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Episode33 「悪魔の翼

 ランはアベル達についてきたことを激しく後悔していた。敵機のビームライフルから放たれる強烈なビーム砲は連続で機体のすぐそばを通り抜け、サイドモニターに飛び込んでくるまばゆい光にランの肝は凍りつく寸前だった。

「ヴァイス、ジョナサン、三方に分かれて各個撃破だ!」

「任せておけ!」

「こっちは引き受けました!」

アベルの指揮に歯切れの良い返事が返ってくる。

「トヨサキ君は俺に続け!」

「続けったって、ボックのスピードじゃあ無理だよ!!」

泣きべそをかきながら答えるランに構わず、アベルは一気に加速をかけて目前の敵部隊に突っ込む。アベル達は目的地である「遺跡」を前にして、強力な敵部隊にその行く手を阻まれていた。数としては少なく、三機のMBV−04−Gテムジンだけであったが、その戦闘能力は極めて高かった。それもそのはずである。アベル達の前に立ちふさがっているのはDNAの傭兵ではなく、フレッシュ・リフォー直属の軍隊(CA)だった。改良が施されているであろうVRの性能は驚異的で、その能力は旧式にも関わらずアベル達のアファームドのそれを大きく上回っていた。恐らく、機体をリバース・コンバートするためのVコンバータに高品質のVクリスタル質をふんだんに使用しているのだろう。だが、それ以上にパイロットの熟練度という点で全くDNAとは比較にならない。しかも、アベル達のアファームドは既にナパームを使い切ってしまい、本来の力が出せない状態だった。三機のテムジンは三角形の基本陣形を取りつつ、アベル達の動きに合わせてビームライフルとソードウェーブで迎撃、隙あらば、ブーストをかけてスパイラルショットを放ってくる。その威力たるや旧式テムジンはおろか、第二世代VRの火力すら上回るほどだった。

アベルは何とか近接戦闘に持ち込むためにアファームドを突進させた。射撃戦では圧倒的にテムジンが有利である。形勢を逆転させるには接近戦しかない。接近戦ならば、VRの性能差は出にくい。パイロットの力量が大きなウェイトを占める。突撃をかけるアベルに正確かつ強力な射撃が襲う。しかしアベルはそれを真の脅威とは感じなかった。この攻撃を遥かに凌ぐ火線をアベルは幾度となくかわしてきたらからだ。少なくともあの男の放つ攻撃に勝るものをアベルは経験したことがない。そして目前の敵も、例外ではなかった。敵機はさすがに自機の攻撃が全て回避されていることに焦りを感じているようだった。それもそのはずである。今日において全ての企業国家が保有する軍隊の中で最強を誇るフレッシュ・リフォーのCA「フリート部隊」。彼らはその一部隊「レッド・フリート」に所属し、厳しい選考基準を突破してVRのパイロットになり、最高級の機体を与えられている。その力は第二世代VRといえど、決して追従を許す余地などないはずである。彼らは選ばれた存在だった。そのエリートである彼らの自信を持って放つ数々の攻撃が、あたかも全て読まれているかのようにことごとく回避されていくのだ。焦らないほうが無理というものだ。しかし、彼らは一流のパイロットだった。状況をすぐさま冷静に把握、分析していた。確かに三機のアファームドは驚異的な腕を持つパイロットが搭乗しているようだが、その後方に位置するボックの動きは明らかに見劣りする。通常の限定戦争の現場で戦っている兵士クラスの腕しか持ち合わせていないようだった。ボックを先に仕留めるべきだ。三機のテムジンは目標を切りかえ、すぐにボックを狙った。しかし、彼らはしばし途惑った。ロックオンできないのだ。敵味方識別信号は青を示している。味方機だと?その一瞬の混乱をアベルは待っていた。敵がわずかに混乱した時、加速から大きくジャンプして上空から急降下で飛び蹴りを放った。モニターから姿を消したアファームドを探す為にテムジンは直感的に上空を見上げた。VRセンサーの弱点は真上であるとセオリーがあるからだ。その判断は正しかった。しかし、そこまでだった。テムジンが上を向いた瞬間、頭部はアファームドの蹴りによってメインカメラを破壊されていた。アベルはテムジンの後方に着地すると、振り向きざまにトンファーを繰り出した。すかさずテムジンも振り向きながらロングランチャーのソードを放ってきた。だがアベルの攻撃がほんの僅かだけ速かった。左腕のトンファーを展開させずにビームだけを発生させた状態でテムジンのVコンバータに肘を突き出すようにして貫き、同時に振り抜かれてくるソードを右腕のトンファーで下から跳ね上げた。トンファーをまともに受けたVコンバータはまばゆい光とともに爆発し、テムジンは膝を折るようにして倒れこんだ。ヴァイスとジョナサンはこのチャンスを逃さなかった。最強を誇るレッド・フリートのテムジンが撃破されたことに衝撃を受けた他の二機は隙を自ら作り出した。ヴァイスは左腕のアタックナイフを構え、突進した。テムジンはそれに気がつきすぐに円運動で回避しつつ、ヴァイスの背後に回りこみ、ソードで斬りかえす。ヴァイスは左腕を肩の上から後ろに持っていきナイフでソードを受け止めた。ヴァイスを一刀の元に斬り捨てて、次の行動にでるはずだったテムジンは意表を突かれ、ヴァイス機のナイフとつばぜり合いになった僅かな時間の間に高速で走りこんできたアベルのトンファーによって腹部を背後から斬られていた。その時にはすでにヴァイスは振り返って射撃体勢に移行していた。アベルが走りこんできて敵機の上半身を切り離したその隙間にショットガンを連続で三発、迷いなく撃ちこむ。その散弾はジョナサンの滑り込み際のロケット弾を回避してカウンターでスパイラルショットを撃とうとしているテムジンの右腕に直撃した。いきなり目の前で右腕が吹き飛んだことに驚くテムジン、その隙にジョナサンは肩から小型のボムを発射した。爆風が広がり、テムジンを撹乱する。間髪入れずにアベルは爆風の中にマグナムを放つ。VRの装甲にマグナム弾が直撃し、金属を貫く鈍い音が響く。とどめとばかりにジョナサン機のユニットガンミサイルがテムジンを粉々に破壊した。

