BACK

Episode29 「激突・前編

 デイビットはレーダーに映るミサイルの反応が敵機に到達する前に消えたのを見て小さく舌打ちをした。こちらの攻撃を察知して、ミサイルを迎撃した敵がいるようだ。先ほどの一斉射撃でグリスボックとベルグドルのミサイルは底をついていた。

「あーあ、あんなに沢山撃ちまくって、ただの一機も撃墜できないなんて。情けないね」

リンの歯に衣着せぬ言葉にデイビットは奥歯を強くかみ締めた。悔しいが言い返せない。だが言葉とは裏腹に、リンはライカとテン・エイティとを率いてクレーターの淵に防衛ラインを築いて射撃体勢に入った。グリスボックの補給が完了するまでここで敵の侵攻を食い止めなくてはならないからだ。

「ほら、はやく弾薬を補給してきなよ。それともあたしに任せて後ろで休憩してる?」

「うるせい!待っていろ!今度はやつらの顔面にありったけぶちまけてやる!」

デイビットは小隊を率いて全速力でライジング・キャリバーに戻り、艦外に設置されている弾薬補給用のコンテナに接近した。デイビット以下グリスボック隊が近づくと、ミサイルをその一本腕に抱えた作業用アームが待ち構えていた。デイビットがミサイルランチャーのハッチを開き、規定の場所にオートで機体を寄せる。素早い作業でランチャーにミサイルが積み込まれていく。その時、キースから通信が入った。

「敵VR、識別反応でました。識別信号赤、RNAです!依然、こちらに向かって進攻中。あと二十秒でテン・エイティの有効射程内に入ります。迎撃してください!」

「まかせといてよ!」

リンはキースの報告に歯切れの良い返事を返すと、ヘビーランチャーを機体の右肩に担ぐように構えて照準をセットした。真正面から進攻してくる標的に対して狙いを定めると、ロックオンサイトを合わせてトリガーを引いた。

「いただき!」

リンの射撃に追従する形で一斉射撃が始まる。帯状に伸びる強力なレーザーの弾幕が、敵部隊の進攻路を塞ぐように突き進んだ。しかし、敵は回避行動を一向に見せない。それどころか、進路を一切変えずにビームの火線に突っ込んでくる。

「馬鹿じゃないの?自分から突っ込む・・・」

リンの嘲笑は、急角度に捻じ曲げられたビームの光の帯によってかき消された。一斉に放ったRKGの攻撃の全てがことごとく敵の装甲に弾き返されたのだった。いくらテン・エイティの小型ランチャー「CGS」が第二世代VRのVアーマー機能に対して効果が薄いといっても、これだけ集中させれば無事ではすまないはずである。しかし敵機はダメージを受けるどころか、更に進攻速度を上げている。リンは思わず息を呑んだ。

「どうなっているの?こんな近距離でこっちの攻撃を全部弾くなんて・・・」

動揺して浮き足立ったRKGに対して、敵機は容赦なく攻撃を仕掛けてきた。最前線を構成している五機のVRが同時に灼熱の弾丸を撃ちだして来た。それは防衛ラインのクレーターの側面にあたって爆発を起こした。その爆風はテン・エイティを数メートル後退させるほどの威力だった。直撃であれば、Vアーマー機能のない旧式VRは一撃で吹き飛んでしまうだろう。リンは機体をクレーターの窪みに隠れるように屈ませて、その体勢からもう一度攻撃を放った。今度は先ほどよりもかなり距離が近い。しかし、リンの攻撃は華麗な機体さばきで回避されてしまった。そして敵機はそのまま小さなクレーターに身を隠し、動かなくなった。あれほどの重装甲では機動的な動きなどまず不可能である。攻撃を先読みしていなければ、あんな回避はできない。リンは直感的に敵勢力が新型VRの性能だけではなく、強力なパイロットを搭乗させている事を感じ取った。敵の力量を僅かな動きから感じ取ることは、彼女の優れた能力のひとつだ。

