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Episode32 「邂逅

カインがパイロットスーツを着てライジング・キャリバーのVR格納庫に到着した時には、全てのVRは出撃した後だった。当然のごとく、カインはテムジンのコックピット付近にいるマルファスに思い切り怒鳴られた。

「何やっていたんだ、ナスカ少尉!!みんなとっくの昔に出たよ!!」

「すみません!」

まさか、寝坊していたなどとは口が裂けても言えない。カインは急いでテムジンのコックピット前の通路を走った。そのままコックピットに飛び込むと、すぐに起動準備に入った。しかし、既にテムジンのコックピットは計器類の明かりが灯り、MSBSの起動準備も完了していた。どうやら、マルファスが全てやっておいてくれたようだ。カインにはその嫌味な親切がプレッシャーになった。ここまでやってもらって出戻りでは、それこそ始末書の文章を考えなくてはならない。だが、今のカインは出撃して結果を出すことよりも気にかかることがあった。それはパイロットスーツの内側で光りつづけ、共鳴音を鳴らし続けているクリスタルのかけらだった。胸元から取り出して、再び眺めた。先ほどよりも光が強くなっているように感じる。気のせいだろうか。

「うわ!?」

その時不意にコックピットが揺れた。その拍子にカインは手に握っていたクリスタルを落としてしまった。それは、パイロットスーツの上で輝きつづけている。

「ぼーっとしてないで早く出撃しろ!」

キースの罵声にカインは反射的に操縦桿を前方に倒した。

「カイン・ナスカ、テムジン出ます!!」

出撃のための進路確認もろくにしないまま、テムジンは月面に放り出された。カタパルトの勢いを利用して長距離を飛びつつ、カインはテムジンの端末とレーダーで現状を調べた。データにない機体が五機、ミミーのライデンとデイビットのグリスボック隊と交戦中、どうやらテン・エイティは撃破されてしまったようだ。互いに重火力で正面から撃ちあっている。その一方で、ジュリア・ディアス中尉率いるテン・エイティA隊「バッド・ムーン隊」が敵の主力部隊と推測されるアファームド小隊とサイファーの四機を相手に奮戦している。カインは一機少ない状況で戦っているジュリア達のもとへ向かう為、テムジンの方向を東に変更した。

「結構やるじゃないか。見直したよ!」

リンは一度突撃をかけたものの、敵のマシンガンの弾幕に遮られ、後退を強いられた。だが、敵部隊もジュリアとライカの正確な牽制攻撃に進攻の活路を見出せない状況だった。前面のアファームドに気を取られてランチャーを連射していたライカを、側面からサイファーが狙撃体勢で狙っていた。

「!!?」

ライカが敵にロックオンされたと気づいた瞬間、サイファーを襲うビーム攻撃が狙撃を阻んだ。ロックオンを外して大きく飛び退くサイファー。ライカが振り向くと、そこにはラジカル・ザッパー形態にロングランチャーを変形させているカインのテムジンがいた。これでこの場において、敵の数的有利はなくなった。

「ジュリアさん、遅れてすみません!」

「遅いぞ、カイン!だが、助かった」

ジュリアは一瞬顔をしかめてカインの遅い援護を叱ったが、すぐに表情を緩めて微笑みかけた。

「あの・・・」

ライカの謝礼をカインはサイファーに追撃しながら遮った。

「いいから、とにかく敵を追い払おう!」

今までの出遅れを取り戻そうとカインはテムジンを前進させようとして、リンにその進路を阻まれた。マイク越しにきつい言葉が飛んでくる。

「手を出すんじゃないよ!後から来たくせに!あたしたちだけでやれるんだ。あんたはそこで見物してな」

リンのにべもない態度にカインは少し表情を硬くしたが、しかしすぐに彼女たちの任務を思い出して納得した。彼女たちはただ補給要員としてRKGに配属になったわけではない。戦闘において大きな活躍をし、自分たちとテン・エイティAの存在を内外にアピールしなくてはならない。それが彼女たちの真の任務だ。それを、後から駆けつけたテムジンが敵を撃破して手柄を横取りしたとあっては、派遣元である「ムーニー・バレー」と「パシフィック・オーシャン」に対して彼女達の面目が立たない。

