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Episode15 「宇宙・後編

「こうなったら、いちかばちか、やってやる!」

もはやランに冷静な判断はできなかった。サイファーをテムジンのほうへ向けると、ダガーを連続で放つ。この攻撃がすでに、敵に対して有効でないことがわかっていなかった。戦場は極めて弱者に冷酷である。今、彼女がいとも簡単にテン・エイティを仕留めたのと同じように、機体の性能差、パイロットの操縦技術に一定以上の格差があった場合、その勝負は一瞬で決まる。弱者は逃げることすらかなわない。牽制のために放たれたテムジンのロングランチャーを小さく横に飛んで空中で加速、今度はテムジンに接近するように移動した。上空からバルカンの雨を降らす。そのうち一発がテムジンの装甲をかすめた。

「あ、当たった!」

ランは自分のショットが初めて命中したことに純粋に喜んだ。だが、それが不幸をもたらした。テムジンはまるで、攻撃を受けて怒ったかのようにメインカメラを光らせた。その次の行動から、明らかにテムジンの動きが変わった。続けて放ったホーミングレーザーに、真正面から突っ込んでくると、四本のレーザーが一本に合流する手前で、機体を低く伏せて潜ったのだ。そのままランのサイファーの下をすり抜け、後方に出た。急停止して、素早く機体の向きを変え、飛び上がるとランを追いかけるように自分も空中でブースターを全開にしてダッシュした。今度は先ほどのような余裕は全くなかった。声を発するどころか、自分が危険な状態だと認識するかしないか、という時点で既にテムジンのロングランチャーはサイファーの下半身を消滅させていた。その衝撃は、一瞬後になってからランを襲った。完全にバランスというものを失った機体は、あたかも風に飛ばされる紙屑のようだった。ふわりと浮くような僅かな停滞時間の後、おおきく飛んで、ブランク・フランクの重力からはなれ、宇宙空間に舞い上がった。

「きゃあああぁぁっ!!」

激しく回転するコックピットの中は、人間のいられる空間ではない。まるでミキサーにかけられたかのようだ。本当に身体がばらばらになるかと思われた。絶叫を上げてランは、サイファーと共に地球の重力に引かれて高速で落下していった。

「しまった、近すぎたか!」

カインは、らしくない自分のミスに舌打ちした。あまりの近距離からの攻撃ゆえに、ロングランチャーの貫通力が強すぎ、機体全体を爆発させずに装甲を突き抜けてしまった。想像以上に敵の装甲が薄かったことも誤算の一つであった。しかし、大気圏に向かって一直線に降下してゆくサイファーの上半身を確認して、まず助かる見込みはない、と判断したカインは、他のターゲットにねらいをうつす事にした。

「どこだ、さっきの奴。やってくれるよ。同士討ちを誘うなんて。」

カインは傷ついたテン・エイティ隊に目もくれず、ブランク・フランクを離れるために飛び立った。はやくミミーのいる戦域に行かないと、獲物が先に撃墜されてしまうからだ。

 「く、やりますね・・・。」

ジョバンは今、ミミーの展開した電磁ネットの中にいた。完全に籠の中の鳥である。矢継ぎ早に撃ちこまれるフラットランチャーを、左右に激しく切り返すことで何とかしのいでいた。実戦においてこれほど追い詰められた経験のない彼は、自分が思った以上にプレッシャーに耐性がないと知った。

「私としたことが、情けない・・・。」

先ほど味方が撃破されたらしいが、とても他の存在に気を配れるような余裕はない。こちらの攻撃も、何発かは命中しているのだが、一向に敵がひるむ様子がない。そしてこちらは一撃でもかすったら即、終わりである。サイファーのレーダーが不意に点滅した。大気圏に飲み込まれそうになっている、下半身を破壊された味方機がレーダーに映った。開放回線で必死に助けを求める声に、ジョバンは自らの耳を疑った。

「助けてー!!」

「トヨサキ軍曹!?」

電磁ネットが途切れた瞬間、ジョバンはモータースラッシャー形態に変形し、大気圏層に向かって最大加速で飛び出した。

「何だ、逃げるのか?いや、違うな・・・。ナスカ少尉、そっちに一機行ったぞ!」

「了解、他のをお願いします。」

「わかったわ。」

ミミーの連絡を受け、カインは先の借りを返すため、勇んで方向をかえた。地球に降下してゆく味方機を助けようと突進するモータースラッシャーを、テムジンのサイドモニターで確認した。カインはその後ろにぴたりとつくように進路を取った。サイファーは大気圏突入のための各種システムの立ち上げに入った。