「ただのでくの棒じゃないってことね。手ごたえありそうじゃん」

上唇を軽く舐めて、リンは不敵な微笑を浮かべた。久々の本格的な戦闘に彼女の心は躍動していた。防衛線になっているクレーターの窪みから機体を飛び出させる。そのリンに敵VRの後方から接近してきたウィングポジションのサイファーが、リンの右側面からバルカンによる牽制攻撃をしてきた。その攻撃に対して、リンはボムを投げて爆風の壁を作り、一直線に新型VRに向かって突撃した。その突撃をライカが支援する。サイファーをリンに近づけないように牽制しつつ、新型VRにヘビーランチャーを立て続けに撃ち込む。敵部隊は先ほどよりも若干機体同士の間隔を広めにとってその攻撃を急停止して回避すると、その場からロケット弾を撃ち返してきた。機体を屈ませながら右方向に移動してロケット弾をかわすと、照準を再びサイファーへ変更した。まずは側面から攻撃されるのを防ぐことが優先だ。ライカはテン・エイティにリンへの援護射撃を任せると、サイファーに向かってヘビーランチャーを発射しながら接近した。ライカの心臓はこれまでになく高まっていた。本格的なシュミレーターを何度も経験し、高い成績を挙げてきている彼女だったが、実戦がこれほどまでに訓練とは違うものだとは初めてわかった。精神への圧迫が訓練の非ではない。文字通り実戦、一発でも直撃を受ければ即、それは死である。そのことの重みを、今彼女は知識ではなく直感で感じていた。自然と息が乱れてくる。訓練どおり戦えば必ず勝てる。幾度となく教官から言われた訓練場での言葉を口の中で復唱して、ライカはテン・エイティAを突進させた。

 ミミーはライジング・キャリバーのカタパルトデッキにライデンを上げながら、コックピットの中でキースから状況報告を受けていた。すでにMSBSの起動準備は終えている。

「現在、五機の新型VRと先日遭遇した高機動VR『サイファー』一機、合計六機がこちらの部隊と戦闘を開始しています。先ほど、メイシャン准尉がテン・エイティ部隊を率いて一斉攻撃を行ったのですが、直撃にもかかわらず、全く効果がなかったとのことです」

ミミーはその報告内容に眉間にしわを作った。

「そんなに重装甲なの、新型は?」

「従来の常識では考えられないVアーマーを持っているようです。Vコンバータ反応値もアファームドを大きく上回っています。ひょっとしたら、ライデン以上かもしれません」

「相当、堅そうね。マルファス?」

ミミーは通信でマルファスを呼び出した。左サイドモニターにマルファスの顔が映る。

「はいよ。あれ、まだ出撃してなかったの?」

「ねえ、ライデンのバズーカって、あったわよね?」

「ああ、納品された時にオプションでついてきた奴?あれを使うの?」

「今それ出せる?」

「無茶言わないでよ。整備もろくにしてないよ。そのまま使ってもあたりゃしないって」

「何とかならない?」

「あのね・・・。わかった、やればいいんだろ?」

「ありがと、感謝しているわ。整備が終わり次第、カタパルトでうち出して」

「期待しないでよね。戦闘時間内に整備が終わるなんて保障、どこにもないんだから」

「あなたなら絶対やってくれると信じているわ」

「勝手なことを・・・」

ミミーの微笑みに、苦虫を潰したような顔でマルファスは通信を切った。無茶な注文は毎度のことでマルファスも慣れている。しかし、今回はさすがに少しきついようだ。ミミーとマルファスのやり取りを呆気に取られて聞いていたキースにミミーは次の質問を浴びせ掛けた。

