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Episode22 「ディスプレッサー・ビースト

 最初に感知したのは基地の大型レーダーだった。突如現れたその反応は一直線にフロントベイ基地に向かって進行してきている。距離は現在北西約二十キロメートルだ。この位置までレーダーで捕捉できなかったのは恐らく地上すれすれを飛行してきたか、若しくは陸を進んできたかのどちらかだろう。しかし、現在のフロントベイはそれに対して狼狽する必要はなかった。なぜならもうVRの出撃は完了しているからだ。基地内部に敵のVRが迷い込んでいるが、既に捕捉していつでも狙撃できるので問題はない。フロントベイの主力VR、ホワイトスネイク隊は交代で休憩を取っていた隊員を召集、すぐにこれを迎撃に向かった。基地の内部にはシド、ミック、サルムの三機が留守番をすることになった。勿論、アファームドが逃げ出したらすぐに狙撃する任務を請け負っているので重要な役割であるのだが、シドはそれに満足していないようだった。

「ちぇっ、俺も迎撃に出たかったな。」

「何馬鹿なこといってんだ。ちゃんと見張っていろよ。この混乱に乗じて絶対に動くぞ。」

「大丈夫だって。こっちは敵をしっかりロックしているんだ。動こうものならすぐにどてっ腹に弾丸をぶち込んでやる。」

 ミックの忠告に対してシドは余裕だった。確かに、この状況ではアファームドは全く動けないだろう。距離が離れている分、一瞬で視界から消えることが出来ない。ロックオンを外せなければ敵弾を回避することは不可能だ。長距離射程を活かしたホワイトスネイクでの射撃はミックの十八番だ。だが、ミックは一抹の不安を抱かずにはいられなかった。それは敵を捕捉したときの管制塔の報告だった。

「間違いなく敵は一機なんだな?」

「間違いありません。念のため広角度レーダーで上空からも確認しました。非常にステルス性の高い装甲をまとったVRが一機、こちらに急接近しています。」

「ステルス性の高い、一機のVR?機種は?」

「それが、旧式のMBV−04テムジンのようです。しかし、カスタマイズされているのか、通常の三倍近いスピードです。」

「よし、わかった。現在の当番は引き続き見張りを続けろ。奴らは騒ぎに乗じて動く可能性が高い。その時は迷わずに撃て。残りの隊員は私に続いて迎撃を行う。一機で進行してくるのは不自然だ。何か作戦があるのか、若しくはよほど腕に自信があるかのどちらかだろう。慎重に行動するんだ。いいな。」

管制塔の報告を聞いてうなずくと、ロイコフはVRの右腕を掲げて隊員を連れてすぐに出撃していった。

 六機ものホワイトスネイクとまともに戦って生きていられるVRなど存在しないことは分かり切っていたが、たった一つミックの中でひっかかるものがあった。TAIでの戦いにおいて、たったの一機で四十機におよぶ大部隊のアファームドをものの数分で全滅させた死神が存在するという噂を聞いたことがあるからだ。これは正式な記録には残されておらず、アンダーグラウンドの情報に過ぎない。「影の使者」と呼ばれるその死神は旧式の機体であるにも関わらず、高いステルス装甲を施され、圧倒的なパワーとスピード、そして人間とは思えない操縦技術を有しているという。条件が整いすぎている。ミックはすぐにロイコフに通信回線を開いた。

「隊長!」

「ミックか、どうした。アファームドが動いたか?」

「いえ、そうじゃなくて…。あの、充分に注意して下さい。もしかしたら敵は…。」

ミックの言葉に重ねるように、ロイコフは頷きながら言った。

「『死神かも知れない』というのだろう?わかっている。さっきもシェリーに言われたばかりだ。心配するな。こっちも充分慎重に行動する。」

「しかし…。」

ミックの心配そうな顔を見て、ロイコフは大きく笑い飛ばして見せた。ミックの為だけでなく、彼自身の中にある不安をうち消して戦いに集中するためでもあった。

「大丈夫だ。接近戦ならばともかく、ジャンプを活かした遠距離戦に持ち込めば敵は手も足も出ない。もうすぐ敵と接触する。通信を切るぞ。いい知らせを期待していろ。」

そういって画像の途切れたモニターをミックはしばらく見つめていた。

「ミック、心配しすぎだぜ。隊長がついているんだ。大丈夫だって。」

「なら、いいんだけどな・・・。」

サルムの言葉に煮え切らない反応をしたミックは、狙撃体勢を維持したまま黙り込んでしまった。シドとサルムは一緒にため息をついて自分たちに与えられている任務を全うすることに集中することにした。どうせ、考えたとしても結果は同じだからだ。ならば自分たちにできることをやるだけだ。しばらくして、北西の方角でホワイトスネイクの放つ火線が起きた。どうやら始まったようだ。

