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Episode27 「侵攻、ジェノサイダー

 ここ、南米大陸の遺跡では、静かな戦いが繰り広げられていた。アベルのアファームドの端末を使用して無線でネットワークに接続し、DNAのセキュリティーを掻い潜ってアンダー・グランドからRNAの本部連絡先を探ろうという作業が始まっていた。作業をするのはアベルと、それを補佐するジョナサンだ。二人とも、各々VRのコックピットの中で黙々と、そして驚異的な速度でタッチパネル式のキーボードを叩いている。終始無言で行われるその作業は、それらの知識に全く乏しいヴァイスとランには異様な光景に映った。何もわからないのだとしたら、その場で二人を見守っている必要などない。ヴァイスはVRのコックピットを降りて、外に出た。不思議とここの空気は澄んでいる。日は傾き、夕焼けがあたり一面を照らし出し、その夕日はこの遺跡一面に広がっている浅い湖の水面に反射して、昼間とは異なる美しい表情を見せる。その光景は美しくもこれから訪れる夜を予感させる怪しい魅力で、見るものに性的誘惑に似た興奮を覚えさせる。それはあたかも、女が昼の顔から夜の顔へと変貌するかのようなギャップがあった。ヴァイスはそんな変化を楽しみながら、大きく深呼吸をした。空気がうまい。この時代、マスクなしで空気を吸える場所など地球上のどこにもないのが常識となっているが、どうやらこの場所は例外のようだ。ふと、横を見ると、ランも外へと出てきている。アベルが全く構ってくれないので、あきらめて仕方なくヴァイスの側にいくことにしたらしい。ランはきょろきょろと落ち着きなく周りを伺っている。一人でいるのはどうも不安になる。別に寂しさや、孤独感にさいなまれている訳ではない。感じるのだ、視線を。誰かに見られている。さっきからそんな感覚が彼女を支配している。しかし、視線を感じて振り返ったときには、誰もいない。その度にランは首をかしげた。その様子をみて、ヴァイスが話し掛けてきた。

「お前さんも感じるか?」

「え?」

「何となく誰かに見られている感じがする。そうだろう?でなきゃ、こんな見晴らしのいいところで夕日を前にきょろきょろするはずがねえ。」

「あんたも感じてたの?」

いかにも意外である、というような彼女の言い方に、ヴァイスは少し引っかかったが、そこはぐっと我慢した。

「大丈夫だ。殺気は感じない。敵じゃないようだ。」

「そんなことまでわかるの?MSBSもなしに。」

「当たり前だろう。こんな露骨な視線、気が付かないほうがおかしい。他の二人もとっくに気がついている。正体はわかんねえが、殺気を感じない以上、放っておいても害はない。」

「すっご〜い!そんなことまでわかるんだぁ。」

ヴァイスはランの言葉に膝を折りそうなほど脱力感を覚えたが、実際には眉をしかめる程度にしておいた。この手の女はこっちが下手に出たり、おどけたりすると調子に乗るタイプだと直感で感じていたからだ。

「ったく、緊張感があるんだか、ないんだか・・・。」

「なによう!あたしだってこの状況ぐらい理解して・・・。」

ランの言葉はヴァイスの携帯端末に入ったアベルの荒々しい声でかき消された。

「ヴァイス!失敗だ!セキュリティーに引っかかった!すぐにこの場所から離れるぞ!」

その事実の報告に、わかってはいても残念だという反応をせざるを得なかった。そもそも敵部隊の勢力下において、無線でネットワークに侵入しようということ事態が度台、無理な話なのだ。無論、他の方法がなかったことは確かだ。どちらにしても、この場所に留まっていることに、一切の価値はない。

「さて、しょうがねぇ。また、悲しい逃避行の始まりだ。」

ヴァイスはそうつぶやいてヘルメットをかぶると、自分のVRに向かって駆け出した。その後姿を、少し遅れてランも追う。何となく、このまま置いていかれるのではないかという強迫観念に駆られたからだった。そして、それは、危うく現実のものとなりかけるところだった。

「ちょっと!置いていくってどういうことよ!?」

ランの強烈な反撃がアベル達三人の耳を貫いた。本当に右の耳から入った音が左の耳へ抜けそうなほどの金切り声だ。三人は揃ってその声に顔をしかめた。

「悪いが、俺たちはDNAに捕まるわけにはいかないんだ。無事に帰還すればRNAの正規兵として登用されることになっているからだ。」

「それに、連れて行きたくても、あなたを連れて移動する手段がないんです。まさか、アファームドの手のひらに乗っていくわけには行かないでしょう?」

「そういうこった。お前さんは俺たちと違って普通の傭兵なんだから、DNAの連中が来たら投降すればいい。そうすりゃ、向こうで身の安全は保障してくれるはずだ。」

明らかに言い訳としか取れない三人の言い分に、ランはその裏にある感情を素早く感じ取って鋭く指摘した。大体、男というものは、女に本音を突かれると弱いものだ。

「そんな適当な事言って!本当はあたしが邪魔なんでしょう!?わかるんだから。最初助けてくれた時とあたしが傭兵だってわかった時とじゃ、露骨に態度が変わるし、今だって、足手まといだから置いていこう、って思ってるんでしょう!」

