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Episode26 「戦士の誇り

「みんな、揃ったようだね。じゃあ、始めるよ。」

ミランは部屋に集まった部下たちを見渡すと、ディスプレイに今回の仕事についてのデータを映し出した。その顔ぶれは実に様々だった。カルロスは改めてこの部隊のまとまりのなさを感じる。この部隊が強力なのは各個人の戦闘能力が頭抜けて高いから、ただそれだけである。作戦司令室に少し遅れて入ってきたカルロスは、入り口に一番近い席に座った。既にそこには他に三人のパイロットが集合していた。それぞれ気ままな席に腰を下ろし、各々勝手な姿勢でミランの話を聞き始める。

 遅れて入ってきたカルロスに一瞥をくれて、ミランは話し始めた。一瞬睨まれて肩を上下に小さく動かしたカルロスに、すぐ横の小男が気味の悪い笑みで彼の顔を覗き込んだ。異様に落ち窪んだ目と、その中心に光る黒目の小さい瞳は猿を連想させる。その上猫背で身長は十歳の少年程度しかない。一切の毛がない頭部は異常に大きく、身体部分は未発達のまま成長が止まったようなその姿は不気味としか言えない。聞くものの頭の中に響くような甲高い声も彼を人外の存在と思わせる要因だ。男の名はフラック。戦場でこの男と敵対関係になったとしたら、そのものは屈辱と憤怒にまみれて死ぬ定めになる。機動性を活かし、敵の背後に回り、隙のない攻撃で敵の注意を引く。敵機がその方向に銃口を向けた時にはすでに彼はいない。辺りを見渡した時には別の方向から攻撃を受け、撃破される。戦闘中に開放回線を使ってしゃべりまくり、人を小ばかにしたようなその言動に多くの敵は惑わされ、冷静さを失ってしまうのだ。その視線があまりに不快なものだったので、カルロスはとっさに目を逸らした。その仕草に小男は口に手を当てて音を立てずに笑った。

フラックのすぐ横に座る大男は、椅子が通常のサイズでは身体が納まらず、特注のものを使っている。顔中は何週間剃っていないか想像すらしたくないほどの髭とも髪の毛とも判断できない体毛で覆われていて、醜悪な男の顔を更に強面にしていた。身長はミランよりも更に大きく、横幅もハンパではない。上下を革製品で覆い尽くし、独特の革製品の放つ異臭が漂っている。仮にも作戦会議中であるというのに、片手には特別サイズの酒瓶が握られている。中味はウィスキーだろう。時折それをラッパ飲みしては、げっぷを吐く。その酒の臭いにカルロスは眉をひそめた。この男の名はジャッカル。その名が示す通り、戦場を獣のような俊敏さと獰猛さで駆け回る。この男が戦った後には草一本残っていないといわれるほどだ。そしてそれは決して誇張でないことをカルロスは自身の目で何度も確かめている。一番一緒に仕事をしたくない人間であることは間違いない。

作戦司令室の一番奥、露出度の極めて高いドレスを身につけた女がいる。見た目は美しく、パイロットというよりもどこかの風俗店で働いていそうな雰囲気だが、眼光の鋭さはこの部隊の中で最も際立っている。長い髪をワンレングスでそろえ、常に爪は唇と同じく真紅に塗られている。それが返り血に見えるのは、カルロスが彼女の戦場での戦い振りを目の当たりにしているからかも知れない。女の名はサキュバス。精気を吸い取るように敵をなぶり殺しにすることからついた異名だ。敵VRの四肢をもぎ取り、胸部装甲を引き剥がし、パイロットに直接近接攻撃を加える。彼女のVRだけが戦闘終了後に人間の返り血を浴びて帰還する。整備士たちが毎回出撃のたびに本来の仕事以外に嫌な顔をすることをカルロスは知っていた。普段は落ち着いた色気を振りまく女、戦場ではここにいる誰よりも凶暴な悪魔と化す。戦場で一番誰と戦いたくないか、と問われれば、真っ先にこのサキュバスの名を挙げることは間違いない。