 

 

 その機体はまさしく影のごとくだった。手ごたえがない。ホワイトスネイクのロックオン機能は通常のVRのそれを大きく上回る。遠距離での狙撃ならばこちらの攻撃を認識される前に撃墜できることも珍しくない。だが、敵はホワイトスネイクの攻撃をかわすどころか、正面から突進してくる。その影に攻撃しても全く効果がないのだ。しかも驚くことにホワイトスネイクのコンピューターは画面上にヒットの表示を出しているのだ。

「一体、どうなっているの?」

シェリーは思いもかけない事態に狼狽した。どうなっているのか、その理屈が理解できない。こちらの攻撃を的確な回避行動でかわすのならわかる。しかし、コンピューター上は攻撃が当たっていることになっているにも関わらず、敵は何事もなかったように猛然とその距離を縮めてきている。まさに、影のような存在だ。

「隊長!?」

シェリーは思わず三度目の射撃がヒット表示された時点で声を上げた。それは他の隊員も同じだった。

「ばかな!攻撃は当たっているはずなのに!?」

「でも、奴は全くひるんでいないぞ!?」

「そんなに装甲が厚いのか!!」

「いや、違う!少なくとも当たっているなら機体に衝撃は受けるはずだ!機体が壊れなくとも中のパイロットは無事じゃ済まない。当たっていないんだ!」

「当たっていないのに、何でヒット表示が出るんだよ!?」

「そんなの俺に聞いたってわかるわけないだろ!!」

回線内が隊員たちの困惑の叫びで溢れ返っていた。完全に部隊は混乱している。これではロイコフも指示が出せない。だが、混乱しているのはロイコフとて同じだった。

「みんな、静かにして!!敵の射撃武器はまだこっちを捕えていないわ!隊長の指示を聞いて!!」

シェリーの必死の叫びに隊員たちの声が一瞬、ブレイクした。その一瞬に滑り込む形でロイコフは全機に通信を開いた。

「敵が何らかの撹乱装置を使ってホワイトスネイクのセンサーを混乱させている可能性がある。今はそれが何であるはわからないし、考える必要もない。全機、各種センサーを切ってカメラモードに移行、有視界戦闘だ。」

「接近戦をやるんですか?」

「やむを得まい。危険だが、五感を封じられた状態では戦えんからな。視線感知モードの起動を忘れるな。」

シェリーの問いにロイコフは押し殺すような声で答えた。有視界戦闘についてはセンサーなどの電子機器の故障や、チャフなどの撹乱などに遭遇した際のために訓練をしている。しかし、今日においてそのような場面に出くわすことは少ない。ゆえにロイコフは自分も含め、隊員達の熟練度が低いことを懸念した。無論、そんな悠長なことを言っていられることなどない。戦場では万全の体勢で戦えることのほうが少ないのだから。

「敵VR、近接戦闘距離に入りました!!」

「来たか。全機、私に続け!敵を包囲する!」

「了解!」

白い翼を備えた機体が一斉に飛び立つ。土煙が沸き立ち、ブーストの熱が空間を歪める。それが消えた時、六機のホワイトスネイクは高く空に舞い上がった。

 

 「始まったな。こっちはいつでもいけるぜ?」

「ジョナサン、お前は?」

「こっちも準備完了です。」

よし、と一つ頷いて、アベルはレーダーをチェックした。まだ、遠い。ここでは戦闘の影響を基地に残ったVR隊が受けるまでに至らない。今、焦って行動を起こしても敵の狙撃でやられるだけだ。もう少し我慢する必要がある。

「合図があるまで決して動くなよ。もし、このまま戦闘が長引けば新型の三機は必ず戦場へ支援に向かう。そうすれば残りは狙撃仕様のテン・エイティだけだ。多少の無理が利く。」

「けど、僕たちは火薬庫の中にいるようなものですよ。いざとなれば連中はこの倉庫ごと爆破する許可は受けているはずです。大丈夫でしょうか?」

ジョナサンの心配はもっともだ。敵か味方かはわからないが、その機体がフロントベイ基地の近くまで接近してくることを待つべきではないか。そういう意見も当然、あるだろう。アベルはその慎重な意見を充分理解した上で、首を横に振った。

「偶然に頼っていては危機を回避できない。あくまで偶然というものは、予想はしても期待をしてはいけないものだ。テン・エイティの狙撃タイプなら一発目さえ狙いを外せばリロード中に倉庫群を脱出できる。」