「う・・・。」

アベルは返答に困り、横にいるヴァイスを肘で軽く突いた。女に関しては扱いの慣れているヴァイスに押し付けようという、およそリーダーらしからぬ卑怯な魂胆だ。そのアベルからの信号に、ヴァイスはそのままそれをジョナサンに回した。ジョナサンは二人の責任転嫁に、物凄い勢いでまくし立てているランを横目に抗議した。

『そんな、ずるいですよ!二人とも!僕だって・・・。』

『こういう処理は後輩がやるもんだ。任せたよ、ジョナサン君。これも勉強だと思って。』

『ヴァイスさん!アベルさんまで、シカトしないでくださいよ!』

「ちょっと!!あんたたち、聞いてるの!!?」

三人は慌てて彼女を見ると、ぴんと背筋を伸ばして無言で何度も頷いた。

「それにね、捕虜と称して捕まって、男どもに散々乱暴された挙句に殺された女兵士の数は、限定戦争が確立されている今だって毎年百人以上いるんだよ!?それだって、事件になったのは氷山の一角で、本当はその十倍の数の女兵士が殺されているんだから!!それをわかって『投降しろ』なんて言うの!信じられない!!」

ランは噴火した火山のように烈火の怒りを爆発させたかと思うと、今度はわざとらしく両手を胸の前で組んで見せて空を見て目を潤ませる。

「こんな可愛い女の子を、一人置いてけぼりにして、DNAの連中に引き渡そうなんて・・・。ああ、私はこんなところで野蛮な男たちに乱暴されて、無残に死んでいくのね。そうしたら、私は悪魔に誓ってこの三人を末代まで呪い殺してやるわ!」

「わかった。わかったから、もうやめてくれ。」

アベルは遂に降参した。こうまで言われてしまっては、連れて行かざるを得まい。ランも当然それを狙っていたのだが。さっきまでの怒りはどこへやら、ランは急に態度を軟化させ、アベルに擦り寄るように近づいた。

「ありがとー!!うふっ、絶対そう言ってくれると思ってた。あなたは女の子を見捨てるような人じゃないもの。最初からわかっていたわ。」

あまりに調子の良いランに、ヴァイスもジョナサンも、ただただ呆れるばかりだった。いや、戦場で女が生き残るにはこれくらいのしたたかさがあって丁度良いのかも知れない。三人は、どうにも納得のいかないもう一人の正直な自分を、そうやって強引に説得することにした。そして、その後はなるべく深く考えないように努めた。

 月の裏側、太陽の光が当たらないこの一帯は完全な闇の世界だった。周囲の凍てつく空間は生命体がこの星に存在すべきではないことを明確に事実として示している。極限まで冷やされた僅かな空気は、その一帯に鳴る甲高いVコンバータの回転音を良く響かせた。複数のVコンバータの回転音が重なり、奇妙な音楽を奏でているかのようだった。五機のVR部隊が整然と隊列をなして一直線に侵攻している。

 そのVRは極めて特異な形状をしていた。全長は低く、頭部は平らで全体的に横に広い。左右の腕はマニュピレーターではなく、右腕にクローアーム、左腕はドリルになっている。かつて第一世代VRの中ではテムジンに次いで評価の高いHBV−10−Bドルカスの後継機、ドルドレイだ。この機体は圧倒的な重装甲と強力な格闘戦能力で、後にDNAを恐怖の底に叩き落す存在となる。しかし、良く見ると五機のうち隊長機と思われる先頭の機体以外の四機は各々両腕の装備が異なっている。この時点でドルドレイの開発そのものは実戦テストを残すのみ、という段階にまで来ていることは確かだった。恐らくこれらの機体は本格的な量産を行う前段階において、複数の候補のうちどの武装が最もこのドルドレイに相応しいか、そのデータを収集する目的の為の試験機であると思われる。

「みんな、準備はいいかい?」

先頭の機体、赤を基調としたドルドレイが通信回線をひらいた。話し始めた男は野太い声に似合わない女性言葉の使い手であった。この部隊「ジェノサイダー」の隊長、ミラン・カヤーノだ。

「いつでもいいぜ、ミランの兄貴。はやく壊させてくれ!」

今にも通信用のマイクにかじりつきそうな勢いでジャッカルが吠えた。ジャッカルはVRを走らせながら、機体の両腕をコックピットの正面でぶつけた。ジャッカルの機体は右腕が巨大な手になっており、その先には鋭い爪が光っている。そして左腕は通常のドリルを遥かに上回る直径のそれであった。完全に格闘戦に特化した仕様だ。無意味に入っている気合いを和らげるように、隣のカルロスがたしなめた。