「カイン、我々が前面に出て敵を討つ。君はウィングのサイファーを抑えつつ、後方から援護してくれ」

「了解」

ジュリアからも柔らかい表現での援護の断りが来た。近距離格闘戦対応のテムジンに後方から援護しろというのは、余計なおせっかいを焼くな、という言葉の丁寧語だ。カインは彼女達の真意を理解すると、ジュリアの要請通り、側面からバッド・ムーン小隊を攻撃しようとするサイファーに照準を固定し、一歩下がって牽制攻撃を行った。テムジンの行動をみてジュリアは小隊に命令を発した。これで側面から狙撃される危険性はなくなった。一気に勝負を決めるときだ。

「ヴァルキュリア二号機、三号機、これより敵小隊に突撃をかける。各員準備は良いか?」

「はい、いつでも大丈夫です」

「オッケー!」

「突撃!」

三機のテン・エイティAが守勢中心の戦法から一転、攻勢をかけた。ボムを投函して敵の攻撃を逸らしつつ、ランチャーを連射して突進する。側面から狙撃される危険性がなくなったことで、押し込まれていた戦線を一気に押し戻すつもりのようだ。サイファーが何とか側面を取ろうとジャンプやブーストダッシュで撹乱しようとするが、カインの正確な射撃になかなか狙撃体勢を取れない。アファームド小隊は火力面の主力機のS型が右腕を損傷しているために攻撃の押しが弱く、また一歩、また一歩と後退を余儀なくされる。敵の主力部隊は完全にバッド・ムーン小隊のアグレッシブな連携攻撃の前に足止めをくらっていた。

「撃破するにしても、追い払うにしても、どっちにしても時間の問題だね・・・」

リンは勝利を確信してCGSをアファームドに撃ちこみながら余裕の笑みをこぼした。

 

「博士、バックフォースのアファームド小隊が敵の迎撃に遭い、後退させられています。私が出て援護に・・・」

「ならん!」

ローザの提案を博士は最後まで聞くことなく頭ごなしに却下した。

「ローザ、今回この作戦に参加した目的は戦闘をするためではない。フェイエン・ザ・ナイトの指揮能力のテスト及びその限界数値の測定だ。お前が直接戦うことはない。フロントラインのドルドレイを一機、そちらに向かわせれば良い」

その博士の言葉にローザは首を横に振った。後方で待機して指揮をするのはもう限界だった。フロントラインのジェノサイダー部隊は優勢に戦いを進めているものの、主力のバックフォースは既に陣形を乱され、サイファーは敵の牽制攻撃の前に格納庫に近づくことが出来ない。このままではいたずらに時間を浪費するばかりだった。

