本当なの、それ?だとしたら怠慢ね。初日に遅刻する転校生じゃないんだから。」

キースの報告にミミーは不快な感情を表面化させた。キースは、彼女が着任初日に半日もの大遅刻したという事実をいうべきか否か迷ったが、わかりきっていることだとすぐに気が付き、口を閉ざした。ミミーは端末でマルファスを呼び出した。

「マルファス、どう、そっちは?片付きそう?」

「ああ、大方大丈夫だけど、新型は?」

「きてるよ。これからそっちに運び込むからスペース作っといてね。」

「わかった。でも、他にあるでしょ。ムーニー・バレーから直で入ってくるのが。」

「それが聞いてよ。遅刻するんですって。冗談じゃないわよ。」

「あんたね、自分だって初日から大遅刻したでしょうが!人のこといえるの?」

よくぞ言った!キースは思わずマルファスの言葉に小さくガッツポーズを作った。しかし、まさかそれが彼女に見られていたことまでは気が付かなかった。ついていない男だ。彼女のひと睨みでたちまちキースは小さくなった。

「そうだったっけ?」

白々しく右手を後頭部にあてて首を傾げてみせる。はたからみればキュートなその仕草も、彼女のしたことの実態を知る者にとっては笑えない。

「あのね・・・。」

マルファスがミミーに突っ込みを入れようとする瞬間、それは深刻な警報によって妨げられた。ブリッジが赤い警報ランプの点滅により、あたかもネオンが輝く部屋のように明るくなった。しかし、ロマンティックな雰囲気にはほど遠いけたたましいサイレンの音が鳴り響く。キースが緊張した面持ちでライジング・キャリバー全域に第一種戦闘態勢の放送を流す。振り返って司令官の指示を仰ごうとした時には既に、ミミーはブリッジを飛び出していた。

「サルペン中尉!?」

せめて全体に指示を出してから格納庫に向かってもらいたい。いつもコックピットからの指示では全体を把握しての指示などできない。

「ああ、もう!司令官の自覚がないんだから!」

キースは彼女のいないところで、大声で不満をぶちまけた。

 

 「敵は何機なんだ?機種は?」

既にテムジンのコックピットに乗り込んで、戦闘用OSの起動準備をしながら、カインはブリッジに情報を求めた。カインの問いにキースは答えようとしてとどまった。今までのデータにない新型だった。また新型がきたのか。ここ最近、既存のデータに照合可能な機種のほうが少ない気がする。それでもキースはパイロットの問いに答えなければならない。

「わかりません、新型の航宙戦闘機…、いや、Vコンバータ反応?VRか?」

「どっちなんだ!?」

「わからないんですよ!データ照合、該当なし。新型です。」

カインはキースの対応がやたらにぶっきらぼうなので、いらいらした。

「機種ぐらいわからないのか?」

「戦闘機なのにVコンバータの起動反応があるんです。知りませんよ、こんな戦闘機!」

「わかった!」

もう当てにしないことにした。こうなった直接テムジンのカメラで確認するしかない。機体を動かしてカタパルトデッキに移動しようとした。だが、そこでミミーのライデンとかち合ってしまった。全体を指揮する司令官が真っ先にカタパルトデッキから出撃しようとしている。

「ナスカ少尉、お先に!」

そういってミミーはライデンをVR用の搬入エレベーターからあげた。本来この搬入エレベータは一度に二機のVRを乗せることができるが、ライデンは一機しか乗せることができない。テン・エイティを先に運んだほうが、効率が良いはずなのだが、そうはしないようだ。

「サルペン中尉?」

「テン・エイティ隊はブランク・フランクの訓練場で待機、迎撃は私とナスカ少尉で行なう。いいわね?」

「敵はどうやら十機以上いるみたいですけど、いいんですか?」

ミミーはそのカインの言葉に対して、鼻で笑った。

「何を言っているの。一人当たり五機ちょっとでしょ?余裕で落とせるわよね?」

カインは未確認の敵でなければ、歯切れの良い返事を返すこともできたが、相手は新型だ。どんな能力を持っているかもわからない。

「敵を見てみないことにはわかりませんよ。」

「あら、英雄がずいぶんな御謙遜ね?それとも宇宙は苦手かしら?」

「少なくとも地上戦よりは働いてみせます。」

半分からかうようなミミーの言い回しにむきになって言い返すカインの言葉に、彼女は満足そうにモニターにむかって微笑んだ。

「なら、やれるわね。ミミー・サルペン、ライデン、出るぞ!」

機体をカタパルトに固定するや否や、ミミーはすぐに飛び出した。ブーストを最大限に吹かし、一気に最大加速にもっていく。一瞬のうちにライデンはモニターからその姿を消した。カインはそれを後方から見ていて感心した。