「待てよ、ジャッカル。お前はいつも必要以上にぶっこわしちまうからな。今回の作戦の目的、もう一度言ってみな。」

「ここいら一帯を更地にすりゃあいいんだろ?」

あまりに大ざっぱな答えにミランはため息をついた。この性格、というより理解能力の問題だが、にはいつも苦労を強いられる。こいつの暴走のおかげで手のひらから逃げていった報酬で軽くVRの整備部品が一式揃う。

「うひゃひゃひゃひゃ!このバカゴリラ!だから単細胞だっていうんだよ。」

「何!!?」

コックピットの中で両手の親指を頬に当ててジャッカルをからかったのはフラックだ。わざわざ通信をしてくるあたりが、この男もまた懲りていない。大抵、ジャッカルはこの男に馬鹿にされて頭に血が上り、暴走するのだ。しかし、それがフラックの性分であるから、やむを得ない。人を食ったような態度が敵に冷静さを失わせる、という効果も生んでいる。一長一短というところか。彼にとっては狭すぎるコックピットの中で、血管を浮き出させて怒り狂うジャッカルは、そのまま方向転換をしてフラックにくってかかりそうな勢いであった。そこをミランは一喝のもとに静めた。

「おやめ!いいかい、ジャッカル。今回はデッドリー・ダッドリーの新型ライデンを丸ごと頂くのが目的よ。VRを奪って逃げるとなればうちらの船を近づけなきゃならないんだ。ということは、よ。邪魔な見張り連中を先に片付ける必要があるってことさ。大事なお宝が傷つかないように接近戦で仕留めるんだよ。わかったかい?」

「要はあんたの一番得意なやり方で敵を仕留めればいいのさ。好きだろ、一匹ずつなぶり殺しにするのは?」

ミランの言葉に彼の好みそうなシチュエイションを想像させるように甘い声で言うのはサキュバスだった。そのサキュバスにカルロスは突っ込みをいれた。

「それが好きなのはあんただろ?ジャッカルは相手が痛みを感じる前に殺しちまうからよ。ある意味慈悲深いぜ。だが、あんたは違う。獲物が死ぬまでじっくりといたぶってから殺すからな。」

カルロスの言葉にサキュバスは舌なめずりをして微笑んだ。

「それって誉め言葉よね?ありがとう。嬉しいわ。」

「この中で一番イカレてるのは、あんただってことだよ。そんぐらい気づけよ。うひゃひゃひゃひゃ!」

およそ作戦前とは思えない雰囲気の「ジェノサイダー」に外部から通信が入った。後方で控えているバック・コア(指揮官機)からだ。モニターに映し出された女の美貌はゲイであるミランをしてため息を出させた。本来、美しいものや芸術には敏感で様々な文化に精通する彼だが、彼女の美しさには免疫力を持ち得なかった。

「ひゅう、あたしよりも奇麗な女がいるとは驚きね。さっきはヘルメットを被っていたから顔がわからなかったけど、あたしは美しいものは男も女も好き嫌いはないんだ。」

「ありがとうございます。そのお言葉、素直に受け止めることにします。」

その美貌の女は極めて事務的に頭を下げると、すぐさま作戦内容の最終確認を行い始めた。

「さて、今回の任務ですが、もう一度確認します。まず、私たちバック・フォースは後方で待機、あなた方のフロント・ラインがプラントの護衛部隊に強襲をかける。その後バック・フォースはフロント・ラインの切り開いたスペースを抜けて母艦を護衛しつつプラントの倉庫群へ侵攻、HBV−502ライデンを奪取します。母艦を倉庫に近づけてVRを搬入するまでの間、あなた方には敵警備部隊の足を止めてください。VR奪取後は敵勢力の状態に関わらず、速やかに撤退します。よろしいですか?」

「了解、任しておいて。まあ、あんたたちが到着する頃には敵部隊は全滅させておくから安心しなさいよ。」

「頼りにしています。」

「んじゃ、まあ、ちょっくら行ってくるわ。野郎ども、いくよ!!」

五機のドルドレイはミランの気合の入った号令の元、一気に加速していった。その光景を後方からモニターしていたバック・コアの機体、フェイエン・ザ・ナイトの姿がある。そのコックピットで彼らの侵攻を見守る女がいた。ローズだ。半ば呆然とモニターを見ていた彼女に母艦である「デルタ」から通信が入った。

「ローズ、よく言えたな。上出来だ。ライデン強奪は彼らに任せて、今回の作戦ではフェイエン・ザ・ナイトのバック・コアとしての性能をテストするのが目的だ。ローズ、お前自身は必要に迫られない限り戦闘行為はなるべく行うな。あくまで後方からの指揮に徹するんだ。わかっているな?」

