BACK

Episode38 「決着の時(後編)

 ミミーはライデンのレーダーで、ライジング・キャリバーから射出されてくるバズーカランチャーの到着時間を割り出した。ものの数十秒でこの戦場の上空を通過する。その瞬間を逃せば、バズーカを受け取ることはできない。

「グリスボック隊、ほんの少しだけ時間を稼いで!あと三十秒で良いから!」

「了解!火力を集中させます!」

生き残っている三機のグリスボックは、ドルドレイに向けて、最後のミサイル攻撃を仕掛けた。残りの弾薬が少ない為、この規模の集中砲火はこれが最後だ。あとは、ミミーに任せるしかない。ドルドレイ隊は、さすがにこの集中砲火を突っ切るつもりはなく、一度距離を取った。ミランの機体が装甲を完全に破壊され、危険な状態にあるからだ。

「ミラン姉、すこし下がってなよ。いくら何でも、そんな格好じゃあ恥ずかしくて人前に出られないでしょ?」

サキュバスがミランの盾になるようにしてファイアーボールを連射しながら後退を支援する。ミランは素直にその言葉に従った。

「すまないね、サキュバス。カルロスの仇討ちはあんたたちに任せる。あたしは後方からの援護に徹する」

機体をサキュバスの影に隠すようにしてミサイル攻撃を避けると、ファイアーボールのスプレッド・ショットを地面にわざと撃ち付けて爆風を作り、それをブラインドにして機体を後退させた。

「心配しなくても、僕が全部まとめてやっつけてやるよ!」

「いや、手柄は俺がもらうぜ!」

フラックとジャッカルとが互いに張り合うようにしてサキュバスの前に立つと、ミサイル攻撃を次々に撃ち落していく。無論、雨のように降り注ぐミサイルの全てを撃破できるわけではなかったが、そこは呆れるほど強力な機体のVアーマーで弾き返した。

「しかし、妙だね。あんなに一度に攻撃したら、すぐに弾切れになるだろうに・・・。連中は一体何を企んでいるんだ?それとも、やけになっているのかしら」

ミランは月面のクレーターの影に機体を半分隠しながら、前線でミサイルを必死に撃ち落しているドルドレイ隊を見て呟いた。もしかしたら・・・。ミランはレーダーを広域タイプに変更し、周囲を見張った。ミランのドルドレイは指揮官機なので、レーダーや戦況の分析をする為のアビオニクスが強化されている。素早い操作ですぐさま情報収集を開始する。ほどなくして、敵部隊の旗艦から新手の機体が発進したことを突き止めた。また、RNAのバック・フォースの全滅に伴って、手の空いた三機のテン・エイティ・カスタムタイプが同様にこちらに向かって近づいてきている。だが、旗艦から発進した機体のほう、VRにしてはやけに小さい。念のためVコンバータ反応値を測定してみる。すると、その数値はゼロを指した。VRじゃない?熱反応がないことからミサイルでもない。考えているうちに、それはドルドレイ隊のすぐそばまで来ていた。そろそろ目視で確認できる距離になる。ミランは望遠カメラでその存在を確かめた。

「バズーカランチャーじゃないか。何であんなものを今更?あれであたしたちを倒せるとでも思ったのかね?」

ミランはなかば呆れたように、敵の浅はかな考えを笑った。そんなものでドルドレイの重装甲を破れるのであれば、やってみるがいい。それよりも、ミランは接近してくる三機のテン・エイティAに目をやった。連携攻撃をされると数の上で不利になり、厄介だ。カルロスが苦戦したことからこの三機にはDNAの割に腕の立つパイロットが乗っているようだし、合流される前に目前の敵を撃滅しておく必要がある。ミランは後方からグリスボック隊に向けてファイアーボールを発射しながら思案を巡らせた。

「掴めるか、空中で・・・。相対速度あわせ。もう少し、引き付けて・・・。今だ!!」

ミミーはコックピットのフットペダルを思い切り踏み込んでライデンのブーストを最大に吹かした。勢いをつけて、クレーターの端に足をかけ、大きく、そして高く飛び上がった。

