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Episode13 「圧倒敵!バルバスバウ・後編

 オルゴールの音色が響いた。澄んだ音が心に安らぎをもたらす。それは今の時代には珍しいアナログオルゴールだった。小さな箱を開くとそこから世界が広がる。彼女はそれが好きだった。

「ふむ、状態は良好のようだな。よし、ローザ、帰還するぞ。」

「はい。」

 男の声に返事を返し、コックピットの中に置いてあるオルゴールの蓋を閉じ、レバーを握りなおした。そして機体を上昇させた。それは可憐な妖精のような姿をしていた。頭部には二つの対になっているハートの髪飾りがあり、そこからは髪のようになびく飾りがついている。胸には大きなハートが一つ刻まれ、通常のVRよりも一回り細い腰周りにはスカート状のスラスターが取り付けられている。RVR−14フェイエン・ザ・ナイトだ。彼女の足元にはおびただしい数のVRの残骸が残されていた。月の大地、その何一つ生命らしき存在が確認できない不毛の星にふさわしい光景だった。どれも無残に破壊の限りを尽くされている。DNAのVR部隊だった。恐らくは一個中隊規模だろう。それがこの妖精と、美しい女パイロットによって死の嵐に巻き込まれたのだ。金色に光り輝く妖精は高速でその場を離脱した。

アベルはこの状況下で、今回の作戦の成功確率は極端に低くなる、と冷静に判断していた。敵はたったの一機のみだが、そのVRには全くと言っていいほど常識というものが欠如している。それにあわせなくてはならないからだ。

「さて、次はどんな手品をみせてくれるんだ?」

冗談半分、本音半分でアベルは漏らした。敵の新型機、バルバドスは上空から降り注ぐリングレーザーを中断し、新たな攻撃のフォーメーションを形成しようとした。従来の常識からいえば、バルバドスが何らかの行動を起こす前の段階で、それを阻止すれば事前に抑制ができた。しかしこの機体は回避行動と攻撃行動が完全に分離されているので、回避している最中であってもこちらを一方的に攻撃できるのだ。三機のアファームドは途切れることなく繰り出されるリングレーザーとマイン、そしてビームバルカンの嵐にただ動き回って回避するのみだった。そこにきて、バルバドスが四つの攻撃端末をエアポートの四隅に展開した。三人のパイロットの背中に冷たいものが流れた。

「アベル!今度はどうする!?散開するか、それとも集結か!?」

攻撃を確認してからでは回避は間に合わない。ゼロかいちかの賭け、感覚はほとんどビッグアンドスモールだ。先ほどは升目上に展開したビームをエアポート中央の管制塔付近に集まることで回避した。次はどちらになるのか。バルバドスが突然その場にひれ伏した。ムスリムがアラーに祈りをささげるかのごとき奇怪な行動をとった瞬間、アベルは叫んだ。

「散開しろ!!」

アファームドはその場から最大加速で離脱、前後左右に散った。ジョナサンは機体が何かに激突するような激しい揺れに襲われた。

「うわっ、何だ!?」

ジョナサンが正面モニターからサイドモニターを見渡して辺りを見た。彼のアファームドの周りを四角錐のエネルギーフィールドが展開し、機体を完全に閉じ込めていた。まるでそれはピラミッドのようだった。

「くそ、何なんだこれは!」

アファームドで必死に壁に体当たりをするも、全く効果がない。ジョナサンは腰に装備したクリティカルエッジを思い切り壁につき立てた。だがそれすらもはじき返され、ジョナサンのS型は勢い余って転倒した。そこに容赦なくバルバドスの攻撃が降り注ぐ。何と、バルバドスの攻撃はピラミッドをすり抜けてくるではないか。

「こんなのありかよ!」

ジョナサンは半分泣きそうな声をあげつつも、機体を立て直し、狭いピラミッド内で回避行動を取った。しゃがんで地面に向かってユニットガンを放つ。発射されたミサイルは通常のミサイルとは異なるものだった。あたかもパイナップルのようなそれは地面で爆発し、特殊な粒子を空中にばら撒いた。粒子はバルバドスの攻撃に触れるとそれを誘爆させたり相殺したりしてアファームドを守った。

「良かった。今回これ持ってきてて。」

ジョナサンは自分の選択した武装が見事的中して助かり、胸をなでおろした。その間にアベルがバルバドスに接近した。トンファーから発せられるエネルギーウェーブがバルバドスを直撃した。やや機体をのけぞらせたが、致命的なダメージではなかった。捕獲という任務の性質上、敵を破壊するわけにはいかないからだ。バルバドスの一通りの攻撃が終了した時点でやっと、ジョナサンはピラミッドの牢獄から開放された。

