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Episode16 「戦乙女(ヴァルキリー)

「DNAは本気で戦争する気があるのか?」

カインは三人の目の前で、大声で言った。無理もあるまい。目前の三人のパイロットは戦士というよりも、どこかのコンパニオンではないかといった感じだ。それ程の美貌をもった女性たちだった。ここ、ライジング・キャリバーのブリッジで補充要員の紹介があるということで、部隊の隊員がほぼ全員集まっていた。整備士や通信士など、パイロット以外の「裏方」を集めると、軽く百人はいる。その場にて、格納庫から上がってきたばかりの三人がヘルメットを取った瞬間、ブリッジは感嘆と驚きの為、どよめきが一分以上続いた。先程加勢に現れたカスタムタイプのテン・エイティを操縦していたのが彼女達のような美しい女性であると、誰も予想しなかっただろう。

「上層部はファッションショーでも開くつもりなんじゃないの?」

ミミーも完全にあきれた様子だ。遅刻の理由を聞く気が一気に失われたようだ。

「どうなんでしょうかね。」

すっかり自分のことは棚に上げ、三人のパイロットの容姿について批判する二人に、キースは曖昧に首をかしげてみせた。

「彼女たちを外見で判断しないほうがいいわよ。三人ともその実力はOMGか、いくつかの限定戦争で証明済みなのだから。」

モーリスはそういって、危機に駆けつけてくれた三人のフォローをした。そして右手を腰にあてて順番に説明し始めた。

「向かって左側の彼女がジュリア・ディアス。あの『天才ジュリア』といえばわかるかしら?」

「あのジュリアがなんでうちの部隊にくるわけ?」

ミミーはすかさず突っ込んだ。モーリスは「あとで話すわ」といって、説明を継続した。質問の時間をとっていたら、いつまでたっても紹介が終わらないと思ったからだろう。

「真ん中の娘がライカ・ハーフムーン。まだ14歳だけど、一人前の能力を持っているわ。そして左側の彼女がリン・メイシャン。OMGは未経験だけど、適正は高い数字を残している期待の新人よ。」

モーリスの紹介を受け、三人はそれぞれ簡単な自己紹介をした。最初に紹介されたジュリア・ディアスは一歩前に出ると、表情をあまり変えずに淡々と話し始めた。

「私はジュリア・ディアス中尉、この度、本日付けでRKGに配属になった。よろしく頼む。」

身長はカインよりも高いくらいだった。肩までおろした黒髪は綺麗に切りそろえられていて、瓜実顔をさらに美しく飾っている。切れ長の目は冷たい印象を受けるが、それは彼女の性格をそのまま表現していると捉えていいだろう。グリーンに輝く瞳の色は正に冷たく光るエメラルドの様だった。化粧はしていないようだが、それでもはっきりとしている顔立ちは白い肌と絶妙にマッチしている。言葉使いは堅い印象を受けるが、それは彼女の発音が非常に正確な証拠である。昨今の乱れ、多様化したものとは一線を介し、聞いていて心地よい。

「名前はライカ・ハーフムーン。階級は少尉。よろしく。」

言葉短く話し終えた少女は、モーリスから紹介を受けた十四歳という年齢よりもかなり大人びて見える。瞳は大きく、眉は丁寧に細く整えられている。唇にはほんのりと赤い色が見受けられるが、口紅ではなくカラーリップだろう。唇や輪郭に若干のあどけなさが残るものの、それ以外は立派な大人の女性だ。それは落ち着いた態度や、高く澄んだ声がそう感じさせるのか。身長は小柄だが、決して貧弱な印象は受けない。それでも全体的な線の細さと、やや上目遣いな表情は、この場にいる男達に「守ってあげたい」と思わせるものがある。子供の年齢をどこまでとするかは、認識の仕方によって違うが、現在では十三歳未満を子供としている。子供を戦場に立たせることを禁じた国際戦争公司との条約には違反しない。

