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Episode14 「宇宙・中編

 完全な遅刻だった。既定の時刻を大幅に遅れているにもかかわらず、目的地まではまだ、大分距離がある。ここは月と地球を結ぶラインの中間位置、ブランク・フランクまではシャトルの最高速度で三十分はかかる。そこをDNAの輸送用小型シャトルが航行していた。シャトルは完全な自動操縦ゆえ、その場にはその三人しかいなかった。シャトルの中の空気は最悪だった。三人のパイロットは互いに離れて座り、一言も言葉を交わそうとしない。それは仕方のないことだった。遅刻の原因を作ったのが一人で、あとの二人はそれに巻き込まれただけなのだ。しかし、軍隊では部隊内の不祥事は連帯責任となる。怒って口をきかなくなるのも、うなずけるというものだ。こういう場合、総じて遅刻の張本人のとる行動は二つに分けられる。一つは申し訳なさそうにじっと押し黙るか、もう一つは自分の非を認めずに、何とか他の話題で誤魔化そうとするか、だろう。先ほどまで押し黙っていたその張本人は、ついに沈黙に耐えられなくなって口を開いた。

「ねえねえ、これから行くところって、最近怪しい動きをしてるって知ってた?なんでもRNAとつながってるってうわさがあるんっだって。」

その行動に、話し掛けられたもう一人のパイロットは迷惑そうに眉をしかめた。

「そうやって遅刻のことを誤魔化そうとしてもだめだ。君のせいで私たちに多大な迷惑がかかっていることは自覚しているのか?」

横目で鋭く睨み、そのパイロットは非難の気持ちをあらわにした。

「さっきから謝ってるじゃない。あたしにどうしてほしいのよ?」

「メイシャン准尉、私がいいたいことはたった一つだ。黙っていてくれないか?」

「むっ・・・。」

ぴしゃりとコミュニケーションを遮断され、メイシャン准尉は和解のための足がかりをいきなり失った。それに対して彼女はカチンときたらしく、黙ることをやめた。それが今、最高の嫌がらせになる。

「しょうがないでしょ!?遅れちゃったんだから。それとも何、あたしが今だんまりすればそれでそっちの気持ちが済むの?そうじゃないでしょう。何とかこっちが話をしようとしてるのに、そっちが拒絶したらどうしようもないじゃない!?」

完全に「逆ギレ」状態となった彼女に、もはや理屈など通用する訳がなかった。それに、先ほどから話し掛けられているパイロットも彼女を納得させ、反省を促すということを期待していないようだった。

「君の今すべきことは私たちの機嫌をとる事ではないはずだ。間もなく戦闘空域に突入する。それまで身体を休めて万全の戦いができるようにすることだ。それには君の沈黙が最も必要なんだ。」

「いちいち癇に障るいい方するのね、あんたは!あたしの場合黙っていると余計に疲れちゃうの。ご迷惑をおかけします!」

二人のパイロットが言い争っている間に、もう一人の小柄なパイロットはシャトルの後部ドアの方へ身体を器用に流した。左右に開閉するドアに軽く手を触れると、ドアはそのパイロットを受け入れた。それを見ていた二人は口論をしている暇がいよいよなくなったことに気づき、急いで後に続いた。

「ちょっと、声くらいかけたっていいじゃない!」

最後になったメイシャン准尉はそういって勢い良く飛び出し、ドアの向こうに消えた。そこは二重のロックがかかっていて、その二枚目のドアを通過すると大人が三人程度立てるスペースがあり、その壁には人間が一人通れる程の穴が三つあいている。メイシャンは自分の機体に向かうため、水泳のクイックターンのように身体を回転させると、足から穴に滑り込んだ。空気の圧力を利用して、まるで流れるプールの滑り台のように、一気にコックピットまで達する。メイシャンがVRのシートに腰をつけた時には、先に乗り込んでいたパイロットは既に機体のOSの立ち上げを終了していた。

「ライカ・ハーフムーン、MSBSver5.2起動完了、機体各部固定用ジョイントプラグ解除、安全装置解除、出撃準備完了しました。」

それは少女の声だった。ぴんと張り詰めたソプラノの透き通る声はおよそ、彼女の口にしている内容とは無縁のものに思える。それを受けてメイシャンも自分の機体の起動スイッチを入れる。モニターに明かりが灯り、各所にあるボタンや計器類が息吹を吹き込まれた。正面モニターにOSのロゴマークが表示される。一部のパイロットには若干不評の最新OSだ。OSの起動終了を確認して、メイシャンは機体のジョイントプラグを解除した。

「よし、こちらも準備完了だ。メイシャン准尉はどうだ?」

「こっちもOKだよ!いつでもいける。」

「全機発進だ。目標ブランク・フランク、合流予定のRKGを支援する。いいな。」

「了解。」

「わっかりました!」

シャトルの後部は格納庫になっていた。その丸い筒状の格納庫、その三箇所の外壁が外側に開く。そこから三機のVRが直立不動の体勢で宇宙空間に排出された。三機のVRは一瞬、空間に停滞した後、一気に加速した。

