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Episode30 「激突・後編

 テン・エイティ三機とベルグドル一機は敵の格納庫への接近を防ぐ為に月のクレーターを盾にして立てこもりつつ、火線を集中させていた。一機のドルドレイが小さなクレーターの影に入って出てこなくなった。さては弾薬切れか?そう思った途端、部隊の中心の地面が大きく盛り上がり、そこから勢い良くドルドレイが飛び出してきた。ドリルで地面を掘り進んできたのだった。不意を突かれて一機のテン・エイティが掘削用ドリルとは反対の鋭く尖ったほうのドリルで胸部を串刺しにされ、そのまま天高く持ち上げられた。

「なんだ、手ごたえのない連中だな。VRも古臭い奴ばかりだ」

ジャッカルは鼻で笑ってトリガーを引いた。ドルドレイの右腕の鋭いドリルが急速回転をして串刺し状態で宙に持ち上げられていたテン・エイティを粉々に砕いてゆく。それは、ものの数秒も経たないうちにスケルトンさえもぼろぼろにされて、VRの残骸となって月の大地に屍をさらした。テン・エイティは慌てて小型ランチャーをドルドレイに撃ち込むも、全て厚い装甲の前に効果がなかった。

「なんてやつらだ、化け物か!」

「本当だねぇ。天下のRKGはもっと凄い部隊だと思っていたけど、大した事ないね」

ドルドレイのコックピットの中で不満そうに呟いたのは、サキュバスだ。テン・エイティの後方で援護射撃を行っていたベルグドルにターゲットを絞ると、急加速で近づいた。ベルグドルは接近戦では絶対的に不利であるため、ハンドグレネードランチャーを連射しながら大きく距離を離しつつ、ホーミング・ミサイルの発射タイミングを計っている。サキュバスはおもむろに右腕の巨大な爪「クラッシャー・アーム」を飛ばした。有線制御されているクラッシャー・アームはブーストを全開にして射程外へ逃げようとするベルグドルをしつこく追尾し、ついにその足に噛み付いた。巨大な爪がVRの脚部装甲を貫き、深々と爪を食い込ませた。サキュバスはアームの有線を巻きながら獲物を手元に引き寄せてきた。足を引っ張られて転倒した拍子にハンドグレネードを落としてしまい、無抵抗のままドルドレイの元まで引きずられた。地面に倒れこむベルグドルを高く掴み挙げ、左腕のオオバサミで真っ二つに胴体を切り裂いた。それだけではない。今度はハサミでベルグドルを掴むと、右腕のクラッシャー・アームで装甲を引き剥がし、コックピットを剥き出しにする。脅えて許しを乞うパイロットを眺めて楽しそうに笑うと、パイロットの身体ごとクローでVコンバータを握りつぶした。一面が真紅に染まり、空間に粒上の血が飛び散る。ドルドレイのコックピット内でまるで至福の時を過ごしているかのごとき高笑いが響いていた。

その高笑いをかき消すように、開放回線を使って騒ぎ立てている男の声が戦場の中に響いた。その声の主は先ほどから二機のテン・エイティを翻弄しては、からかいの罵声を浴びせ掛けている。むきになった彼らは懸命にそのドルドレイに攻撃を仕掛けるも、それはかすりもしなかった。テン・エイティとドルドレイの距離は約三百メートル程度、通常のドルドレイの機動性を考えれば、テン・エイティのショット攻撃を目視してからかわすことは不可能だ。即ち、この男フラックは敵の攻撃を全て読みきっていることになる。

「ひゃひゃひゃひゃひゃ!!どこ撃ってんの、このへたくそが!きゃは!」

素早い動きでフラックはテン・エイティに近づき、背後に回って左腕のスピアでつつく。振り向いたところをショットランサーで吹き飛ばす。

「あははははは、君たち面白いね〜。凄くいいよ、その吹き飛びぶり!」

もう一機がソードを構えて懐に潜り込んできた。大きく右から左に振りぬくソードを華麗なジャンプでかわして、その場から空中でロケット弾を放つ。頭部に至近距離からロケット弾を受けたテン・エイティはもんどりうって倒れこんだ。その機体の胴体を両足で踏みつけてスピアを天にかかげた。

「あい・あむ・ちゃんぴおん!」

「そこまでだ、ちゃぶ台野郎!!」

フラックのドルドレイに向かって小型のミサイルが高速で飛来したかと思うと、それはドルドレイの胸部に直撃した。ドルドレイは片足を上げていたため、体勢を崩して転がるように背中から倒れこんだ。そしてその次のミサイルが三機のドルドレイを強襲する。ジャッカル達は軽くそのミサイルを回避するも、その後方で戦況データの収集をしていたサイファーは突然目の前の壁がなくなって不意を突かれ、流れ弾に直撃してしまった。

