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Episode19 「譲れないもの、命の拘束具

 「隊長、どうしましょうか。これでは敵の位置が全くわかりませんが・・・。」

シェリーの問いにロイコフは返す言葉を知らなかった。確かにこの状態では双方暗闇の中で戦うようなものだ。互いにレーダーが使えない状況で、ホワイトスネイク隊の隊員がどこまで冷静でいられるかが鍵だった。

「今下手に動いても音で敵に気づかれてしまう。じっとしているんだ。そうすれば敵は必ず動く。ここはどこだ?我々の基地内部だ。我々に地の利があるのは確かだ。」

そういって隊員達に声をかけた。正直なことをいえば、あまりうろうろされては敵に見つかってしまうし、何より自分がカバーできる範囲を逸脱してもらってはいざという時に駆けつけられない。その時レーダーに味方機の反応が出た。一番機、シドだった。

「あいつ、あれほど動くなと・・・!」

しかし、今自分が救援に向かえば、他の隊員達の安全は保障できない。部隊のエース、ミック少尉に頼るしかなかった。

「頼むぞ、ミック!」

 冗談ではない。先ほど自分が身をもって示した危険にシドは自らその身体をさらしたのだ。

「く、全く世話の焼ける・・・!」

愚痴をこぼしている暇などない。シドが捕捉した敵機を通信で受け取り、すぐに射撃体勢に入った。シドとの距離が近い。先の射撃は近距離からのものだったらしい。このままではシドが危険だ。シドの装備は実弾兵器のアサルトライフルである。フライングスキーを貫通して攻撃する事はできない。真下に回り込まれたら完全な死角になってしまう。シドのホワイトスネイクは高く飛び上がることにブーストエネルギーを集中させたため、その場を空中で飛行して離脱することはできない。ミックはアファームドの動きを捕捉した。高速で移動している。やはり先ほどフライングスキーに銃弾を弾き返されたので、角度を変えて撃とうというのだろう。その僅かな時間的猶予がミックの救いだった。ミックは機体を伏せて固定し、ビームライフルのモードをスナイパーライフルに変更した。その切り替えに応じて彼のヘルメットに狙撃用の特殊サイトが映る。目標は建物の影になり、モニターでは確認できない。レーダーと勘だけが頼りだ。

「来た!!」

ミックは迷わずライフルのトリガーを引いた。そこに勢い良く走りこんでくるのはアファームドだ。

「何!!外した!?」

読み負けた!ミックは絶対の自信のあった射撃を外され、思わずヘルメットのバイザーを上げた。アファームドはその場でマグナムを撃たず、シドの機体の真下に入った瞬間に大きくジャンプしたのだ。収束率を最大まで高めたショットは正確な狙いで敵をとらえていたが、敵が飛び上がったのはトリガーを引くのとほぼ同時だった。敵に反応されたのではなく、射撃が読まれていたのだ。しかし、まだ終わってはいない。

「サルム、上だ!!」

「喰らえ!」

サルムはバズーカをホワイトスネイクの肩に乗せ、飛び上がった敵をロックオンした。だが。

「どうした!なぜ撃たない!」

「ダメだ!シドとの距離が近すぎる!これじゃあ、シドもまとめて吹き飛ばしちまう!」

「キャノンを使え!」

「間に合うか・・・!?」

肩のキャノンが発射体勢に入った時には、シドとアファームドは空中で激突する寸前だった。

「やってやる!!」

シドはアサルトライフルの銃剣を機体の真下に突き出した。ジャンプしてきたアファームドは腕に装備したビームトンファーを渾身の勢いで振り上げてきた。その強烈なアッパーカットはホワイトスネイクのフライングスキーから展開している防御シールドを易々と撃ち砕いた。そしてホワイトスネイクの脚部まで破壊しようとした時、銃剣の先とトンファーが激突した。スパークが飛び散り、シドのモニターが一瞬その機能を失った。勢い余って下に叩き落されるアファームド、しかしそのツインアイは体勢を崩しながらもターゲットをとらえていた。振り上げた左腕を振り子のようにしてバランスをとると、右腕で素早くマグナムを抜き放った。そして腰に腕を固定し、ガンマンのように構えた。

