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Episode18 「死神の影

フロントベイ基地に到着するまで、もうさほど時間はかからない距離まで来ていた。ここまで一切、疑わしい行動を取っていない輸送機に対して、シドは若干の危機感をもっていた。これがもしミックの予想通りRNAもしくはその系列の所属ならば問題はない。しかし、万が一見当違いということになれば、ただでは済まない。

「間もなくフロントベイに到着する。そのまま高度を少しずつ下げるんだ。」

ロイコフの命令に従い、輸送機は機首をさげ、着陸準備に入った。それに合わせて九機のホワイトスネイクも高度を落とした。先行して、サルムの三番機が基地の状況を確認しに行く。シドはその加速を見て改めてホワイトスネイクの性能を実感した。先の降下中の戦闘は充分な装備をしていなかったため航空機に苦戦したが、フライトユニットを装着した状態での重力下戦闘では、どんな兵器も赤子同然だ。VRの格闘能力、旋回性能に加え、航空戦闘機並みの空中制御性能を有しているのだ。これで勝てなければ、そのパイロットはもう辞めたほうが良い。才能がないということだ。ぴったりと横に張り付いているホワイトスネイクに不快な態度をあらわにしている輸送機も、この最新VRの性能には舌を巻くばかりだろう。

 基地の滑走路が見えてきた。ホワイトスネイクは上空に散開し、基地を囲むように展開した。輸送機は滑走路の上を旋回し、着陸態勢に入った。滑走路に光が灯る。交互に点滅しながら、霧で視界の悪い滑走路に輸送機を導いた。タイヤの擦れる音が鳴り、輸送機は着陸した。ホワイトスネイクは管制塔の指示に従い、ロイコフ機を先頭に着地した。シドは輸送機に最も近い位置に着地すると、そのまま機体を輸送機の後方、格納庫の正面に移動させた。ライフルを構え、安全装置を解除する。内心、ここで威勢のいいアファームドが飛び出してきてくれないかと馬鹿なことを考えた。そうすれば、正当な理由でライフルを思い切り撃ちまくれる。

「エンジンを停止させろ。そうしたら、後部格納庫を切り離せ。」

ロイコフの通信に、輸送機は回転している左右の翼のエンジンを停止させた。ホワイトスネイク隊はゆっくりと機体を取り囲み、一斉に安全装置を解除した。乾いた機械音が空気に響く。ロイコフはライフルを軽く左右に振り、ミックに輸送機のコックピットを調べさせようとした。その瞬間、格納庫が突然大爆発を起こした。

「何!?」

一瞬慌てたホワイトスネイク隊の中で一人冷静だったのは、以外にもシドだった。冷静だったというよりも、自分の思い通りの展開になったといったほうが正確だ。

「喰らいやがれ!!」

シドはアサルトライフルを連射モードにして、爆発した格納庫に激しく撃ち込んだ。だが、手ごたえがない。

「上か!?いや、違うか?」

爆発は撹乱のためのパフォーマンスだった。すでに三機のアファームドはホワイトスネイクの包囲網を離脱して、逆に取り囲むように移動していた。包囲の半径が小さすぎた。この状況下で反撃をしてくるとは、さすがにロイコフも考えなかった。

「しまった!」

自らの状況判断の甘さにロイコフは自分の未熟さを呪った。しかし、すぐに頭を切り換えて部隊に指示を出した。

「敵は標準的な装備のアファームド三機だ!慌てるな、訓練を思い出せ。落ち着いて戦えば負けはしない。すぐにフライトユニットを外せ。フォーメーション5、上空から敵を包囲する。」

ホワイトスネイク隊はすぐさま全機高くジャンプし、フライトユニットの装備を解除した。翼を失ったにも関わらず、ホワイトスネイクは大きく空中に飛び上がり、アファームドを捕捉した。ロイコフは部隊を三手に分けた。三方に離れていくように展開した各機の内、最軽量装備のアファームドに対して三機のホワイトスネイクは半円を描くようにして包囲しはじめた。シドはその包囲網の右端に位置していた。丁度、疾走している敵機の側面を取る形になる。さすがにアファームドの加速は速く、ホワイトスネイクの空中飛行スピードをもってしても追いつけない。シドは機体を旋回させ、ロックオンマーカーが敵を捉えるのを待った。