「グリスボック隊の弾薬補給はどうなっているの?」

「え、ええと、現在、約三十パーセントほどです。全機に補給が完了するまで、あと五分ほどかかる予定です」

「三分で終わらせるように言って。それまで私は単機で敵部隊に切り込んで侵攻を止めるから、補給が終わったら知らせて。そうしたら核ナパームで敵を殲滅する!」

「了解」

ライデンが船体の前方のカタパルトデッキに姿を現した。ミミーはジャッキが一番上まで上りきる前にマニュアル動作で両足を動かして、ライデンをカタパルトに乗せた。ライデンの足底にカタパルトのストッパーがロックされた瞬間に勢い良く飛び出す。補給の真っ最中であるグリスボック隊の上空を通過し、そのままテン・エイティが展開している位置までブーストを吹かしてジャンプした。ライデンの両足が月の大地に着地した時に、その重量が周辺に軽い振動を伝える。それがRKGにとって指揮官の到着を告げる合図になった。すぐにミミーはテン・エイティの先頭に立ち、クレーターの窪みを越えて敵機に接近を開始した。

「サルペン中尉、ご注意ください。敵は強力な装甲とVアーマーを持っています」

ライカの通信がミミーに入ってくる。その忠告に頷いてミミーは機体の加速を上げた。

「わかっている。私がメイシャン准尉を援護に向かう。あなたたちは死にたくなければ後方からの援護に徹しなさい。援護はランチャーを使わず、全てソードウェーブとパワーボムにすること。いい?」

そういうと、ミミーは敵部隊にライデンを近づけて接近戦を挑んでいるリンの側のVRにフラットランチャーを撃ちこんだ。

 

 

 カルロスは意外にも積極的に接近戦を挑んできた敵に捕まり、苦戦していた。旧式VRばかりと思っていたが、この機体は違った。機敏な動きとアファームドクラスのパワー、そして何よりパイロットの腕が良い。既に敵は大型のランチャーを捨て、そこから分離させた小型のランチャーにソードを形成し、斬り込んでくる。しかも、ただ斬り込んでくるだけではなく、それをフェイントにしてライフルやボムでも攻撃してくる臨機応変さを持ち合わせている。ジェノサイダー部隊はそれ自体にまとまりがない為、窮地に味方が追い込まれても援護する者は誰もいない。常に自分ひとりで危機を切り抜けなくてはならないのだ。以前であればカルロスもそんな状況にむしろ興奮さえ覚えていたが、今はとてもではないがそのような無鉄砲さはない。はやく敵との距離を離して射撃戦に移行しなければ。例え一騎打ちにて勝ったとしても、ビームソードで斬られればいかにドルドレイでもダメージは必至だ。中距離以上でなければドルドレイの重装甲とVアーマーを活かせない。

「おわあぁ!?」

不意に側面からロックオンされ、コックピット内に警報が鳴り響く。とっさに機体をバックステップさせたと同時に、強力なビーム砲がドルドレイの鼻先をかすめていった。ビーム砲の飛んできた方向を見ると、新型のライデンがこちらにむかってランチャーを連射しながら突進してくる。真紅にカラーリングされた最新型ライデン、どうやら指揮官機のようだ。あれがうわさに名高い「ミミー・サルペン専用ライデン」だろう。その隙を狙って、テン・エイティAがバックステップしたカルロスの左側面を追いかけるようにして回り込み、背後からビームソードで斬りつけてくる。

「くらいなよ!」

偶然にも距離が極めて近いことが、相手の叫んだ声を無線で拾った。女だと?

「どうして俺ばっかり狙うんだよ!もてるのはステージの上だけで充分だぜ!!」

カルロスはバックステップ動作を強制キャンセルし、操縦桿を左右に開いて飛び上がった。バックステップの慣性をそのまま活かして後方へジャンプし、着地と同時に右腕のファランクスユニットを開いて火柱弾とナパームを放つ。回り込むその先に置いておかれるようにして火柱弾を撃ちこまれたテン・エイティAはその場で急停止し、一度後方へと引いた。カルロスはほっとした瞬間に殺気を感じて左に回避した。太い二本の光の帯が火柱を突き抜けてカルロスを狙ってきたのだった。