 カルロスが椅子に座ったことを確認すると、ミランは中断された言葉を続けた。

「今回の仕事は今までのものとはちょっと違うよ。説明よろしく。」

「はっ。」

ミランの言葉に軽く頭を下げて返事をし、パイロット達の正面、大きなモニターの前に立った男はもう一度礼をした。上下をチャコール・グレーのスーツで固めた三十歳程度の男で、胸元にはRNAの階級章が光っていた。軍人というよりはむしろ、どこかの企業国家のエリートサラリーマンといった趣だ。仕事の依頼主が直々にこちらに出向くということは、よほど大事な仕事かもしくは彼らの性質をその目で確かめることが目的なのか。神経質そうに手にした電子ボードに細かくチェックが入っている。男は自己紹介から入った。

「初めまして。私はRNAの広報部所属、担当のササラ・デューン中尉です。以後、今回の依頼に関する情報提供や質問の受け付け、報酬の上乗せ要求などは私を通じてRNAと交渉する形になりますのでご了承ください。さて、皆さんは既に今回の依頼内容の概要及び提供されるVRのシュミレーターのデータをお持ちかと思いますが、今から依頼に関する詳細を説明させていただきます。」

ここまでデューンが話し終えたところで、作戦司令室に大きないびきが響き始めた。ジャッカルが酒を煽って眠ってしまったのだ。デューンは戸惑ったようにミランの方を向いたが、ミランはその彼の戸惑いを鼻で笑って吹き飛ばした。

「構わないから、続けてちょうだい。うるさいのが寝ていてくれたほうが話を聞きやすいってものだから。おい、お前たち、あのうるさいデカブツを外に運び出して。」

その声に部屋の外から数人の屈強な男たちが現れ、四人がかりでジャッカルを外に出した。すぐそばで、大きな荷物を廊下に投げ落とす鈍い音が聞こえた。廊下に放り出されたのだろう。扉が閉まらない間、いびきが止まらなかったということは、あの程度では起きないということだ。一連の出来事、ミラン達はこの程度のことを出来事とは思っていないだろうが、を目の当たりにして更に戸惑いを隠せないデューンであったが、気を取り直して、作戦の冒頭から説明を始めた。

「え、ええ、では、作戦の概要をもう一度ご説明申し上げます。依頼の内容はDNAの最新型VRであるHBV−502ライデンの奪取です。RNAは開発元である第五プラント『デッドリー・ダッドリー』との間にこのVRの供給を受ける契約を締結していましたが、『フレッシュ・リフォー』が引き締めを強化したことによってその契約は一方的に破棄されてしまいました。既に私どもRNAは開発費援助の名目で多額の資金を提供しており、この資金の回収が急務となっています。そこで提供した資金の代わりに『デッドリー・ダッドリー』のVR保管用の格納庫群に侵入し、そこにあるライデンを奪うことで現物での回収を行うことが今回の作戦の目的となっております。任務はこのライデン奪取を最優先し、警備の敵勢力の排除は必要な範囲でのみ行ってください。」

手元の電子ボードを見つつ説明をするデューンの言葉に合わせて、彼の背部の大型スクリーンに作戦の大まかな進行表が映し出される。次に、映像はフローチャート式の文字から立体映像の地図に切り替わった。部屋の中央手前に大きな球体が現れる。その一箇所が拡大され、月の裏側にある大規模な格納庫群を映し出した。第五プラント「デッドリー・ダッドリー」の工業地区である。そこから南西に二百キロメートルほど離れた場所に、小型の宇宙巡洋艦が一隻現れる。その巡洋艦は後部に大きなコンテナを牽引している。彼らの搭乗するVR五機はその巡洋艦の下に配置されていた。

「作戦は二つの部隊でスコードロンを形成して行います。ジェノサイダー部隊のみなさんは、この地点からフロントラインとしてVRによる単独侵攻をして、敵警備隊と接触、戦闘をしつつ敵の注意を逸らします。その間に後方から侵攻するバックコアの部隊がこの小型巡洋艦を護衛しながら格納庫に接近、ライデンを奪取します。撤退の際にはバックコア部隊を援護してください。」

「あたしたちだけでも充分やれそうな仕事だけど、今回はしょうがない。ドルドレイを改修してもらった借りもあるしね。VNNが戦闘を生中継するらしいから、精々みんな気張ってちょうだい。」