「誰だよ、僕のどたまにミサイル撃ったやつは!?」

五機のグリスボックと一機のベルグドルが全速力で突撃してくる。そのまま全機一斉にナパームによる火柱をドルドレイに向けて発射した。ナパームが壁となってドルドレイを襲い、たちまち炎で覆い尽くした。間髪入れずに右腕のマイクロミサイルを連射しながら接近する。火柱の中に吸い込まれたミサイルが、ドルドレイに直撃した時、それは軽い何かがはじけるような音と共にVアーマーによって無効化されてしまった。デイビットはさすがにその余りの装甲とVアーマーの強力さに呆れるばかりだったが、すぐに気を取り直してグリスボック隊の陣形を整えた。その陣形はRNAのアファームドが取る「フレックスファイブ」に似ていた。五機のVRが逆三角形を形成しながら進攻し、陣形の形は崩さずに、互いの機体が様々に場所を移動しては入れ違いに攻撃を仕掛ける突撃陣形だ。これをグリスボックでやろうというのか。

「あら?そんなずんぐりむっくりでフレックスファイブをやろうというの、面白いじゃない?」

サキュバスは左腕のオオバサミを開閉させながら音を立てて待ち構える。グリスボック隊は一斉に肩部のミサイルランチャーを開き、五機が時間差を作るように間断なくミサイルを発射する。ミサイルの弾幕が壁となって三機のドルドレイに襲い掛かった。ドルドレイはその重装甲からは考えられない反応の良さで空中に飛び上がると、ミサイルを充分に引き付けた後に横方向へブーストを吹かし、回避した。素早く着地すると、三機は各々攻撃態勢に入った。

「ふん、俺の邪魔をする奴は、みんなこのドリルで串刺しにしてやるぅ!!」

ジャッカルはドルドレイの左腕に装備されているドリルを機体の正面に突き出して構えると、Vコンバータの出力を最大に高める。

「いくぞ!!」

低音の効いた野獣の咆哮と共にドルドレイが突撃してきた。そのスピードたるや、今までのVRの常識を覆すものだった。その速度は優にマッハを超えている。その速度に対して、グリスボック隊は反応することができなかった。

「なにぃ!?」

デイビットが叫んだ時には既に味方の一機がその特攻に撥ねられて宙に舞っていた。陣形の一角が崩された事で、その部分に穴が空いた。そこにすかさずサキュバス機が突進してきた。右腕のクラッシャー・アームを伸ばして、デイビット機の腕を掴もうとする。

「ちっ!」

デイビットは軽く舌打ちをして、そのアームの接近を察知した。左腕のランチャーからナパームを投下して壁を作り、そのアームを押し戻した。デイビットの左側にいる味方機がその動きに連動してマイクロミサイルをサキュバス目掛けて連射した。サキュバスはファイアーボールを地面に向けて発射し、そのミサイルの弾道上に爆風を起こして誘爆させた。続けてグリスボック隊はミサイルの弾幕を絶やすことなく張り巡らせ、フラック機を牽制する。フラックはその場に止まって左右にステップを踏むかのような動きでこれをかわすと、三機の間を突き抜けようとするグリスボック隊の一機の真横に張り付いて、ショットランサーを発射、右肩のミサイルランチャーを破壊した。

「あ、惜しいね〜。でも、さっきの避け方は冴えていただろ?なんといっても天才だからね、僕は」

「くそ、むかつく野郎だぜ、開放回線でしゃべりまくりやがって・・・。けど、あいつらの動きは本物だ。特にあのドリル野郎の特攻が見切れない。速すぎる・・・」

デイビットは一度陣形を整える為に距離を離した。一機やられてもう一機が小破だが、こちらの戦力のほうがまだ上だ。それに、切り札であるベルグドルも無事だ。なんとか隙を作ってもう一度「核ナパーム」を撃ち込めれば、こっちの勝ちだ。先ほど先制攻撃で放ったミサイルよりも威力、効果範囲ともに小さいが、VRを撃破するには充分すぎるほどの破壊力はある。チャンスは二度、ベルグドルの両肩に搭載されているミサイルの数はそれだけだ。それに、核ナパームを撃つ前にベルグドルが撃破されればこちらがその爆発に巻き込まれて全滅してしまう。三機のドルドレイは再び終結し、こちらの第二波に備えている。グリスボック隊はベルグドルを守りつつ、再び敵に突進した。