「あぶねえ。いくらドルドレイでも、さすがにライデンのレーザーを直でもらうのはやばいぜ・・・」

攻撃は回避したが、危機を完全に脱したわけではない。更なる追撃がカルロスを追い詰める。続けて繰り出されたライデンのフラットランチャーによる射撃を大きく左に回りこんでかわすと、小さなクレーターの窪みの影に隠れ、その位置から山なり軌道でハンマーの射出体勢に入った。そこにリンのテン・エイティAが突撃し、至近距離でランチャーを右側面から撃ち込んでくる。今度はかわせない。カルロスは本能的にハンマー射出をキャンセルして機体を屈ませた。屈んで回避するつもりだったのか、直撃でも重心を下げることで安定性を高めて転倒を防ぐつもりだったのか、カルロス自身定かではなかった。それは正にカルロスの戦士としての本能だったのだろう。ドルドレイを襲ったビームはもはや互いの間合いが二百メートルとない至近距離であったにも関わらず、それを全て弾き返したのだった。これにはカルロスも驚いた。

「なんて装甲だ。ドルカスだったら完全にやられていた・・・」

これで立場は逆になった。突撃をしてきたVRは攻撃のフォロースルーの最中で隙だらけだ。このタイミング、チャンスを逸する彼ではない。

「終わりだ!」

先ほどキャンセルしたハンマーを低姿勢から打ち出した。勢い良く飛び出したハンマーがテン・エイティAの胴体に直撃し、大きく吹き飛ばす。確かな手ごたえがあった。

「やったか!?」

「きゃあああ!!!」

月の弱い重力の影響か、まるで浮き上がるようにして飛ばされるテン・エイティAの中で、リンは身体をコックピット内で何度も打ちつけた。姿勢制御のために操縦桿を握ろうとするも、Gの影響でまともに操作できない。このままでは戦線を大きく離脱してしまう。その時、回転しながら飛ばされるリンを誰かが背中からしっかりと受け止めた。その軽い反動でリンはもう一度正面モニターに頭をぶつけた。

「大丈夫か、ヴァルキュリア三号機」

受け止めたのは、ジュリアのテン・エイティAだった。ブーストを最大に吹かして慣性に逆らい、その場で停止するとそのまま静かに地面に着地する。

「ちょっと、もう少し優しく受け止められないの?」

リンは悪態をついたが、映っているモニターの表情を見る限り、感謝しているようだ。

「機体の損傷はどうだ?」

ジュリアの冷たい質問にリンは感謝の表情から一転、顔を曇らせた。あたしの身体はどうでもいいのかよ。身体の各部位にできたあざを手でさすりながら機体の状況を調べた。胸部装甲をえぐられているが、本体の機能には影響がない。もともとアファームドのスケルトンを流用しているので、頑健さは折り紙付だ。

「大丈夫みたい。まだやれるよ。あいつに借りを返さなきゃ」

そう言ってもう一度、敵部隊に接近しようとしたリンの機体の腕をジュリア機が掴んで止めた。

「よせ。ここはサルペン隊長に任せるのだ」

「冗談でしょ?あいつはあたしが目をつけたんだ。あたしの獲物だよ!?」

つかまれた腕を振り切って、ブーストダッシュをかけようとするリンをジュリアは小型ランチャーのソードを突きつけて制止した。

「最後まで聞け、メイシャン准尉。あの敵部隊は囮だ。後方から主力部隊が大きく回りこみながら接近してきている。敵の目的はライデンを強奪することだ。我々バッドムーン小隊がそれを阻止するのだ」

「わかったから、ソードを突きつけるのはやめてよ」

「ならばついて来い。ヴァルキュリア二号機と合流するぞ」

ジュリアはリンの目の前でソードを縦に強く振り下ろし、そのままエネルギーをオフにした。リンは二、三歩後ずさりして凄むジュリアを警戒した。本当に斬りつけかねないな、この小隊長さんは・・・。この間の恨みもあるだろうし。だが、そんなリンの感情など気にもとめない様子で、ジュリアはフルブーストで戦線に向かって駆け出した。

「了解・・・」

横目でジュリアが通り過ぎるのを少しの間睨んだ後、リンも全速力でそれに続いた。

 