「へー、さすがはミミー・サルペン。うまいな。」

そうつぶやいて、カインは戻ってきたカタパルトに機体の両足をマニュアル作業で固定した。慣れればこちらのほうがオート作業よりも早いのだ。要は足を踏み出して、カタパルトに乗せるだけなのだが、これが意外に難しい。

「さて、行くか。カイン・ナスカ、テムジン出ます!」

たった数日しか離れていなかったにも関わらず、カインは宇宙に飛び出すのが久々であるかのように感じた。そういえば、移動するために宇宙を通過することは多かったが、カタパルトから出撃するのはOMG以来だ。

「宇宙(そら)か…。」

カインはぽつりとつぶやき、ヘルメットの中で唇を噛んだ。加速するテムジンはカタパルトを飛び出し、何もない空間へ放り出された。少し間を置いて、カインはマインドブースターのパワーを開放した。

 

 

 

「今回は楽な作戦ですよね?」

ラン・トヨサキ軍曹は隊長にもう一度確認した。この任務が無事に終了すれば晴れて彼女は二ヶ月の長期休暇を取ることができるのだ。若い彼女はこんなところで死ぬつもりは毛頭ない。新型VRサイファーは非常に高機動な機体だ。そう簡単に撃墜されることはないだろう。しかしその薄い装甲は、バルカン砲がかすっただけでも致命傷を負う可能性がある。油断は出来ない。

「心配するな、トヨサキ軍曹。今度の標的は手負いの輩だ。ほとんど戦力がない。すぐに終わるさ。」

作戦行動中に無駄口をかわすことは規律の厳しい軍隊では余り考えられないが、彼らは正規軍ではなく金で雇われた傭兵団である。そういったことには無関心だ。かといって正規軍よりも戦闘能力が劣っているかといえば、むしろ彼らのほうが優れているくらいだ。なぜならRNAの正規軍として雇われている兵士たちは多くがOMG以降にパイロットのライセンスを取得したため、非常に熟練度が低い。それに対し、傭兵として現在活躍している者たちは、ほとんどがOMG以降にDN社をリストラされたプロのパイロットである。その腕の差は歴然としている。TAIにおける大規模な軍事衝突は双方の痛み分けになったが、その原因はVRの性能が違っても、パイロットの腕次第ではその優劣が逆転する可能性もあることを端的に示した。RNAのパイロットが錬度において大きく劣っていたことは明らかだ。だから彼ら傭兵の活躍する場があるのだ。

「油断は禁物ですよ。戦場には魔物が住んでいます。何がおきてもおかしくありません。」

少し鼻にかかるような、それでいて聞くものの耳になじむ特徴的な声で二人を諭した男がいた。彼の名前はジョバン・トクノイ准尉。このサイファー部隊のエースパイロットである。その柔らかな物腰からは想像もできない激しい戦いぶりは、彼がまだヴァイパーUに搭乗していた時から恐れられていた。彼は正式なパイロットとして数多くの戦闘に参加したが、かつて一度も被弾したことがない。どんな時もパイロットスーツを着用しないのは自信の表れである。その回避術は「マジシャン(手品師)」という彼の異名が物語っている。

「あんたが守ってくれるんだったら、大丈夫かもしれないわね。」

「他人をかばっている余裕など、戦場にはありません。自分が生き残ることだけを考えることが、自分を生かし続ける最大の手段ですよ。」

そっけない答えにラン軍曹は口をとがらせた。

「けちね。かわいい女の子をかばってあげようとか、そういうのないの?」

「あなたが私の好みの女性ならば考えたでしょうけれどね。」

口調は丁寧だが、はっきりとものを言う人間である。ランは「悪かったわね、あんたの好みじゃなくて」といってモニターに向かって目を閉じて舌を出した。

「いえ、悪くないですよ。好みじゃなくて助かります。とてもあなたの面倒を見る自信がないので。」

いちいち勘に障ることをいう。だが、戦場ではこれほど頼りになる男を彼女は知らなかった。

「もうじき作戦地域に入ります。無駄話はここまで。さあ、気を引き締めていきましょう。」

一二機からなるサイファー部隊はライジング・キャリバーの停泊するフランク・ブランクの空域に達するまであとわずかだった。やや先行気味のランのサイファーが二機のVRの反応を捉えた。いずれもかなりのスピードだ。第二世代VRであることは間違いない。