「おい、野郎ども!隊長にむけて撃たせるな!ありったけのミサイル攻撃だ!!」

痛むあばら骨を無理やり気合で黙らせて、デイビットの指示が飛ぶ。グリスボック隊は、残り十パーセントを切る残弾を、一発残らず発射した。三機のグリスボックから一斉に放たれる掃射は弾幕となってドルドレイ隊を襲う。

「小ざかしいよ!」

サキュバスは上空から襲いかかるミサイルに対して火炎放射を浴びせ掛けた。一発のミサイルが火炎に焼かれて上空百メートル程度の超低空で爆発し、後続のミサイルを巻き込んだ。しかし、同時に発射されたナパーム弾は地面を這いながら火柱を撃ち立て、ドルドレイの足元を強襲した。

「くっ!うっとうしいね!」

ドルドレイの超重装甲の前では一発ならどうということのない破壊力のナパーム弾でも、六発が同時に連鎖爆発を起こすとなれば話は別である。上空のミサイルに気を取られていた三機のドルドレイは、たちまち火柱に飲み込まれてしまう。

「ちい、イタチの最後っ屁ってやつかぁ!?こいつら!」

ジャッカルは機体が予想外に傷つけられて、怒りを剥き出しにした。ドリル特攻を仕掛けようと、機体を深く屈ませた時、ジャッカルを含めた三機にミランから通信が入った。

「お前たち!弾薬の空になった支援機なんて放っておきな!まずはライデンを仕留めるんだよ!」

その通信が入ったとき、ミミーは空中にいた。正面モニターでバズーカランチャーを捕らえる。一直線に向かってくるランチャーの取っ手をコンピューターの弾き出したタイミングで掴み取る。

「よし!」

右腕にしっかりと握られたバズーカランチャーの感触を確かめて、ミミーは思わず声を上げてガッツポーズをとった。ライデンはバズーカを握った瞬間に火器管制制御をフラットランチャーからバズーカへと変更し、すぐさま急速降下する。

「そこだ!」

着地と同時に、ミミーはロックオンしたフラックのドルドレイを捕捉、機体を屈ませて重心を下げつつ、バズーカを連射した。ミサイルとは異なる高速かつ直線的な弾道が、今までミサイルの軌道になれていたフラックを強襲する。

「うわわぁ!?」

完全に意表をつかれ、フラックは情けない声を上げたが、機体を後方へと飛び退かせてこれを回避した。しかし、ミミーは最初から直撃させることを目的にしていたわけではなかった。フラックのすぐ後ろにあったクレーターの壁面にバズーカ弾が当たり、そこで連続的に爆風を作った。その爆風は、規模こそ小さいものの効果としてはテムジンのボムに近いそれを発生させた。無数に飛び散る金属の破片がドルドレイの装甲に突き刺り、点ではなく面を傷つけた。Vアーマー機能は攻撃を受ける際にその一点にVコンバータのゲートフィールド発生力を集中させることで敵の攻撃を弾き返す。故に、一度に幾点もの攻撃を受けると、ゲートフィールド発生力が分散され、その機能を発揮できないのだ。バズーカ弾を直接ドルドレイに撃ちこんだ場合、弾薬が破裂する前に弾かれてしまう為、フラットランチャーなどのビーム兵器とさほど変わらない結果になるが、この場合、予め爆風を当てることを計算して攻撃した為、大きな効果を生んだ。ミミーの戦術勝ちだった。フラックの装甲が割れ、中のスケルトンが剥き出しになった。大きく体勢を崩すドルドレイ。ミミーは迷うことなく、すぐさま右肩のレーザーを発射した。過たず、それは剥き出しのスケルトン部分に直撃し、ドルドレイはもんどりうって吹き飛び、地面に叩きつけられた。