 ジョバンはかつてないほどのプレッシャーを感じていた。自分にこれほどの危機感を感じさせる存在など、いままでいなかった。

「この私をここまで脅えさせるパイロットがいるなんて・・・。」

テムジンはジョバンのサイファーの放ったダガーをその弾幕の隙間を縫って接近してきた。続けて放った背部の四本の発射口からホーミングレーザーを、直角に方向転換して回避し、さらにこちらに向かって突進してくる。このテムジンを止める方法を、現時点でジョバンは思いつくことができなかった。テムジンのロングランチャーが火を吹き、ジョバンのコックピットをかすめそうになった。

「逃げられないのなら!」

急加速で距離を離そうとするよりも、ジョバンは接近戦で決着を着けるべきだと判断した。こうなると味方は援護射撃をできなくなるので、事実上の一騎打ちになる。彼の最も得意とする距離だ。近接戦闘では今まで誰にも負けたことはない。絶対の自信があった。

「さあ、行きますよ!」

サイファーの機動性を最大限に活かし、テムジンの後方へ相手の頭上を超えるように加速した。先ほどまで後退を続けていた敵がいきなり自分の方へ接近してきたことに驚き、テムジンは一瞬戸惑った。チャンスだ。仕留めるなら今しかない。テムジンに急接近し、頭部から腰部にかけて背中をビームソードで斬りつけた。MALから発生した鋭い刃物が鎌のように襲いかかった。

「何!?」

かわされた!テムジンは機体を前転させるように丸めこみ、その場で回転してサイファーの刃をかわし、さらにロングランチャーにビームソードを作って自機の正面に構え、ジョバンの進行方向を塞ぐように振り下ろしてきたのだ。突如くりだされた回転する凶刃にジョバンはレバーを思い切り左にきった。プラスティックが割れるような嫌な音がコックピット内部に響いた。かすめたらしい。そのまま今度はサイファーをテムジンの方向へ向かせ、距離を離しながらダガーとバルカンを立て続けに放った。その攻撃をテムジンは下方向へ加速をかけて回避すると、機体の上半身をひねってライフルを三発連射した。それはジョバンにとっては簡単に回避できるものだった。しかし、彼の後方で爆発が起こったとき、テムジンの真の狙いを悟って、愕然とした。

「私をブラインドがわりにしたのか・・・?」

Vコンバータに直撃を受けた味方機は、撃破されたことすら感じる間もなく、その魂を暗黒の宇宙空間に霧散させた。初めてだった。自分と戦いながら他の状況に気を配り、さらに自分を利用して他の味方機を撃墜する相手など。トヨサキ軍曹に大きなことを言った手前、ここで逃げ出すことはできない。ジョバンは撃墜という二文字が頭をかすめた。自分が撃墜してきた相手も同じような感覚に包まれていたのだろうか。そんなことを考えた。だが、彼が他のパイロットと違い、エースと呼ばれる所以は、次の彼の言葉に集約されていた。

「くくく、楽しませてくれますね。こんなにドキドキするのは初恋以来ですよ。」

サイファーを再びテムジンに近づけてもう一度接近戦に持ち込む。こだわりの距離でけりをつけたいと考えるのは、VR乗りなら誰でも思うことだ。しかし、そこに邪魔が入った。強力なレーザーは二本、ジョバンを強襲し、いったん距離を離さざるを得なかった。軽く舌打ちをして不快感をあらわしたジョバンだったが、不意にあることに気が付いた。

「そういえば・・・。ふむ、やってみる価値はありそうですね。先ほどの借りもありますし。」

そういってジョバンはサイファーを今度はライデンに向かって走らせた。

 「何、あたしとやろうっていうの?」

ミミーは全く負ける気がしなかった。宇宙空間におけるライデンの戦闘能力は地上のそれとは完全に別物だった。電磁ネット、フラットランチャー、そして対艦レーザー。その他にも高い機動性、厚い装甲。駒はすべて揃っている。実際、ここまで三機の敵VRを撃墜している。最新型らしいが、そんなことは関係がなかった。さて、次はどれを落とそうか?ちょうどそこへ、一機のサイファーが近づいてきた。どうやら自分をターゲットにするつもりらしい。よし、これに決めた。ミミーはサイファーをロックオンすると、フラットランチャーを迷うことなく発射した。しかし、そのサイファーは一瞬でライデンの正面モニターから姿を消した。ミミーはすぐに機体を旋回させ、消えた方向を向き、レーザーを放った。それはほんの少しだけタイミングがずれ、サイファーはそのままライデンの周りをまわるように移動した。いや、ずらされた。ミミーはそう感じた。