「いいえ、博士。私が行きます。今回の作戦には戦闘中でのリアルタイム指揮能力の測定も課題の中に含まれています。私がバックフォースに直接てこ入れをします」

ローザはそれきり通信をオフにした。デルタのブリッジで博士はもう繋がっていない通信モニターに向かって大声をあげた。

「ローザ、待て!!私の言うことが聞けんのか!!?」

ローザは先ほどから胸元で光り輝くペンダントの中のクリスタルを手にとって見つめていた。このクリスタルのペンダントは、彼女が博士のラボで発見された時に胸に着けていたもので、彼女の失われた記憶の唯一の手がかりだった。博士はこれを捨てろといった。過去など、もうどうでもいい。今と未来があれば、それで充分ではないか、と。そして優しく抱きしめてくれた。さらに、名前さえ思い出せない彼女に「ローザ」という名を授けてくれ、共に生きようと手を握ってくれた。しかし、彼女はどうしてもこのクリスタルを捨てることが出来なかった。博士を愛していないわけではない。記憶を失い、何か漠然とした恐怖に包まれて言葉さえ失っていた自分をここまで支えてくれたのは、間違いなく彼だ。だが彼女には、決して忘れてはならないことがあるような、決して目を逸らしてはいけないことがあるような、そんな気がして、彼には黙ってこのペンダントを持ち続けていた。今まで、一度も活性化したことのないクリスタルが今日、突然この戦域に到着した途端に光を放ち、共鳴音を鳴らし始めたのだ。自分の失われた過去がこのクリスタルの輝きと共鳴に導かれて目前に訪れるような予感がした。正直、怖い。思い出さないで済むのなら、そのほうがいいのかも知れない。今の生活に不満はない。VRのパイロットをやっているが実験機のテストが主で実戦はこの前の一戦だけだ。それも、機体の性能をフルパワーにして負けることなど考えられない程度のものだった。博士も周囲のラボの助手達も自分を大事にしてくれる。彼らの目的が、自分ではなく自分の持つ能力であっても、それでも構わなかった。誰かが自分を必要としているから。自分は一人じゃないから。とても長い時間たった一人で暗黒を彷徨っていたような気がしていた自分が初めて見つけた居場所だから。記憶を取り戻したら、その全てを失うかも知れない。だが、彼女はクリスタルの導くまま、機体を前進せざるを得なかった。高速でバックフォースに迫る妖精のような機体「フェイエン・ザ・ナイト」。その後姿を博士は呆然と見ていたが、はっとしてデルタの艦長に言った。

「援護だ、援護してくれ。このデルタを近づけてローザを援護するんだ!!」

「無茶なこといわんでくれ、博士。こいつはMSBS制御で起動中のVRに対して有効な武器なんて搭載していないんだ。近づけば、一瞬で撃破されるだけだ」

「くっ!」

博士は通信士のマイクを無理やり取り上げると、展開している味方全機に通信した。

「誰でもいい、誰かバックコアの援護にまわってくれ!!報酬は約束する!!」

この通信に対して反応した機体があった。カルロスのドルドレイだった。

「こちらカルロス・ハミルトン、何とか援護できそうだぜ?」

「おお、すぐにバックコアの壁になってほしい。無事にフェイエン・ザ・ナイトをデルタに帰還させてくれ!」

「了解だ。いいだろ、ミランさん?」

カルロスは戦闘中であるにもかかわらず、雑談でもするかのような余裕でミランに通信する。だが、ミランもRKGの激しい攻撃を難なく避けながら返事をする。

「いいよ。あの奇麗な女の子をお前が守っておやり」

「OK!じゃ、ちょっといってくるぜ!」

カルロスは通信を切ると、ドルドレイを主力部隊の展開している格納庫の方へと向けた。行く手を阻むRKGの隊列にミランがドリルを突き出して特攻をかけ、彼の通る道を作った。RKGのグリスボック隊は、この攻撃に対して有効な迎撃手段をもたなかった。あっけなく隊列が乱れ、VR隊が左右に割れる。

「ほらほら、どきな!カルロス、今だ、いきな!」

「すまねえ!ミランさん」

カルロスは右腕のファランクスをばら撒いて弾幕を作り、両脇に立ち上る激しい火柱弾の作り上げた通路を一直線に駆け抜けた。その様子を見ていた博士は、ようやく一安心といった面持ちで、大きく息を吐き出して椅子に腰掛けた。いつもの落ち着きを払った鼻持ちならない彼のイメージを崩しかねない慌てぶりにデルタのクルーは呆れつつも冷ややかな視線を送っていた。そんなにあの女が大事なら、パイロットなんかやらせるなよ・・・。その場にいるRNAの将校たちは目を合わせて肩をすくませた。

 

 カインはアファームド小隊の後方から接近してくる一機のVRに気がついた。その機体は今までのデータにはない機体だ。また新型か?だが、テムジンの端末でその機体を調べたカインは、それが持つ特異な容貌と、圧倒的なまでのしなやかで生物的な動きに言葉を失った。あたかも可憐な少女がこちらに向かって駆けてくるかのようだった。