「フラック!」

ミランはすぐに彼のもとへ駆けつけた。

「あいたたた。直撃もらっちゃったよ・・・。さすがに痛いね」

フラックはコックピットの中で頭を掻きながら、照れ笑いをした。跳ねるように機体を勢い良く起き上がらせる。無傷というわけではなかったが、まだ充分に動けるようだ。

「くっ!対VR設定じゃあレーザーといえども一撃では破壊できないか・・・!」

リロード時間を無視して、威力だけを高めるのであればレーザーを一般設定にすることでそれが可能である。普段、ライデンのレーザーはジェネレーターへの負担を考慮して、威力を押さえる一方、対VR用の高速機動戦闘に備え、リロード時間を短縮している。比較的威力は弱いが、連射できる状態というわけだ。勿論、弱めているといっても、VRが直撃を受ければ一撃で轟沈するほどの威力は充分にある。ただ、このドルドレイという機体は例外のようだった。重装甲にも程がある。先ほどデイビットが命がけで仕掛けたナパーム弾攻撃も、ダメージを負わせたとはいえ、ミランの駆るドルドレイを倒しきれなかった。ミミーはライデン以上に強固な装甲を持つドルドレイの硬さに心底驚き、また恐怖した。それが、彼女の中にあった最後の迷いを払った。

「グリスボック隊、後退しなさい!弾切れでは戦えないでしょう!」

ミミーはグリスボック隊を退かせた。そして、自分の機体を敵部隊の正面へと移動させた。

「十一号機、私がチャンスを作るから、迷わず撃ちなさい。良いわね?」

「了解!」

足元のおぼつかないフラックに向けて、再びバズーカを連射しようと構えた時、サキュバスとジャッカルのドルドレイがそれを阻んだ。サキュバスの有線クローアームがライデンの足を捕まえた。そこに、ジャッカルの放った遠隔操作ドリルが飛んできてライデンの腹部を襲った。ミミーは機体を屈ませつつ左へ回避したが、かわし切れずに右肩にドリルを受けてしまった。右肩を三分の一ほど引きちぎられてしまう。激しい衝撃に、ライデンのコックピットは揺らされたが、姿勢を低くしていたことで転倒は免れた。しかし、これでライデンのレーザーは完全に発射不可能になってしまった。

「ちい!」

ミミーは足に喰らいついている有線クローアームのワイヤーを左腕で掴み、力任せに引っ張った。

「力比べをしようっていうのかしら!バカな子ね!」

サキュバスもどっしりと腰を落として、ワイヤーを引き戻す。ミミーは綱引きに付き合うつもりなど最初からなかった。バズーカを構えて二機のドルドレイに発射、地面に弾を当てて先ほどと同様に爆風を発生させる。直接的なダメージこそ小さいが、ブラインド効果を生むと同時に、一時的に相手をひるませた。

「今だ!」

「はい!!」

ミミーの号令で、先ほど下半身をやられて頓挫していたベルグドルが上半身を起こしてミサイルを発射した。山なりの軌道を描いてミサイルが高速で飛び、ドルドレイに襲い掛かった。

「あん!」

その時、サキュバスとミミーの間で引き合っていた有線ワイヤーが爆風によって切断され、サキュバスのドルドレイはその反動で大きく後ろに転んだ。それが、ジャッカルと彼女の命運を分けた。

「くそ、前がみえな・・・」

ジャッカルがそう言って各センサーを有視界モードからレーダーモードに切り替えようとした瞬間、彼はコックピットごと蒸発した。ドーム状の巨大な爆炎が上がり、半径五百メートルを飲み込んだ。それは大きく、かつ禍禍しい一本の火柱を立ち上げ、周囲に凄まじい爆風と爆音とを撒き散らした。その火柱は、正に塔のようだった。人間が驕り高ぶり、神に届かんとしてその英知の全てを結集させて建てたといわれるバベルの塔のようだった。ある意味、この兵器の破壊力は、神の知恵を得た人間の作り出した最高の英知かも知れない。それが人類に福音をもたらすものであるかどうかは甚だ疑問だが・・・。

「きゃああああ!!」

爆発よりも、その後に発生した爆風に吹き飛ばされる形で、サキュバスは核ナパームミサイルの威力からかろうじて逃れた。地面を転がって行き、クレーターの壁面に激突して止まった。サキュバスが衝撃から立ち直り、正面モニターを見た時には、ジャッカルのドルドレイは跡形もなく核ナパーム弾の炎に焼き尽くされて、塵すらも残っていなかった。