「未確認VRを二機キャッチしたわ。予定通りブランク・フランクから出撃したものね。」

「ようし、さくっと片付けて帰るぞ。」

隊長と呼ばれた男は先頭に躍り出ると、レーザーを発射した。鋭く細いレーザーはその攻撃自体が把握しづらい。だがその二機は軽々とそれを回避した。そのうち一機がロングランチャーを構えた。広大な宇宙空間ではそう簡単に攻撃は当たらない。遠距離では特に回避するまでに充分な時間的猶予があるため、従来の兵器の常識を覆すほどの旋回性能をもつVRに誘導ミサイルなどの攻撃は効果が薄い。必然的に宇宙空間における戦闘も接近戦が重要となる。だが…。

「なにぃぃっ!?」

次の瞬間には、隊長機は宇宙の藻屑となっていた。当ててきたのだ。どんなに優れた火器管制システムを搭載していたとしても、必ず多少のずれは生ずる。そのずれは距離が開けば開くほど大きくなる。もし当てるのであれば、完全なマニュアル操作による射撃ということになる。

「みんな、散開して!」

残りのサイファー部隊は上下左右に散って、敵の二機のVRを取り囲むフォーメーションを組もうとした。だがそれは大きな過ちだった。もう一機のVRはライデンだった。ライデンはその場に急停止すると、フログメント・クローを展開し、電磁ネットをはった。モーター・スラッシャー形態による高速飛行をしていたサイファーに電磁ネットを回避する術はなかった。電磁ネットに捕まった二機のサイファーは簡単にライデンのフラットランチャーに撃破された。ほんのわずかな時間に起こったことだ。三機の最新式VRがその性能を発揮する前にやられてしまった。その光景にランはしばらく思考が停止した。なにが目の前で起こっているのか把握できない。

「なんなのよ、こいつら!」

もう一機はテムジンだったが、よく見ると少し違う。カスタムタイプとも思えない。そう考えていた瞬間、味方機がソードウェーブで両断された。制御を失ったサイファーはブランク・フランクの床に激突してばらばらに大破した。ランはこの時ほどリアルに死に直面していると感じた瞬間はなかった。すぐに変形をしてVR形態になった。モーター・スラッシャー形態ではスピードがある分動きが直線的になりやすい。飛行コースを読んでくるような相手では、VR形態のほうがよい。そのままブランク・フランクを回り込むようにして地球側に入った。目標はあくまで戦艦ライジング・キャリバーの撃破だ。母艦を破壊してしまえば、あとは離脱すればよい。だが、そう簡単にはいかなかった。

「き、来た!」

先ほどソードウェーブで味方機を撃墜したテムジンが、今度は彼女にねらいを定めた。ランは夢中で携帯武器レブナントUのバルカンを連射しながら敵との距離を離そうとした。テムジンはそのバルカンに対して機体を器用に回転させながら回避し、ランに向かって突進してきた。スピードはこちらが圧倒的に上回るはずだが、テムジンは動きに全くといっていいほど無駄がない。ほぼ一直線に突き進んでくる。急激な心拍数の上昇で胸が苦しい。恐怖で腕が震えだし、操縦桿がうまく持てない。ランは知らずに涙目になっていた。

「やばい、やばいよ・・・!誰か・・・!」

テムジンのビームライフルの有効射程距離に入った。コックピット内の警報装置がランにロックオンされたことを告げた。ライフルの先端にエネルギーが蓄積し、大きな光の弾丸がサイファー目掛けて放たれた。この距離では一撃で確実にやられる。ランは目を閉じて思わず目をつぶって叫んだ。

「誰か助けて!」

「世話のやける人ですね、本当に。」

ランは恐る恐る目を開けて、自分が生きていることを知った。テムジンの必殺のビームはもう一機のサイファーが扇状に放ったダガーに相殺されていた。ランの後方にジョバンのサイファーがダガーを放った体勢でいた。

「早く離れて!間合いが近すぎます。」

「う、うん。」

ジョバンはテムジンの注意を引くために前方へ出た。続けて連射された攻撃をその場に留まったまま、左右に少しだけ移動して回避してみせる。その隙にランはモーター・スラッシャー形態に変形してその場を離れた。

「ありがと。」

「お礼はこの戦いが終わってからゆっくりと。」

ジョバンはレブナントUから細く鋭いレーザーを発射した。この間合い、このタイミング。かつて一度も外したことのないベストの状態だ。

「!かわしましたか!?」

テムジンは上半身を横に向けるようにしてそのレーザーを回避した。機体の各所に設置されている方向転換用のアポジモーターを一瞬だけ吹かすことで機体の向きを変えてねらいを外したのだった。ジョバンはその動きをみて、この敵は今まで出会ったことのある敵の中で最も強い相手だと確信した。

「どうやら、数が上回っていることは余り関係がなさそうですね。」

操縦桿を握る手が汗で滲んだ。こんな体験は初めてだった。