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Episode21 「ポイント F-5402

「心外ですな、そのような疑いをかけられるとは…。」

当然の事ながら、予想通りの言葉が返ってきた。それもそのはずだ。殆ど事実に根ざしていないこの監査は、言いがかりか、若しくは嫌がらせに他ならない。

「そうおっしゃることは予想していました。期待はしませんでしたが。」

ミミーはそういって相手の顔を見た。実に堂々としている。ここはデッドリー・ダッドリーの本社ビル、地上十五階プラント管理室の部長の部屋である。外は見えないが、内装はその企業の好調ぶりを反映するかのような派手な装飾品で埋め尽くされていた。特に部屋の角に所狭しと並ぶ動物の剥製はミミーには受け入れがたいものだった。これらの動物の剥製は全て百年も昔に絶滅したとされる幻の存在だという。この部屋の主はこのコレクションをしきりに自慢していたが、彼女たちには全く興味がなかった。男は肘掛けに右腕をもたれかかるように少し姿勢を崩すと、大きなため息をついた。この男は第五プラントの工場の生産ライン及び生産計画に携わることを全般に管理しているこの部屋の長、カール・サクセスだ。若干三十八歳でこの地位に上り詰めたサクセスは周囲からの信頼も厚く、また、数々の改革をこの企業にもたらした人物だ。今のデッドリー・ダッドリーの繁栄はこの男の活躍によるところが大きい。出で立ちはやや細身で、髪をオールバックにして綺麗に髭を剃ってある。身長はそれほどでもないが、異性をエスコートするには充分である。ダブルのスーツで決めたその紳士はさぞかし女達の人気を集めていることだろう。

「残念です、ミミー・サルペン中尉。我々はTAIの戦い以来、フレッシュリフォー、そして貴社に忠誠を誓っております。事実、最新モデルのHBV−502シリーズを優先的に貴社に納品しております。それは、うわべの言葉ではなく、数字を見ていただければおわかりいただけるかと。」

「確かにそう見えます、ミスターサクセス。しかし、我が社の調査部が掴んだ情報が完全な嘘と断言することもまた、困難です。」

ミミーの言葉に深くうなずきながら、サクセスは「そうでしょう」と相づちをうった。

「悲しいことに、昨今の企業間の競争、勢力争いは熾烈の極みでして、特に当社のような新規参入組は他の企業の妨害工作、情報撹乱、テロ行為に常にさらされています。偽情報の流布など、日常茶飯事です。」

その彼の言葉にミミーはわざとらしく眉をつり上げて見せた。こうでもして威嚇しないと、こちらの理論武装が竹槍並であるということがばれてしまう。

「当社の調査部が情報撹乱に惑わされているとでも?」

「そうではありません。」

サクセスはゆっくりと首を左右に振ると、含み笑いをかみ殺しながら否定した。

「申し訳ありません。言葉が足りませんでした。電脳歴に入ってからというもの、このような行為は決してめずらしくはない。その被害を受けたのはなにも中小の企業国家だけではありません。要は、当社も貴社も被害者である、ということを申し上げたかったのです。」

ミミーはその言葉に対して目を細めて聞いていた。その言葉の中にひとかけらの疑惑が有りはしないかと神経をとがらせている。しかし、通り一遍の回答にその行為がむなしいものであることを思い知った。少し間を外して一呼吸おき、ミミーは組んでいた足を変えながら、髪を左手で横に払った。

「では、妨害しているものが他にいるとして、心当たりは?」

サクセスはわざとらしく首を大きく横に傾けながら、うめくように言葉を口から出した。

「さあ、そこまでは…。当社としてもそのような輩にはしかるべき処置をしなければ、と考えております。この噂は以前から流れていたものですし、DNAの方がいらしたとあっては当社でも独自に調査したいと思います。」

「私達としても、その言葉を信じてそうですかと帰るわけにもいきません。念のため、プラント内部を数日間調査させてもらいます。この調査は正式に調査部が入る前の下見と考えていただきたい。許可は取ってあります。これがフレッシュリフォー監査部の許可書と詳細を記した文書です。」

ミミーはそういって端末のデータをサクセスの端末に送信した。彼はそのモニターの内容を見て眉間に深い皺を作った。そして最初についたため息よりもさらに大きいため息を腹の底から吐き出した。

「致し方ありませんな。承知しました。社長や幹部には私から話をしておきます。できることなら当社の調査結果を待っていただけると有り難いのですが。そうもいかないようですね。」