「こいつら・・・!核ナパームをこの距離で使うなんて・・・」

ミランは核ナパームを使ったことそれ自体ではなく、この近距離で、下手をすれば味方も巻き込むかも知れないこの近接戦闘距離で核ナパームを使った敵の覚悟の座り具合に驚いた。旧世紀の核ミサイルと異なり、クリスタルジェルを使用した核ナパームミサイルは、爆発の際に半円形のゲートフィールドを形成、中性子の拡散を防止してその威力の範囲を直径一キロメートル以内に限定することができる。故に、限定戦争でも互いの距離が充分に離れている場合には核ナパームミサイルは比較的頻繁に使用される。勿論、これは条約違反だが、守っているところは少ない。しかし、一般にVR同士の戦闘とは近接戦闘距離と呼ばれる格闘戦を指す。それは、互いの距離が一キロメートル、最短ではゼロ距離まで接近して行われる類のものである。その超密着距離とも言えるこの距離で核ナパームミサイルを使うなど、正気の沙汰ではない。だが、敵はそれをやってきた。そうしなければ、ドルドレイを撃破することはできないと悟ったからだった。ドルドレイの超重装甲とジェノサイダー部隊の操縦技術の卓越さが逆に彼らをそこまで追い詰めた、ということだった。そこに、更に追い討ちをかけるようにして、先ほどからこちらに接近してきていたテン・エイティA三機が合流を果たそうとしていた。弾薬切れになって後退したグリスボック隊に代わり、前面に出てこちらに火力牽制攻撃を仕掛けてくる。

 

ライカは合流した時、グリスボック隊の三機の内に、デイビット機が見当たらないことに焦ったが、その脇のほうで頓挫しているデイビットの機体を見つけてそちらへ自機を寄せた。片膝をついて屈みこむ。

「ルース少尉、大丈夫ですか!?」

「大丈夫とは言い難いが、何とか生きているな・・・」

デイビットはもはや声を出すのもしんどい状況だったが、せっかく彼女が心配してきてくれたことを考えて、モニターに向けて空元気で笑って見せた。しかし、その作り笑いのせいで、折れたあばら骨が無理をするなとばかりに痛みを訴えた。ライカは、正面モニターに映る苦痛に歪む彼の顔と鮮血に染まったヘルメットのバイザーを見て、口元を両手で覆った。

「ヴァルキュリア二号機、何をやっている!敵はまだすぐそこにいるのだぞ!」

すぐにでもコックピットハッチを開けて、デイビットを救出したいライカであったが、ジュリアの厳しい叱咤が飛ぶと仕方なく二機のテン・エイティAの後方に位置取りしてヘビーランチャーによる牽制攻撃を行った。距離が離れている分、効果は大きいとはいえないが、敵に回避行動を取らせるには充分だった。さすがのドルドレイも、連続的な集中攻撃の前にその装甲が所々ほころび始めてきている。Vアーマーと重装甲を活かした強引な突撃は無理のようだ。その様子を見て、リンはジュリアに相談してみることにした。

「ねえ、一気に近づいて、カタをつけても良くない?」

リンはカインに手柄を根こそぎ持っていかれて苛立っていた。ここで一機でも撃墜して手柄を立てなければ、人格矯正施設へ逆戻りだ。それだけは絶対に御免だった。幸い、先ほどよりも敵戦力は確実に落ちている。新型機体ドルドレイは二機が撃破されていて、側面からいやらしい牽制や狙撃をしてくるウィングポジションのサイファーもいない。近接格闘戦ならば、やれないこともなさそうだ。ジュリアも突撃許可を出そうか考えたが、任務に忠実であることと安全性を最重要と考えた。ここまでくれば、作戦の完遂は目前だ。無理に突撃して損害を被るよりも、敵を遠距離からの牽制射撃で追い返したほうがよい。