「作戦こそ共同で実施しますが、VNNの放送時にはジェノサイダー部隊のみなさんを前面に出すことになります。ご安心ください。」

「じゃあ当日は目いっぱい御洒落をしてこいってことね。わかったわ。」

サキュバスはウィンクをデューンに投げかけると、席を立った。そしてさっさと部屋を出て行ってしまう。

「説明はまだ終わっていないのですが・・・。」

困った顔で彼女を呼び止めようとするデューンをミランが止めた。

「いいんだよ。あの娘はみんなわかっているから。最低限のことを確認すればそれで済むよ。」

「そ、そうですか。」

良く見ればカルロス以外のパイロットはもう席に座ってはいなかった。フラックはカルロスの席に移動してなにやらちょっかいを出している。まるで、学級崩壊を起こした教室のようだ。「取り扱い注意」との上層部の指示は間違いなかったようだ。この仕事を担当することになったデューンはこの先彼らのせいで何度も胃に穴を開けることになる。彼の大きなため息がその結果を予想させた。

 RKGは当初の予定通り、HBV−502ライデンの格納庫群に配備されることになった。もう、各機とも持ち場につくために出撃し始めている頃だろう。外部からの侵入や接触を牽制する狙いが主だ。一方その時、隊長のミミーは工場群の監査のために走り回っていた。この第五プラントデッドリー・ダッドリーの工場及び倉庫の数は優に千を超える。その全てに立ち入りをして、ライデン横流しの証拠を掴むという仕事を任されているからだ。とてもではないが、一週間かそこらで終わる仕事量ではない。本来この仕事は第八プラントフレッシュ・リフォーの監査部かその下部組織であるDNAが行うべき業務であるが、その仕事を丸投げされた格好になる。実戦部隊として活動しているRKGに監査の仕事までやらせるというのはおかしな話だが、DNAにはそれだけ余裕がないということだ。先のTAIの大戦「サンド・サイズ作戦」で多くのVRと優秀なパイロットを失ったDNAはその組織の建て直しに必死で、監査などという「雑務」になど力を割けないのだ。そう、表向きの理由はそうなっているが、RKGの兵士たち以外は全て、この一連の監査の真の目的を知っている。それを知らせれば、必然的に彼らの仕事へのやる気は低下するだろう。自分たちが他人の利益を生み出すための「当て馬」に使われることを納得するパイロットはいないはずだ。唯一事情を知っているモーリスは反吐が出るような上層部のやり方に我慢しながらミミーと一緒に工場の内部を見て回っていた。無駄だとわかっていることをやることほど、疲れることはない。モーリスは本気で離職を考える時がきているのだろうか、と膨大な数にのぼるデータカードを接収しながら思った。

 「よう、色男。昨日の夜は楽しんだのか?」

ブリーフィングが終わり、テムジンに乗り込もうと部屋を出た時にデイビットに声をかけられた。軽く振り向いて一瞥を加えると、カインはさっさと歩き出した。それをデイビットが追いかけてくる。

「つれないじゃないか。教えてくれたっていいだろう?」

「別に何もありませんよ。」

そっけなく答えるカインの言葉に偽りはない。そのことが男にとって屈辱的であることも十二分に知っている。二日酔いで気分が優れない上に、不名誉な話題に触れられたら、それこそ業務に支障が出る。デイビットはカインの身体を肘でつつきながら、わざとらしい助平な表情で話を聞きだそうとする。大方、上手くいってもいなくともそれを酒の肴にするつもりなのだろう。

「うそつけ。あの美人とうまくしけこみやがって。撃墜王の異名は何も戦場だけじゃないってか?」

これ以上会話を続ければ、間違いなく彼に笑われるに決まっている。カインは渋い顔を作って昨晩の出来事を無言でデイビットに伝えた。その顔を見てデイビットは片方の眉毛を吊り上げて、眉間にしわを作った。そしてそれ以上カインを追求することはしなかった。それが男の友情というものだ。デイビットはカインの肩に手を乗せて小さく頷いた。

「そうか。まあ、若いときは失敗もある。そう、自分を責めるな。チャンスはまた来る。あ、そうだ。ナスカ少尉。いい薬を知っているんだ。後で俺の部屋にこいよ。それさえあればもう悩むことなんてないぞ。俺はこれで撃墜数を二倍に増やしたんだ。後でお前にも分けてやる。騙されたと思って使ってみろよ。もう、ビンビンだぜ!?」