 二人が紹介を終えると、その度に大きな歓声が上がる。時々口笛をならす音も混じっている。ブリッジは完全に別のイベント会場になってしまっている。その雰囲気をうけて、必ず調子に乗る人間というものがいる。まさに彼女がそうだった。いかにも目立ちたがりな髪型は、数箇所で結び目を作り、そこにはたくさんのアクセサリーがついていた。メイクも派手で、アイラインを強調している。しかし、黄色人種の傾向の強い彼女には、濃い化粧があっている。整った顔立ちはややもすると、特徴のないものになりがちだが、そこを個性とメイクで克服している。身長はそれほどでもないが、三人の中では一番細身である。おそらく自己紹介の機会が今ではなく、別の時であったなら彼女のファッションも見ることができただろう。それを一番残念がっているのは彼女だろうが。

「どーもー、初めまして!あたしはリン・メイシャン、テン・エイティAのパイロットでーす!よろしくね!」

大きく手を振ってその場にいる男性陣に思い切りかわいらしくアピールする。その次の瞬間、「会場」は割れんばかりの歓声と熱気に包まれた。その声援に、また手を振って応えるリンに、カインは白けて怒る気力を奪われた。隣をみると、同じく肩を落として下を向いているミミーがいた。ブリッジの馬鹿騒ぎに切れたのはモーリスだった。マイクを持ち出し、鼓膜が破れんばかりに大音響で怒鳴った。

「静かにしなさい!!」

その声に「会場」はしんと静まり返った。モーリスは小さく一度咳払いをする。

「彼女たちは第三プラント、ムーニーヴァレーから出向してきた派遣社員よ。正確には、ムーニーヴァレーの子会社、『パシフィックオーシャン』からだけれど。三人はプラントのテストパイロットとしての実績をかわれて、今度同社で量産計画の『テン・エイティA(アドヴァンスド)』のピーアールも兼ねてDNAに期間限定で出向になったの。」

「パシフィックオーシャンて、あの人材派遣の?」

ミミーの質問に今度はモーリスに代わってジュリアが答えた。

「正確には人材育成、製造、矯正、派遣の四つの事業で成り立っている会社だ。私達はそこの育成、製造、矯正部門からそれぞれ派遣されてきたのだ。」

そこにデイビットが口をはさんだ。

「要するに、だ。うちではこんな優れた商品と人間を取り扱っているので、今回のサンプルは無料で提供しますから、お気に召したら是非、契約して下さいな、と。こういうことだろう?」

「まあ、簡単に言えばそうだ。」

頷くジュリアに、今度はミミーが質問した。

「そのテン・エイティAは量産計画にあるっていってたけど、もうボックシリーズが正式採用されたんでしょう?どうして今、テン・エイティなの?」

彼女の質問は確かに的をえていた。ムーニーヴァレーといえば、現在ロールアウトしているボックシリーズが好評で、飛ぶ鳥を落とす勢いで売れている。最大口取引先のDNAは恐らく今年中にもボックシリーズを自軍の主力兵器として位置付けることになると見込まれている。そこであえて今、別の機体を売り出す必要はない。

「私個人としてはその考えには同感だ。しかし、開発部も必死なのだ。このままボックシリーズが定着すれば、独立採算制をとっている他の開発部は必然的に潰されるだろう。だから、私たちを使って自分たちの開発したVRを売り込もうということなのだ。かつて第五プラント、デッドリーダッドリーがHBV−502−Hライデンをアピールした時のように。」