「その必要はない、ヴァルキュリア三号機。敵部隊はもはや、作戦目的を達成する戦力を残していない。このまま攻撃を続ければ、撤退するはずだ。もし、敵が突撃をしてくるようならば、こちらも近接戦闘で応戦すれば良い」

すると途端にリンはやる気をなくしたかのようにおざなりの牽制射撃しか行わなくなった。殆ど狙いをつけずに、デタラメに撃っている。

「ヴァルキュリア三号機!何をやっている?しっかり攻撃しないか!」

「だって〜。やる気ないんだもん」

けだるい返事がモニターを通じて返ってくる。ジュリアは自分の指揮に従わない彼女の減点をこの時点で決心した。彼女に関するパシフィックオーシャンへの報告書の内容は決まった。

「任務を完遂することが重要なのだ。撃墜数は問題ではない」

「そんなこといったってねぇ。あたし一機でも突撃していいんだったら、頑張るけど?」

その時だった。先ほどまで後方で射撃に徹していたライカが急に前面に飛び出して、敵部隊に単機突撃を開始したのだ。その先には、装甲に多大な損害を受けているドルドレイがあった。味方のグリスボックからデイビットの負傷の理由を聞かされたその瞬間だった。

「ヴァルキュリア二号機!戻れ!くっ!やむを得ん・・・!」

「あらら、先を越されちゃったね!獲物はあたしが頂くよ!!」

ライカの二号機を先頭に、三機のテン・エイティAが突撃をかける格好になってしまった。ミミーはその事態に仰天した。突撃命令など出していないはずだ。天才ジュリアが指揮しているにも関わらず、何だ、この有様は!

「ええい、何をやっている、バッド・ムーン小隊!」

ライデンのブーストを最大にして、一気に加速する。しかし、テン・エイティAの機動性はHBV−502ライデンを大きく上回っていた。追いつけない。遠距離から支援しようにも、レーザーは完全に故障して発射できない状態であった。ミミーは声にならないうめきをあげながら、バズーカランチャーを構え、発射した。それは、ドルドレイ隊の手前に着弾、爆風を形成した。しかし、同じ手が何度も通用する相手ではなかった。すでにミランは突撃してくる小隊を完全にロックオンしていた。軽く後方へブーストをかけてこれを回避、すぐさま回り込んで爆風の前に出た。フラックとサキュバスもこれに続く。

「装甲がやられているからって、戦えないわけじゃないんだよ!なめるのもいい加減におし!!」

ミランは操縦桿を前に大きく倒し、高速で接近するテン・エイティAを迎え撃った。後方から援護射撃としてCGSによるビームバルカンが来たが、これを難なくバーチカル・ターンでやり過ごして、敵機体と自機とを一直線に並べる。これで、直線的な援護射撃は封じられた。ジュリアはこのまま追いかけても進行速度が同じ機体では距離を詰めることができないとわかっていたので、ある程度まで敵部隊との距離が縮まると、その場で急停止した。そして、オーバースロウでボムを大きく遠投した。斜め四十五度の角度で放り投げられたボムは月の弱い重力を利用して飛距離を延ばし、ライカとミランの間で地面に着弾、大きな爆風のドームを作った。その爆風に驚いて、ライカは正気を取り戻した。自分は何をしているの?こんなところまで突撃してきて、何をするつもりだったの?思考が一瞬停止する。その隙を、ミランは見逃さなかった。ボムの爆風を回り込むように器用に機体を旋回させながらブーストダッシュでテン・エイティAの懐に素早く飛び込んだ。リンはミランの側面を取る形になる。絶好の射撃ポイントにリンは舌なめずりをして慎重にサイトを合わせた。しかし、慎重になりすぎて若干射撃タイミングが遅れた。その間に、サキュバスの放ったファイアーボールが地面に着弾し、リンの攻撃を爆風で相殺してしまった。間髪入れずにフラックが珍しく支援行動を見せ、ロケットランチャーを発射した。これはリンだけに的を絞らず、わざとロケット弾を散弾のようにばら撒き、ジュリア機を巻き込むようにしてその行動範囲を制限した。そして、孤立したライカとミランが双方百メートル以内の近接戦闘距離で対峙した。