「馬鹿な・・・。我ら最強のVR部隊『レッド・フリート』が、量産型のアファームドごときに・・・!」

「レッド・フリートだか何だかしらねえが、油断しているとこういう目にあうんだよ。覚えておきな、エリート君」

ヴァイスは軽く鼻で笑って下半身を失って地面に倒れているテムジンの頭をアファームドの足で踏みつけた。そしてコックピットにショットガンを密着状態で撃ちこんだ。弾かれたように一瞬機体が跳ね上がり、そのまま沈黙して動かなくなった。

「この警戒の厳重さ・・・。間違いなくこの先に『遺跡』があると思って間違いないな」

アベルの言葉にジョナサンも頷いた。

「滅多に出てこないレッド・フリートが配備されているなんて。フレッシュ・リフォーはかなり本気ですね、遺跡の警備に」

「うむ。遺跡はもうすぐそこだ。急ごう」

「ちょっと待ったああぁぁぁ!!」

三人が移動を開始しようとした時、ランが怒鳴った。

「何だよ?」

面倒臭そうに眉をしかめておざなりに答えるヴァイスの態度に、ランは更に怒りを爆発させた。

「あんたたち!このあたしを囮に使ったわね!?」

「何のことだよ?なあ、アベル」

「ボックに機動性がないこと知ってて、わざと遅れるように高速で移動してあいつらがあたしを狙った瞬間に攻撃を仕掛ける手はずだったくせに!」

「偶然ですよ。そんなに上手くいくはずないじゃないですか」

ジョナサンが乾いた笑いでフォローを入れる。それが彼女の持つ疑惑を確信に変えた。

「やっぱりそうだったのね!信じられないわ!あんたたち鬼よ!悪魔よ!鬼畜よ!!」

わめきちらすランに、ヴァイスとジョナサンはモニター越しに顔を見合わせて首をすくませた。

「あたしなんか、どうなってもいいんだ!あたしが死んだって、あんたたちは気にも留めないのね!酷い!酷いわ!!」

「甘ったれるな!」

アベルの厳しい叱咤にランは驚いたように目を丸くした。ヴァイスとジョナサンも意外だ、という趣でモニターに映るアベルの顔を見る。

「いいか、ここは本物の戦場だ!限定戦争のそれとは訳が違う。力のないものが死に、力のあるものだけが生き残る場所だ。君もVRパイロットならば泣き言を言う前に自分の力だけで生き延びて見せろ!俺たちの動きに必死で喰らいついて来い!それが出来ないのならば、ここで死ぬしかない。それが戦場だ」