「させるか!」

ミックはライフルを連射モードに変えてすぐさま空中のアファームドに放った。威力こそないが、敵をひるませることのできるビームマシンガンだ。その攻撃を背中に受け、アファームドはもんどりうって地面に落ちた。そこにサルムのキャノンが容赦ない追い討ちをかける。アファームドは地面に背中がつくのと同時にその場で後転し、キャノンの直撃を避けた。アスファルトの地面にキャノンの弾丸が突き刺さり、大きな穴を開けた。

「あのやろう、VRで『受身』を取りやがった・・・。なんて奴だ!!」

ミックはまさかこんなところで受身が出るとは夢にも思わなかった。サルムも一瞬、信じられないというようにしばらく固まっていた。シドの機体が地面に落ちた時の音で、二人ははっとして我に返った。二人が追撃しようとする時にはすでにアファームドは既に倉庫の影に姿を隠していた。ミックはシドの無事を確認するために、消えた敵機と逆方向に動きながら、彼のもとへ走った。

「シド!!」

「大丈夫だ。スキーはやられたが、他に異常はない。」

シドの返事に一安心したミックだったが、彼の勘と射撃をもってしても仕留められない敵とは・・・。その時彼は大きく息を吸い込んで、慌ててコンピューターにデータの検索をさせた。自分の感性が間違っていなければ、敵は恐らく・・・。

「やっぱり・・・!」

「どうした、ミック?」

「シド、やつらやっぱり只者じゃなかったよ。」

ミックの言葉に一瞬首をかしげるシドだったが、すぐに気が付いた。

「まさか!」

「そう、そのまさか、だ。」

その時シドは自分の戦っている敵がいかに強敵かを理解した。彼は幸運の持ち主だった。多くの兵士たちは彼らが何者であるかを知らないまま、瞬時に撃破されていったからだ。敵を知れば、おのずと戦い方も見えてくる。エースを相手にする時は、特にVR戦において、セオリーというものがある。それは内容的には単純かつ簡単で、しかも高い確率で格上の敵を撃破できる。それは狭い空間に敵を追い込み、三機以上で退路を断ちつつ集中砲火を浴びせ掛けることである。ジャンプ性能の高い敵には攻撃ヘリの参加も含める。こうなってはいくら敵のパイロットが優れていようとも手の打ちようがない。反対にいえば、この状況にいかに追い込まれないかが少数で多くの敵を相手にする時の基本となる。すなわち、分断しておいての各個撃破である。ミックはすぐさまロイコフにこのデータを転送した。その数秒後には、ホワイトスネイクは全機、倉庫群から退避し、その周りを大きく取り囲むようにして展開した。

「ねむ!!」

立て続けに鼓膜を砕くような轟音を立てる目覚まし時計を片っ端から乱暴に停止させながら、ミミーは至福の時を奪ったこれら任務に忠実な時計達に八つ当たりをした。大きくあくびをして、ゆっくりと伸びをする。しかし、眠気は取れない。圧倒的な倦怠感と胸の不快感が彼女を再びベッドへと誘う。ミミーは導かれるまま、再びベッドに身体を投げ出した。そんな彼女をベッドはやさしく包み込む。この優しさに負けて仕事に遅刻した人間は星の数ほどだろう。戦場で給付される特殊な薬「スリーピング・シープズ(眠れる羊達)」を飲めば、短時間の睡眠で身体の疲れをとることもできる。これは人体の脳に一定の刺激を加えることで、瞬時に人を深い眠りに誘うものである。連戦が続く戦場ではコックピット内で睡眠をとることも日常茶飯事だ。そんな最前戦で戦う兵士達の強い味方である「スリーピング・シープズ」だが、何分高価なので平時には利用できないのだ。しばらくベッドにうつぶせなって無駄な抵抗を続けていたミミーだったが、差し迫る時間を片目で確認し、うなり声を上げながら再び起き上がった。ぼさぼさに寝癖のついている髪をかきながら、そのままふらふらと歩いてシャワールームに入る。