「あ、ああ・・・」

「ふん、バカだね。勝ったと思って油断すると、死ぬんだよ」

初めての実戦における初めての一対一の近接戦闘。ライカは恐怖に足がすくんだ。操縦桿がしっかりと握れない。下あごが震え、かたかたと音を立てる。ミランは目を大きく見開いた。その巨体からは信じられない素早さで、一気に踏み込んできた。ミランの左腕のドリルは遠距離への発射機能こそ故障して動かないが、格闘戦としての機能は健在だ。鋭いドリルが突き出され、ライカはその攻撃を正面から受けて、大きく吹き飛ばされた。地面にうつぶせに倒れこんだ機体を起こして、ライカは愕然とした。本能的にヘビーランチャーを盾にして本体への損傷を免れたが、ドリルでランチャーは完全に破壊され、その中に収納されていた小型ランチャーCGSもその機能を停止させていた。まだ完全に体勢を整えていないライカに、ミランのドルドレイが突っ込んでくる。倒れこんだテン・エイティAを乱暴に右腕のクローで掴みあげ、左腕のドリルを振りかぶった。

「死んでおしまい!!」

「やらせるか!」

ミランのコックピットのモニターが爆風に包まれた。何事かと思ったときには、ミランのドルドレイは右腕のクローを引きちぎられていた。射撃をしてきたのはライデンだった。距離はかなり離れていたが、どうやらあの距離から右腕だけを狙って当ててきたようだ。だが、ミランにとっての更なる恐怖がライデンからもたらされようとしていた。ライデンが左腕を上げたのだ。まさか、まだ核ナパームミサイルを・・・!!

「ぐうう!」

ミランはこの戦いに対する勝利への執念と覚悟の強さの違いを見せ付けられた。主力のアファームド部隊は全滅、ウィングポジションのサイファーも壊滅、更に無敵を誇ったジェノサイダー部隊にまさか二人もの戦死者を出してしまった。完全にミランの負けだった。ここが限界だった。右腕を失ったドルドレイを全速後退させた。

「撤退するよ・・・」

「ミランの兄貴、今なんて?」

「ミラン姉?」

「聞こえなかったのかい!撤退だ。あたしたちは負けたんだよ!」

「僕たちが・・・負けた?」

「そんな、あたしはまだ・・・」

サキュバスとフラックは自分たちの敗北を実感できないまま、ミランの命令で後退を開始した。屈辱に身を焦がしながら撤退の指示を出したミランは、コックピット内でうめいていた。操縦桿が握り潰されてしまいそうなほど、怒りを堪えて震えていた。

「おのれ、RKGめ・・・。この借り、絶対に三倍にして返してやるからね・・・!」

撤退を始めたドルドレイ部隊を見て、ライカは自分が生き残ったことを自覚した。乱れた呼吸はすぐには収まらず、彼女の心臓は大太鼓のように身体全体にその鼓動音を響かせていた。

「無事か、ヴァルキュリア二号機!」

駆けつけたジュリアからの通信を聞いてはいたが、返答する気力も体力もライカには残されていなかった。サイドモニターに映る呆然と虚空を仰ぐライカを見て、ジュリアは大きなため息を一つコックピット内に落として、ライカの機体を脇に抱えるようにしてライジング・キャリバーへ向けて移動した。月面の荒野には敵、味方機の破壊され尽くした夥しい破片やVRの頭部などが転がっていた。ライカはモニターに映るその光景こそ、自分が今身を置いている場所なのだと、この時わかった気がした。

 

 

 

 

 アベルは意識と無意識の狭間を彷徨っていた。いつの間にか彼を包んでいた鋼鉄の鎧アファームドは姿を消し、身体一つで何もない虚無の空間を漂っていた。アベルは自分の置かれている状況を把握しようとして身体を何とか動かそうとするも、力が入らずに断念した。そこに、虚空に数列が生まれ、フェイ・イェンが現れた。VR形態ではなく、少女の姿をしている。彼女が指を鳴らすと、アベルは再び先ほどのハート型のゲートフィールドに包まれた。それと同時に彼の身体に五感が戻る。