「エースがいるの?」

手ごたえがない相手かと思っていたが、そうでもないらしい。ミミーは気持ちを切り替えて、レバーを握る手を持ちなおした。サイファーはこちらに直接攻撃を仕掛ける気配はなく、バルカンによる牽制をしながらミミーの周りを大きく回った。こちらの注意を引き付けて、味方が動きやすいようにする作戦だった。それなら、とミミーはライデンの方向をかえ、ライジング・キャリバーの迫る三機のサイファーに狙いを絞った。一撃で決めれば、撹乱行動など意味はなくなる。同時に三機までなら落とす自信はある。ロックオンサイトの表示を睨むこと数コンマ、トリガーを勢い良く引く。

「ちぃ!」

その瞬間に先ほどのサイファーが視界に飛び込んで、サーベルを抜き放ち、突撃してきた。構えたフラットランチャーをとっさにその方向にむけたミミーだったが、敵はすぐに回避して、ライデンからまた距離を取った。

「うっとうしいな、まずはお前からだ!」

ミミーは頭にきて、ライデンのレーザー発信機を展開させた。離脱するサイファーの進行方向目掛けてレーザーを放った。

「何だ!?」

ライデンに高出力のビーム攻撃が直撃し、ミミーは大地震のごとく揺さぶられるコックピットの中で困惑した。誰に撃たれた!?揺れは僅かな時間で収まったが、次にモニターから野次が飛んできた。

「どこを狙っているんだ、あんたは!僕を殺す気か!?」

放ったレーザーの先にはカインのテムジンがいた。あまりに一方的な言い方に、ミミーはカチンときた。元来、そんなに気の長いほうではない。

「それはこっちの台詞でしょ!上官に向かって!」

先ほどのサイファーにしてやられた。二機の連携が取れていないことを見抜かれ、同士討ちを誘われたのだった。間一髪、カインは回避し、またミミーはライデンの厚い装甲によって、事なきを得た。だが、二人の距離がもう少し近ければ、二機とも沈んでいたに違いなかった。

「ライデンのレーダーは高性能なんだから、こっちの動きぐらい見てろよ!」

「あなたが勝手にあたしの射程範囲に入ってきたからでしょう!」

「いい加減にしてください!こっちはいま、テン・エイティ隊が攻撃されているんです!仲間割れなんてしている暇はないですよ!」

キースの通信に我に返った二人は、一度モニター上で顔を見合わせると、うなずいて急ぎ、ブランクフランクに戻った。

 手負いの部隊だということは、事実のようだった。ブランク・フランクに展開している母艦防衛の為のテン・エイティ隊のほとんどが、どこかしら傷を負っている。ランは、情報はあながち嘘ではないと思い、ここで守備隊を叩いておこうと、人口重力のはたらくブランク・フランクに降り立った。他の味方機も同じ判断のようだ。ここを突破すれば、対空砲火に邪魔されることなく、無防備のライジング・キャリバーを攻撃できる。不用意に前に出てロングランチャーを放つテン・エイティに、ランは新型VRの性能を見せ付けてやることにした。脚部を床から離して飛び立つと、そのまま空中を飛行して敵機に接近、胸部のホーミングビームをすれ違いざまに背部へ叩き込んだ。軽量級VRとはとても思えないほどの出力で放たれたビームは、テン・エイティを数十メートル吹き飛ばした。前方へつんのめるようにして倒れこんだところに、とどめのレーザーを撃ち込んだ。軽く跳ねるように機体を浮かせて、テン・エイティは沈黙した。着地地点に放たれたビームガンを華麗にジャンプでかわすと、空中からダガーを投げつけた。機体を一回転させ、その遠心力でさらに威力を高めた。七本同時に飛んでくるダガーとダガーの間に入り込もうとするが、ダガー自体の持つ追尾性能に、二機のテン・エイティが餌食になった。ダガーは単体での威力もさることながら、さらに一時的にVコンバータの出力を低下させる効果もある。まるで金縛りにでもあったかのように、テン・エイティは足を動かすのがやっと、といった面持ちだった。中にいるパイロットはきっと、異常を起こした計器類に翻弄されていることだろう。ランの攻撃で動けなくなっている敵機をしとめようとしたサイファー二機は、どちらが獲物を仕留めるか、で競い合おうとした。我先に、とレーザーの発射体勢に入ったときには、二機とも上半身を胴体から切り離されていた。二機の間を青い影が通過したのは、その一瞬前のことだった。優位にたっていたランの表情が一変する。テムジンとライデンが戻ってきた。これで撃墜された味方機は八機にのぼった。追い詰めていたのは自分たちのはずであるにもかかわらず、気がついてみればもう、味方は自分を含め、たったの四機である。次は自分か、そう思うと振るえてまともに操縦できない。ランは自分の運命を呪った。やりのこしたことが頭の中を駆け抜けていく。これが走馬灯というものか。彼女は実際には見たこともないものが、あたかも目の前にあるかのような錯覚に陥った。