「今助けます!あきらめないで、トヨサキ軍曹!」

「ジョバン!!」

ジョバンの声にランはぐるぐると回転する、定まらない世界の中で必死に彼の名を呼んだ。わらをもつかむ思いの彼女にとって、その声は天から下ろされた蜘蛛の糸にも等しかった。あきらめかけていた姿勢制御をもう一度試みた。生き残っているアポジモーターを確認し、オートからマニュアルに切り替える。がたがたと音をたてて揺れるコックピットが、今度は更にサウナに変わろうとしていた。急がなくては・・・。そんな危機感が正確な操作を邪魔する。ランは何度も入力に失敗しながら、ようやく機体を安定させることに成功した。まだ、助かる見込みはある。だが、冷酷な狙撃手が二人を遠距離から狙っていた。カインは引き離される前に狙撃体勢に移行した。このまま突っ込んで追撃しても到底追いつかないし、何より大気圏に引き込まれる大きなリスクがある。ロングランチャーを大型のキャノンに変形させ、ロックオンサイトを慎重に合わせる。カインの呼吸音がコックピット内に響いた。曇り止めの処理がしてあるヘルメットのバイザーが曇るのではないか、と思われた。二つのサイトが重なった瞬間、それは二つの物質が結合して化学変化を起こしたように赤く染まった。その赤い光にカインは迷わずトリガーを引いた。Vクリスタルが輝き、唸りを上げる。その先端から轟音と共にレーザーが発射された。

「もう少し、もう少しで・・・。」

ジョバンはサイファーをぎりぎりまでランの機体に接近させた。そこでVR形態に変形する。あまり時間がない。この高度でVR形態のサイファーは長くは持たない。あっという間に機体の表面温度が急上昇する。VRのマニュピレーターが、タイミングを計り、傷ついたランのサイファーをつかもうとした。その瞬間、一筋の光がジョバンのコックピットモニターを埋め尽くした。機体が激しく揺さぶられたと認識した時には、ランの機体は大きくはじかれて彼方へと離れてしまった。

「軍曹!トヨサキ軍曹!!」

もはやここからではジョバンの声も届くことはなかった。ましてや、今から救助に言っても完全に間に合わない。これ以上VR形態でいたら、自分までもが燃え尽きてしまう。ジョバンはモータースラッシャーに変形し、見えない手でランを引き寄せた地球の重力を、全速力で振り切った。

「トヨサキ軍曹・・・。」

サイファーは装甲こそ薄いが、変形時の機構をしっかりと保つために、スケルトンはかなり丈夫にできている。何とかコックピット周辺だけでも燃えずに脱出できれば良いが。ジョバンはそんな幻想を抱き、自分を納得させることにした。今すべきことは、彼女の安否を心配することではないはずだ。

「仇は討たせてもらいますよ、テムジン!!」

猛然と襲い掛かるサイファーの気迫にカインは圧倒された。こちらの放つロングランチャーを避けようともしない。いや、最小限の動きで回避している。さらに加速するサイファーは一気にテムジンとの距離を詰めてきた。そしてすれ違いざまにビームソードを右手側に大きく振りぬいた。カインはそれを今度は機体を上方に移動させて、かわした。この攻撃が脅しだと見抜いていたからだ。サイファーはその場で機体の向きを百八十度旋回させて、自機の上方へ向かうテムジンに渾身のビームランチャーを放った。普段は運動性を損ねることのないように出力が調整してあるこの武器は、最大出力では重戦闘VRも一撃で沈めることができる。急旋回とランチャー発射の衝撃を、ブースターを全開にして相殺した。

「ちいっ!」

高速で迫るエネルギーの塊は、この距離では到底、目視で確認してからかわす事など不可能である。テムジンはここまで温存してきたボムをビーム目掛けて投げつけた。激しい爆発が宇宙空間に無数の特殊な粒子を散布した。それはビームに触れると、たちまちこれをかき消した。宇宙空間は基本的に障害物や身を隠す場所がない。ゆえに、宇宙での戦いは無限の空間を生かした回避と、もう一つ、障害物を自分で作り出すことが重要になる。それはあるときは相殺専用のボムであったり、あるときは敵の残骸だったり、沈んだ味方の戦艦だったりする。宇宙では無闇にボムを使用してはならない。いざという時に温存しておくのだ。カインはふと、自分を助けた知識が自分のものではないことに気がついた。自分の力で危機を切り抜けたはずだった。しかしカインはあの男に助けられた気がして、行き場のない屈辱と怒りを感じた。お前は俺には勝てない。その言葉が脳裏を横切った瞬間、カインの目の瞳孔が大きく見開かれた。