「いいねぇ、その考え。爆風が拡がるよりも先に外に出るって寸法か。好きだぜ、その手の無茶な作戦。」

ヴァイスが皮肉たっぷりに言った。顔の筋肉が少々こわばっている。ジョナサンは黙って頷いた。恐らく背中と手のひらは汗でびっしょりのはずだ。

「あの所属不明機がじきにこの基地の最終防衛ラインに入る。その時がチャンスだ。いいな?」

「了解。」

「りょーかい!!」

その時、今までで一番近い位置で爆発が発生した。大きい。VRが撃破された程度の規模だ。三人の顔に一層の緊張が走る。願わくば狙撃役のテン・エイティの集中力が少しでも揺らいでくれれば…。その時、三機の新型VRが飛び出していった。おそらく味方機が撃墜されたのでその支援に向かったのだろう。条件は全て揃った。その次の爆発は基地に管制塔で起こった。所属不明機はすぐそこまで来ている。今だ!!

「行くぞ!」

アベルの合図とともに三機のアファームドは一斉にその場を飛び出した。反応が一瞬遅れてテン・エイティのビームランチャーが撃ち込まれる。そのビームは一直線にアベルの機体の胸部に向かって超高速で飛んでくる。アベルはとっさに機体を屈ませ、頭を下げた。火線は機体の頭上を越えて背後の少し離れた倉庫の壁を貫いた。三機のアファームドはVコンバーターのリミッターを解除し、フットペダルが完全に下の床に着くまで力一杯踏み込んだ。障害物をぎりぎりの線でよけながら倉庫群を駆け抜ける。あちこちで張り出した両肩の装甲が建物の壁にこすれて音を立てる。しかし、そんなことにかまってはいられない。爆風が今まさに三機のVRを飲み込もうとしたとき、アベルはとっさにあることを思いついた。腰のボム収容ボックスを切り離し、足下に落としたのだ。その瞬間、炎で引火したボックスが一度に爆発する。複数のボムの爆発がアファームドと追いかけてくる火竜との間に割り込んだ。その抵抗はむなしく、一秒も持たなかった。しかし、三機が離脱する時間を稼ぐには充分だった。それに気がついて二人も同じようにボムのボックスを落とした。そして、一際大きな爆発がアファームドを飲み込もうとしたとき、三機はボムの爆風を利用して大きくジャンプした。

「うおおおお!!」

爆風に吹き飛ばされ、アベルは地面に思い切り叩きつけられた。コックピット内で強く頭を打った。ヘルメットのバイザーが割れ、彼の額を切り裂いた。しかし、アベルは決して瞳をつぶろうとはしなかった。ここで気を失ったら全てが終わってしまう。そう思ったからだ。ここで終わるわけにはいかない。自分にはまだやらなければならないことがある。死にたくない。いや、死ぬことなど許されるはずがない。うつぶせに倒れ込んだアファームドの状態をすぐさまチェックした。まだ動く。さすがは頑丈さが売りのアファームドだ。アベルはすぐさま機体を起こすと、二人に通信した。

「生きているか!しっかりしろ!」

「でかい声だすなよ。俺は寝起きが悪いんだ。あいにくと女のキスじゃないと目覚めねようにできてる。」

ヴァイスの軽口にアベルは一瞬こわばっていた全身の力が少し抜けた。

「わかった。今度はキスで起こしてやるから早く機体を起こせ。」

「二人ってそういう仲だったんですか?」

ジョナサンもどうやら無事なようだ。

「よし。二人とも機体は大丈夫だな?すぐにこの基地を離脱する。」

「ああ、なんとかな。自慢のタキシードは背中が焦げちまっているが…。」

三機の背部の装甲が完全に剥がれおち、あたかも前面しか生地のない服のようになっていたが、行動には支障がなさそうだ。追撃を駆けようとする敵の狙撃部隊に一斉に背を向けて三機は一目散に離脱した。

 

 

 シド達は全身に衝撃を受けた。物理的なそれではない。また、VRが爆発する衝撃はすでに何度か体験している。しかし、自分と同じ部隊の味方機が目前で撃墜されたときの衝撃は今まで体験してきたことなど何の免疫にもならなかった。経験の浅いホワイトスネイク隊を混乱の底にたたき込むにはこんなありふれた「ささいなこと」で充分だった。

「リードがやられた!!し、死んだのか!?うわああああ!!?」

スティックから手を離して接近する影に動揺するサルムをミックは必死でなだめた。だが、ミックも初めてのことに平静を保つのがやっとだった。サルムが取り乱してくれたから自分が冷静でいられるような気がした。

「落ち着け、サルム!お前がやられた訳じゃない!もう敵は目の前に来ているんだぞ!しっかりしろ!」

機体を大きく揺すられてサルムはやっと大声をあげるのをやめた。しかし、呼吸が極端に乱れ、目の焦点が合っていない。どうやらまともな戦力としては期待できそうにない。シドは迫る影に威嚇射撃をしながら檄を飛ばした。

「来るぞ!おい、サルム!ミック!サルム?何ぼけっとしてんだ!早くセンサーを切り替えろ!敵はジャマーを使っているみたいだ。通常のセンサーじゃだめらしい!」

シドは望遠カメラに映る敵の姿を見て、自分の目を疑った。撃った攻撃が敵をすり抜けていくからだ。幻でも見ているのか?