「それにはマスコミに注目されているところがいい。で、俺たちが選ばれたって訳だ。なるほどな。」

デイビットは納得したように、ふーんとうなずいた。

「天才ジュリアがきたのは、開発部の覚悟の現れというところかしらね。」

ミミーがそういって次の質問をしようとしたとき、カインはその胸のうちにある不快なものを表面化させた。

「あまり気持ちのいいものじゃないな、戦場に女性がたくさんいるのは。」

カインの言葉に今度はリンが反応した。

「もしかして今時『戦争は男の仕事』なんて言い出すんじゃあないよね?」

「おかしいですか?そういうのって。」

むっとした表情を隠そうともしないのは、彼の良いところでも悪いところでもある。純粋さは、ややもすると感情に流される人間であると捉えられやすい。

「めずらしい奴がいるものね。人類の半分は女なのよ?三人がたまたま女であることなんて、あり得ない確率の話じゃないでしょ。」

「そうじゃなくって・・・。」

カインは口ごもった。今時、男か女かでカテゴライズすること自体がナンセンスである。ここへきてこんな話をするのは気が引けたが、今更、なんでもない、とはいえない。

「哲学とか価値観とか、そんな大それたものじゃないんです。ただ、女性は戦争の道具なんかになりさがるべきじゃない。女は男が守るっていう、安っぽい男のプライドです。」

「あなた、それ本気で言ってるの?」

その言葉にリンはやや細い目を大きく見開いて、驚いた。あたかも偉大な考古学の化石を発見したとでも言いたそうだった。そこに嘲笑的な要素が含まれていることをカインは敏感に感じ取った。

「私は好きだよ、そういうの。」

ジュリアはカインを横目で見ながら言った。その切れ長の美しい瞳の視線にさらされ、カインの心臓は少し息を弾ませた。心なしか彼女の言葉がやわらかく聞こえる。

「だってそうだろう?今時、そんなチープなプライドをかけて戦っている骨のある男は貴重な存在だ。」

微笑んでカインを見るジュリアからは、言葉尻をそのまま解釈した時のような雰囲気は感じられない。カインにとって、それは以外だった。

「天才ジュリア」と呼ばれる彼女は、一流の戦士として各地で活躍、その手腕でいくつもの負け戦を覆してきた。古代から、戦争は男の仕事といわれてきたが、科学技術の発達は男女の物理的な格差だけではなく、本能的な格差、即ち闘争心や性欲等、総じて男性が強いとされているものに関しても、その差を確実に縮めてきた。旧世紀の末期に唱えられ始めたこの現象は、電脳暦に移行してから如実に現れ始めた。女性の男性化ともいわれる。では、男性は女性的になったかといえば、そうではない。必然的に社会全体がかつて「男性的」といわれた属性に近くなってきている。現代では女性であることがハンディキャップになることはないといっていい。男女平等がある意味ではシビアに両性にのしかかる時代を生きている彼女は、かえってカインのような男に対して好意を持つことになるのだろう。

「カイン・ナスカ少尉だな。うわさはきいている。よろしく頼む。」

差し出されたジュリアの右腕を数秒見つめていたカインだったが、やがて自分の手を少し遠慮がちに前に出した。その手を引き寄せるようにジュリアはカインの手を握った。

「君のような騎士が守ってくれるなら、心強い。」

「守ってもらうような弱い人ではないでしょう、あなたは。」

「男が女を守る時、強さや美しさに基準を設けるのか?」

「いいえ・・・。わかりました。及ばずながら、全力でお守りします、ディアス中尉。」

「ジュリアでいい。」

カインの言葉にジュリアはそう返した。それを聞いていたリンはあきれた表情で、両手を大げさに左右に開いてみせた。

 

 アベル達アファームド小隊は、ここへきてようやく一安心できる安全性を確保した。作戦終了後、回収に来る輸送機と連絡が取れたからだった。エアポートにて激しい戦闘をした後、敵の増援部隊のしつこい追撃をうけ、その追っ手を振りきったときには太陽が地平線から顔をのぞかせようとしていた。低角度からそそがれる太陽の光は、赤い大地をまぶしく照らし、三機の巨大な戦士を暖かく迎えた。やがて、朝焼けの澄んだ空気を伝わって輸送機のエンジン音が聞こえてくる。それは太陽の光を彼らから奪うように大きな影を作り、その黒い影でアファームドを覆った。だが、アベルは回収にきてくれた輸送機の、その無粋な行為に対して腹を立てることはなかった。輸送機はそのまま彼らの頭上を通過して、高度を落としはじめた。アベルはアファームドのマニュピレーターをかざし、二人に指示をした。三機は同時に輸送機の後を追いかけるように走り出す。輸送機の後部ハッチが開き、アベル達を受け入れる準備を整えた。三機は順番に飛び上がり、そのハッチに入った。最後のヴァイスが着地の瞬間、バランスを崩しそうになった。片腕が機能しないと機体の重心が安定しない。アベルはとっさにヴァイスの機体を抱え上げ、そのまま格納庫に滑り込んだ。輸送機は三機の着艦を確認すると、高度を上げてその空域を離脱した。