「はい、博士。」

白衣を着た彼女の上官であろう男は、そこまで強い命令口調で話したが、そこから先は恋人に語り掛けるような柔らかな、甘い声で言った。

「今回はお前に身の危険が降りかかることはまず、ないといっていいだろう。気を楽にしていきなさい。終わったら一緒に食事にいこう。」

「はい・・・。」

白衣の男はそこまで言って通信を切った。彼の側にいた人間たちは彼ののろけた言動に羨望半分、あきれ半分で聞いていた。しかし、誰も何もいうことはなかった。それだけこの艦内での彼の地位が高いことを指す。もっとも、この場合は誰も彼に対して意見する気にもならないだろう。言ったところでさらにのろけを見せつけられるだけだからだ。

 博士とよばれた白衣の男を乗せた戦艦「デルタ」はバック・フォースの待機する月面のちょうど真上あたりに位置していた。この戦艦「デルタ」は第四プラント「TSCドランメン」がRNAに供給している戦艦では小型の部類に属する。小型といってもVRを三機まで搭載が可能なほどの大きさは有している。全長約五十メートル、左右に長くせり出したカタパルトデッキは通常兵器の発進に使用していたものを急遽改造してVR専用にしてある。比較的旧型で既に「商品」としての耐用年数は終わっているが、小型ゆえの小回りの良さと安価な価格がこの戦艦をいまだ現役で活躍させている。その後ろには戦艦本体と同じ程度の大きさのコンテナが牽引されている。奪ったライデンをこの中にいれて運ぶつもりのようだ。デルタのブリッジからは月面がはっきりと見える。それはガラス張りではなく、一度カメラで捉えた映像をブリッジ内部のモニターに投射しているのだった。故にブリッジはあたかも月面の上空に浮かんでいるかのように見える。足元に展開するVR部隊を男はじっと見つめる。その視線に気が付いたのか、フェイエン・ザ・ナイトはデルタの方に頭部を向けると、携帯しているソードを高く振り上げた。それがバック・フォースの発進合図になり、ローズ率いる部隊も月面の上を彼方へ疾走していった。

 同時刻、デルタの展開する空域から西に百キロメートルほど離れた場所に、一機のVRと、大型のフライトユニットがあった。ジョバンの駆る機体「サタン」とそのサポートユニットである。作戦は既に開始されているが、ジョバンはそこを動こうとはしなかった。彼の狙いはあくまでテムジンただ一機。それまではなるべく力を温存しなくてはならない。この機体に与えられた限界活動時間はあまりにも短い。おそらくフル稼働で一分と持たないだろう。敵部隊にぎりぎりまで一般設定で接近して、直前でMSBSを起動、三十秒以内で決着を着ける。無謀ともいえるこの作戦を立案したのは他でもない、ジョバンだった。それ以上の戦闘行為は機体とパイロットの精神両方を再生不可能なまでに自壊させてしまう。一般設定ではまだ「エビル・バインダー」は起動していない。コックピットの外側に装着された対精神干渉防護装甲を取り付けてあるため、今は落ち着いている。だが、これはMSBSの起動と同時にその意味を失う。エビル・バインダーが発動された状態では、いかなる精神干渉に対する防具も全く役に立たない。何度かサッチェル・マウスの訓練場でテストを行ったが、その時の起動時間は二十秒にも持たなかった。だが、その二十秒間は凄まじいまでの動きを見せた。ジョバン本人も撮影された映像を見て自らの操縦に恐怖したほどだった。訓練場におかれた目標は遠隔操作の旧式VR八機だったが、その全てを破壊し終えるのに、十五秒を切った。残りの数秒間は満ち足りない破壊衝動に辺り構わず攻撃した。緊急停止機能の発動で、MSBSが強制的に落とされ、ジョバンとサタンは自壊を免れた。今、緊急停止機能は三十秒に設定されている。これは、ジョバンとサタンが自壊を始めるまでの事実上の限界時間である。その後は一般設定に切り替わるが、エビル・バインダー起動による疲労とMSBSのダウンによって敵部隊とまともに戦える可能性は万が一にもない。つまり、ミスは許されないということだ。

「わかっているな、ジョバン。三十秒だ。それ以上はお前もサタンも耐えられん。それまでに決着を着けるんだ。」

しつこいまでの忠告にジョバンは半ば辟易としながらも、「了解」と答えた。その答え方がいかにもおざなりだったので、ハワードは少し癪に障ったようだったが、ジョバンは気にせずに一方的に通信回線をオフにした。戦いはもうすぐ始まる。ジョバンは一度深呼吸をすると、目を閉じてレーダーが彼の出番を告げる時を待った。