「このままじゃやべーぜ、アベル!どうする?とてもじゃないが手加減できるなんて状況じゃない!」

ヴァイスは本音を隊長にぶつけた。任務完遂はできなくなるがここで死んでは元も子もない。決断の時だった。

「わかった。やむを得ん。作戦変更、敵VRを破壊する!」

「待ってました、その言葉!」

ヴァイスはバルバドスに今までの借りを返すがごとく、ショットガンの弾を浴びせ掛けた。敵機は大きく飛び上がってこれを回避すると、また何やら「仕込み」を始めた。

「いいんですか?破壊してしまったら・・・。」

「確かにそうだが、俺たちの任務は敵VRの捕獲もしくは破壊だ。完遂を狙って全滅したのでは、意味がない。データを持ち帰れば、奴らとの交渉にも有効に使える。」

ジョナサンの言いかけた言葉はアベル自身が一番感じていることだ。だが、頭を切り替える必要があった。

「まずはあのうるさい端末を落とす。いいな、ジョナサン!」

「了解!」

心のどこかで名残惜しむ感情が聞いて取れる返事を返したジョナサンだったが、ファニーランチャーの安全装置は解除した。

「だがよ、アベル。あの小さいのをどうやって落とす?まともに狙ってちゃ、当たらないぜ?」

攻撃範囲の広いショットガンですら、なかなか攻撃端末を捕えることができない。弾薬の無駄使いになる。

「俺に考えがある。まずは端末をできるだけ多く使わせるんだ。」

「なんかしらねえが、いい手があるなら任せたぜ!」

三機のアファームドはバルバドスを囲むように展開し、交互に攻撃を浴びせ掛けた。まず、アベルがナパームを放ち、敵の回避行動を誘う。アベルから遠ざかりつつ右側に避けた敵機にヴァイスがその行く手を阻むように回り込み、ショットガンを正面から発射した。

「喰らいやがれ!」

渾身の一撃はバルバドスの左肩にいくつもの小さな散弾をめり込ませた。しかし僅かに狙いが逸れて致命傷ではなかった。バランスを崩して倒れこもうとするところに、間髪入れずにジョナサンのS型が突進し、滑り込みながらファニーランチャーを全弾掃射した。三人のだれもが仕留めたと確信したとき、ファニーランチャーミサイルはバルバドスを大きく逸れて遥か彼方へ飛んでいってしまった。何が起こったか一瞬わからずに、ジョナサンはその場で硬直した。その時バルバドスの胸から放たれたビームに狙撃され、アファームドは大きくのけぞった。幸い、最も装甲の厚い胸部であったので大事にはいたらなかったが、もう少しずれていればコックピットを直撃するところだった。

「ジョナサン!」

アベルはバルバドスに向かってトンファーのソニックリングをもう一度ぶつけ、こちらに注意を引き付けようとしたが、それもまた、あさっての方へ飛んでいってしまった。アベルは上空を見上げた。そこには、彼がかつて、たった一度だけ経験したことのある超常現象体験の記憶を鮮明に蘇らせる光景があった。七色に光る巨大な球体、四つの端末からエネルギーを供給されることで形成されるそれは、あらゆるものを吸い上げてその中に貪欲に飲み込んでゆく、ブラックホールのような存在だった。周辺の土砂、大気、先ほどまでの戦いで散乱している金属やアスファルトの破片など、全てがその中に消えてゆく。ジョナサンのミサイルも、アベルのソニックリングもこれに吸収されてしまったのだった。

「あ、あれは・・・!」

ミカエルの言っていた仮説が正しいのだとしたら、これで何とか説明がつく。さっきまでの異様な攻撃端末の武器搭載性能は、定位リバースコンバートの技術を応用したものだったのだ。おそらく転移させる目標物の場所を、任意設定から攻撃端末の先に限定することで、安定した転移を実現しているのだろう。今度の球体の形成は、逆に転移元を設定し、従来の反対のルートを経由して転移させたか、もしくは出口を定めずに「電脳虚数空間」に放り出してしまっているか、だろう。アベルはしばらくぼうっとその光の球を見つめていた。そこに激しい罵声が飛び込んできた。

「ばかやろう!何ぼけっとしてやがる!今なら接近戦で奴を仕留められる!」

ヴァイスの気合の入った声がスピーカーを通してアベルの頭の中に響いた。後頭部に軽い衝撃を感じて、アベルは我にかえる。あいかわらず頼りになる男だ。

「子供を殺すのは忍びないが仕方ない、いくぞ!」

三機のアファームドは一気に間合いを詰めた。最大速度までスピードを高め、三機同時に仕掛ける。アファームドの優れた機動性は単純なスピードよりもむしろ、その加速にあるといっていい。一瞬で音速まで速度を上げることのできる兵器は、現在このアファームドしかない。たちまち逃げ場を失ったバルバドスにとって、残された場所は空中しかない。再びバルバドスは大きくジャンプして三機の近接攻撃の範囲を逃れようとした。だが、最も近くにいたヴァイスはその行動を先読みしていた。自らも上空へ飛び上がり、空中で一回転して強烈なかかと落しをバルバドスの頭部に叩き込んだ。地面に叩きつけられるようにして、敵機は落下し、一度大きく跳ね飛んだ。