「お気持ちだけで結構です。先に行きますよ。」

苦笑いを一つ浮かべて、カインはさっさと廊下を歩き出した。興味がないわけではない。むしろその興味は今回の退屈な任務よりも大きい。しかし、問題はそれ以前にあった。ベッドまで持ち込むことすら出来なかったのだ。彼女と入った高級レストランで出されたワインをグラス一杯飲んだだけで彼は完全に意識を失っていた。まともに歩くことすらままならず、ジュリアに肩を貸してもらって何とか自室にまで辿り着いた。その時点で既に記憶はない。今朝、彼女に起こされて初めてその事実を知ったのだ。酒に弱いのは知っていたが、あんなにも強烈に足にくるとは予想もしなかった。ジュリアの介抱を受けてようやく意識が戻った時には既に夜は終わり、朝方になっていた。頭の芯に残る不快な酔いと無残な失態にカインは言葉を失ってただ赤面し、視線を逸らした。そんなカインをジュリアは笑った。しかし、それは決して嘲笑ではなかった。

「かわいいな、君は。いや、本当に。別に馬鹿にしているわけではなく、純粋にそう思うんだ。昨日は残念だったが、また機会があったら食事をしよう。その時はもう少し、『男らしい』ところも見せて欲しいものだな。」

ジュリアはそう言ってカインに水の入ったコップを手渡して彼の部屋を出て行った。彼女の出てゆくのを見届けた後、カインはコップの水を飲み干した。コップを床に放り投げてもう一度ベッドに大の字になって寝転んだ。

「格好悪・・・。」

「ナスカ少尉、発進スタンバイ完了。ナスカ少尉?」

「あ、ああ、了解。」

コックピットの中でカインは知らずに意識が遠のいていたことに気が付いた。キースの通信が二日酔いの頭に響く。カインは頭を強く二、三回振って操縦桿を握りなおした。カタパルトに両足を固定して、テムジンをかがませる。

「何ぼーっとしてるんですか。昨日の夜はさぞかしお楽しみだったんでしょうけど、仕事はしっかりやってくださいね。」

「うるさいな、わかってるよ!カイン・ナスカ、テムジン出ます!」

やっかみにもとれるキースの言葉に昨晩の失態が重なり、カチンときたカインは声を荒げてテムジンを発進させた。

「キース、お前、かわいそうなこというなよ。」

次に発進するのはデイビットのグリスボックだ。

「ルース少尉。」

「あいつ、落ち込んでんだからさ。男として、察してやれよ。」

「落ち込むって、まさか?」

「さあ?おら、デイビット様の発進だ。サイン頼むぜ。」

「あ、はい。どうぞ。」

「デイビット・ルース、グリスボック出る!」

カタパルトの信号が青になるのを見て、デイビットはグリスボックを発進させた。シュミレーター通りの加速が身体に感じられる。良い加速だ。デイビットは先に発進したグリスボック隊の合流地点に機体を走らせた。その光景を見届けて、キースは一人ほくそえんだ。あいつ、しくじったのか。いい気味だ。当分この話題であいつをからかえるな。そんなことを考えながら、キースは次の機体の発進を管制するためにモニターをみた。そこには話題の女性が映っていた。

「ジュリア・ディアス、テン・エイティA、発進準備完了。よろしいかな?」

キースは彼女の冷たい視線にさらされてたじろいだ。聞いていたらしい。

「は、はい、結構です。どうぞ。」

取り繕うように慌てて発進許可を出すキースにジュリアは無表情のまま機体をカタパルトで打ち出した。

 病院の門を潜るや否や、大きな怒声がジョバンを襲った。それも当然の結果ではあるのだが、わかっていてもこの男の怒声は聞く者を著しく萎縮させる。

「馬鹿野郎!!一体どこへ行っていたんだ!?」

「やあハワード。わざわざ門まで迎えに来てくれたのですか?」

何とか誤魔化そうとするジョバンに対してハワードは決して調子を緩めることはない。

「ドクターストップだといっただろう!きちんと医者の言うことをきけ!」

「わかりましたから、怒鳴らないでください。」

顔をそれこそ鼻先がつくほどまで近づけて怒鳴るハワードに、ジョバンは顔を逸らせて両手を身体の前に持ってきて彼の接近を拒んだ。ポケットからハンカチを取り出して唾だらけになった顔を拭く。

