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Episode31 「遺跡

ランはアベル達に着いてきたことを少し後悔していた。現在、アベル達アファームド小隊はDNAの追撃部隊に捕まり、包囲されてしまっていた。後ろは湖、前方百八十度をふさがれてしまっている。集中するDNA部隊の火線が三機のアファームドの足元に撃ち込まれる。付近で起きた爆発に一瞬立ち往生したアファームドへテン・エイティが四機一度に突撃してきた。

「きゃあああ!!」

「くっ!」

アベルは膝の上のランの身体で思うように操作できないもどかしさを目前の敵にぶつけた。彼にしてはかなり強引にうって出る。何発かのビームバルカンがアファームドの胸部装甲に当たり、コックピットが小刻みに揺れる。それでも構わずに突進し、敵の振るってきたソードを右腕のトンファーで受け止めて弾き返し、左腕のトンファーで胴を薙ぎ払った。テン・エイティは大きく跳ね飛ばされて、後方から援護に来ていたもう一機に激突、二機とも地面に背中をついて倒れた。アベル機に横から追撃が迫る。コックピットはリンの絶叫で覆い尽くされ、味方の通信が全く聞こえない。縦に振り下ろされるソードに対して両腕を頭上でクロスさせて受け止め、同時に右足で蹴り飛ばす。倒れ込むテン・エイティにジョナサンのクリティカル・エッジが突き立てられ、行動を停止した。吹き飛ばれた二機も、ヴァイスのナパームで焼き払われていた。

「離脱するぞ!!」

「おう!」

「了解!」

その号令に一人異議を唱えるものがいた。ランはあわててアベルの顔を見る。

「離脱するっていったって、どこに!?囲まれているじゃない!?」

「黙っていろ!舌をかむぞ!」

三機はアベルを先頭に三角形の陣形を取り、そのまま敵の包囲網の一角に猛然と加速をかけた。

「うそおおぉぉぉ!?」

涙目状態のランの絶叫はDNA部隊の心の叫びでもあった。二十機で追い込んだにもかかわらず、包囲網を築く前に瞬く間に三機が撃破され、更にたった今近接戦闘を挑んだ四機があっさりと倒されてしまった。そして今度はこちらに突っ込んでくる。DNA部隊は狼狽して小型ランチャーを連射した。その攻撃をアベルはバーチカル・ターンで回避した。その動きに完全にシンクロする形でヴァイスとジョナサンも追従する。アベルは再び進行方向を戻し、恐怖で硬直している敵機の脇をすり抜けた。その瞬間、三機のテン・エイティの胴体が下半身から落ちた。追撃のビームバルカンが何発かアファームドの背中をかすったが、致命傷ではない。無論、現在の背部装甲が完全に剥がれ落ちている状態では直撃は危険だが。精密射撃を受ける前に、三機は振り向いてナパームを投函する。これが最後のナパームだ。火柱の壁に遮られ、DNA部隊は後退を余儀なくされた。

「くそ、追え!たった三機に逃げられたとあっては基地に帰れんぞ!」

隊長機が気張るものの、アファームドとテン・エイティでは根本的に加速が違いすぎる。両者の間隔は次第に広がり、遂にテン・エイティの最大射程距離の外に出た。

「うひょう!ジョナサン、さっきはいい抜きっぷりだ!様になっていたぜ?」

ヴァイスは危機が何とか去ってから、ジョナサンのサイドモニターに顔を映した。ヴァイスの誉め言葉にジョナサンは少し照れたように顔を赤らめた。

「本当に上手くいくとは思いませんでした。アベルさんのサポートがあったから・・・」

「謙遜するな、ジョナサン。いくらC型の端末で抜刀のタイミングを指示出来ても、実際にやるのはパイロットだ。指示を出されたからといって、すぐにできることじゃない。自信を持っていい」