「ふざけているのか、女型VRだと?それにこの動き、なんて滑らかなんだ。一体どんなVコンバータを使っているんだ?」

その機体が敵部隊に接近したのと同時に、敵の動きに変化が現れた。バッド・ムーン小隊によって崩されていた陣形はすぐさま持ち直した。各機の動きが格段に良くなり、統制の取れた連携動作を行うようになった。それまで有効だったこちらの牽制攻撃がことごとく無効化されている。

「どうなっているの?あいつら急に・・・」

「ヴァルキュリア三号機、油断するな。敵の指揮官機が戦線に加わったようだ」

リンはジュリアの通信を聞いて、レーダーを広域タイプに変更した。後方から接近する機体がある。モニターに映し出して分析しようとしてリンは肩透かしをくらったように間の抜けた声を出した。

「何だ、あれ?女の子?うそでしょ。いくらビジュアル重視って言ったってやりすぎじゃない?」

「ヴァルキュリア三号機、見た目にごまかされるな。あの機体は恐らく指揮官専用機だ。アファームド小隊に直接率いて進攻してくるはずだ。バッド・ムーン小隊、フォーメーションチェンジ!防御型に移行する!」

「せっかく追い詰めていたのに!」

リンは悔しそうに眉間に皺を寄せ、テン・エイティAをクレーターの影に隠しつつボムを投げて敵の進路を塞いだ。だが、敵はそのボムの弾幕を掻い潜り、高速で接近してきた。それに伴い、ウィングポジションのサイファーも、攻撃に転じる。カインにバルカンとダガーによる執拗な牽制をしながら空中を低空飛行して突っ込んでくる。カインはサイファーの攻撃を大きく外側に移動して回避すると、ビームライフルを低い姿勢から撃ち返した。あれがどうやら指揮官機だな。それも、アファームドC型をはるかに上回る桁違いの指揮能力を持っているようだ。カインはジュリアからの通信の前に直感でそれを見抜いていた。放っておけば、脅威になる。カインは集団戦闘における基本中の基本、即ち敵の指揮官を仕留めることを第一目標に変えた。だが、そのカインをサイファーが再び上空から強襲した。大きく飛び上がってカインの真上に位置すると、そこから七本のダガーを放ってきた。真上が死角になっているVRのセンサーの弱点を突く戦術だ。無論、そんなことはわかりきっているカインはすぐに機体を移動させ、上から撃ちおろされるダガーを左右の華麗なステップで回避しつつ、サイファーの着地地点をブーストダッシュで追いかけ、慎重に照準を合わせる。そして、滑り込みざまにソードウェーブを放つも、サイファーはちょうど小さなクレーターの内側に着地し、カインの攻撃を封じた。舌打ちするカイン、そこにアファームドS型の発射した誘導ミサイルが突如側面からテムジンを襲った。

「何!?」

カインはミサイルを直前で機体をダッキングさせてこれを回避した。そのミサイルが飛来した方向には、同じく回避運動を起こしていたライカ機の姿があった。S型のユニットガンは高速で直進に近い動きをする一発目と高い誘導性能を誇る二発目がワンセットでターゲットに向けて発射される。サイファーのダガー攻撃でテムジンを誘導し、S型とライカ機、そしてテムジンの三機を一直線上に並べ、ライカをユニットガンの二発目で狙うと同時に一発目の高速ミサイルの流れ弾でカインを狙ったのだ。器用な事をする。こんな動きは例え訓練をつんでもそう簡単に出来ることではない。恐らく、あの女型VRが指揮を出しているのだろう。カインは一番奥にいる指揮官機に照準をセットした。その時だった。何か不思議な感覚を受けてカインは一瞬思考が停止した。それは相手方も同様だった。先ほどまで滑らかな動きでバッド・ムーン小隊を翻弄していた指揮官機が突然棒のように立ち尽くす。両者は同時に電撃にでも撃たれたかのように、固まってしまった。目の前が真白になり、カインは自分の身体が宙に浮かび上がったような錯覚を起こした。突然のことに何が起こっているのかが理解できず、一瞬驚きの声を上げたカインであったが、それが強烈な精神干渉によるバーチャロン現象であることを数秒後に認識した。だが、なぜこのような精神干渉が起きたのか、その原因はわからない。精神が一時的に肉体を離れているため、五感が全く機能せず、身体を動かすことが出来ないのだ。白一色で染められた世界に、やがてぼんやりと人影が浮かび上がってきた。そのまわりをゼロと一で構成された数字の帯が幾重にもその人影を包むようにまわりながら囲んでいる。はっきりとはしない、シルエットのような人影はだんだんと近づいてその姿を明確にし始めた。最初は幻覚かとも思った。バーチャロン現象が起きている最中は、Vクリスタルの干渉によって多くの人間が幻覚をみるのだ。カインも何度か経験したことがある。しかし、それは違った。五感は次第に彼の意識の明確化とともに戻り、目前の人影が実体として存在すると認識できるようになる。理由はわからない。だが、人影が女の姿をとり始めた時、カインはその光景についさっき見た夢を重ね合わせて胸を熱くした。間違いない。間違えるはずがない。そして、夢と同じく声にならない声でその人影に向かって叫んだ。