 カルロスとミミーは互いに決定的なチャンスを得られないまま、戦いは膠着状態になっていた。ドルドレイの装甲とパワーをもつカルロス機だが、武装はドルカスのそれを改修したものなので、新型のライデンに対して完全に有効な兵器としては機能しなかった。何発か火柱弾やスプレッドショットが命中しているが、ライデンの装甲の皮一枚を傷つけるに過ぎず、撃破するほどのダメージには程遠い。一方、ミミーも格闘戦といえるこの距離でも主力のフラットランチャーが弾き返されてしまうという事態に戸惑っていた。高威力のフラットランチャーだが、なにぶん攻撃が直線的で回避されやすく、またビーム兵器ゆえに強力なVアーマーの前にはその威力を発揮する前に弾かれてしまう。グランドボムとレーザーで攻撃をしているがボムは決定的なダメージにはなり得ず、レーザーは敵の巧みな回避術のために命中しない。そこにキースからの緊急通信が入る。緊迫した彼の声が悪い知らせであることを感じさせる。

「サルペン中尉、敵主力部隊が八時の方向から高速接近中!テン・エイティ隊は新型VRに捕まって動けません!迎撃をお願いします!」

「増援!?後方からの部隊がもう到着したの?まずい、まだグリスボック隊の補給が終わっていないし・・・。どうする?くっ!」

考えている暇を与えてくれるほど、敵は慈悲深くなかった。隙のない攻撃を途切れることなく繰り出し、すぐに位置を変えて連携攻撃をしてくる。戦い方こそ消極的だが、操縦技術は大したものだ。それに、この部隊が囮だとしたら、こちらの注意を引き付ける最も効果的で安全な行動だ。着かず離れずの敵にミミーは苛立ちを募らせた。これでは一向に埒があかない。はやく敵主力部隊を迎撃しなくては・・・。

「サルペン中尉、迎撃は我々バッド・ムーン小隊に任せてくれ」

「ディアス中尉?」

「テン・エイティの火力では新型VRの進攻を止めることは不可能だ。グリスボック隊が補給を中断して迎撃に出た。我々は三機で敵の主力部隊を叩く!」

「任せたわ。天才の実力、見せてもらおうかしら」

「了解。良い報告を出来るように全力を尽くす」

ミミーの少し皮肉を混ぜたつもりの命令はジュリアの眉を少しも動かすことはできなかった。だが、これで目前の戦闘に集中できる。ミミーは一気に勝負に出た。

「決めてやる!」

操縦桿を前方へ大きく倒し、全速力で敵機に迫った。

「突っ込んでくるのか!?」

カルロスは身構えて、牽制のファイアーボールを放つ。そして、機体を小さなクレーターに隠した。そこから腰を落としてリングレーザーの発射体勢からトリガーを引く。ドルドレイのVコンバータが唸りをあげて起動し、そこから無数に連なったリングレーザーが発射される。それと同時に、ドルドレイ自身の上半身も激しく回転する。その回転はリングレーザーの威力と連射性能をさらに向上させた。しかし、その直線的な攻撃は、ミミーにとって回避するのに対した技術を要しなかった。軽く横に機体を向けてそのリングレーザーをかわすと、すぐに方向転換してドルドレイに迫る。そして、クレーターの影に入り込んでいるドルドレイを見つけた。

「そこだ!!」

急停止して、その場からレーザー発射体勢に入る。その時だった。

「かかったな!ビンゴ!」

「しまった!」

カルロスは、突っ込んでくるライデンに向かって右腕のランチャーから強烈な火炎放射を浴びせ掛けた。轟音とともに灼熱の炎がライデンを襲い、瞬く間に全身を包み込んだ。これほどの至近距離であれば、いくらライデンの装甲が厚くとも、効果はあるはずだ。カルロスはこの瞬間に勝利を確信した。