「たった三機でなにしようっていうんだよ!?」

ライフルのトリガーを引くホワイトスネイク、それに反応したアファームドは素早くその場で急停止すると、すぐに先程きた方向へ転進した。そして、追跡している機体の真下をくぐるようにその包囲をいとも簡単に突破した。

「何やってるんだ!!敵とのラインがあったらすぐに撃てよ!」

シドの罵声の対象になったのは七番機だった。その機体のパイロットは謝るどころか逆に言い返してきた。やや低めの、いかにも気の強そうな現代的な女性の声だ。

「あのねぇ!そうは言っても簡単には撃てないの!すぐ近くに武器格納庫があるのよ!?引火したらどうするのよ!あんた、もっと考えて撃ちなさいよ!」

シドはその声を聞いた瞬間、怒る気がなくなった。まさか彼女だったとは…。相手が悪かった。この部隊において口で彼女に勝てる者はいないからだ。シドは機体を一端着地させ、今度はアファームドの背後を取る位置関係で機体の膝をつき、射撃隊体勢に入った。しかし無論撃つことはできない。その先には反対側に逃走している敵機を追撃している味方部隊がいるからだ。今、アファームドに一番近い距離にいるのはサルムだ。

「サルム、やつの鼻を押さえてくれ!包囲網が崩れている!」

「了解!こっちで捕捉しているやつは隊長に任せる。ミック、いくぞ!」

サルムは機体を折り返すと、近くにいるミックに連絡した。すかさず部隊のエースは反応し、その場で百八十度旋回した。そして、アファームドの後方に展開していた二機の味方を、もう一方のロイコフの支援にいくように指示した。

「なんだ、またシドがドジったのか?やれやれ。」

「俺じゃねえよ!シェリーのやつが…。」

「私が、何!!?」

「いや、何でも…。」

「おしゃべりしている余裕はないぞ!抵抗してくる可能性もある。気を抜くな!」

ロイコフは若干気のゆるんでいる若い連中に活を入れた。ここで彼らに死なれたら、彼は「保護者達」になんと言い訳をすればよいのか。「首」が飛ぶどころか、本物の首が宙を舞いかねない。そう言いつつ、ロイコフは追跡している敵機の機体捌きのうまさに感心していた。基地内の施設をなるべく傷つけないように威嚇射撃をしているが、その牽制攻撃に対して臆するどころか、速度をゆるめずに積極的に障害物の影を通過してこちらを巻こうとしている。音速に近い速度で障害物に激突したらアファームドとて無事では済まない。それを渓流が流れるように上下左右に巧みに移動している。このままでは基地の外側に出てしまう。三機が散り散りに逃走されると何かと面倒だ。そう思っていた矢先、不意に正面モニターからアファームドが消えた。障害物である倉庫の影を抜けた一瞬の隙をつかれた。

「しまった!くそ、、四、五、六番機はこのまま前方の機体を追跡しろ!私と七、八番機は消えたやつを捜す!」

ロイコフは機体を最高高度までジャンプさせ、センサーを働かせた。どこにいった?まだそう遠くになどいっていないはずだ。しかし、レーダーの反応からは消えている。その時点で彼ははっとした。まさか、と思い下の倉庫群の表示をモニターに出してみた。案の上だ。

「くそ、ステルス加工材か…。」

 基地の内部にはいくつかの施設がある。その中で特に重要な武器、弾薬倉庫、エネルギータンク、ミサイル発射装置などはその重要性、機密性からその表面にレーダーに反応しないような特殊加工が施されている。味方部隊がそれらの対象を把握する際にはレーダーではなく、予め機体のコンピューターにインプットしてあるマップデータを参照するのだ。しかし、これらの倉庫群に入り込まれると、マップデータとレーダーをいくら併用しようとも敵の位置を確認することは出来ない。これらの建造物をレーダーなしで把握して、マニュアル操作で回避していたのだとしたら、驚異的な操縦技術だ。それとも事前に何らかのデータを入手していたのか。そして、その数秒後、味方機の通信が敵を見失ったと報告してきた。ロイコフは背筋に冷たいものを感じた。それは自分自身の危機よりも、隊員のそれを心配したものだった。