そう言うと、アベルはランを置いて進み始めた。二人もそれに黙って追従する。アベルの言葉にランはじっと押し黙った。そして自分が今まで体験したことのない場所にいることを始めて認識した。ここは限定戦争のレンタリアではない。生と死だけが存在する本物の戦場なのだ。誰も助けてくれないし、誰も自分の身を守るだけで精一杯だ。自分の力でこの困難も突破する以外、彼女が生きて帰る方法はない。ランは瞳に滲む涙をぐっと堪えて、先に行くアベル達に追いつくべく、ボックのブーストを吹かした。アベルはランがついてこられるように少しずつ速度を落とし、後方をカメラで確認した。どうやらしっかりとついて来るようだ。そこにヴァイスから通信が入る。

「アベル、思惑通りだな?」

「何のことだ?」

「とぼけるなよ。あのお嬢ちゃん、結構良い動きするじゃないか。俺たちの囮になってくれる」

「人聞きの悪いことを言う奴だな。俺は彼女に生き延びる為に戦うチャンスを与えただけさ」

アベルは白々しく視線を外して答える。

「そうだな。俺たちについてこられるならばそれでよし、ついてこられずに敵の的になるならそれもよし、ってところか?」

「戦いは非情さ。相手が可愛らしい女の子であっても手加減はしてくれない。そして今の俺たちに彼女を庇いながら戦う余裕もない。生きるの死ぬも、全ては彼女次第だ」

「そうだな・・・」

そのまま四機はしばらく通信をしないまま黙々と遺跡の方角へ向かってVRの歩を進めていた。数十分という時間が経過しただろうか、不意にランが何かをレーダーで捉えたようだった。アファームドの通信回線が開き、ランが視線をサイドモニターに落としながら報告してきた。

「何かレーダーが捉えたわ。何かしら、これ?大きい・・・。ハンパな規模じゃないよ、遺跡っていっても」

それは数十キロメートルという単位で大地に腰を下ろす圧倒的な規模の遺跡だった。このような遺跡は人類歴史の中でも類を見ない。いや、その技術力を含めれば「追随を許さない」と表現したほうが正しい。一見レンガを積み上げて築いたような数々の建造物はその姿を長い時間雨風にさらすことで所々風化してはいるものの、柱と榛はしっかりと原型を留め、悠然とそびえている。それだけでも脅威であるのにさらにその中心に巨大なピラミッドがあった。台形状のピラミッドは裾野の幅が約二キロメートル、高さは一キロメートルで、遺跡の中枢に静かにその身を置いていた。人類の歴史的遺跡に例えるならば「王家の墓」とでもいう存在だろうか。見上げることしか出来ない四人はただその雄大さに立ち尽くすしかなかった。不意に四人がVRを遺跡の中心であるピラミッドに近づけようとしたとき、ランのボックが警報を鳴らした。

「どうした、トヨサキ君?」

「ちょっと待って、今調べるから・・・。あ!」

驚きの声を発したランのリアクションにその場にいる三人は急に不安に駆られた。

「どうしだんですか?何か問題でも?」

「みんな下がって!いいから遺跡から離れて!!」

「おいおい、一体どういう・・・」

「いいから!!」

ランの真剣な態度に理由はともかく何か危険があることを直感した三人は急いでVRを百メートルほど後退させた。ランはそこから動かずに、コックピット内のレーダーを操作して周囲の状況を調べている。