「ニーナ!!!!」

その叫びに反応し、その女の影はこちらを向いた。一糸纏わぬ姿を、背中まで伸びた美しい黒髪が衣のように柔らかく包み込み、更に彼女を守るように何本もの数字の帯が周囲に回転しながら囲んでいる。その女はカインの方を見るやいなや、その瞳を大きくした。

「誰?そこにいるのは?私のことを知っているの?」

「間違いない。ニーナだ・・・。ニーナ!!」

カインの心の声は感激と喜びに震えていた。語尾がまともに言えない状態だった。目の前が涙で曇り、彼女を見つめつづけていたい気持ちを何とか抑えて一度大きく瞬きをして涙を頬へと流した。だが、目の前の女性は首を横に振った。

「ニー・・・ナ・・・?私はそんな名前じゃないわ。私は・・・」

「僕を忘れたのか?カインだ。カイン・ナスカだ。君を・・・、君のことを、愛した男だ!」

カインの叫びが白い虚空に響き渡る。ニーナと呼ばれた女性は今の事態に当惑しているようだった。記憶の混乱を起こしているのか、知らないはずの目前の男に関する記憶が、なぜか彼女の脳裏に映像となって怒涛のように流れ出した。あたかも記録画像を早送りするかのような中で、青年の幼少期の笑顔、そしてだんだんと成長していく様がフラッシュ・バックするようにモノクロ写真で次々と流れては消えてゆく。

「カイン、ナスカ・・・。どうして?知っている。私はあなたを知っている・・・。なぜなの?」

「きっと何かのショックで精神に壁が出来てしまっているんだ。思い出してくれ!頼む!」

カインは彼女に近づき、その両肩に手をかけた。そして、強く抱きしめる。女は信じられないという表情で宙を見つめている。だが、その美しい瞳は滝のごとく溢れ出す涙で濡れていた。

「この感覚・・・。とても懐かしくて、暖かくて、悲しい・・・。知っている。私はあなたを知っているわ。そう、カイン・ナスカ・・・、あなたは・・・、私の・・・」

「ローザ!!!何をやっている!!早く撤退しろ!!!」

二人は最大音量で叩きつけられた男の言葉に、一瞬で現実につれもどされた。

「博士!!?」

「何だ!?」

二人は弾かれたように自分が今置かれている状況を思い出した。時間にして数秒もないだろうが、その間完全に意識を失っていたようだ。撃破されなかったのが奇跡だ。しかし、さっきまで二人に見えていた光景が幻覚でないことは、ヘルメットの中に粒状に浮かぶ涙が証明していた。