「やつら、今までのようなぬるい相手じゃない。相当の手練れだ。各機、油断するな!それと、ジャンプは攻撃回避の一時的なものを除き、極力避けろ。狙い撃ちされるぞ。」

ロイコフは機体を敵の紛れ込んだ倉庫群に着地させた。空中にいたら、ステルスの効果範囲から外れ、一方的に敵に捕捉されてしまう。さらに、味方機の位置も把握が困難になる。敵は散開している都合上、近くにいる機体は全て敵機として認識すれば足るが、こちらはそうはいかない。有視界戦闘、すなわち格闘戦にもつれ込むことになってしまった。

 「こいつ、めちゃくちゃ速いぞ!」

驚きの声を上げたのはサルムだった。三機で取り囲む形になっているが、目標が定まらず、射撃できない。下手に水平撃ちでもしようものなら、味方に直撃してしまう。しかも、付近は弾薬格納庫である。殆ど火器は使用できない。先程、何も考えずに撃ちまくったシドの弾丸が倉庫の壁を貫通し、見事に百メートル平方を火の海にしてくれた。その近くにいたミックは、爆発を回避するために飛び上がり、そのついでに消化剤を噴射しようとしたとき、アファームドのマグナムに狙撃された。ミックはとっさにフライング・スキーを展開してこれを防いだが、弾丸の威力は軽量なホワイトスネイクを吹き飛ばし、ミックの機体は地面にたたきつけられた。あいかわらず、シドの無鉄砲は被害を拡大させることに関しては天才的だ。

「シド、サルム、無茶はしてくれるなよ?こりごりだぜ、狙い撃ちされるのは。しかし、隊長のいっていた通り、こいつは今までの相手とは訳が違うようだ。下手すれば俺達三機がやられてもおかしくないぞ。」

「おいおい、ホワイトスネイクのエースがずいぶん弱気だな。頼むぜ、お前が頼りなんだからよ?」

「ミック、敵の場所がわからねえ。どうしたらいい?」

「捕捉するだけならジャンプして上からレーダーで捜せばいい。だが、さっきみたいに狙われるだけだ。」

「上等じゃないか。俺が囮になる。やつが射撃してきた場所を攻撃してくれ。」

「無茶はよせ、シド!やられちまうぞ!」

サルムは首を横に大きく振った。ミックならともかく、シドに敵の攻撃を回避できる腕などあろうはずがない。

「そうだ。こっちは数で勝っているんだ。三対一で格闘戦になれば有利だ。」

「それこそ無理だぜ。やつは銃を使えるがこっちは火器をつかえねえ。敵のモニターに入った時点で三人ともやられちまう。」

「フライング・スキーだって万能じゃあないだ。さっきは角度が良かったからはじき返せたが、真下から撃たれれば間違いなく貫通する。そうしたら、コックピットまでばらばらにえぐられる。」