「お前の事だ。また何か厄介なことを起こしているんじゃなかろうかと思ってな。」

「まさか、そんなことある訳ないですよ。本当です、信じてください。」

腕組みをして彼の顔をじっと見た後、ハワードはやはり、といった表情を浮かべた。ジョバンの癖など完全にお見通しである。彼は精神科の医者だ。それ以前に、ジョバンの顔を三十年近く見てきているのだ。

「ふん、そんなことだろうと思ったよ。やっぱり何かあるんだな?」

「そういうやり方、嫌われますよ?」

「残念だったな。おまえが俺を首に出来るのは三年後だ。八年間の契約だからな。一体病院を抜け出して何をやっていたんだ?」

ハワードに睨まれて、ジョバンは顔の向きをそらせると、彼と視線を合わせないようにした。

「まあ、こんなところで立ち話もなんですから、とりあえず中に入りませんか?」

ジョバンはもう一度大きく怒鳴られるであろう機会を少しでも先延ばししたくて、時間稼ぎをした。そしてその怒声は案の定、彼の病室から再び聞こえたのであった。

「馬鹿野郎!!一体何を考えているんだ!!?」

あたかも飼い主に大きな声で怒られた犬のように、ジョバンは肩を竦めて小さくなった。

「やっぱり・・・。」

「当たり前だ!そんなことを許可できるわけがないだろう。すぐに契約を取り消すんだ。まだ間に合うはずだ。」

「それは出来ません。」

ハワードに怒鳴られるのを承知で、ジョバンは首を強く横に振った。その力強い拒否にハワードは一瞬、言葉を失った。

「今回の仕事は先の戦いの借りを返す絶好のチャンスなのです。これを逃したら、あのテムジンにいつ会えるかわかりません。それに、プロの傭兵は一度受けた仕事は必ず完遂させるのが基本です。今更断ることは出来ません。」

ハワードはそのジョバンの言葉を最後まで聞いた後、ため息混じりに言った。

「なあ、ジョバン。お前の言いたいことはわかる。だがな、俺は医者だ。医者は患者の身体の安全と生命を守るのが仕事だ。今回の戦いはお前の精神に多大な負担をかけることになる。下手をすれば二度とVRに乗れなくなってしまうかも知れんぞ。そんな戦いにお前を出すわけにはいかないんだ。」

「ハワード・・・。わかってください。あなたにとって患者の命が最も大事なものであるのと同じく、私にとって戦士の誇りとは自分の命を賭ける価値のあるものなのです。ここで逃げてしまっては、私は一生後悔すると思うのです。行かせてください。お願いします。」

ジョバンはハワードに頭を深々と下げた。この、誇りの塊のような男が、だ。人一倍他人に頭を下げることを嫌うジョバンの強い決意は、それを外観から見ただけではわからない「重さ」をハワードは感じた。しばらくじっと彼の目を見つめて考え込んでいたハワードだったが、最後に大きなため息を吐いて降参の旗を揚げた。

「わかったよ。お前の好きなようにやるがいいさ。」

「すみません。」

「ただし、条件がある。」

「あなたに迷惑はかけないつもりです。」

「馬鹿いえ。俺もその戦いに専属ドクターとして参加する。」

「え?」

「お前の身体状況、精神状態を戦闘中も逐一チェックして、何か問題があればすぐに撤退させる。お前の動きは、モニターで一切を監視するからな。覚悟しておけ。」

「ハワード・・・。」

ジョバンは、この男がいるからこそ自分は存分に戦えることを常に認識してきたつもりだったが、この言葉を聞いてそれをもう一度再確認させられた気がした。ハワードは白衣の襟元を正すと、椅子から立ち上がった。

「ふん、わかったら即手術だ。腕の傷を縫合して細胞再生活性薬を投与する。いいな。三日以内に万全にしてみせる。安心しろ。」

「はい、ドクター。」

ジョバンは強く頷く。その肩をハワードは軽く叩いた。当然、怪我をしているほうの、だ。飛び上がるようにして痛がるジョバンにハワードは豪快な笑いで答えた。