「カイン!しっかりしろ!」

ジュリアのテン・エイティAがテムジンの前で無防備になっているテムジンをかばっていた。ジュリアの叱咤の声がカインのぼやけた頭を叩いた。

「ジュリアさん?はっ、ニーナ!」

「博士、私は一体・・・?」

まだ完全に目の覚めていないローザに、博士は怒鳴った。

「いいから撤退だ!!精神波に異常が出ている。このままでは危険だ!!」

「は、はい!」

ローザは大きく一つ頷いて、フェイエンを後退させた。その動きを支援する為にアファームド小隊が壁を作り、弾幕を張る。カインは後退を始めたフェイエンを全速力で追いかけた。その他のことは全く眼中になかった。ただ、会いたい。顔を見たい。極めて単純かつ強い願望がカインを支配した。

「カイン、戻れ!そのまま突撃しては危険だ!!」

ジュリアの制止もカインの耳には届かなかった。テムジンを真っ直ぐフェイエンに向けて進ませる。そこにアファームド三機が立ちふさがった。次々とナパームを連続投函してカインの道を阻む。しかし、カインはナパームの火柱を巧みなターンで回避すると、最後にナパームを投げたアファームドS型を斜め四十五度の角度からライフルで撃ち抜いた。頭部、胸部、腹部に三発のビーム攻撃を受けて、S型はその場にがっくりと膝を落とした。そのまま脇をすり抜けようとするテムジンに二機のアファームドが追従する。そして、先にA型がマシンガンを連射した。牽制目的のこの攻撃に対して、カインは横へ回避することはなかった。その場でジャンプすると、ブーストの慣性を利用して前方に大きく跳躍、その跳躍の頂点付近で機体をひねりながら向きを変え、スパイラルショットをカウンターで叩き込んだ。自らの突進速度によってその貫通力を強化されたショットは、A型の一番分厚い胸部装甲を易々と貫き、アファームドは地面に衝突して大爆発を起こした。隊長機のC型はしかし、冷静だった。カインの着地の隙を狙ってターミナス・マチェットを抜き放ち、滑り込んで体勢を整えながら下降中のテムジンに投げつけた。ブーメランのごとく激しい高速回転をかけられたマチェットがテムジンを串刺しにするかと思われた時、カインはロングランチャーを地面に突き刺して支えにして着地を遅らせ、マチェットをやり過ごした。そして着地と同時に滑り込んでくるアファームドをソードで両断した。立てた膝が胸部と一緒に宙に浮かんだ。テムジンは踵を返してすぐにフェイエンを追う。

「そう簡単に大将をやらせるほど、俺はまぬけじゃないぜ!」

ドルカスハンマーが側面から突如、疾走するテムジンを襲った。カインは振り向きざまにソードを構えてハンマーを受けた。機体が数十メートル後退させられたが、テムジンはそれをハンマーの力を押し返した。こちらに近づいて、フェイエンとのテムジンの間に割り込むようにして一機のドルドレイが接近、停止と同時にハンマーをキャッチした。

「邪魔だ!」

カインはその場からライフルを連続で放つ。

「正確なねらいだな。だが、その分読みやすい!」

カルロスはジャンプとダッシュを複雑に組み合わせた器用な機体さばきでこれを避け、逆にファランクスで反撃した。カインはファランクス発射の瞬間にドルドレイの右腕にビームマシンガンを撃ちこんで射出方向を微妙に変化させた。ドルドレイの正面にちょうどファランクスの火柱弾の隙間が出来る。

「なに!?」

カインはそのまま低い姿勢で滑り込みつつライフルを発射した。しかし、ドルドレイの下腹部に叩き込まれたビームショットは簡単にVアーマーによって弾き返されてしまう。

「この距離で弾くのか!?」

「そんな攻撃じゃ、このドルドレイは落とせないぜ」

カルロスはビームを受けてバランスを若干崩したドルドレイをすぐに立て直し、カインに対してファイアーボール発射するが、カインはその攻撃をビームソードのソニックウェーブを一閃、全てを薙ぎ払ってしまう。そして、そのソニックウェーブを盾にして二機の間隔を一気に詰める。カルロスはその接近に対して近接戦闘の構えで迎え撃った。

「なめるなよ!俺はこのドルカスハンマーで何十機というVRをスクラップにしてきたんだ!喰らいやがれ!!」

ドルドレイの左腕の装備されたハンマーを大きく振り上げ、懐に飛び込んでくるテムジンに向けて渾身の一撃を振り下ろす。決まったな。カルロスは確信した。これで手柄は俺のものだ。