「尻込みなんてしてられるか!あの連中に大きな事言った手前、この基地は俺らが守らなくちゃならないんだ!うわ!!」

シドが話し終える直前、後方で爆発が起きた。敵のマグナムが知らずにこちらを狙っていた。こちらの場所はばれている。迷っている暇はなかった。

「いくぜ!二人とも、一発で仕留めろよ!」

シドはフライング・スキーを展開させると、フットペダルをいっぱいに踏み込んで機体を上空へジャンプさせた。

 ここはパブリックポートの全域が見渡せる場所だった。ホテルの最上階、ロイヤルスウィートとはいかないが、サービスの質を差し引いてもこの眺めは素晴らしい。通常のスペースポートの十倍も広大な港を一望でき、そのドックから発進する宇宙船も見える。太陽の光が届かない今の時間は至るところにネオンとライトが輝き、あたりをその豊かな光量で満たす。その光がガラス張りのビルディングの壁に反射して幻想的な空間と時間を創り出す。眼下ではパブリックポートを出入りするタクシーやらバスやらが忙しく動き回り、ターミナルを出た先のメインストリートをヘッドライトで埋め尽くしている。ミミーの部屋からはそのストリートが真正面に見える。このホテルの窓ガラスも特殊な加工が施されている。天井から床までの一枚ガラスだが、見る角度によって微妙に光の入って来る角度が異なるのだ。その演出がこの絶品の夜景をさらに飾り立てる。モーリスも粋な部屋を用意するものだ。ミミーは下着も着けずシャツ一枚を羽織っただけのだらしない格好で窓の前に立った。下の景色に目を移し、グラスのウィスキーを一口、喉に流し込む。休息時間に仕事のことを考えるのはやめているつもりだが、今回の一連の出来事はさすがに簡単には頭から離れてくれない。多くの部下を失ったこと、任務続行という屈辱的な扱いを受けたこと、引継の部隊とのやりとりなど。胃に穴をあけるには充分な要素が揃っている。だが、彼女は誰にも愚痴をこぼそうとしなかった。プライドがそれを拒んでいることは確かにある。しかし、それだけではない。真に心を許し、開ける人間を彼女は知らない。こんな夜、目の前には絶景があるというのに、一人で飲んでいるという事実はつらいはずだが、ミミーはそれにいつの間にか慣れてしまっているのか。いや、そんなはずはない。そんな彼女を思いやるかのように空には美しく輝く青い星が浮かんでいる、今夜は彼女がつきあってくれるらしい。ミミーはそんなやさしい彼女に向かってグラスを掲げ、半分氷の溶けて薄まったウィスキーで透かしてみた。カラン、と音をたてて崩れた拍子に星は砕けた。

「乾杯。」

そのグラスの中にこれまであった事を全て放り込んで、ミミーはウィスキーを一気に飲み干した。

 輸送機が連絡を絶って、もう四時間になる。捕捉できる空域を外れ、DNAの制空権に入ってしまったらしい。ミカエルはアベルからの連絡を待っていたが、もう限界だ。敵に見つかってしまったということは、強制的に近くの空港、もしくは基地に着陸させられた可能性が高い。もしも、捕虜になったとしたら、彼の命が危険である。彼は一度DNAを解雇されている。その理由が明らかになれば、間違いなく事実隠蔽のために抹殺されるだろう。ミカエルは想像しているうちに悪い方へばかり考えが進んでしまうことにブレーキをかけようと必死で仕事に集中しようとした。だが、ものの五分とたたずにまた彼のことを考えてしまう。恋愛に関しては熟練者だと自負していたが、どうやら今度のは相当の重病らしい。いてもたってもいられずに、ミカエルは端末で検索をはじめた。

「彼の輸送機が捕捉されたのがここでしょ。そうするとこの付近のDNAの拠点といえば…。フロントベイ基地!!」

彼が連行されたのは恐らくここだ。ここなら輸送機が規定のルートを少し外れれば、敵の哨戒空域になる。不安が確信に変わった時、ミカエルはすぐにその情報を端末に記憶させ、別のネットワーク画面を立ち上げた。そこは傭兵を雇うための検索サイトだった。このサイトは二万人を越える傭兵が登録している最大の傭兵専用ネットワークで、条件や雇用価格に見合った傭兵を瞬時に検索、そのまま画面上で契約できるのだ。傭兵達もこのサイトを経由して仕事の斡旋をうける。一定以上の実力と実績を持つ傭兵は個人のサイトで直接契約するが、マイナーもしくは「開業」したての新規参入者はまずこのサイトに登録し、仕事を受けて実績を挙げてゆくのだ。アベル達を知ったのもこのサイトだった。ミカエルは時刻、場所、そしてアベル達の救援に向かう事の出来るパイロットを検索した。すると、二十件のヒットがあった。一つずつ吟味していった結果、一人の傭兵が最も適任であることがわかった。そのデータを電子ボードに転送すると、ミカエルはすぐに立ち上がってオフィスを飛び出した。残された端末の画面には全身が黒一色に塗りつぶされた一機の旧式テムジンが映し出されていた。その脇にはプロフィールが書かれている。名前はシャドウ、機体名「四乃影」。それはかつて、TAIの戦いにおいて、RNAのVR一個中隊を瞬く間に壊滅させた「死神」だった。