ヴァイスはアベルの言葉に付け加えた。

「毎日練習していたもんな、シュミレーターでよ。その成果が出たんだよ」

「ヴァイスさん・・・」

ランは三人のやり取りに割って入った。何となく、蚊帳の外にいる感覚がして面白くなかったからだ。

「それにしても、あんた達はなんて無茶をするのかしら。あんなリスキーな戦い方、初めて見たよ。VR操縦の教習用データにだって、こんな無鉄砲な動きはなかったもの」

ランの言葉を聞いたヴァイスは、むっとする二人を軽く目で合図して抑えた。

「ふん、素直じゃないね、あんたは。正直に俺たちの動きが凄いって言えばいいじゃねぇか?実際、さっきの戦い方以外にあの包囲網を突破する方法はなかったはずだ」

ヴァイスの言葉はつくづく核心を突く。ランはそれが面白くなかった。アベルになら本心を悟られも良いが、ヴァイスだとなぜだか腹が立つ。

「な、何よ。あたしだってサイファーに乗ればこれぐらい・・・。でも、まあ、あんた達がまあまあの腕を持っていることは認めてあげるわ」

「あんたがアベルの膝の上にいなければ、もっとスマートにやってみせたさ」

「しょうがないでしょ?VRがないんだから」

そう言って口を尖らせるランに、アベルはため息と同時に言葉を吐き出した。

「膝の上にいるのは良い、やむを得ないからな。だが、戦闘中に絶叫するのだけはやめてくれ。味方の通信が聞こえない」

「あ、ごめんなさい・・・」

極めて近い距離で振り向きざまに上目遣いで甘えた声を出されて、アベルは思わず顔を赤らめた。

「あ、ああ。次からは黙っていてくれ。気が散るし、それに舌を噛む危険性もあるからな」

「うん、わかった・・・」

ぴったりとアベルに寄りかかる。その行動に、アベルは複雑な表情をした。最近、妙な縁がある。ミカエルといい、このランといい、アベルは結婚するまでたった一人の女性しか愛さなかったが、今になって二人の女性から迫られている。おかしな話だ。

「おい、うちの隊長さんにあんまりくっつかないでくれ。そいつはまるっきり女に免疫がないからな」

「何よ、あんた妬いてるの?もしかして、ゲイ?」

「お前な・・・!」

その時、軽口を言い合っている三人に緊張した声のジョナサンの通信が入る。それに合わせて、ジョナサンの広域レーダーが捉えた敵VRの情報も各々のコックピットの端末に送信されてきた。

「アベルさん、ヴァイスさん、敵VRの反応を確認!三機編成の小隊のようです」

「何、また敵がいるの?」

ランはうんざりといった表情でジョナサンの通信を聞いた。それもそのはずだ。先ほどのような背水の陣の戦いもこれで三度目、アベル達のように限界ぎりぎりの死線を越えてきていない彼女には生きた心地がしないのは当然だ。

「あったりまえだろ?ここは敵の占領地帯なんだ。完全に包囲網を抜けるまで、気が抜けないぜ」

「どうやらまだこちらには気付いていないようだな・・・。それに、こんなところを三機だけで移動しているなど、何かあるのか?」

レーダーの動きが、アベル達の予定進路を横切るように移動しているのを見て、アベルは敵の動きが不自然だと感じた。

「はい。敵のレーダー範囲にはまだ入っていません。周りに増援となりそうな部隊もいないようですし。どうします?奇襲をかけますか?それともこのままやり過ごしますか?」

「奇襲っていう選択肢はきついな。俺たち三機ともナパームを使い切っちまった。ショットガンの残弾数も一桁だ。奇襲が完璧に成功しない限り、つらいものがあるぜ?」

「でも、進路変更するとして、どっちに行きますか?今のところ敵の包囲網は東西に展開されていて、とてもじゃないけど抜けられる可能性はないですよ。かといって、ここで止まっていたら後ろから追いつかれるし・・・」

厳しい表情で考え込むアベルの顔をランが覗き込んだ。

「どうするの?」

不意に至近距離でランの童顔を見せられ、アベルは心臓を高鳴らせたと同時に拍子抜けした。彼女がいると、何となくその場の雰囲気が柔らかくなる。気抜けするともいうが。だがそれがアベルに一つのアイディアを考えつかせた。

「奇襲をかける。だが、破壊するのは二機だ。一機は捕獲する」

「え、どういうことですか、アベルさん?」

「かー、太っ腹だね、お前も。さっき会ったばかりの女に服じゃなくてVRをプレゼントするってか?」

「うそ、まさかあたしに?」

「いつまでも膝に乗られていては痺れてしまうからな。それに、優秀なパイロットがいるのにそれを活用しない手はあるまい」

「信じられない!素敵!」

アベルに抱きつくラン、彼女が後ろを向いている時にヴァイスがにやりとアベルにモニターで笑いかけた。なるほど、お前も結構えげつないこと考えるよな。ヴァイスの目はそう語っていた。そのヴァイスの無言の通信に、アベルは端正な唇を歪めて答えを返した。

 

 

 