「アベル、お疲れ様。もう大丈夫だよ」

「ここは、どこなんだ?」

アベルの問いにフェイ・イェンは微笑みながら答えた。

「電脳虚数空間だよ。クリスタルが光ったと同時に空間が歪んで、こっちに放り出されたみたいだね」

アベルは驚愕の事態に、何と言っていいのかわからず、彼女の顔を目を見開いて見つめるしかなかった。その反応が面白かったのか、彼女はくすくすと笑いながら、ウィンクをした。

「大丈夫、心配しないで。あたしと一緒にいれば元の世界に帰れるよ。それと・・・」

「あなたの仲間も見つけました。ご安心を」

そう言って現れたのは、大きな翼を持った美しい天使だった。アベルは天使が少女の姿を取っているところをはじめてみたが、彼女が先ほど加勢に来てくれた天使型VRであることはすぐにわかった。天使は両腕に意識を失っているランを抱きかかえていた。良く見ると、その後ろには、アベルと同じくゲートフィールドに包まれたヴァイスとジョナサンがいる。三人とも意識がないようだが、彼女達の態度から、彼らの心身に問題がないことは読み取れた。

「アベルさん、ありがとうございます。あなたの活躍で、アース・クリスタルが暴走するのを防ぐことができました」

天使がアベルに頭を下げた。

「俺は何もしていない。ただ、生き延びる為に戦っただけさ」

「でも、あなたは私の妹を助けてくださいました。自分の身を盾にして・・・」

「ありがと、アベル。えへへ・・・」

フェイ・イェンは少しうつむきながら、顔を赤らめて言った。両手を後ろで組んで、なにやらもじもじしている。いつもの快活な彼女らしくない。

「あなたの行為は、あなた方の盟主となる男の意に背くことであったでしょう。しかし、同時に世界を危機的な状況から救いもしました。私一人ではブラッドスを破壊することは到底かないませんでした。本当にありがとう・・・」

天使は優しく微笑んで、アベルにもう一度礼を言った。そこで会話の流れを一度断つと、今度はやや厳しい表情でアベルに問うた。

「アベル・サンバード。あなたはなぜ、VRに乗って戦うのですか?限定戦争などという愚かな行為に荷担するのはなぜですか?やはり、あなたも地位や名誉を追い求め、無意味な血を流すのですか?」

その問いに、アベルは一つ呼吸をはさんで答えた。

「数ヶ月前の俺であれば、その問いに対して『YES』と答えたことだろう。だが、今の俺は違う」

「じゃあ、何で戦っているの?」

フェイ・イェンの質問に、アベルは電脳虚数空間の彼方を見つめ、答えた。

「愛するものを再びこの手に取り戻すためだ。それには、RNAという組織に入って地位を上げ、権力を掌握する必要があるんだ」

「あなたの追い求める人は、おそらくRNAの中にはいないでしょう」

天使は瞳を閉じて静かに言った。アベルは眉間に皺を寄せて天使の言葉につっかかった。

「どういうことだ?君は何か知っているのか?それとも・・・」

天使はアベルの問い詰めには直接答えず、静かに二、三度首を左右に振るだけだった。

「あなたの追い求めるその人は、今なお、この虚数空間のどこかで孤独と絶望にむせび泣きながら、自らの殻に閉じこもってしまっていることでしょう。あなたが彼女に会いたいのであれば、それはかつてないほどに激しく、そして不毛な戦いを続けていかなくてはならない。そして、その果てしない戦いを潜り抜け、彼女の前に立ったとき、あなたは絶望という名の槍に身体を貫かれることになる。それでもあなたは彼女に会いたい、と願いますか?」

天使の言葉は酷く悲しくアベルの頭に響いた。彼女の言っている内容は極めて抽象的で、何か具体的な情報を得られる類のものではない。しかし、その響きの中に、これからのアベルの行く末を案じ、それを悲しむ真実の声があった。しかし、アベルは決して立ち止まらないと誓っていた。例えこれから進むべき道が血塗られた修羅の道であり、そして辿り着いた先に絶望と悲しみが待っていようとも、彼女が生きているという事実がある限り、彼の愛と闘志を揺るがすことはできないのだ。