 

 

 RNAのバック・フォース、アファームドで構成される主力部隊が亜音速で格納庫に迫っていた。部隊の構成は隊長機のC型を中心に、S型、A型、そして小隊を支援するウィングポジションにサイファーが部隊の左翼を担う。サイファーはモーター・スラッシャー形態に変形して先行すると、空中からビーム・ランチャーによる爆撃を仕掛けてきた。バッド・ムーン小隊をひるませ、一気に目的地に向かうつもりだ。頭上を越えられれば、格納庫までサイファーを防ぐ手立てはない。

「させるか!」

ジュリアはテン・エイティAを高く飛び上がらせて空爆攻撃を回避すると、高度をサイファーに合わせて通り過ぎようとするサイファーを小型ランチャーで狙い撃ちした。散弾のようにばら撒かれたビーム弾の一発がサイファーの右翼に当たり、バランスを崩した。墜落するところを着地と同時に狙い済ましてレーザーを放ったが、サイファーは一瞬にしてVR形態に変形すると、レーザーをひらりとジャンプでかわして空中ブーストでアファームド小隊に合流した。彼女たちを倒さない限り、格納庫へは到達できないと悟ったようだ。

「ヴァルキュリア二号機、前方へ牽制攻撃!」

「了解!」

ライカの装備するヘビーランチャーの威力は、最高出力であればアファームドの小隊三機など一度に消滅させてしまうほどの威力がある。それをとっさに悟ったのか、アファームド小隊は左右に分散するように展開し始めた。的を絞らせないつもりだろう。分散した戦力を援護する為にサイファーが上空より飛来し、急角度からバルカン攻撃を仕掛けてきた。

「ヴァルキュリア三号機、突撃!」

「あたしの出番ってわけね?」

ジュリアの号令にリンは大きく頷いて操縦桿を思い切り前に倒し、スロットルを踏みつけて突撃した。その加速たるや、アファームドに勝るとも劣らない。瞬時に音速にまで速度を上げると、ジュリア機と同時攻撃の陣形を取る。二機の突撃をライカがランチャーの支援攻撃でサポートする。リンは、向かって右に展開するアファームドに、ジュリアは左のアファームド二機にそれぞれ同時攻撃を仕掛けた。テン・エイティAは充分な速度をつけて突っ込んで来るアファームドの進行ルート上に割り込んだ。彼女達「バッド・ムーン小隊」のうち、大型のヘビーランチャーを装備しているのはライカの二号機だけで、他の二機は小回りが効いて接近戦用のソードも使える小型ランチャー「CGS」を装備している。アファームドはそれを確認すると、正面から迎撃に出た。強引な攻撃で蹴散らすつもりのようだ。小型ランチャーならば直撃を受けない限りアファームドの強固な装甲に対して決定的ダメージになり得ないからだ。ライカの支援攻撃を防ぐ為にアファームドは各機進路を微調整してジュリア達を盾にした。うかつな射撃は味方を背中から撃つ事になる。これで後方の敵の動きは封じた。接近する二機のテン・エイティAを捕捉しつつ、アファームドはそれぞれ相手を充分に引き付けてからマシンガンとファニーランチャーを連射した。ジュリアはその攻撃を直前で上空へ飛び上がって回避すると、無防備な敵の真上を取った。そして、CGSで真下を通過するアファームドS型の背部を正確に撃ち抜き、宙返りをして華麗に着地した。前方につんのめるようにして倒れこむアファームドにとどめを刺そうと狙撃体勢に入ったジュリアを隊長機のアファームドがマシンガンを発射して阻んだ。リンはマシンガンの弾幕を横へ飛んでかわすと、回転しながらCGSでアファームドA型の左肩にビームを撃ちこんだ。機体へのダメージこそ少ないものの、被弾したアファームドはバランスを崩して右腕と左膝をつきながら地面を滑った。これだけの衝撃を受けて転倒しないのはアファームドの性能と、鍛錬をつんだパイロットの腕があればこそだ。敵も素人ではない。RNAのパイロットの質にはばらつきがあるが、どうやら彼らはしっかりとした訓練を受けた者達のようだ。展開した両翼の機体に攻撃を受けた敵小隊の隊長機は、一度体勢を整える為にナパームと小型ボムを連射して壁を作り、味方機の救援に向かう。その行動を側面からサイファーが援護する。まず、一番近いリンの機体にソードで斬りかかり、回避を誘って突破口を確保、胸部ランチャーとダガーをジュリア機とライカ機にそれぞれ放ち、味方が退避する時間を稼ぐ。もう一方の、リンに攻撃を受けたアファームドも隊長機以下二機に合流する形を取った。そして、今度はサイファーという壁の後方にリンが閉じ込められる格好になった。瞬間的に形勢が逆転する。リンが体勢を立て直した三機のアファームドに包囲され、一斉攻撃を受ける。