「うわああああ!!」

悲鳴をあげたのは、カルロスのほうだった。足元で突然火柱が上がったかと思うと、それは連鎖爆発を起こしてドルドレイの脚部を焼いた。突撃時に姿勢を低くして滑り込みながら放ったグランドナパームがすぐ足元で爆発したのだった。大きく体勢を崩したところに悠然と立つライデンの姿があった。上半身の装甲は完全に焼け爛れているものの、本体には全く損傷がない。何と言う頑健さだろうか。ドルドレイに勝るとも劣らない。

「あなた、なかなかの腕だったわ。でも、ここまでね」

ライデンの両肩が大きく展開し、エネルギーが充填される。ドルドレイは、脚部に衝撃を受けていて、体勢が充分ではない。しかも、この距離ではVアーマー機能も役に立たない。カルロスはその時終わりを感じた。その感覚は妙に軽く、他人事のようだった。ただ、身体だけは瞬間的に訪れる死の門の接近を沸騰するかのような血の熱で感じ取っていた。死とはどういうものかを。

「死ね!!」

ロックオンサイトが赤く点滅した瞬間、ミミーは掛け声とともにトリガーを引き絞った。だが、その時側面から何かが機体に衝突し、射撃方向を狂わされた。カルロスの右サイドモニターのすぐ横をレーザーが突き抜けていく。何事かとサイドモニターを見たミミーは、ライデンの右腕に喰らいついている獰猛なピラニアを見つけた。万力のような無骨な爪がライデンの腕を噛み千切ろうと締め付けている。金属がきしむ耳障りな音がライデンのコックピット内に響く。それと同時に警報もなっていた。右側面からの敵機接近を告げる警報だった。あいつが射撃を邪魔したのか。

「仲間か!?」

「ピンチの後にチャンスありってね!」

カルロスはライデンがひるんだ一瞬を逃がさなかった。注意の逸れた敵機に対してとっさに体勢を立て直し、至近距離までブーストで走りこみながら渾身のハンマーを発射する。低空で飛ぶハンマーはドルドレイ自身の加速によって更に威力を増し、真っ直ぐにライデンに向かって突っ込んでいった。

「くっ!?」

ミミーは回避行動を取ろうとするも、万力の重さで機体の自由が利かない。空中へ飛び上がろうとしたその時に、左肩にハンマーの直撃を受けてミミーは大きく吹き飛ばされ、地面に這いつくばった。すぐにカルロスは追撃体勢を整えて、ファランクスの発射準備をする。倒れておるところにまともに火柱弾を受けては、装甲の傷ついているライデンでは耐え切れない。ライデンの右腕を掴んでいる万力を左腕で無理やり引き剥がし、すぐに機体を起こすと、そのまま地面を蹴って大きくジャンプした。空中でブーストをかけてその場を一時離脱する。牽制に拡散型レーザーを二セット放つ。カルロスは拡散レーザー回避する為に、ファランクス発射の中断を余儀なくされた。やむを得ず、一度間合いを離して仕切りなおしをした。

「カルロス、命拾いしたね」

「ミランさん!?」

カルロスの絶体絶命の危機を救ったのはミランだった。自動制御で戻ってきたクローランチャーを右腕に収め、カルロスのモニターに不敵な笑みで通信してきた。どうやらこの機会を狙っていたらしい。借りを作ったらすぐに返すのがミランの信条だった。それは思惑ではなく、彼の人間としての誠意なのだが、カルロスにとっては喜んでいいのかわからない状況だった。無論、命を拾ったのだから喜んで良いはずなのだが、カルロスは素直に嬉しいと思えなかった。

「これでさっきのミサイルの借りはちゃらだよ、いいね」

「まじかよ・・・」

ミランの言葉にカルロスは思わず本音をこぼしてしまった。これでは、彼を先ほどの核ナパームから救った恩を縁切りの交渉手段に使えないではないか。ミランに乾いた愛想を振り撒く一方で、カルロスは決心を固めた。

『こうなりゃ、ミミー・サルペンの首でも挙げて手柄を立てるしかねぇ!』

ドルドレイを前進させつつ、カルロスはライデンに向かってファイアーボールを連射した。