「どうしたんだ、トヨサキ君。何があったんだ?」

アベルの問いに対して、しばらく時間を開けてからランは答えた。

「あのまま進んでいたら、全員廃人になっていたかもしれない・・・」

「何だって!?まさか・・・」

「そう、Vクリスタルによる精神干渉波があのピラミッドから出ているわ。それも、桁違いのやつ。近づいただけで普通の人間は確実にバーチャロン現象を起こすわよ、これ」

普段のランの高いトーンの声が相当低く抑えられている。事の深刻さと重大さが三人にひしひしと伝わる。

「そんなにすげぇのかよ・・・。こんなに離れているのに、か?Vコンバータの比じゃないぜ」

ヴァイスは冷や汗をかいた顔をヘルメットのバイザーを上げて手でぬぐった。

「道理であの警備部隊の連中が遠いところで警備ラインを築いていたわけですね。それに、この付近に全くVRの反応がないのも頷けます」

ジョナサンも先ほどから持っていた疑問符に答えが出たという表情をした。

「トヨサキ君、良く教えてくれた。ありがとう」

アベルの謝礼にランは頬を赤らめて両手を振った。自分が少しでも役に立ったことが素直に嬉しかった。

「そんな・・・。あたしはただこのヘンテコなボックがキャッチしたことを教えただけよ」

「うむ、どうやらそのボックはVクリスタルの精神干渉波を感知できる特殊なレーダーを搭載しているようだな」

「そうみたい。他にも色々調べられるみたいだよ、この『レーダーボック』は」

「どうします、アベルさん。この位置で既に精神干渉波が感知できるということは、内部は相当な干渉波が予想されますね?これでは・・・」

「ああ、とてもじゃないがちょっくらお邪魔します、ってわけにはいかねぇな」

「確かにね。これ以上進めば精神をまともに保っておくことが難しいよ」

ランはレーダーボックの精神干渉波測定装置の表示目盛がもう少しでレッドラインを超えそうなことを確認して唸った。アベルは腕組みをして下を向いた。他の三人は彼が出す答えをじっと待ちつづけた。数分の時間が経過しただろうか、アベルは意を決したように真っ直ぐ正面の遺跡を見つめて言った。

「俺が行く。みんなはここで待機していろ」

「な、何いってんのよ!正気なの?これから先は近づけないって言ったばかりじゃない!」

ランの通信がアベルの耳に怒鳴り声で飛び込んできた。それをアベルはモニター越しに手で制止した。

「わかっている。MSBSの精神プロテクト機能を最大にして、出来る限り干渉波を和らげる。後は自力でいってみる。この中で一番バーチャロン・ポジティブが高いのは俺だ。なあに、心配はいらない。危なくなったらすぐに戻ってくるさ」