「僕はお前に勝つためだけに戦っているんだ!!」

この怒りと卑屈な自尊心を目の前にいる敵にぶつけることで、カインは屍の山を築いてきた。そうやって、萎えそうになる貧弱な闘争心を無理やり奮い立たせてきたのだ。正面モニターに映るサイファーは、すでにカインとってはサイファーではなくなっていた。

「何だ!!?」

カインの理性が吹き飛びそうになったその時、テムジンのレーダーが三機のVRをとらえた。識別信号は青、味方の増援だった。サイファー部隊はあらかた撃墜し、残るは三機のみである。あまりにおそい増援部隊がようやく到着したのだった。そのVRから通信が入った。女の声だ。

「こちらテン・エイティA小隊『バッド・ムーン』隊長、ジュリア・ディアス中尉だ。今から貴君らを支援する。」

「やっときたか。」

この大遅刻に、ミミーは眉を吊り上げたが、何はともあれ味方が増えるのは心強い。充分に撃墜スコアを伸ばした彼女にこれ以上、前面で戦う必要はない。後退して、増援部隊に任せることにした。そうしたほうが楽だし、ライデンの狙撃能力も活かせる。一方、カインはおいしいところを持っていかれるのが悔しいのか、先ほどのサイファーに向かって攻撃を継続していた。だが、ジョバンのほうが冷静だった。これ以上は留まれない。そう悟った彼は残りの二機を連れて戦域からの離脱を図った。

「ここまでですね・・・。次こそは、必ず仕留めて見せますよ、テムジン!」

この勝利が、ジョバン・トクノイ准尉とカイン・ナスカ少尉の度重なる戦いの序曲となるのだった。

撤退してゆく敵部隊に対して、ミミーは追撃の必要性を感じなかった。なぜこの場所、この時間に自分たちがこのブランク・フランクに寄港していることを知っていたのか。それには敵よりも、この施設の人間を調査する必要がある。ミミーはそう判断した。さて、もうひとつ、遅刻した三人の隊員に対する厳重注意も必要だった。

「さあ、言い訳はゆっくりライジング・キャリバーのブリッジで聞きましょう。」

ミミーは信号弾をあげて全機に戦闘中止命令を出した。

 ミカエルはVNN放送局のアメリカ大陸支部中央局に呼ばれていた。電脳暦に移行していると、とかく派手なデザインと複雑な構造をもつ建築物を想像しそうになるが、放送局の建物は驚くほどシンプルだった。一時、実用性を無視したデザイン先行型の建造物が多数建てられた時代もあったが、人間が使用する上で有用な建物のノウハウは太古の昔に確立されていたのである。整備性やコストの面からも、単純で最低限の機能を備えたものが、近年は流行している。その建物の一階、応接室に彼女は案内された。前回のアファームド対テムジンの戦いが、週間アクセス数で圧倒的な大差で一位になったからだった。プロデューサーのボブ・ガイドに、一度会って話がしたいとの連絡があったのだ。

限定戦争の仕組みは複雑に絡み合っているように思えるが、構造自体は比較的単純である。まず、ある二つ以上の企業が、何らかの形で紛争になったとする。一番多いケースは著作権の侵害や、業界内のルールや慣行を破った、などがある。これらの紛争は、国際司法裁判所に持ち込まれ、司法による決着を着けるが、その内容に不満をもった場合、限定戦争にもつれこむことがある。国際戦争公司が企業の要請を受けると、戦争の場所となる「限定戦域」を確定する。そこは各企業、総じてプラントが多いが、から提供され、戦場になる。一般市民の居住地区はその場所から遠く離れていて、被害を受けることはない。戦場が決定すると、そこに参加する企業を特定する。紛争を起こした企業が直接戦闘行為を行うことは、まずあり得ない。当事者となる企業は傭兵を雇い、その傭兵同士の代理戦争の勝敗で紛争を解決するのだ。期限、物資や資金の上限、戦争の勝敗や終結宣言は全て、国際戦争公司が取り仕切ることになる。DNAは元来、DN社専属の私兵団であったが、OMGの勃発に伴うDN社の崩壊と共に、独立採算制を強いられ、代理戦争を行う傭兵団になったのだ。現在ではもっとも有力な傭兵派遣業者である。