 

 「隊長、これを見て下さい。」

サルムの通信に、ロイコフは訓練を一端中断した。ホワイトスネイク隊は着任後、ここフロントベイ基地にて早朝実践訓練を行っていた。いままで宇宙にいた彼らは、いくら訓練をしていたとはいえ、実際の地球での生活に慣れるには少々時間が必要だった。しかし、シドを始めとして、ホワイトスネイク隊のメンバーはそれをつらいとは感じていなかった。地球出身者の彼らにしてみれば、故郷に帰還したのと同じ気持ちだった。待ち望んだ地球は肉体の疲労を無視することができるくらい、彼らの士気を高めていた。ホワイトスネイクによる射撃訓練中、サルムは不審な飛行物体をレーダーでキャッチした。そのデータを見て、ロイコフは訓練の中止命令を出した。

「諸君、いまサルムが不審な航空機を捉えた。この基地の南西二百五十キロの空域を飛行中だ。」

「おかしいですね。今はその空域は確かDNA所属機以外は進入が禁止されているはずですよ。」

いち早く反応したのは、部隊のエース、ミック・ダラン少尉だった。この男は操縦技術もさることながら、「歩く端末」と呼ばれるほど、膨大なデータを頭脳の中に記憶している。彼の一言はロイコフの顔色を変えるのには充分であった。

「調査してみる価値はあるな…。」

「どこかの企業の輸送機が迷い込んだんじゃないんですか?いきなりがさ入れじゃ、いくら何でもマズイですよ。ただでさえ、俺達はまわりから良く思われてないんだから。」

シドの言うことももっともだ。国家という枠組みが消滅し、企業による統治が一般化したといっても、全ての企業が営利目的に活動しているわけではない。中には非営利活動を基本理念に、組織の垣根にこだわることなく貧しい人々を救済するためや、自然環境の保護活動をするために存在する企業も多数ある。その財源は、組織の構成員として位置づけられる個人からだけではなく、他の営利団体からの援助で成立しているところも少なくない。彼らにしてみれば、戦争をゲームのように演出し、それを余興として提供する国際戦争公司やDNAの行為は決して許すことのできない非道なものである。ゆえに、DNAに反感を持つ企業の航空機が迷い込んでいたとしたら、突然の立ち入り調査は格好の批判対象となる。マスコミを通じて興業行為を行い、それが主たる収益源になっている企業にとって、マスコミを敵に回すことはなるべく避けたいことなのだ。

「そうだな、シドのいうことも一理ある。まずは勧告を出してみるか。」

顎に大きな手を当てて考えるロイコフに、ミックは首を振った。

「隊長、すぐにでも現場に向かうべきです。この空域はまだ戦況が安定していないから、大々的に危険空域として周知を徹底しているはずです。そこに自分から入り込んでくるなんて、絶対におかしい。何かありますよ。」

「だから、『迷い込んだ』んだろ?若しくは機体の故障か、事故かもしれない。」

シドの反論に対して、ロイコフがそれを差し止めた。

「いや、ミックの言う通りだ。すぐに現場に向かおう。現物を目で確認するのが一番確実だ。それに、その場で何もなければ、我々が誘導して危険空域から出せばいいだけのことだ。」

シドは隊長の決定に対して、小さく舌打ちをした。せっかくの射撃訓練が哨戒任務でつぶれてしまうのは、あまり気分が良くない。哨戒任務はとかく地味で面白味に欠ける。無論重要な任務の一つであることには違いないが、自分向きではない。好きなだけ弾丸の撃てる実践の射撃訓練の方が好きだ。シュミレーターではどうも満足できない。余計なことを言ってくれた優等生を睨み付けると、ミックはシドの視線に気付き、ふん、と鼻で笑ってみせた。どうやらシドの思惑を把握した上で言ったようだ。嫌なやつだ。

「よし、訓練は中止、ただちに現場に急行する。全機、五分後で支度を整えろ!」

ロイコフの号令にホワイトスネイク隊は一斉に動き出した。統制された動きの中、ただ一つ歪みを出しているシドを、ミックとサルムは彼の機体の両側を挟み込むようにして、他の隊員の後に続いた。