「そんなこといったって・・・!」

ヴァイスは大きく一つため息をついて、後頭部を手で掻きながら舌打ちをした。

「絶対言うと思ったぜ。ったく、しょうがねえな。一度そうやって言い出したら聞かねえからな、お前」

「ヴァイスさん!アベルさん、僕も行きますよ。置いてけぼりなんて嫌ですから」

ジョナサンの言葉にアベルは首をゆっくりと横に振った。

「いや、ジョナサン。気持ちは嬉しいが、残念ながらお前のバーチャロン・ポジティブではこれ以上の干渉波には耐えられん。ここは俺が行く。何かあればすぐに連絡する」

「アベルさん!」

アファームドの歩を進めようとするアベルを追いかけようとしたジョナサンを、ヴァイスはマニュピレーターでS型の肩を掴んで止めた。

「よせよ、ジョナサン。お前じゃ無理だ。あいつしかこの先はいけない」

「くっ!」

ジョナサンは膝の上で拳を握り締めた。だが、どうしようもなかった。精神干渉波ばかりはいくらジョナサンがエースパイロットであったとしても避けられるものではない。

「危険よ!この先に何があるかわからないのに、一人でいくなんで・・・」

アベルはランのレーダーボックに通信すると、軽く微笑んだ。

「大丈夫だ。さっきも言った通り、無茶をする気はない。それに、君のそのボックと通信をつなぎ続けておけば、精神干渉波の限界もわかるし遺跡内部での俺の位置も掴める」

「・・・。アベル・・・」

胸が締め付けられるような痛みを感じて、ランは胸の前で両手を強く組んだ。

「気をつけろよ」

まるでどこかへ旅行にでも出かけるアベルを見送るような言い方だった。

「二人を頼む、ヴァイス」

「ああ」

ヴァイスの返事に満足したアベルはアファームドを遺跡の中枢「ピラミッド」に向けた。

「いって来る。報告は逐一レーダーボックを通じて行う」

そう言ってアファームドの左腕で人差し指と中指を立てて頭部に当てて、離した。そして高速でアファームドを走らせた。ランはアベルの遠ざかる背中を見て不安に駆られたが、何も言えなかった。ただ、嫌な予感がしていたことは確かだった。ヴァイスはそんなランに通信を入れて励ましたが、その一方でこの間の奇妙な「視線」をまた感じ、あたりを油断なく見渡していた。

『この視線、この前の奴と同じ・・・。何なんだ?』

ヴァイスの動きにやがてジョナサンもそれに気づき、モニターで両者は頷きあった後、アファームドを警戒態勢に移行させた。

 

 

カインはこれまで体験したことのないほどの圧迫感をその身体に覚え、不快感をあらわにした。それは月面遺跡の最下層、太陽砲の間を守護していた最終防衛兵器「ジグラッド」破壊の際、あの巨体に接した時のそれを上回った。というよりもむしろ、何か外的な要因ではなく、内的な、精神に直接的に働きかけてくるような、Vクリスタルの精神干渉に酷似している。しかし、それを目の前の敵機から感じるなど、初めてだった。

「なんだって言うんだ、この感覚。凄く嫌な気分だ・・・。あいつから出ているのか?」

目の前の機体「サイファー」をベースとした機体が戦闘用OSの起動を告げるツインアイの輝きを放った。

「正直、こんなにはやくこの前の戦いの借りを返せるとは思ってもいませんでした。いきますよ!!MSBSver5.2起動!エビル・バインダー、スタンバイ・・・。」

サイファーの背部にある大きな蝙蝠の翼が怪しく赤と青の色に交互に輝きだした。そして、肘や膝、胸部に取り付けられた追加装甲と思われる部分がそれに連動するかのごとく光りだす。同時に、その機体は先ほどまでとは比較にならない、押し潰されてしまいそうなほどのプレッシャーを放ち始める。カインはその精神波のような衝撃を正面から受けた。その勢いは精神だけでなく肉体にも影響を及ぼし、あたかも身体に電撃が走ったかのような錯覚さえ覚えた。

「うわ!何だ、こいつ!」

カインの戦士としての、そして人間としての本能が目の前の敵が危険な存在であることを瞬時に悟らせた。カインの目に、敵が周囲から光のようなものをその両翼に吸収しているように映った。戦場で散った戦士たちの魂を吸い取っているのかのごとく、その光を吸収するごとに敵から受けるプレッシャーも比例して強くなっていく。そして、貪欲な悪魔の翼はカインの精神を飲み込み、取り込もうと執拗なまでの干渉波を放つ。

「幻覚・・・?違う、本当に魂を吸収しているんだ!こいつは、やばい。はやく倒さないと手がつけられなくなる!」

「カイン!支援する!」

「ジュリアさん、来ちゃだめだ!精神干渉波に飲み込まれる!!」

「何だと!精神干渉を起こすVRだとでもいうのか!?」

カインは後方から駆けつけたテン・エイティA、ジュリアの救援を断った。強がったわけはない。カインほどのバーチャロン・ポジティブの持ち主でさえ、息苦しくなるほどの干渉を受けているのだ。通常のパイロットが近づけば、それだけで極度のバーチャロン現象を引き起こし、精神を侵食されて廃人になってしまう。

「部外者は立ち入り禁止です、この聖域には・・・。さあ、決着をつけます!この悪魔の機体、『サタン』でね!覚悟、カイン・ナスカ!!」

「くっ!ニーナが今目の前にいるかも知れないのに、こんなところで足止めなんて!」

猛加速でサタンが接近してきた。一直線に、だ。カインはそのチャンスを逃さずに、正確な射撃でロングランチャーのトリガーを引いた。初速度をわざと遅らせて、重い一撃を放つ。先の戦いでは、貫通力の高い攻撃はこの軽量機体の致命傷になりにくかったからだ。カインがトリガーを引くと同時にロングランチャーの先端にエネルギーが蓄積され、それが臨界点を突破した。