 昨晩のここからの眺めは最高だった。特に夜の景色、ネオンの輝きとと三次元映像が作り出す幻想的な風景は、これを目的に観光客が訪れるほどだ。ミミーは、その美しい景色に心と貴重な睡眠時間を根こそぎ奪われた。今度くる時は絶対に仕事は抜きにする。そう固く誓った。シャワーを浴びながら、まぶたに焼き付けたネオンの美しい光を思い出そうとしたが、胸を襲う破壊的な不快感はその思い出を台無しにした。飲みすぎた。昨日は景色以外の要因でも身体が酒を欲していたため、その欲求を満たすに充分なアルコールを摂取してしまった。後悔は今回もまた、最後方につけていた。いつものオッズだ。彼女は頭を軽く左右に振って、胸の奥から這い出してこようとする不快感を顔にかかる熱いシャワーで洗い流すためにその身体ごと投げ出した。

 一時間後、ミミーは制服に着替えていた。化粧もしっかりと決め、制服の襟は一分の隙もなく揃っている。もう一度鏡をみてその完成度を確認すると、昨日モーリスに渡されたデータに目を通すため、昨日のうちにチェックしておかなくてはならないものだったが、昨晩のあの景色を見たら、そんなことはもう、頭にはなかった。要は交渉前までに確認しておけば良いのだ。開き直ってモニターを覗き込んで、ミミーはため息をついた。これで本当に交渉をしようというのか、上層部は。怒りを通り越して、呆れてしまう。その内容とは、何の裏づけのない単なる「うわさ」レベルの情報に過ぎなかった。ほとんど言いがかりだ。だが、その時彼女はDNAが目論む真の目的について、その情報から推測することは到底できなかった。

 今度こそだめかも知れない。そんな予感がジョナサンの頭をよぎった。この状況は最悪だった。先ほどから敵の動きがあまりに少ないと思い、辺りをうかがってみた。すると、敵は既に包囲網を最大にして、この倉庫群の外で待ち構えている。持久戦に持ち込む気だろう。今までは、敵がたった三機だと油断しているところを撃破してきたケースがほとんどである。しかし、今回は敵に油断がない。ここは敵の基地だ。焦って攻撃をしなくとも持久戦に持ち込めばいつか必ず限界がやってくる。そう考えているのだろう。どうする?頭の中でその言葉が渦巻きのように回転し、ジョナサンの思考を鈍らせた。すると、開放回線を使って敵の士官らしき男が通信を送ってきた。

「私はこの基地の司令官であるロイコフ・ラバイッチ大尉だ。君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗は互いの損失を大きくするだけだ。投降したまえ。国際戦争公司の限定戦争条約第十一条一項に基づき、君たちの身体の安全は確保する。」

アベルさんはどうするつもりなんだろう。とりあえず二人と合流することが先決だった。その時アベルから通信があった。

「ジョナサン、これからのことを話し合う。このポイントに来てくれ。ヴァイスも来ている。」

突然の通信にジョナサンは驚いた。

「ちょっと、アベルさん!通信なんかしたら敵に居場所が・・・。」

「もうとっくにばれているさ。上も見てみろ。」

ジョナサンはアファームドの望遠カメラを使って上空を見上げた。ちょうど自分たちの頭の上、千メートル程度の高度にカメラを搭載した小型センサーが待機していた。こちらの動きは全て筒抜けということだ。さらに基地の管制塔の屋上には三機の先ほどのVRが待機していた。いずれも片膝をついて狙撃体勢に入っている。不審な行動をすれば即射撃するつもりだろう。仕方がない。ジョナサンはアベルに指示されたポイントまで移動した。そこでは既に二人はコックピットから外に出て、アファームドの足元の陰に隠れて話し合っていた。

「来たか、ジョナサン。」

ヴァイスが手を上げる。ジョナサンはそれに答えるようにアファームドの腕を軽く上げると、コックピットハッチのロックを解除した。機体をかがませ、三機の機体が三人を覆うようにした。狙撃から身を守るためだ。何も狙撃はVRだけが目標ではない。パイロットだけを排除できればこれ以上のことはない。当然、対人用の狙撃ライフルが三人を狙っている。

「さて、どうするか。」

アベルの重い切り出しに二人はしばし黙り込んだ。今度ばかりは分が悪い。従来の戦い方ではこの状況を突破することはできない。絶対的な戦力を覆すだけの戦術を展開することもできない。かといって持久戦では話にならない。こちらには人質もなければ食料すら満足にないのだ。その時だった。