 VNN放送は国際戦争公司の許可を受けてこの戦争行為を中継し、全世界ネットで放映することで、その有料アクセスによって莫大な収入を得ている。傭兵企業には、出演料という形で、アクセスのよって得られた収入の一定割合を契約に基づき、払うのだ。

 当初、VNNはこの興行行為を行っているわけではなかった。かつては、戦争の現場にマス・メディアの正義のメスを入れるために放送していた。しかし、ある時期をきっかけに急速に収益を悪化させたVNNは、この戦争中継の有料放送が大きな収益をあげていることに着目した。以来、この放送局はマス・メディアの誇りを失い、限定戦争の独占放送権を獲得し、今日にいたる。

 応接室に通されたミカエルは、そこにある深く大きなソファーに腰掛けた。身体全体が沈むほどの椅子は座っていると疲れる。長くは待たずに部屋の扉が開き、ボブが現れた。相変わらずの無精ひげとぼさぼさの髪は、完全に放置されている。だが、その目の異様な輝きもそのままだった。

「すまないな、わざわざ来てもらっちゃって。」

ミカエルは立ち上がって彼に挨拶し、すぐに首を振った。

「とんでもない、今回はうちの提供したバトルが視聴率で一番とったってきいて、飛んできたのよ。」

「ああ、ダントツだったよ。凄い反響でね。保存版のリリースはないのかって、回線がパンクしそうなほど問い合わせがあったんだ。」

その言葉を聞いて、ミカエルは満足そうに表情を緩めながら「そうだったの」とうなずいて見せた。内心、このような反応があることは確信していた。彼女が見た中で、最も激しい戦いだった。あれで反響がなかったら、限定戦争自体の収益性を疑うことになる。

「彼はまだ契約社員なんだけど、近々うちの専属パイロットにある予定だから、出演の機会はこれからもっと増えると思うわ。」

「本当か、それは!いや、正直あれほどの腕を持つパイロットをノーマークだったなんて、はっきり言って甘かったよ。じゃあ、これからも彼を中心にしたバトルは設定されるんだね?」

「ええ、もちろん。こちらとしても、なにせ人材不足が深刻だから、彼には一部隊を任せる方向で検討しているの。」

ミカエルは自信たっぷりに言った。これからは限定戦争の興行シェアをDNAとRNAで独占することもできるとさえ、考えていた。アベルのスカウトはその計画の一部に過ぎない。立ち上げすら完全にはできていない組織にとって、まずは先立つものが必要なのだ。この収入があれば、やがてはDNAを凌ぐ代理戦争企業になれる。RNAの幹部はそう、そろばんを弾いている。

「こっちとしても、何とかDNAに打診してRKGと、おたくのトップオブアファームドとの再戦を設定しようと今、交渉中なんだ。」

ボブは熱っぽく語る。壮大なイメージが頭の中を駆け巡っているらしい。二人は額が着きそうになるほど机をはさんで、これからの展開や事業提携について数時間もの協議をした。 

ミカエルが放送局を出る頃には、日はすっかり陰り、太陽は海の向こうに沈んでいた。帰りの足はどうしようか。タクシーを使ってもいいが、今日はこれから何もないし、少し歩こうかな。そんなことを考えていたが、それは携帯端末の鳴る奇麗な音色によって断念せざるを得なくなった。会社からだ。

「はい、ロゼッタです。え、ええ、ええ、本当なの、それは!?ええ、わかったわ。すぐに戻ります。」

会話の内容はわからないが、どうやら良くない知らせのようだ。会社からかかってくる連絡に良い知らせは総じて少ない。

「ふう。やれやれ。」

ミカエルは大きくため息をつくと、タクシーを探すべく大通りに出ることにした。今日は早く帰れると思っていたが、甘かった。でも、彼女はこういうときにこそ、手を抜かないで動くことが今の地位をもたらした、と考えている。先ほどの連絡でモチベーションは最悪に下がっていたが、やるしかない。

「まさか、彼がしくじるなんて・・・。」

携帯端末でタクシーを手配しながら、彼女はそうぼやいた。タクシーが到着するまで時間がある。それまでに、できることはやっておく必要があった。ミカエルは渋々端末を立ち上げた。