「いけ!」

月の地面を焦がしながら高出力ビームがサタン目掛けて飛んだ。その攻撃は吸い込まれるようにサタンの腹部に直撃した。しかし、何とサタンは全くひるむ様子すら見せず、こちらに速度を上げながら突進してくるではないか。

「馬鹿な!直撃のはずだ!!?」

「ふふふふふ・・・。」

開放回線で聞こえる無気味な笑い声が、攻撃が全く効いていない事を表していた。これにはさすがのカインも狼狽した。だが、すかさず第二波を放つ。今度は接近してくる敵に、右側にステップしながら回りこみ、そこにパワーボムを放り投げる。サタンは回避する素振りすら見せない。ボムの爆風が大きなドームを作り出し、サタンを飲み込んだ。

「これなら!・・・。なんだと!?」

ボムの爆風は敵の装甲に関係なく、敵のVアーマー機能を著しく低下させる粒子を大気中に放つ。現在の段階ではこの攻撃を完全にシャットアウトする防御手段は存在しない。だが・・・。

「ボムすら効かないっていうのか。装甲?いや、違う!何だっていうんだ?」

「ふふふふふ・・・。機体に力がみなぎるのがわかります。目の前にあなたがいると、ここまで力が高まるのですね。実験でもこれほどの力は出ませんでした。さあ、あなたの魂をこのサタンに捧げなさい!!」

「く、くるのか!!?」

それは踏み込みと呼ぶには速すぎた。まるで距離を無視して目前にテレポートしたかの様だった。カインほどの反応速度を持って始めて敵が「移動した」と認識できるほどだ。だが、さすがのカインも次の行動までは予測できなかった。正面モニターから消えたかと思うと、既に背部へと回り込んでいた。とっさに機体を飛び上がらせて背部からのソードを回避したカインであったが、それは最初の接近の時に来ると予想した攻撃への回避がたまたまタイミングが合っただけだった。

「よくぞかわしました!しかし!」

続いて下から振り上げられたサタンのソードに対して、カインはテムジンを空中で前転させ、振り上げられてくるサタンのソードにロングランチャーをシールド代わりにした。空中と地上、確かに足場の安定性の違いもある。月という場所ゆえに、重力が相対的に小さい理由もある。だが、それらの要因も鑑みても、木の葉のようにテムジンが宙高く吹き飛ばされる光景はサタンのパワーを如実に表していると断言していいだろう。きりもみ回転をしながら数百メートル上空へと飛ばされたカインは必死で姿勢制御をした。体勢を整えてブースターを吹かしてもすぐには上昇が収まらない。その状態で真下からサタンが急上昇をかけて追撃してきた。カインはこの時すでに冷静さを失っていた。彼の精神はエビル・バインダーの精神干渉を受けて、一時的にサタンの悪性Vクリスタルによってエミュレートされていた。この時、カインは六年前の悪夢の幻覚を見ていた。彼女のもとを去った自分、そして嫌というほどあの男に殴られた身体と心の傷・・・。その、カインにとって最もナーバスで触れられたくない自分の矮小さ、惨めさを痛感させられたあの場面が彼の脳にフラッシュバックしていた。それが敵VRの精神干渉だと気が付くことは今の彼には不可能だった。カインは徹底的にうちのめされたあの時と同じく、無我夢中でトリガーを引くも、その攻撃はサタンには全く通用しなかった。カインの放った拳が決してあの男を揺るがすことが出来なかったように。サタンは上空のテムジンに向かってダガーを連射した。その数は優にサイファーの放てるダガーの三倍以上の弾幕を張るほどだった。カインが必死の回避行動をとると、正面モニターにサタンが現れ、鋭い蹴りがテムジンの腹部に叩き込まれ、カインは月面へと叩き落とされた。受身すら取れないその強烈な攻撃はテムジンを地面へめり込ませ、その場に小さなクレーターを作り出した。サタンはソードを逆手に持って急降下をかけ、テムジンにとどめを刺しにいった。

「う、うう・・・」

「終わりにしましょう!カイン・ナスカ!!!」