「我々をあまり甘く見ない方が良い、ミスターサクセス。貴社の経営を支えているのは我がDNAグループであることをお忘れなく。」

ミミーはサクセスの遠回しな要求をぴしゃりとはねのけた。常識から考えれば、いくら傘下の企業といえど、一つの独立した存在である。今日では資本の動きが早く、その関係さえいつ崩壊するかわからない。ゆえに通常は企業国家単位での強い主権性が認められる。その領域に土足で上がろうというのだから、この際徹底的に傍若無人を装うしかない。

「もちろんです。当社の繁栄は貴社の存在なくして語ることは出来ません。是非とも真実を解明していただきたい。」

ミミーの放った最後のプレッシャーも彼を動揺させることは出来なかった。予想はしていたが、成果はほとんどなかった。彼女はふと隣のモーリスを見たが、意外にも彼女は満足そうな表情を浮かべていた。

 対照的な表情をしている二人の女性が高層ビルから出てきた。二人とも甲乙つけがたい美貌の持ち主ではあるが、表情は人間の美しさを固定物ではなく流動的なものにする。美術品と人間の魅力の違いがそこにある。片方の女性は強い手応えを感じている顔、もう一人は骨折り損をしたという顔をしている。同じテーブルにいたはずなのにどうしてこんなにも異なる気持ちになるのか。ミミーはその不公平感に我慢できずに唇をとがらせて下から彼女の顔をのぞき込んだ。

「なんでそんな満足そうな表情しているわけ?」

「あなた、何も感じなかった?」

「何を?」

「これだから職業軍人は…。」

呆れたとでも言うように、モーリスは両腕を左右にひらいて肩をすくめてみせる。馬鹿にされて気分を害したプライドの高い女は自分の感情を素直に漏らした。要は自分の仕事ではないといいたいのだった。

「悪かったわね!鈍くて。だったら私にこんなことやらせないでよ。」

自分はパイロットだ。パイロットは敵のVRを撃破して給料をもらうのが通常の形だ。

「精神プロテクトがかかっていたわ、彼。」

「え?」

意外な答えにミミーはやや間の抜けた声を上げてしまった。モーリスはそんな彼女に一から十まで説明するのが面倒ではあったが、教えることにした。このような状況をミミーは必ず快く思わないはずだからだ。

「彼があなたの言葉に対して反応を返すとき、何か気がつかなかった?」

「何かって?」

「彼はあなたが際どい質問をした時、必ず顎に手を当ててから話を始めたわ。これは口外することを禁じられている特定の事項に触れられたとき、共通の動作を回答する前に挟むことで、平静を保つことができるの。これは訓練された行動よ。」

「でも、企業の役員ならそのくらいは誰でもやっているんじゃない?」

「それは当然だけど、特定の事項に反応したことをいっているのよ。」

「何かあるから、そういうことを?」

「その通り。これからライジング・キャリバーに戻って調査の為の計画を練るわよ。それにVR隊の編成や配備も考えなくちゃ。さあ、急ぎましょう。」

モーリスはそういってタクシー乗り場に向かって歩き出そうとしたが、ミミーは立ち止まったままだ。

「どうしたの?」

「ねえ、ちょっとだけ時間くれないかしら?半日でいいから。」

まるでおねだりをする子供の様な表情でモーリスを見る。両手を背中で組んで足をそろえ、かかとをリズミカルに上下させる。モーリスは予想していたことだったので特に何のリアクションもなく、ふうっとため息をついた。ここで彼女の要求を却下することは簡単だが、そうすると任務を放り出してでも行きそうな気配だったので、モーリスは首を一度縦におろした。ミミーはぱっと表情を明るくさせると、そのまま反対方向に走りだした。一度振り返り右腕を振り回して大声で言った。

「ありがと!恩にきるわ!!」

「よっぽど我慢が限界にきていたのね。彼女の仕事をまた私がやらなくちゃいけなくなったけど…。まあ、いいか。」

モーリスは空港行きのタクシーを呼び止め、ドアに手をかけて彼女の方をもう一度見た。そして、勢い良く身体を車内にすべりこませた。

 ライカは一人、部屋の中の荷物と格闘していた。今まで居住空間を変えたことのない彼女にとって引っ越しは新鮮なものであると同時に、ひとつひとつの物の配置に時間を浪費した。どうも狭いせいか、しっくりとこない。そう感じてまた最初からやり直したりしている。しかし、苛立っている訳ではなく、むしろこうして色々試している時間は楽しかった。ドアの前に人が立っていることがわかるセンサーがこの部屋への来訪者の存在を知らせた。