「ちいっ!」

リンは一度強く舌打ちをして、S型から放たれたユニットガンを自機の右手方向に回避した。その行動を読んでいた二機のアファームドがリンのテン・エイティAの左右を平行に走る。そして、リンの後方からはユニットガンのミサイルを追尾するような形でS型がリンの切り返す方向を封じ、三角形の包囲陣を作った。デルタアタックだ。RNAのアファームド小隊が格闘戦で敵を確実に撃破するための基本戦術だ。基本であり、またRNAの小隊レベルでの戦闘の全てを集約しているといってよい。この戦術は、三角形の小さなスペースの中に敵機を閉じ込め、あらゆる角度から時間差で襲い掛かることで、性能や腕に差のある敵を安全、確実に葬り去るのだ。最初にリンの左側面を取っていたアファームドA型がアタック・ナイフをテン・エイティAの左肩目掛けてつきたててきた。リンは機体を急停止させ、その一撃を凌いだ。攻撃を空振りしたアファームドと交差するように、今度はすかさずリンの右側面のC型がコックピット付近のわき腹を狙ってターミナス・マチェットを振り抜いて来た。背部には全速力で距離を詰めてきているS型がすぐそこまで迫っていた。その左腕が大型ナイフの柄を握り締めている。今、左方向に回避すればマチェットはかわせても、S型のクリティカル・エッジに切り裂かれてしまう。右後方に動けば、最初の攻撃を外したA型がマシンガンで狙い撃ちをしてくるだろう。上しかない。リンはフットペダルを踏みつけて、機体を大きくブーストジャンプさせた。一瞬遅れてその場をターミナス・マチェットが空を切る。

「やりっ!」

だがこれもデルタアタックの術中だった。S型のクリティカル・エッジを握る動作はすぐに強制終了され、リンの真下を通過しながら滑り込みつつファニーランチャーを上方目掛けて発射する体勢に入った。やられる!リンが直感的に頭の中に描いた結末はしかし、一本のレーザーによってS型の右腕と共に吹き飛ばされた。ジュリアの狙撃だった。壁としてリンとジュリア、ライカを分断していたサイファーの一瞬の隙を突いて、CGSの収束レーザーを撃ちこんだのだった。その狙撃体勢を援護するため、ライカはボムで盾を作り、サイファーの攻撃を妨害していた。リンは空中で方向を切りかえて追撃してきたA型のマシンガンを回避すると、すぐさま着地してS型の後方を通過するように移動し、サイファーを三機で挟み撃ちにする。リンは連続射撃でサイファーを牽制、サイファーが大きくジャンプをして回避したところをライカがジャンプの頂点を見極めてランチャーを発射した。ライカのヘビーランチャーから放たれるビームの閃光が宇宙に向かって真っ直ぐに伸びてサイファーのわき腹をかすめた。その間にジュリアはアファームド小隊に対してボムで壁を作りつつ、ショットを連射して弾幕をはる。その攻撃に対して後退を余儀なくされたアファームド小隊だったが、後退すると同時にナパームを連続投下して、バランスを崩して着地し損なったサイファーにとどめを刺しに行ったリンの行動を阻んだ。

「ちぃ、仕留めそこなった!」

舌打ちして悔しがるリンを、ジュリアがなだめた。

「メイシャン准尉、それでいい。要は敵機を格納庫に近づけさえしなければ良いのだ。時間を稼げばそれだけ敵は焦る。焦って突撃してくる敵ほど迎撃しやすいものはない。」

その言葉に対してリンは鼻で笑って答えると、機体を前進させた。

「なるほどね。見事な戦術論だこと。でもね、あたしの場合、待ちとかって性に合わないんだ。カメラ映りも悪いしね。」

リンはそう言って口元を歪めると、CGSを構えて一気に前進した。アファームドに突撃を開始する。

「ディアス中尉、よろしいのですか?メイシャン准尉を止めなくて。」

ライカの問いにジュリアは半ば呆れるような素振りをため息で表現した。

「仕方あるまい。ヴァルキュリア三号機を援護する。それに中継があるないに関わらず、戦闘でこの機体の性能をアピールすることが我々の仕事だからな。」

「了解。支援行動に移行します。」

ライカはヘビーランチャーの推進力を利用して加速、リンのテン・エイティAに追従する。そしてジュリアもそれに続いた。