{ 彼は自分の運命を呪った。もしくはこの境遇を創り出した敵の存在を、だ。確かにこの基地を制圧するときは苦労したが、一緒に戦う仲間がいた。銃撃戦でも自分が全面に出る必要はなかった。自分はもうロートルで若い連中に任せておけば良かった。しかし、今はたった一人で敵地の中にいる。味方は一人もいない。人をみたら泥棒ならぬ敵と思え、ということだ。ずいぶん昔にもこんな事がたくさんあった。もう二度と経験しないだろうと思っていたのに。やはり軍人をやめるべきだったのか。彼には一つの究極の選択肢があった。投降して許してもらうことだ。限定戦争では人種や宗教、イデオロギーなどで対立しているわけではない。雇われの傭兵は投降してすぐその場で敵に雇ってもらえばそれで済むわけだ。しかし、彼にはそれができない理由があった。
今日において捕虜の扱いには厳重な保護が与えられるという建前になっている。だが、現実はどうだ。投降しようと両腕を上げて出てきた敵を問答無用に銃殺することなど当然だ。建前は所詮、建前に過ぎない。若い女が捕虜になったら無事で済むことなど決してあり得ない。敵の兵士に好きなように暴行を受けて殺され、報告書には「抵抗したからやむを得ず射殺した」と書かれる。誰もその報告に対して真実を知らないし、知っていてもそれを覆そうなどとは思わない。そんなことをしていたら軍法会議はそれだけで議題がいっぱいになり、裁判所の機能はたちまち麻痺するに決まっている。それほど日常茶飯事の出来事である、ということだ。戦場とは常にそういうものだ。常識が非常識になり、狂気が人を支配する。そしてその事を誰一人として疑おうとしない。戦争だから、の一言で全てが説明される。それが限定戦争であろうとなかろうと関係がないのだ。今、仲間が捕虜として捕らえられている。その中の殆どの人間は今回の任務で知り合ったばかりの他人だ。しかしその中に一人だけ彼にとって大切な存在がいた。その存在とは一週間前に知り合ったばかりの女の子だった。恋人としては彼とはあまりに不釣り合いな年齢だが、彼は彼女を救いたいと思った。それに、ここにはいないで今外に出ていていないがこの基地に帰ってくる予定の気になる女もいる。
「ちくしょう…、あいつら。俺の人生をめちゃくちゃにしただけじゃすまねえってか。くそっ!でもあいつの歌、また聴きたいし、あの娘には父親になってやるって約束しちまったもんな…。やるしかねえか!!」
今、彼に頼れるものがあるとしたらそれは手にしているハンドガン、そして数々の危機をくぐり抜けてきた戦士としての経験と勘だけだった。通りを横切る兵士の後ろ姿が角を曲がって見えなくなるのを確認してから走り出した。
「シド、準備を始めるか?」
「ああ、早めに始めておくに越したことはないからな。作業はホワイトスネイクを使って構わないぜ。その方が断然はやいからな。サルム、お前も手伝ってくれ。」
「あいよ。」
シドは司令室のマイクをもってそのスイッチを入れた。ひとつ小さく咳払いをする。そして胸を張って言った。
「全員、一端作業を中断して聞いてくれ。今から例の作戦を実行に移す。担当の作業員は各自当初の予定通りに仕事に取りかかってくれ。あと、その他のやつは非戦闘員であろうと全員武器を持て。基地内にはまだ敵が潜んでいるかも知れない。それに人的資源は限られている。交代で見張りや捕虜の監視に当たってくれ。現在、この基地の指揮官は俺、シド・ブライトリング少尉だ。不平不満はあるだろうが、文句はとりあえずこの事態を打開してからにしてくれ。みんな生きて契約金のもう半分を受け取ろう。以上だ。」
話を終えてシドがマイクをおいてため息をつくと、後ろで拍手する音が聞こえた。振り返るとそこにいるのはミックだった。
「上出来だ。シド、おまえ政治家になったらどうだ?」
「馬鹿いうな。そういうのが嫌で軍隊に入ったっていうのによ。」