「今、いいか?デイビット・ルース少尉だ。」

「どうぞ。」

ライカは素っ気なく答え、作業を続行した。ドアがスライドし、デイビットが入ってきた。身体の大きい彼にとって、この整理されていない空間は非常に窮屈だった。彼の視点からは彼女の存在は確認できない。声だけが聞こえる状況だ。

「何かご用ですか?」

「ああ、実は、あんた達三人の着任祝いを兼ねて歓迎会をみんなでやろうという計画があるんだ。きいているだろ?」

「ええ、まあ。」

「どうだ、一緒に来ないか?あんたの隊長さんは色男とふけちまっていないんだ。主役が揃わないと歓迎会も意味がない。来てくれないか?」

「私、未成年ですから…。」

「別に酒を飲ませようってんじゃなくてさ、顔ぐらい出したらどうかって思ってさ。」

「どうしてですか?」

その反応にデイビットは少し戸惑った。簡単には説得できないと思っていたが、これはなかなか手強そうだ。だが、諦めるのはまだ早すぎる。デイビットは次の言葉のカードを切った。

「みんな、あんたのことを知らない。これから命を懸けて一緒に戦おうっていう人間のことを知っておきたいんだ。同じ部隊の仲間として。」

「そういうの、苦手です…。」

少しくぐもった声が聞こえる。下を向いているようだ。顔を見せてくれないのは極めて話しづらいが、デイビットは言葉を続けた。

「わかっているつもりだ。だが、少しづつ慣れた方がいい。社会勉強だなんて偉そうなことは言わねえよ。楽しいからさ、来てみろよ。それでダメなら次回から断ればいい。」

「…。」

反応がないことに大きくため息をついて腰に手を当てたが、まだ彼女は顔を見せてくれない。確かにこの大きなため息は彼女に聞こえたはずだが。

「出口で三十分まで待っている。気が向いたら来いよ。」

ライカはデイビットが立ち去った気配を見計らって、首を荷物の山から出して外を覗いた。いなくなったことにほっとしながらも、ライカは彼の言葉が何となく自分の胸に引っかかっているような気がした。手元にある荷物を抱えて、少しよろめきながら部屋の入口付近の段ボール箱の上に積み上げる。そしてそこからまた首だけ出して廊下を伺った。廊下の先でたばこをふかしながら歩いているデイビットの背中が見えて、慌てて首を引っ込めた。しばらくそのままの姿勢で宙を眺めていたライカであったが、何か吹っ切れたように一つ頷くと、部屋の隅に置いてあるバッグを開き、中から服を取りだした。

 長い一日だ。アベルは一人、コックピットの中でつぶやいた。今日は何月の何日だろうか。現在、早朝に逃げ込んだこの倉庫群に身を隠して、既に半日以上経っていた。この季節だ。もうじき太陽は顔を隠し、夜が闇を引き連れてやってくる。これほど文明の発達した今日においても、人はその暗闇に対して本能的に恐怖を感じる。それは自分の内側にある不安や恐れ、後ろめたさなどが闇の支援を受けて体中を駆けめぐり、理性を排除しようとするからだ。アベルは軽く頭を振って、油断すれば切れそうな集中力を揺すり起こした。長い時間を起きているためか、時間の感覚が麻痺し始めている。指を折って数えてみる。最初の出撃から丸三日が経過している。その間、休息らしい休息を取っていない。移動の間、「スリーピング・シープズ」の服用で身体の疲労はそれほどでもないが、精神的にはかなり重い負担を自覚している。気持ちを切り替えてセンサー類に反応がないかどうかと見渡した時、通信が入った。サイドモニターに映ったのはジョナサンだった。

「交代の時間です、アベルさん。」

「まだ大丈夫だ。もう少し休んでいてもいいぞ。」

気まずいせいか、アベルは計器類に目を通して視線を外した。その様子をしばらく見ていたジョナサンは静かに口を開いた。

「…。アベルさん。さっきはどうもすみませんでした。」

彼の謝罪にアベルは数秒間止まって、その言葉を噛みしめた。

「いや、俺の方こそ悪かった。謝るよ。」

「少しいいですか?」

「ん、ああ。敵も完全に持久戦の構えだ。動き出すこともないだろう。」

ジョナサンは少しうつむいて両手を膝の上で交差させながら、話し始めた。

「僕はOMGの時、遺跡の北東地域、ポイントF−5402に配属されていました。そこは連日の激戦で敵も味方も消耗しきっていました。仲間も大勢死んで次は自分の番か、なんてことばかり考えていました。