「シド!それは敵の撹乱だ!右を見てみろ!」

ロイコフの声に言われるままシドは右を向いた。敵の横に不自然な「存在」がある。あれか!

「音紋索敵じゃだめだ!!ラグが大きすぎる!熱源センサーと肉眼で敵を捉えるんだ!」

「有視界戦闘かよ!?」

シドは急いでバイザーの設定を熱源反応モニターと視線感知モードを起こした。今度ははっきりと敵が見える。熱源反応といってもサーモグラフの映像をそのまま映すようなものではなく、それをコンピューターで処理し、立体的に映し出している。しかし、敵のスピードが速すぎる。センサーが処理しきれずに残像を残すように表示されてしまう。しかし、透明の相手を目視で追うよりはいくらかましだ。要は一番先頭の残像を狙えばいいのだ。ミックはサルムをなんとか落ち着けるとシドの前に出た。

「俺がやつの正面に出てスピードをおさえる。お前は上からやつの足を止めるんだ。隊長達と合流する前には仕掛けるなよ。リードの二の舞になりたくないならな。」

「あのスピード、止められるのか…?」

「止められなければ死ぬな、確実に。いくぜ!」

サルムの言葉に片方の眉をつり上げて応えると、シドは大きく飛び上がりホワイトスネイクのウィングを広げた。そのままブースターを吹かして高く飛び上がる。垂直方向からの接近ならばVRに撃墜される危険性は少ないからだ。ただしそれは敵のそばに着地しない限り、だが。ミックは機体を向かって右側に流し、そのまま地上を走った。姿勢を低くして疾走する姿は空を飛ぶときのそれとは異なり、まさに蛇のようだ。影が射撃をしてきた。ミックはそのまま右に大きく走り、それを回避する。まだ距離がある。この間合いなら完全に不利な戦いにはならない。今度はミックが仕掛けた。セブンウェイミサイルを機体の流れる方向に集中させて放った。影はその攻撃を左右のステップで回避すると速度を緩めずに距離を詰めてくる。このままでは敵の有効射程距離に踏み込まれてしまう。

「ちっ!どうしろっていうんだ、ミサイルで足が止められないんじゃ方法がない!」

「こうするんだよ!!」

サルムの弱気な言葉にミックは半分やけになりながら影に合わせて正面から突き進んだ。

「正面に出るのか!?やばいぜ!」

影のビームライフルがミックを捉える瞬間、ミックは滑り込むように腰を落とし、フライングスキーを八の字に足を開いて展開し、その隙間からビームライフルを放った。影の攻撃はフライングスキーのシールドに阻まれ、ビームは地面に落ちて大地を焦がした。そして、ミックのライフルが影に直撃した。

「どうだ!黒子野郎!」

もんどりをうって転がり込む影にシドが追い打ちをかける。ちょうど真上からアサルトライフルを連射した。手応え有りだ。確実に敵を捉えたときに走る電気がシドの身体を駆けめぐった。

「なんだ?」

その爆発はVRではなくパワーボムの防御煙幕だった。これでは熱源反応センサーで追跡できない。かといってボムの煙幕は濃く、その影の姿を視認できない。

「どこだ!あいつ!?」

シドは周囲をカメラで追った。しかし、影の姿はない。シドはその場から急降下して左右を見渡す。シドの目がちょうど左を向いたときだった。煙幕の中から影が飛び出したかと思うと、シドの右側のウィングが切り落とされていた。見えなかった。ソードを振りぬいた時の粒子が構成する軌道すら視認できなかったのだ。

「なんだと!!」

シドはすぐさま前方へ加速し、その勢いを維持したまま振り返った。本来ならば機体の胴体部分を両断されていたところだったが、シドは本能的に影の攻撃に反応してこれを回避していたのだった。

「シド、離れろ!お前一人の手に負える相手じゃない!!」

「隊長!!」

シドは九死に一生を得た気持ちだった。もう一度切り込まれたら絶対にしのげない。ホワイトスネイク隊はシド、ミック、サルムを前線に出した状態でロイコフ達が後方から囲む形になった。今度は影のスピードは止まっている。数も包囲のフォーメーションも完璧だ。あのスピードさえ止めることが出来れば戦うことは決して不可能ではない。ここにいる全員がそう思った。不気味に機体を黒光りさせる影を除いて…。