「やった!」

ジョナサンは今度こそ、とばかりに喜んだが、彼の笑顔は次の光景が目に入ってくるときには驚愕の表情へと変化していた。

「ヴァイスさん!!」

「うわぁぁっ!!」

後方から降り注ぐレーザーの雨がヴァイスを連続で襲った。体勢が充分でないヴァイスはそのレーザーをまともに受けた。そのレーザーは太さこそそれほどのものではなかったが、凄まじいまでのエネルギー収束率を見せていた。厚い装甲に包まれたアファームドの肩をやすやすと貫き、反対側まで突き抜けた。すかさずヴァイスは建物の陰に入り、回避しようとするが、今度は別の角度からビームが牙をむいてきた。

「ちくしょう、どこから攻撃してんだよ!?」

「ヴァイス、動きまわれ!そいつはリフレクター・ビームだ!エネルギー切れになるまで止まるな!」

ヴァイスはそれでようやく自分がどうやって攻撃されたかがわかった。攻撃端末が上空と地面に分かれて展開し、地面の端末から放たれたビームを上空の端末が反射フィールドを形成して反射させ、あらゆる角度に攻撃していたのだった。ヴァイスは機体を右に左に振り、狙いを定められないようにした。最後のほうはわざと止まって攻撃を誘い、直前で回避してこれをしのいだ。エースパイロットはそのものが極限の危機に瀕したときに、最も冷静になれるという。ぎりぎりのところで自分の身を敵の攻撃にさらすことで、逆転のチャンスをこちらに呼び込むのだ。頑丈で構造が比較的簡易なアファームドは肩を貫かれた程度では爆発しない。せいぜい腕が動かなくなる程度だ。これは機体構造の中に固定武装用の各種配線やエネルギー供給がないからである。

「大丈夫ですか!?」

「左腕がいかれたが、他は大丈夫だ。」

ヴァイスは先ほどまで張り詰めていた限界レベルの緊張感から少しだけ解放され、全身の毛穴から汗が噴き出してくるのを感じた。危機をくぐりぬけたと身体が信号を出したのだった。

「ヴァイス、今度はこっちの番だ!俺につづけ!」

アベルはバルバドス本体には目もくれず、一直線に本体に一番近い端末へ突撃した。先ほどの攻撃でエネルギーを使い果たしたのか、チャージするために端末は本体へと戻ろうとした。本体に帰還するそのルート上にアベルはアファームドの身体を入れた。先ほどまで威力がありすぎるがゆえに温存していたマグナムを構えた。アベルは自分の身体が鳥肌を立てていることを認識した。超高速で移動する端末にマグナムを連続で二発放つ。反動でアファームドの機体は大きく揺れた。それは数メートル後退するほどだった。マグナムの弾丸は端末に命中し、それは粉々に散り果てた。アベルの機体から送られた情報により、二人も同じく端末の帰還軌道上に機体を移動させていた。

「これなら!」

「さっきはよくもやってくれたな!」

それぞれがユニットガンとショットガンを端末めがけて発射した。ミサイルが空中で割れ、複数のマイクロミサイルとなって端末を狙い撃ちした。同様にショットガンの弾幕も敵の端末をとらえた。どんなに小さく素早いものでも、その進行ルートがあらかじめわかっていれば撃墜はさほど難しくない。普段は複雑な動きで撹乱をしていても、エネルギーチャージの時だけは一直線に本体に向かって帰還する。その瞬間とタイミングを、アベルは先ほどから計算していたのだ。戦闘中にデータを分析したり、違うことを計算させたりすることはB型やS型、A型といった一般機にはできないが、作戦前に換装したこのC型の端末ならばこれが可能となる。これはC型の演算能力が一般機に比較して格段に高いので、純粋な戦闘に関する計算をする以外にも、いろいろな分析ができるからである。ゆえにC型は指揮官専用機になっているのだ。アベルはしばらくマグナムの余韻に浸っていたい気分を無理矢理おさえて、バルバドスの方へ歩き出した。名残惜しそうにマグナムを回転させてから腰のジョイントに装着する。

「形勢逆転というやつだな。」

アベルは今の状態ならば、先ほどあきらめかけた捕獲すらも可能ではないか、と考えていた。武装のほとんどを攻撃端末に依存していたバルバドスにとって、三基の端末を破壊された状態は、文字通り手足をもがれたも同然だ。

「やれやれ、こんなにてこずったのはひさびさだぜ。機体にどでかい風穴を開けられちまった。」

ヴァイスは先の反省を活かし、周囲を警戒しながらバルバドスに近づいた。今度は敵に抵抗する能力はないはずである。だが、その時、ジョナサンのレーダーに新たな敵影が映った。

「未確認機体確認!Vコンバータ反応、これは・・・!」

増援部隊だ。数は三機と少ないが、ジョナサンはその内容に絶望した。何と三機がかりであれほど苦戦した新型機バルバドスが三機も現れたからだった。

「アベルさん・・・!」

アベルは思わず唇を強くかみ締めた。ここまでである。これ以上この場所に留まっても、全滅することは目に見えている。指揮官として最も重要なのは、撤退するタイミングを逃さないことだ。

「・・・撤退する!」

「ちきしょう、しょうがねえ・・・。データが集まっただけで良しとするか。」

押し殺すようなリーダーの声に二人はありったけのナパームを放り投げて、アファームド三機はエアポートの防衛ラインを超えて全速力で撤退した。