 目標の敵小隊に対して、アベル達は距離にして約一キロメートルという超至近距離にまで接近していた。通常のレーダー機能であれば、平地で数百キロメートル、山岳地帯など障害物の多い場所でも数十キロメートルのレーダー範囲があるが、今日の技術では簡単にジャミングされてしまうので対VRでは「Vコンバータ反応レーダー」を使用することが一般的だ。だからこそ、気付かれなかった。アベル達はアファームドのVコンバータ出力を最小値に抑え、歩行による移動をしたのだった。それに加えて極めて弱いジャミングを行うことで完全にVRの足音を消した。これならば、Vコンバータの回転音やその起動による大気の振動などを感知されずに敵に近づくことが出来る。こんな遮蔽物のない平地では、通常レーダーは極めて広範囲をカバーする。故に、それに対するジャミングを行わないことはまず、考えられない。また、敵包囲網の真っ只中で仮に通常レーダーを使用すれば、すぐに自分たちの居場所を知らせてしまうことになる。アベル達が通常レーダーを使うことはあり得ない。敵はそう考えてVコンバータ反応レーダーを使用していたのだろうが、アベル達はそれを逆手にとって通常レーダーを使って移動した。まさか彼らは、すぐ近くに敵機が潜んでいるとは夢にも思っていないはずだ。だが、決してのんびり戦っている時間はない。歩行による移動を行ってせいで、先ほど大きく引き離した敵の大部隊との距離がかなり縮まってしまったはずだ。速やかに行動してこの場を離脱しないと、再度囲まれてしまう。迅速さと正確さ、そして大胆さが必要だ。敵は各々装備の異なるボックが一機ずつ三機小隊で移動している。アベルは奇襲作戦の最後の詰めをもう一度確認するために左右のモニターに二人を映し出した。

「もう一度、作戦内容を確認する。まず、ジョナサンがユニットガンでグリスボックを撃破する。これは必ず一撃で仕留めるんだ、いいな?」

「了解」

右サイドモニターに映るジョナサンに目を向ける。ジョナサンは大きく一つ頷いて、短く返した。次いで、左サイドモニターのヴァイスを見る。ヴァイスは緊張することもなく、悠然とコックピットのシートにもたれかかって聞いている。

「次いで俺とヴァイスが一度に敵を強襲する。俺がマシンガンで牽制しながら突撃する。敵が回避したところにヴァイスがショットガンで下半身を攻撃、機動力を奪う。足を破壊した敵に止めを刺すのは、ジョナサン、お前だ。後の一機は俺とヴァイスが二人がかりで近接戦闘に持ち込んで押さえ込み、降伏させる。パイロットを引き摺り下ろしたら、すぐにラン、君が乗り込むんだ」

「わかったわ」

ランが自分の膝の上で拳を強く握りしめたことを見て、アベルは彼女に気合が入っていることを確認した。

「ヴァイス、今、俺たちにナパームはない。残弾もわずかだ。この奇襲、失敗は許されないぞ」

「わかっている。いつだって期待に答えてきたはずだぜ、そうだろ?」

長年共に戦って生き延び、常に結果を出している男の言葉には重みがある。アベルは頼もしいヴァイスの笑みに満足そうに頷いた。手袋を締めなおし、操縦桿をしっかりと握りしめる。時は満ちた。

「よし、いくぞ!」

「おう!」

「はい!」

ジョナサンはMSBSを起動して、狙撃体勢に入った。ヘルメットのバイザーに映し出された精密射撃用のスコープを覗き込み、目標のボックに狙いを定める。数秒間の沈黙の後、ジョナサンのS型のユニットガンが火を吹いた。ミサイルが一発、超高速で飛び出し、敵機の頭部を直撃する。がっくりと膝を折って倒れこむグリスボック。突然の出来事に何が起きたか理解できない他の二機。その隙にアベルとヴァイスが左右から挟み込むように強襲する。アベルはシュタインボックに迫りながらマシンガンを連射した。案の定、左右からの襲撃を避けるために外側へ回避行動を取る敵機に、ヴァイスが待ってましたとばかりにショットガンを放つ。二発連続で放った散弾は正確にシュタインボックの左膝を吹き飛ばし、敵を派手に転ばせた。そこに距離を詰めてきていたジョナサンがすかさずファニーランチャーを発射、二発で頭部と肩の武装を破壊する。その優れた連携攻撃に反応できず立ちすくむもう一機のボックの背後をアベルが取った。マシンガンを構えて開放回線で警告する。

「動くな!お前の背後を取った。抵抗すれば直ちに撃破する」

鮮やかな奇襲は、ものの三十秒もかからずにアベル達の完全勝利で終わった。そのあまりの手際の良さにランはただただ感嘆のため息をつくばかりだった。彼らの本領は正に、このような奇襲作戦にあるといってよい。その立案から意思決定、そして迅速かつ正確な連携攻撃。アベル達の真骨頂だ。傭兵として最前線で活躍してきたランでも、これほどの腕を持つものに出会ったことはなかった。いや、単体での戦闘能力ならば優れたパイロットを彼女も多く知っているが、連携動作という点では完成度にスケールの違いを感じた。彼らが、この絶望的な敵包囲網の中で今まで生き残っている事が偶然ではないことを、ランは認めざるを得なかった。