「!!?」

次の瞬間、モニターが全て真っ暗となり、何も映らなくなってしまった。僅かに生き残る補助モニターには宙に舞うドルドレイの頭部が映し出されていた。

「首を撥ねただと!?」

カインはハンマーが振り下ろされる瞬間にその直前で急停止し、それを回避するとブリッツ・セイバーのリーチを最大限に活かしてソードの先端でドルドレイの頭部接続部位、即ち「首」を文字通り撥ねたのだった。メインモニターが全て死んだドルドレイに対してその場で飛び上がり、ドルドレイを飛び越そうとした。テムジンがドルドレイの真上付近を通過する瞬間に、既に死に体と思われたドルドレイが動き出した。

「こんなところでやられてたまるか!俺は生きて帰るんだ!!」

地面に食い込んだハンマーを持ち上げ、ドルドレイの上空に位置しているテムジンに、今度はアッパー・スイングでハンマーを振りぬく。

「死に損ないめ!」

カインは空中でブーストを吹かして僅かに機体を上昇させると、振り上げられたハンマーを左腕のマニュピレーターで受け止めてそれをいなし、そのままブリッツ・セイバーを首を撥ねられて剥き出しになったドルドレイのコックピットブロックに真っ直ぐ突きたてた。

「うわああぁぁぁぁ!!!!」

カルロスのすぐ側にブリッツ・セイバーの刃が襲い、その刃の放つ強烈な熱量でカルロスは全身を焼かれた。断末魔の叫びが響きわたる。

「俺は、こんな、こんなところで・・・。嫌だ、嫌だ、まだあの曲を完成させていなんだ!!俺を待っているファンだって・・・!こんなところで死んでたまるか!!俺は、俺はロックをやりたいんだーー!!!」

カルロスの最後の叫びは、コックピットを包む大爆発でかき消された。同時にVコンバータが一際大きな爆発と共に天に届くような火柱を上げた。

「カルロスがやられた!?」

ミランはレーダーからカルロス機の反応が消えたことが信じられなかった。カインはその爆発を推進力にして、一直線にフェイエン・ザ・ナイトに突進した。二機の距離が四百メートルまで接近する。

「ニーナ・・・!」

「カイン・ナスカ・・・」

ローザは後退しつづけているフェイエンのコックピットの中で後ろを振り返った。必死で追いすがるテムジンに、彼女はなぜか胸が熱くなった。

「むっ!?」

カインは不意に凄まじい殺気を感じて機体を西の方向へ向かせた。レーダーに新たな反応が映る。敵の増援か?VRの放つバルカンがテムジンを襲った。テムジンはそれを後方へ飛び退いてかわし、着地と同時に構える。敵機はかなりの遠距離から猛加速でこちらに迫ってくる。

「くっくっくっくっくっ・・・!余りに遅いので心配しました。しかし・・・、見つけましたよ、テムジン!!」

その敵は上空から現れ、テムジンの上で急停止し、そこからゆっくりと降りてきた。テムジンのコンピュータが自動的に敵機の照合を行った。機体形状は基本的にRNAのVRサイファーのそれだった。しかし、若干形状が異なっている。背部に不気味な光を放つ大きな蝙蝠の翼を装備したその新型VRは開放回線でカインに話し掛けてきた。

「先日は大変お世話になりましたね。RKGのテムジンパイロット、カイン・ナスカ」

「こいつ、開放回線で話し掛けてきているのか?」

「私につきあってもらいますよ!私の名はジョバン・トクノイ。いざ、勝負!!」

「お前なんかに構っていられないんだ!どけ!どかないなら・・・殺す!」

カインはテムジンのロングランチャーを真一文字に振り払い、テムジンに戦闘の構えを取らせる。

「そう簡単にいきますかね?」

そのサイファーのツインアイが光り、システムの起動を告げた。両者はにらみ合いをしつつ、距離を少しずつ縮めた。