 僕はもともとDN社の一級市民で、DNAに入ったのも縁故採用だったんです。まわりのみんなは僕みたいに役員クラスの人間を親に持つ人はいなかったから、珍しがっていました。みんなは僕をお守りみたいに扱いました。『キタガワが部隊にいる限り、酷い激戦区に送り込まれることもないし、例えピンチになっても必ず救援が来る』って。僕も表向きは否定していましたが、どこかで信じていました。」

「…。」

「OMGも終盤にさしかかってくると、さすがにそんな余裕はなくなってきました。最前線で敵の攻撃にさらされて、ベルグドルのミサイルの弾薬も供給が間に合わなくなってきていました。激しい戦いに加えて外部勢力の介入によって組織は崩壊しかかっていました。」

「当時は仲間に背中から撃たれることを一番警戒したな。裏切りや造反は当たり前で、誰が味方で誰が敵なのか、わからなくなっていた。」

アベルはDN社の所属でいた頃を思い出し、目を細めた。そう、もう六年になる。一番大切なものを失ってから六年だ。そう考えると、自分が今まで生きてきたという事実は彼にとって意外なことに思えた。再び話し始めたジョナサンの声に、アベルは現実に引き戻された。

「お金が相当動いていましたからね。それで、ある日味方の救援に向かうために、先行隊が既に制圧しているはずのF−5402を通過した時でした。いきなりでした。岩の陰から敵が現れて、こっちは安全装置も解除していなかったので。あっという間でした。味方の半数以上が撃破されて、僕も敵に追撃されました。その時もこんな風に少数で、あ、その時はもっと数は多かったんですけど、それで敵の威嚇射撃が続く中、僕たちは救援が来るのを待ちました。でも、いくら待っても救援は来ませんでした。味方は僕を指さして言なじりました。『お前がいるのになんで助けがこないんだ。何のために他の連中を犠牲にしてまでお前を助けたと思っているんだ。』って。結局、その場を強行突破することになり、僕以外に生き残りはいませんでした。」

ジョナサンはいつもより熱を帯びた話し方をしていた。疲労もあるだろう。しかし、彼の中で渦巻く忌まわしい記憶は事件から四年たったいまでも彼を苦しめ続けているのだった。

「後から調べたんですが、その敵は先行隊だった209部隊で、そいつらの尻尾を掴むために僕らは囮に使われたんです。僕はすぐにDNAを除隊しました。そしてDN社も離れました。あてなんてなかったけど、そのままあそこにとどまるのは死ぬことと同じでした。僕たちを囮に使ったことが外に漏れないように、僕は殺されそうになりました。殺し屋はきっとDNAに雇われたんでしょう。でも、僕が一番許せなかったのはその囮に関する決定を下したのがヨウコ・キタガワ、僕の実の母親だったことです!それ以来僕はあの女を殺すために今日まで生きてきました。RNAに就職しようとしているのだって、この組織が唯一DNAに対抗できる勢力だからです。」

「そうだったのか…。」

「アベルさんはどうして戦ってるんですか?そういえば、一緒に戦ってもう三年以上経つのに聞いたことなかったですね。」

ジョナサンはここへ来てようやく笑顔をこぼした。その表情が落ち着いたものであることに安心したアベルは、今度は自分が語る番だと思った。あまり自分のことを話すのは得意ではないが、この男には話してもいい、話しておくべきだと感じた。

「話すと長くなるがな。」

そう切り出した時、センサーが何かを捉えた。先程からアファームドを包囲しているVR部隊に何か動きが出ているようだった。いよいよか?

「敵が動いた?」

「いや、様子がおかしい。むっ!?何だ、戦闘区域に高速で接近する機体がある。数は…、一機か。ヴァイス!!」

「あいよ!敵か?」

すぐに返事が返ってくる。どうやら二人にやりとりを盗み聞きしていたらしい。だが、今はそのことをとがめたりすることは後回しだ。

「まだわからない。該当データ、DNA、RNAともになし。今分析している。」

「あ、敵が動き出しました。基地の北に向かって飛行していきます!」

「味方だと思いたいが…。」

「まだ動くなよ。敵か味方かわからんうちはな。」

彼の釘差しに鼻息を一つ、強く吐き出してヴァイスはそんなことはわかっている事をアピールした。

「いつでも動けるようにしておけってことだろ?」

「そういうことだ。少ないチャンスをものにするのは運じゃない。そこにチャンスがあるとあらかじめ認識しているかどうかで決まるからな。」

三機のアファームドは通常モードになっているシステムを立ち上げ、戦闘モードに移行した。ツインアイの輝きが、新たな戦いを告げるのろしとなった。