「俺は進みつづける。彼女と子供をこの手に取り戻すまで。その覚悟はどんなことがあっても変わらない」

天使の透き通るエメラルド・グリーンの瞳を真っ直ぐに見つめ、アベルは自らの決意を述べた。そこに、もはや一点の曇りも存在しない。天使はアベルの決意の固さに、これ以上の言葉は無意味であることを悟った。

「わかりました。もはや何もいうことはありません。あなたの信じる道を進まれると良いでしょう」

「難しい話は終わった?」

フェイ・イェンはわざと退屈そうに両手を頭の後ろで組んで、空間に寝転んでいた。話を聞いてはいたが、内容には踏み込みたくないようだった。その態度には、言葉とは裏腹の気持ちが見える。天使の「ええ」という返事に身体を起こすと、アベルに近づいた。彼を包んでいるゲートフィールドの中に入ると、両膝を抱えて座った。

「本当はもっとあなたと一緒にいたいけど、お姉さまも忙しいし、あなたもやることがあるみたいだから。元の世界に戻してあげるね」

精一杯強がっているが、その表情からは寂しさが読み取れた。だが、アベルは気を利かせてその表情には気がつかない振りをした。

「ああ、頼むよ」

フェイ・イェンは一つ頷いて、ハミングし始めた。澄み切った音色がフィールド内を満たし、やがてランやヴァイス達をも包み込んだ。クリスタルの共鳴音がどこからともなく聞こえてくる。それは、アナログ・オルゴールの音色だった。どこかで聴いたことがあるバラードだった。彼女が歌詞を歌い始めたとき、アベルの記憶が弾けた。遠い記憶、そう、昔良く聴いたあの曲・・・。いつも三人で草原を散歩していた時、彼女が口ずさんでいたあの歌だった。アベルは、フェイ・イェンがなぜその歌を知っているのか尋ねようとした時、空間がにわかに活性化して歪みが発生した。その亀裂に意識と身体が吸い込まれていく。視界が急速に流れ、目では何が起こっているのか理解ができないほどに事象が激動していた。その状態にあって、フェイ・イェンの歌だけが彼の頭の中に響き続ける。やがてその歌声は彼女のものから、アベルの記憶の中にしまい込まれていた懐かしいそれに取って代わっていた。その歌声が遠くなるにつれて、アベルの肉体と意識は再び白一色の世界に埋没していった。

「いっちゃった・・・」

フェイ・イェンは、開かれた空間の穴が完全に閉じた後、ため息と同時にこぼした。そして、天使の方を振り返り、少し無理をして笑顔を作った。

「きっと、また、会えるよね!?」

「ええ・・・」

フェイ・イェンはこの時、生まれて初めて作り笑いをした。今まで楽しいことがあれば笑い、悲しいことがあれば泣いて来た。いつでも感情を素直に現してきた彼女が、少し大人になった瞬間だった。寂しさへの強がりだけではない。きっとそこには自分自身さえ気づかない、気づきたくない感情があったから。天使は彼女の少しだけ潤んだ瞳を優しく微笑みで受け止めた。それは姉が妹を想う、家族の眼差しであった。少女は自らの心の中に芽生えた新しい気持ちに戸惑いながら、再び歌を口ずさんだ。時々、切なくなって理由もなしに涙が出そうになる。その、アベルに向ける不器用で真っ直ぐな気持ちは、彼女の歌を更に磨き上げていくことだろう。そんな妹の成長を遠い眼差しで見つめ、そして、そのきっかけとなった戦士に思いを馳せた。そして、一人ことを呟くように祈った。

「既に彼は心の奥底にて自らの使命に目覚め始めている。宿命の『赤き戦士』よ。どうか、真実の璧を救いたまえ」

天使の祈りは、これから起こる不可避の大戦「オラトリオ・タングラム」の開闢を告げる鐘を音となるのだった。鐘の音を告げる一人だけの聖歌が電脳虚数空間に水面に広がる波紋のようにゆったりと静かに流れた。