「トヨサキ君、今コックピットハッチを開ける。すぐに乗り込むんだ!」

不意に天井が明るくなったかと思うと、上は青空が広がっていた。正面モニターを見ると、ボックからパイロットが脱出して走り去っている。

「りょ、了解!」

ランはその場で立ち上がると、コックピットハッチの淵に手をかけて素早く這い上がった。その時アベルの顔にランの小ぶりな尻がぶつかり、アベルは頭をシートに押し付けられた。

「あ、ごめんね!」

「いや・・・」

ランはアファームドの胸部に立った。アベルがアファームドのマニュピレーターを胸元に近づけた。ランは若干距離があったものの勢い良くジャンプして飛び乗った。そのままボックのコックピットにアファームドのマニュピレーターが横付けされる。助走をつけて再びジャンプ、ランはボックのコックピットに滑り込んだ。

「どうだ、動かせそうか?」

アベルの問いにランはボックの正面の小さな腕を縦に振って答えた。

「大丈夫、OSはMSBSだから。ヴァージョンは古いけど、5なら問題ないよ。武装関係はちょっとマニュアル読まないとわかんないけど」

「動けば良い。すぐに移動を開始するぞ。この場を離脱する」

アベルのアファームドの合図で一斉に動き出そうとしたとき、逃げ出したボックのパイロットが地面で全身を使って何かアピールしている。どうやらこれ以上その方向に進むな、といっているらしい。アベルは回線を開いてマイクモードにした。集音マイクで相手の声を拾いつつ、会話を試みる。

「それ以上そっちにいってはダメだ!」

「どうした、この先に何かあるのか?」

「おい、アベル。ほっとけよ。どうせ何か企んでいるんだろう?」

ヴァイスは一瞥をくれてパイロットをまたいで移動しようとした。それに対して、大声を張り上げてパイロットが叫んだ。

「そうじゃない!俺たちはここ一帯に展開している部隊と関係はない。あんた達が捕まろうが逃げようが、知ったことじゃない。この先は危険だ。ここからは敵、味方関係なく、立ち入り禁止になっている。俺たちはその立ち入り禁止区域を警備する部隊なんだ!!」

パイロットの言葉に耳を傾けるアベルに、ジョナサンは痺れを切らしてアファームドのマニュピレーターでアベル機の上腕を掴んだ。

「アベルさん、時間稼ぎですよ。気にせずに行きましょう」

「待て!調べればわかる。俺のボックの端末で見てみろ。この先は限定戦争の指定外地帯になっているはずだ。このまま行けば遺跡にぶち当たる。その遺跡に近づいたものは無事では帰れんぞ!」

アベルも最初はこのパイロットの言っていることが信じられなかったが、ランの通信を聞いてその認識を改めなくてはならなかった。

「そいつの言っていることは本当だよ。だってこの機体、DNA所属じゃないもの。フレッシュ・リフォーのCAになっている。それに、確かにこの先は限定戦争の範囲から外されている。ちょうどこの一帯の真中をドーナツみたいに」

「本当か、それは?」

「うん、間違いないよ」

ランの言葉にパイロットは大きく頷いて、アベル機の方を向いた。そして両腕を大きく左右に広げて彼らの進行方向に立ちふさがった。

「だから言っただろう!悪いことは言わん。この先は危険だ。遺跡に行くぐらいなら、DNAの部隊と戦ったほうがまだましだぞ!」

ヴァイスはアベルのサイドモニターに現れて、耳打ちするように行った。

「だがよ、考え様によっちゃあ、利用できるぜ?この先が限定戦争地域外ならそこに立てこもれば少なくとも敵部隊を相当時間やり過ごせる。その隙にRNAの本部に連絡すれば、救援が得られるかも知れねぇ」

ヴァイスのアイディアにアベルも小さく頷いて同意した。どの道このまま逃げ回っていても望みはない。それならば・・・。

「それに、フレッシュ・リフォーが限定戦争地域外に外して、滅多に出さない自社のCAを警備に置いているということは、相当この先の『遺跡』とやらに重要なものがあると思っていいだろう。もしかしたら脱出の際に交渉の切り札となるかも知れん」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですね」

「そういう事だ」

「馬鹿な・・・。無謀すぎる!この先には・・・」

パイロットが何かを言いかけたが、アベルは通信をオフにしてVRを起動させ、ブーストを吹かして加速した。そして、『遺跡』と呼ばれる場所へ向かった。

「・・・。死んだな、あいつら。それに遺跡だってどんなことになるか・・・」

呆然と立ち尽くすパイロットを埃まみれの風が包み込んだ。それはやがて分厚い風のカーテンとなり、その一帯を覆い尽くしてしまった。