「なかなか堂々としたしゃべりっぷりだから、感心したぜ。」
「人前でしゃべるのは慣れている。ガキの頃さんざんやらされたからな、社交界のパーティーで。」
思い出したくない、という表情でシドは眉をひそめた。彼にとって軍隊入隊以前は不愉快な思い出が圧倒的に多い。そうでなければ金に困ってもいないのにわざわざ死と隣り合わせのVRパイロットになどなるはずがない。そのやりとりをむすっとした表情をしながら横目で見ている人物がいた。シェリー・ウィングスだ。最後まで彼が司令官になるのを反対したのは彼女だった。
「どうして彼が司令官なのよ!?あんな無鉄砲が!」
もめている時間はないので多数決で決めたのだが、結果は明らかだった。
「ミック!あなた何を考えているの!?あなた以外にこの危機を乗り切るための指揮を出せる人はいないわ!それはわかっているはずよ?もう、隊長はいなんだから!!ラバイッチ隊長は…。」
彼女の言葉をとりあえず最後まで聞いて、ミックは口を開いた。
「いいか、シェリー。指揮官は確かに正確な指揮をだすことのできる人物であることが大切だ。けど、それだけじゃない。みんなの気持ちを一つに出来る要素が必要なんだ。」
「ブライトリング・ファイナンシャル・グループのブランドっていうこと?」
「それも勿論ある。俺達ホワイトスネイク隊やその周辺の部隊、スタッフはBFGの金が裏で仕切っているからな。ただ、それだけなら俺はシドを推薦したりしない。サルムもそうさ。なあ?」
ミックの言葉にサルムをにやりと笑って噛んでいるガムを大きく膨らませた。
「どういうこと?この男がリーダーの器だっていいたいの?冗談でしょう!?」
「ちっ、随分な言い方だな。ちょっとは遠慮しろよ。」
シドはシェリーの辛らつな言葉に頭をかいた。この多数決に困惑している人物の筆頭は無論シド自身のはずだ。
「まあ、いずれわかるさ。この危機を脱出できたらな。」
「それじゃ永遠に知る事なんてできないわ。ここで死んでしまうから。」
「いまは議論をしている暇はないんだ、シェリー。これは多数決による決定だ。従ってもらう。いいな?」
ミックの言葉にシェリーはぷいとそっぽを向いてそれきり話さなくなった。デスクの端末にむかって黙々と作戦のためのプログラミングを進めている。ホワイトスネイクに土木作業をさせるためだ。サルムはプログラミングをとっくに終えて格納庫の方に行ってしまった。彼とは作業内容が異なるのでコピーは出来ない。シェリーはとにかくまずはこのプログラミングを終えることを第一にしようと思った。そうすれば司令官の椅子でふんぞり返っているシドを見なくても済むからだ。そのためには苦手なプログラミングにも進んで取りかかれるというものだ。早く終えてこの場を離れたい一心で、シェリーはタッチパネルをひたすら叩いた。
ここはDNAの最前線基地「フロント・ベイ」。今、この基地はホワイトスネイク隊の残存部隊によって制圧されていた。制圧されたのは、ほんの三時間ほど前だ。ミミー・サルペン中尉率いるVR部隊「RKG」がこの地を離れた後、ホワイトスネイク隊が基地の防衛を引き継いだのが、約二週間前、翌日不審な輸送機をレーダーで捕捉、フロント・ベイ基地に誘導したことが、発端となった。その輸送機の中に搭載されていたRNAのVRは執拗な抵抗を続けること六時間にも及んだ。双方持久戦にも疲労の色が濃くなってきたその時、ホワイトスネイク隊にとって悪夢が訪れた。突如として侵攻してきた漆黒の旧式VRテムジン一機に部隊の三分の一である三機を瞬く間に撃破され、さらにそこに追い討ちをかけるようにして攻めてきたRNAの本体に強襲を受けた。完全に浮き足立ったホワイトスネイク隊は、何とか山岳地帯に逃げ込むが、RNA部隊の大規模な包囲網に発見は時間の問題だった。しかし・・・。
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