「降参なんて、絶対に嫌ですからね。」

その言葉にアベルとヴァイスは顔を見合わせた。まさに今そのことに言及しようとした直前に、先手をうたれた形になった。アベルは小さく鼻で息をはくと、眉間にしわを寄せた。

「どうしたんだ、ジョナサン。お前らしくない。冷静になれ。俺たちは現時点においてあくまで傭兵だ。金で雇われた捨て駒に過ぎん。こんなところで命をかけてどうする?生きていればまたチャンスはくる。そうだろう?」

アベルの言葉にジョナサンは耳を貸そうとしなかった。その態度はまるでだだっこのように幼稚で、頑なで、真剣そのものだった。

「確かにアベルさんの言う通りかもしれません。僕も他の敵だったら投降も考えると思います。でも、DNAにだけはどうしても投降したくないんです!」

「おふくろさんのこと、まだ許しちゃいないのか。」

「あんな奴、母親でもなんでもない!僕はあいつに捨てられたんだ!」

ヴァイスの言葉に激しく反応した彼のあまりの剣幕にアベルは驚きつつ、しかし同時にジョナサンの表情が自分の良く知っている男のそれと重なった。それがアベルの心理に変化を与えた。

「くだらん情は捨てろといったはずだぞ、ジョナサン!忘れたか?ここは戦場だ!一時の感情に流されるんじゃない!」

いつもの彼の口癖が出た。だが、その言葉は今回に限って、ジョナサンを思いやる気持ちが完全に欠如していた。それは、相手の感情を無視し、上から押しつぶすような、そんな冷たい響きを持っていた。

「くだらない、だと・・・?くだらないといったな!?親に捨てられたことを!!」

「そうだ。くだらん甘えた感情だ!この時勢、どれだけの人間が敵味方に分かれて戦っていると思っている?どれほどの人間が親に裏切られていると思っている?そんなことの為に賭けられるほど、お前の命はちっぽけなものじゃないんだ!」

「自分が生き残りたいから、そういっているんでしょう!?」

「ああ、そうだ。俺は生きたい。どんなことがあっても、だ。例えお前たちの命を踏み台にしても俺は生きる!今の俺には死ぬことは絶対に許されない甘えなんだ!」

「いったな!」

アベルとジョナサンは互いの胸倉をつかみ合い、拳を振り上げた。それが振りぬかれる瞬間、

「よさねえか、てめえら!!」

二人の間に強引に入り込み、ヴァイスは立て続けに二人を鉄拳で殴った。容赦のない拳は二人を地面に転がし、這いつくばらせた。唇を切ったのか、アベルはアスファルトに血を吐き出した。

「ったく、おめえら何やってんだ。じゃれ合いしている暇なんかないはずだろう。ジョナサン、お前がそうやって怒るのも分かる。けどな、俺たちはいつだって生き残る戦いをしてきたじゃねえか?そうだろう。死ぬために戦う馬鹿がどこにいる?死んじまったら何にもならねえ。酒を飲む事だって、女を抱く事だって、復讐してやることだって全部、生きてるからできるんだ。今が全部じゃない。お前の気持ちが萎えない限り、復讐は終わらない。」

ヴァイスの言葉にジョナサンはうずくまったまま、黙っていた。ヴァイスは今度はアベルの方を向いた。

「おい、どうしたんだよ、アベル。お前らしくもない。簡単に切れるんじゃねえよ。目を覚ませ!お前自身がいっただろう。ここはどこだ?戦場だ。くだらない感情は捨てろ!感情的になっているのはお前じゃないか。」

四つんばいになって下を見つめているアベルにヴァイスは手を貸した。

「おら、立てよ。」

そして、うずくまっているジョナサンも背中の襟首をつかんで持ち上げ、立たせた。

「お互い譲れねえものがあることは知ってる。だからさっきからあーでもないこーでもないと考えているんじゃねえか。とにかく頭を冷やせよ。きっと何か手はある。チャンスを待とうや。」

ヴァイスは二人の肩を両手で軽く叩いた。